怨嗟の誓約

シノヤン

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4章:果てなき焔

第127話 開戦

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 膠着した状態の戦場とは思えないほどに、リミグロン陣営の風景は和気藹々としていた。ある者達はサーベルを用いた近接訓練をしながら笑い合い、また別の者達は黙々と射撃訓練で光弾を発射している。その傍らで水を啜りながら軽食を頂いている者達もいた。あくまで軍隊にしてはという意味だが、灼熱の気候の中にいても彼らは呑気であった。

「奴さん、なんか準備始めたみたいだぞ」

 兵士の一人が、ぬるい水を入れたマグを片手に持って、昼食を取っている部隊へ近づいてきた。仲間からドライフルーツを渡されると、機嫌を良くしながら彼らの間に座る。

「まあ、準備だけだろ。攻め込む度胸なんかないさ。諜報班に聞いたが、皇国側は出兵する事にさえ反対されまくったせいで、当初の予定よりも大幅に戦力を減らされた。おまけに外国人部隊にまで縋りついてる始末だ。真正面からウチとやり合えるわけないさ」

 先に食べ終わった兵士が皿を給仕兵に渡してせせら笑う。

「だと良いがな。皇国内部の関係者から掴んだ情報だと、一部の大臣や軍の人間が”鴉”に接触して、この国に招いていると報告がある。ヤツが戦場に来ている可能性が高い」
「成程、あのやたらスアリウスに贔屓していた外務大臣の仕業だろう。議員連中め。せっかく金をくれてやったのに、引き摺り降ろす事すら出来ねえのか」
「やろうとはしたみたいだぞ。部下の不祥事や、本人が抱えている問題行為を議会で取り上げて、辞任を迫ったみたいだ。まあ結果は案の定だ…『部下が勝手にやった事』、『そもそも人の事を言えた口じゃないだろう』とか言い返されて有耶無耶ってわけだ。結局、”鴉”が戦に介入してくることを許してしまった。『戦力を減らしただけ有難いと思ってくれ』なんて、内通者共は言い訳してるらしい」
「やっぱ裏切り者になる奴ってのはどこの国でも似たようなもんだな。仕事もこなせない無能の分際でプライドだけは高い」

 そこから兵士達は耳にした情報を語り合い、敵側の間抜けな内情を嘲笑っていた。こうも易々と侵攻が出来ている以上、自分達だけでも国盗りが出来てしまいそうな勢いである。防御が手薄だったとはいえ、こちらは犠牲者すらいないのだ。

 食事が終わり、兵士達は片づけをしながら辺りの景色に目をやる。四足歩行型の大型生物兵器…”ムブモンス”と呼ばれる魔物が前線には鎮座しており、整備兵達が点検を行っていた。固い茶色の皮膚を覆い隠すようにして、合金による装甲を全身に纏わされている。そこそこ長い首から生えている頭部にもまた、同じ様に兜を被せられていた。

 二本の長い牙が特徴的であり、時折首を動かす時に整備兵達が慌てて避けている姿が微笑ましい。哺乳類であるためか、ある程度の知能も持っいるそうで整備兵たちに動きを咎められると、すぐに大人しくなった。最悪の場合は外科手術で脳内に植え付けた電流式制御装置でショックを与えて大人しくさせる事も出来る。

 着陸をしている飛行船についても、砲台に関してはいつでも迎撃が出来るよう整備され、その足元ではワイバーンたちが餌をもらってがっついていた。本来は生肉を好む性質なのだが、備蓄の都合上干し肉しか与えてやれないのが少し歯痒い。だがそれも、戦が終わるまでの辛抱である。飼育を担当している兵士達はそう言いながら彼らを撫でていた。

 勝てるさ、俺達なら。リミグロン…もとい帝国の兵士達は誰もがそれを信じて疑わない。同じくリミグロンを名乗っている連中は大陸の各地にいるが、所詮は同じ武器を渡されているだけの義勇軍でありテロリスト。つまり、素人達による烏合の衆に過ぎない。

 自分達は違う。皇帝陛下直々の命によって兵士として選ばれ、血の滲む鍛錬を経て戦場に立つ事を決意したのだ。目指すべきは<幻神>と<六霊の集いセス・コミグレ>の崩壊。そして陛下による大陸と国家の統一を成し遂げ、対立しか生まない社会構造そのものを変える事である。自由とは名ばかりの無秩序、それを有難がる蛮族たちを食い止めなければならないのだ。

 そのために、ありとあらゆる手段を用いた。各国の要人たちの中でも、こちら側へ靡きそうな者に賄賂を贈り、目的を達成した暁には相応の地位も約束すると伝えて様々な情報や物資を融通してもらう。戦力を保有している地域へは賊や貧民たちに武器を融通し、リミグロンを名乗らせて戦ってもらった。平等、富裕層の破滅、報酬。この三つを提示し、優しい言葉さえ投げかけてやれば彼らはまんまと話に乗ってくれるのだ。目先の利益以外は眼中にない生活を送っているからである。利用しやすかった。

 時に心苦しい作戦を言い渡される事もあったが、後悔はしていない。陛下の言葉があったからだ。

「約束しよう。戦いは無駄にはならない。私がさせない。必ず、万国の民は理解する日が来る。己の幸福が、諸君らの大いなる活躍と数多の戦いによって築かれた物だと。もし君たちの行いを神が糾弾し、地獄へ突き落すというならば、私も君達と共に行こう。そして、矢面に立って私が代わりに責め苦を受ける。忘れないでくれたまえ。私の運命は、諸君らと共にある」

 新兵として任に就く事が決まって祝典が行われた頃、皇帝陛下がその様に兵士達へを言葉を送ってくれたことを覚えている。忙しい職務の中でありながら、一人一人を相手に抱擁と握手を交わし、顔を覆い隠している兜越しに激励をくれた。高圧的な態度を持つという、権力者への個人的なイメージ。その権力者の頂点に立っているであろう存在が親身に寄り添ってくれたことが意外であり、少し嬉しかった。だからこそ期待に応えたいのだ。再び会った後に、「君を信じてよかった」と言ってもらいたいのだ。

「ま、頑張りますか」

 決意を改め、そう呟いた直後だった。周辺が慌ただしくなり始める。

「緊急事態発生 ! 繰り返す、緊急事態発生 ! <幻神>の出現を確認した ! 兵士達は直ちに持ち場へ――」

 伝令兵達も口々に知らせてきた。こうしてはいられないと、皆が走り出すが頭の中には一抹の恐怖心があった。報告書が正しければ<幻神>を顕現させることが出来る存在は、シーエンティナ帝国を治める皇帝陛下。そして―――

「おい…あれって確か…」

 慌てて置いていた銃を抱えた兵士の一人は、地平線の向こうに立ちはだかっている巨人を目にした。間違いない。<ガイア>である。飛行船からすぐさま砲撃が始まったが、<ガイア>はそれより先に大地へ己の掌を付ける。そして巨大な岩の壁を複数せり上がらせた。分厚い岩の壁は、表面が砕けこそすれど完全に破壊することは出来ない。皇国の兵達が被弾をする事も無かった。

「ウオオオオオオオオオオオオオ‼」

 あれと戦わなければならないのか。リミグロン兵達の士気が荼毘に付し、恐怖心に駆られ始めた瞬間を狙うかの如く、ガイアが咆哮して走り出す。それが戦の始まりを告げる合図となった。
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