怨嗟の誓約

シノヤン

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4章:果てなき焔

第130話 出来すぎ

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 弓矢を放った後、重力に任せて落下していくルーファンだが、すぐさま追いかけてきたサラザールに抱きかかえられた。

「ナイスショット」
「ありがとう」

 二人はそのまま着陸し、周辺の様子を確認する。間もなくリミグロン兵達の動きに変化が見られた。逃亡を始めたのだ。ワイバーンに乗るか、徒歩で走り出して後退していく。逃げる途中で反撃をしようとする様子さえなかった。ルーファンや皇国軍たちの横を素通りして、転びながらも背を向けて走り出している始末である。

「私は指揮官補佐、メルケン少佐である。本艦内部にて非常事態が発生。指揮官が負傷したため、臨時の措置として私がこれより指揮にあたる。総員直ちに撤退。予定通り旧ノルコア城まで後退せよ。負傷者は見捨てても構わん」

 通信兵が傍受したその指令が、瞬く間に広まったのだ。何が起きているのか分からず、メアを含めた皇国軍の兵士達は呆然と見送っていたが、やがて沸々と安堵と興奮が湧き起こる。

「退却だ ! 退却しているんだ !」

 轟音を立てながら動き、空を飛んで逃げていく飛行船を指さして兵士の一人が叫ぶと、それに呼応して次々と歓声が起こる。思わず抱擁しながら飛び跳ねる者達もおり、歓喜に包まれた戦場の地面はちょっとした地震のようになっていた。しかし、喜びの最中であるというにも拘わらず、ルーファンはすっかり距離が離れてぼやけている飛行船の姿を睨んでいる。

「流石だね、”鴉”様」

 背後からメアと、ラクサ中尉が近寄ってきていた。

「もう少し喜んだらどうだ ? ひとまず危機は去っただろうに」
「…それを判断するには情報が必要だ。ひとまず自陣に戻る」
「戻る必要も無いさ、お前の仲間の半魚人が、敵の一人を捕まえていてな。そいつ曰く、旧ノルコア城まで撤退をする事になったそうだ。負傷者や逃げられなかった仲間達は見捨てている辺り、連中はかなり焦っている」

 ルーファン達と共に兵士達の間をすり抜けながら、ラクサ中尉も安心しきっている様に振舞っている。彼にしてみれば、しきりに辺りを見回して、これといった感情をひけらかす事すらしないルーファンが不思議でならなかった。

「まさか、増援が来ると思って焦ってる ? それなら戦場で時間を稼ぐ事だって出来た筈だし、わざわざ逃げるわけない。もし増援を待って態勢を整え直すためなら、猶更私達に分がある。こっちは犠牲者も少ないし、今から進軍してあいつらを追い詰めれば―――」
「倒せるだろうな。だから怖いんだ」
「はぁ ?」

 またとない好機が巡ってきている。メアはそんな風にいきり立っていたが、唐突に冷や水を浴びせてきたルーファンに驚きを露にした。

「ちょっと待ってよ、まさかこんな土壇場で日和ったの ?」
「動きが妙なんだ。今までのリミグロンなら、後が無いと言いながら死に物狂いで反撃をしてくる。それか戦う前に君が言っていたように、光の輪を使って増援を呼ぶ…もしくは逃げていた。こちらが簡単に追跡出来ない様に、行方をくらませる形でな」

 ルーファンの疑念に対し、イマイチ何を不安視しているのか分からないメアと、何かハッとしたように彼の方を見たラクサだが、その会話の途中でアトゥーイ、ガロステル、フォルトもルーファンと合流するために集まって来た。

「ひとまず、まだ生きていたリミグロンの人達は皆捕まえて陣地に連れて行ってるよ」

 少し息が上がっている状態のフォルトが言った。

「何か変な様子はあったか ?」
「何もありませんね。リゴト砂漠では死体や生きている兵士だろうと、突然溶けて消えてしまったと聞いていましたが」
「ああ。だが今回に関しては二つ考えられる。それが出来なかったのか…それともわざとしなかったのか」

