怨嗟の誓約

シノヤン

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4章:果てなき焔

第131話 長丁場

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 その日、国府の首都であるベイキョウは荒れていた。騒ぎの中心地となっているのは国府評議会であり、その内部と外部問わず喧騒と怒号に満ちている。発端はとある通達によるものだった。皇国軍の派遣によって侵攻をしていたリミグロン側との交戦が本格的に開始し、それに伴って緊急議会と称した形で議員たちが招集されたのだ。

 選挙が近づいてきた中、それも議会の閉会が既に宣言された後に起きたため、このままでは選挙そのものが延期になりかねない。これを批判の好機と見た一部国府の議員、及び次期選挙における議員候補たちが支持者や支援団体を焚き付け、暴動を起こさせたのだ。勿論、名目上は「支持者たちが勝手にやった」という事になっている。

「見たまえ諸君!!これが腐敗した政権の末路だ ! 人殺しを僻地へ送り込み、無意味な血を流し続けることを容認し、その蛮行を正当化し、有事などとほざいて独裁政治を行おうとしている ! 国民と国の未来を考えず、己の権力を保持し続ける事しか頭に無い知恵遅れ共を辞任させねば、我ら国民に未来はないという事実に目覚めなければならないのだ !」

 議員候補となる筈だった有力者たちは野良犬の様に吠え、支持者たちはその言葉に呼応して閉まり切っている評議会の門を叩き、蹴り、そしてゴミを投げつける。その中で口々に聞こえるのは、相手方が強気に出ないのをいいことに繰り出される、暴言と侮辱的な語彙の数々であった。集団での攻撃というのは、責任の所在を曖昧にする絶好の方法なのである。

 一方で議会も荒れていた。やはり話題になるのは、反対を押し切った上で行った派兵…そして緊急事態を利用して政権を保持しようとする大臣と、その派閥に属する議員たちの対応であった。国内の新聞社が取り上げている大臣たちの問題行為を隠すための謀だと主張する者まで現れる始末であり、当初の題目である戦における今後の指針についてさえ、まともに語れなくなっている。

「もはやこの政権は救いようがない ! 戦争を利用し、自分達が国府そのものを独裁しようとしている ! しかも、外交とは名ばかりの諸外国とのお喋り接待によって得られたのは、たかだか数人の外人の客 ! それも標的がテロリストというだけの殺人鬼だ ! 首相は”外国”との関係の維持が重要などとほざいていたが、私に言わせればあなた方は”売国”政権だ !」

 白髪交じりで、短く太い眉が特徴の男が怒鳴っていた。いかにもプライドが高そうな太い声で、大して面白くも無い言葉遊びを交えながら、議会の奥に鎮座している大臣たちを糾弾している。反戦派の議員の代表らしく、彼が何かを言う度に同じ派閥の者達がどこからか持ち込んだ太鼓で騒ぎ立て、「よくぞ言った !」、「あなたこそが次の首相だ !」などと持て囃す。それに気を良くしたのか、時折彼らの方を見ながら手を振って自慢げな表情を浮かべる始末である。

「更にこちらをご覧いただきたい ! これは我々が議会の記録を見返して纏め上げた、大臣たちの追及された疑惑の数と言い放った暴言の数、その順位である ! 群を抜いて多いのは、金持ちの箱入り娘であるキシャラ・タナトゥ外務大臣であり、未だに責任を取らず―――」

 どこからか取り出した巨大な紙を掲げ、そこに列挙された疑惑や暴言の一覧を引用しながら反戦派の議員たちは激しく責め立てている。大臣たちも面倒くさそうに答えるが、その度に「逃げるのか」、「辞任しろ」などと野次が飛んでいた。

「…いつから評議会は、言葉遊びと悪口大会をするための場になったんでしょうかね」

 議席の片隅にて、新人らしい若い女性の議員が隣にいる老齢の議員にぼやいた。

「私はそうは思ってないが、あのバカどもにとってはそうなんだろうな。見ろ、二時間経ったのに一つ目の議題すら終わってないぞ。”責任を取って辞任します”という言葉が出るまで、延々と引っ張り続ける気だろうな。あいつら」
「今日も徹夜ですかねえ…ああ、大臣たちも何であんなに張り合おうとしちゃうんでしょう」

 懐中時計をチラリと見て老齢の議員も一緒に困り果てる。ちょうどキシャラ・タナトゥが反戦派の議員たちに対し、「既に謝罪をしている事であり、それを言うのなら自分達の過去の問題行動に対しては責任を取らないのか」と言い返している時であった。案の定、「それは今とは関係ない」、「論点を逸らすな」といった野次が飛んでくる。だが、その会話の応酬に参加しない議員たちが悉く睡魔と戦い出した頃、議場の端に備わっていた扉を開け、数人の兵士達が入り込んできた。

