怨嗟の誓約

シノヤン

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4章:果てなき焔

第128話 神か悪魔か

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「撃て、撃てー‼」

 複数あった飛行船は、態勢が整い次第指令が出されて砲撃を行い続けた。だが巨大な光弾が幾度命中しようとも、<ガイア>は倒れるどころか怯む様子すら見せずにこちらへ接近してくる。攻撃を受けるたびに速度が増しているのではとさえ思ってしまう勢いだった。

 巨体が一歩一歩近づいてくる度、地面から突き上げるような振動が陣地へ襲い掛かる。こうなればこちらも巨体を以って対抗するしかない。

「生体兵器調整班に次ぐ、ただちにムブモンスの投入を開始せよ !」

 司令部からの指示を通信兵が現場で伝えると、兵士達は腕に備えた円盤状の装置を起動した。円盤に光で表示された呪文をなぞり、ムブモンスの脳内にある電流式制御装置を動かすと、何百頭もの羆が一斉に吠えたような鳴き声を発し出す。興奮しているのだ。

「行けー!!」

 兵士達の掛け声とともに五体のムブモンス達が走り出す。<ガイア>に負けず劣らずな地響きで辺りを揺らしながら突撃する姿は、まさに圧巻であった。普段ならば彼らが敵を蹂躙していく光景を娯楽代わりに、皆で仲良く茶を啜るといった事をしていたかもしれない。だが今回ばかりはそれどころではなかった。

 一体のムブモンスが先んじて<ガイア>と相まみえたが、あろう事か<ガイア>はムブモンスの突進を受け止めて見せる。そこから両腕を首に回してムブモンスを持ち上げ、一本背負いの如く地面へと叩きつけたのだ。体格という点で見ればほぼ互角であるにも拘らずである。信じられない怪力であった。

 だがそれだけでは終わらない。<ガイア>はそこから、起き上がるのに四苦八苦しているムブモンスの首を掴んで振り回し始めた。首に引きずられるようにして体が浮き上がり、その回転の遠心力を利用して<ガイア>はムブモンスをぶん投げる。放り投げられた先にいた別の個体にぶつかるや否や、悲痛な声と共になぎ倒された。

 残りのムブモンス達は優先して倒すべき相手と判断したのか、壁へ突撃していた進路を変更して<ガイア>を取り囲み始める。これで良い。下手にバラけて動かれるよりは対処がしやすい。思っていたよりも賢くて助かったと言えよう。変身をしていたルーファンがそう考えた直後、ムブモンス達は一斉に襲い掛かって来た。

 正面にいた一体を殴って怯ませるが、残りの個体たちがたちどころに噛みつき、或いは牙を刺そうと頭突きをかましてくる。効いているわけでは無いが、いくら叩きのめしてどかそうにもすぐに反撃をしてくる。ムブモンス達の肉体は想像以上に頑強であった。いずれにせよ呑気に時間を使っていい理由は無い。

 自分に噛みついている連中を<ガイア>は振りほどき、すぐさま巨大な両手を合掌して打ち鳴らす。すると、背後で皇国軍を護っていた岩の壁に異変が生じた。戦場に面している前面部分が、本来の壁の厚さの半分程めくれたのだ。壁は震え出しながら地面に倒れ、亀裂が入って七等分されていく。そして次々に変形を始めた。やがて現れたのは、岩で出来た七体の大蛇であった。それらは皆、次々に大地の上を高速で這い進み、ムブモンス達へと次々に飛び掛かる。

 驚いたムブモンスも抵抗するが無意味であった。体躯に負けて砕け散ろうが、すぐに瓦解した岩々が再び集合し、大蛇の姿へと戻ってしまうのだ。無限に続く数の暴力…<ガイア>に向けて行っていた仕打ちを今度は自分達が受ける羽目になったムブモンス達は、とうとう体力に限界が見え始める。そこから更なる地獄が始まった。

「ブオオオオオオオッ !」

 ムブモンスの悲鳴が虚しく戦場に轟く。大蛇が、口や腹といった柔らかい部位に噛みつき、皮膚と肉を食い破り始めたのだ。力なく倒れ伏す巨体から血と臓物を零れさせながら大蛇たちは肉体を食い破って出て来ると、<ガイア>と共に次の標的へと進行を開始する。言わずもがな、リミグロン達の陣地であった。

 大蛇たちと共に<ガイア>が到達し、陣地で飛行船を始めとした兵器へ攻撃を開始した頃、皇国軍側に築かれていた壁も瓦解し、砂利の混じった突風が僅かの時間ながら吹き荒れた。すぐに治まった後にメア達が遠くへ目を凝らすと、<ガイア>達が暴れている姿が見える。頼もしさよりも、あの強大な力に対する慄きが勝っていた。

「壁が無くなった…攻め込めって事ね」

 サラザールがメアに言った。馬に騎乗している自分とほとんど視線が違わない事に気付き、少し戸惑いを見せるメアだが意を決する。他の兵士達も同様であった。

「突撃 !」

 号令と共に太鼓の豪快な音色が響いた。騎兵達が先行して戦に駆り出し、歩兵たちも少し弱々しさのある雄たけびを発して駆け出す。死にたくはないが、立ち止まったまま傍観者でいる事の方が彼らにとっては怖かった。同胞達が生きて戻って来た時に軽蔑されるのがたまらなく辛いのだ。そんなある種の強迫観念である。<ガイア>の暴れる姿を見たお陰で、敗北や死に対する不安が薄れていたのも功を成していたのだろう。今なら勝てるかもしれないと、兵士達が希望を僅かに抱いていたのだ。

(ガロステル、分離しよう)

 近づいてくるサラザールの気配を察知し、皇国軍側も攻撃を始めたと悟ったルーファンがテレパシーで伝えた。

(正気か ?)
(<幻神>の力は体への負担も大きい。今はまだ、全てを出し切るわけにはいかない)
(分かった)

 乗り気ではないガロステルだったが、敵の出方を探りたかったルーファンの頼みを断り切れなかった。飛行船の一機を殴って引っ繰り返し、陣地を更に混乱させた直後に<ガイア>は膝を突く。そして瞬く間に砂と岩の瓦礫へと変わり果て、辺りへ崩れ落ちていく。土煙によってリミグロン兵達の視界は遮られ、中には降って来た岩に押しつぶされた者達もいた。

「クソっ、前が―――」

 リミグロン兵達が狼狽えていた直後だった。砂煙の中から、鋭い気配を感じ取ったのだ。心臓に冷たい何かが刺さる様な気分が生じる。以前の任務で出征した際、野生の魔物に遭遇する機会が度々あったが、それらが自身へ向けて来る敵意。それに近いものであった。だがたった今感じ取ったその気配は、これまで彼らが味わった魔物の敵意よりも大きく、強烈に濃い物であった。敵として警戒している段階を過ぎ、害を加えようという明確な決意への変貌…そう、殺意に昇華されていたのだ。

「ひっ――― !」

 何かに気付いた隣の仲間が、砂煙の中へ音も無く吸い込まれる。そこでようやくリミグロン兵は命の危機が迫っていると感じ取り、銃を闇雲に構えたが一足遅かった。血に濡れた黒い影が飛び掛かり、首根っこを掴んで無理やり地面へ押し倒してきたのだ。そして声を上げる前に、携えていた剣…刃が漆黒に染まったその得物で喉を切り裂いて絶命させる。ルーファン・ディルクロという怪物が、戦場に現れてしまったのだ。
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