 アトゥーイからの報告を聞いていた時、ルーファンの脳裏にあった疑念は確定事項へと変わり始めていた。こちらが想定するより遥かに敵が弱っており、底抜けの間抜けであった事を前提にしなければ話が上手く進み過ぎている。

「あの、ごめん。本当に話が見えてこないんだけど…つまりどういう事 ?」
「鈍いなお前は。つまりこのまま進軍すると、罠にかかってしまう可能性があるって事だ。そうだろ ? ルーファン・ディルクロ」

 メアに対して考えを汲み取ったラクサが代弁する。自分の解釈が合っているのかを確認するかの如くルーファンの顔を見てきたため、ルーファンもまた彼に対して頷いた。

「わざわざこちらが追いかけられる距離で後退し、今までならば証拠隠滅のために始末していた兵士も放置している。いくら何でも不自然だ」
「でも、そんな事をしてどうなる ? 迎撃の準備をとっくにしてるというのか ?」
「あり得なくはない。だが、もしそれだけの準備が出来るならもっと大規模に、極端に言えば直接首都に乗り込んで来る事だって出来た筈だ。だがそれをせずにこちらが進軍するのを待つとなれば、俺達を国の中枢から遠ざけるためだという見方も出来る。現にリガウェールでの戦いも、俺が国を出て行ったという偽の情報に釣られて攻め込んできたぐらいだ」
「成程…確かにノルコア城とベイキョウまではかなり距離がある。間に<障壁>があるお陰で敵も容易に侵入できないだろうが、仮に真意に気付いた我々が引き返してきたとしても、攻め込むのに十分な時間がある。お前を警戒しているというわけか」

 ラクサとルーファンによって要点が整理された事で、ようやく話の流れがつかめてきたらしく、メアは感心するように頷く。目先にいる敵の打倒を意識しすぎるあまり、敵の動きの意図を読むという点について疎かになってしまっていたのだ。

「メア、首都に残っている皇国軍の戦力はどれぐらいだ ?」

 突然、ルーファンが彼女に尋ねてきた。

「え ? ほとんど残っているよ。護獣義士団と第五師団だけしか派遣されていないし…尤も、伝令兵が既に向かっているだろうから、戦況については国府もすぐに把握すると思う」
「そうか。少し急いだ方が良いな…サラザール、ちょっと来てくれ」

 メアから情報を聞いたルーファンが呼ぶと、近くでリミグロン兵の死体を喰らっていたサラザールが立ち上がり、気怠そうに彼の方へ寄って来る。面倒事を押し付けられそうだと分かっているみたいだった。

「すぐに首都に戻って、首相でも大臣でもいい。軍の統帥権に関わっている人間と会って、こちら側の伝言を伝えて欲しい。なるべく人目に付かない形で」
「わお、すんごい無茶ぶり」

 ルーファンの無謀な注文は、流石のサラザールも頭を抱えそうになった。だが、何かを思い出したらしいフォルトが彼女の方を見る。

「それならさ、ジョナサンと一緒に行ったらいいんじゃない ? 今度やる議会の後に、首相と色んな大臣相手に突撃インタビューするって言ってたから。勿論無断で」
「何やってんのあのバカ…」
「だってジョナサンだし。対面で取材が出来れば、自分は牢屋行きでも構わないって気合入れてたよ」

 大胆な計画を敢行する。そんな彼の野望を思い出したフォルトが内容を伝えると、ルーファンも含めた全員が眉をひそめた。売れる記事のためならどんな事もする類の人間ではあるが、ここまで来るとある種の中毒ではないかと疑ってしまう。

「いずれにせよ会えるならいい機会だ。サラザール、頼めるか ?」
「はいはい…めんどくさ」

 ルーファンに命令された以上、化身として仕える身である自分は拒否できない。渋々承諾をした彼女は、大雑把な形で伝言を記憶した後に彼の足元にある影の上に立つ。やがて、その中へ沈むようにして姿を消した。
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