「何事だ !」
「場を弁えろ !」
「大臣たちの差し金に違いない !」

 困惑の声が上がる中、兵士達は議場の奥に鎮座している大臣たちへ敬礼をしてから跪く。

「議論の場である事は承知ですが、このような形で報告に参らせていただきました。ご無礼をお許しください !」

 先頭にいる兵士が大声で叫ぶ。

「議会を中断してでも伝えねばならないとは、さぞかし重大な情報なんだろうな」

 皺が多く、二重顎が特徴的な男が問いかける。首相のビルセイス・ミワカである。

「はっ、旧ノルコア領土、ダハン平野に陣取っていたリミグロン達に動きがありました。現地からの情報によれば、我らの攻撃によって旧ノルコア城まで撤退を強いられているとの事です !」

 報告の後にどよめきが起こる。戦況に関しては、誰もが牛歩の状態になる事を覚悟していた事もあってか、議員たちにとっては猶更意外性のある情報だったのだ。

「そ、そんな事はあり得ない ! 敵の戦力は強大だと言っていたではないか !」

 交戦に関して賛成派であった議員たちですら、そういった懐疑的な声を上げる。少なくとも護獣義士団と一師団、そして数人ばかりの助っ人程度でどうにかなる筈がない。そう考えていた。

「報告によりますと、交戦が開始する直前に岩で出来た巨人が現れ、敵陣営を半壊させたと耳にしております ! 後に続いた護獣義士団と第五師団によって、リミグロンは大きな損害を被ったそうです」
「岩の巨人…<ガイア> ?……まさか、”鴉”が持つという特殊な力か⁉」
「はっ、恐らくは」

 自分が持っている情報と照らし合わせた首相の推測を、伝令兵が肯定する。再び議会には大きなどよめきが起こった。ルーファンに対する驚愕や感嘆の意も込められているのか、感心するような声まで漏れ聞こえる始末である。反戦派の議員たちはバツが悪そうな顔で周囲の者達を睨み、そんな彼らの姿をキシャラ・タナトゥは鼻で笑う。ついでに、安堵したように息を吐いた。



 ――――最初の威勢こそ無くなりはしたが、その後も罵倒の応酬は続き、議会は一時解散となってしまう。大臣たちは今後の方針を照らし合わせるために、首相の執務室へ向かっている道中だったが、その表情は明るかった。

「しかし見ましたか ? 反戦派の連中の無様さを」
「ウム…しかし予断は許せん状況だ。今後の戦に関する対応についても、話せずじまいだったからな」

 首相の隣に居た若い男の大臣が、赤い絨毯が敷かれた廊下を歩きながら声を出した。首相は同意こそしたが、未だに険しい顔をしている。

「全くだ、とうとう自分達の主張まで変え始めるとは。”戦争を迅速に終わらせるために、全ての戦力を投入しろ”などと…現場に出た事がないヤツはこれだから困る」
「大袈裟な事を言えば新聞が注目してくれますからねえ、フフ…まあ目立ちたがり屋なのでしょう。それにしてもタナトゥ外務大臣、今回はあなたのお手柄といった所ですね。まさか、あれほどの力を持つ者を味方に出来たとは」

 坊主頭の議員も反戦派を嘲笑う。キシャラの隣で歩いていた老齢の女性大臣もクスクスとしていた。

「ええ、実は国外にどういうわけか面白い縁があり…まし…て…」

 だが、タナトゥが少し得意げになっていた時だった。自慢話をしようとした矢先、廊下の奥に二つの人影が見える。壁に寄り掛かって気怠そうに窓の外を眺めるサラザール、そしてジョナサン・カロルスであった。右手を腹に当て、左手を小さく上げてこちらを待ち構えており、接近するとそのまま少し頭を下げた。ジェトワ皇国における目上の人間への伝統的な挨拶である。

「き、君たちは何だね⁉」
「ジョナサン・カロルス。しがない新聞記者です。彼女はサラザール…”鴉”の相棒であり、今日だけは私の助手です。以降お見知りおきを」

 首相が驚くが、ジョナサンはそこから迅速にシャツの胸ポケットへ手を入れ、複数枚の名刺を取り出す。そして両手で持って彼に見せつけた。恐る恐る首相が受け取ったのを確認すると、そこから順に他の大臣たちへも渡していく。皆、困惑を表情に出していた。だが、キシャラ・タナトゥだけは呆れるように溜息をついていた。
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