怨嗟の誓約

シノヤン

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4章:果てなき焔

第126話 先陣

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 三日後、ルーファン一行は、護獣義士団とジェトワ皇国軍第五師団に連れられて出兵した。道中で状況を説明されたが、腑に落ちない点こそあれどジェトワ皇国側にとっては苦境が続いている様子である。

 リミグロンによる侵攻が起きているのは、ジェトワ皇国から更に南西に降った先…かつてはノルコア王国と称されていた土地から攻め始め、そしてそれは成功しつつあった。なぜ南西部からなのかを尋ねると、北西部や西部についてはジェトワ皇国の直属の領土であり、補給路や防衛拠点が多くある事から短期決戦で制圧していくのは困難だと判断された可能性があるらしかった。東の方角から攻め込むにしても、スアリウスやリガウェールからの目もある上に、彼らが口実を付けて参戦して来れば事態はさらにややこしくなるだろう。

 侵略をされ、国土も荒れ果て、警戒すべき戦力もなく、更に領土内に残留しているノルコア人からの反発により、軍の拠点をまともに作れない状況が旧ノルコア王国の領土では続いている。故に南西部は守りが酷く手薄だった。無理やり防衛拠点や環境の整備を行う案も議会では浮上したのだが、一部の議員や国民団体の激しい反発にあった事で有耶無耶になってしまったらしい。

「…で、今私たちが見ている景色がリミグロンの戦力のデカさを物語っているってわけだ」

 丘陵の頂で、ルーファンの隣にメアは立っていた。二人の目の先には、乾燥した赤土で作り上げられた虚しい荒野と、その地平線を埋め尽くすような大群である。着陸したリミグロンの飛行船、目視でさえ分かるほどに巨大な生物兵器、そしてアリの如く群がって動き回っている小さな影…恐らく兵士達である。前進してくるわけでも、ましてや後退もしない。この土地に、ただ在留しているだけであった。

「だが数はそれほど多くないな。リガウェールの侵攻が起きた時と同程度と言えば聞こえはいいが…リゴト砂漠とリガウェールで二度もしくじっている状況で、向こうは後が無い筈だ」
「だけど油断は出来ない。リミグロンはいつでもどこでも、不可思議な光を使って味方の増援を出せるって聞いたよ ? あんな所で屯してるだけとはいえ、何か目的があっての事でしょ。それか…軍師様が恐ろしいくらい無能で楽観主義なのかも」

 丘から後方に下って兵達の駐屯地に二人は戻ったが、リミグロンの動きがどうも気になってしまう。不審さが残りはするものの、早い内に叩いておく必要があるのは分かる。だがそれさえも見透かされるような気がしてならないのだ。こちら側の気の迷いだった。そんな間抜けな結末で終わる事を祈るのみである。

 兵士達が簡素な飯にありついている横を素通りし、作戦会議を行っている司令部へと向かう。司令部である幕舎の中にはラクサ中尉を始めとした連隊の隊長たち、そして師団を指揮している将校…ナウソク少将の姿もある。剛毛としか言いようのない白く分厚い顎鬚を蓄え、口元が全く見えない年寄りであった。頭は頭髪が無いせいで汗で輝いている。

「どうだったかね。ディルクロ殿」

 ナウソク少将は地図から顔を上げた。

「視界を遮る物が無い土地を戦場に選ばれたのは失敗でしたね。少なくとも不意打ちは考えない方が良いでしょう。これといって動きがない辺り、相手方の目的も不明瞭で意図を断定するには情報が不足している。やるとするならば短期決戦ですぐに終わらせる事に賭けるか、様子を見て敵の意図を探る時間を稼ぐか…どちらかでしょう」
「ふむ…だが放置をしていればどのような手段に出て来るか分からない。出来る事ならば今の内に奴らを追い払いたいものだ」

 ルーファンは率直に伝えた。

「様子見 ? 目の前に敵がいるのに ?」
「突っ走る事だけが戦じゃないんだ。お前みたいな奴が勝手に暴れて、勝手にくたばるお陰で事態が悪化するというのはよくある話だよ。もっとも、鉄砲玉として先陣切ってくれるんなら結構だが」
「…はぁ ?」

 ラクサとメアがまた火花を散らし始める。なぜこの二人を編成したのか…いや、そもそも敵の軍勢が迫っている中で派遣をするのが師団一つと外国人部隊だけというのも頂けない。各地から伝わる情報通りならば強大な相手だというのに、御上は呑気にどんぶり勘定で割く戦力を決めているのだろうか。

「ここは話し合う場であって、子供じみた口喧嘩をする場ではないと記憶しているぞ。謹んでくれ二人とも…ディルクロ殿。あなたはこの場にいる者達の中で、誰よりもリミグロンと交戦している手練れだ。是非意見を窺いたい」

 若い部隊長が二人を窘め、ルーファンを見る。丁度その時、入り口からサラザールも戻って来た。

「どうだった ?」
「空から見てきた。戦力はリガウェールの時と同じかそれより少し多いかも。後、呑気に訓練してたものだから少し見物してたけど、やっぱり連中の銃は一度使ってからまた撃てる様になるまで時間が必要みたい。発射音と発射音の間を時計で図ってみたけど、二十秒かしら」
「前とはあまり変わってないか…いい加減改善するものだと思ったが」

 サラザールが空から偵察をした情報を基に、ルーファンは頭の中で情報を整理する。そしてテーブルに近づき、ナウソク少将の向かいに立った。

「リミグロンが使う銃は強力な光の弾を発射できる。だが次に撃てる様になるまでには時間が掛かります。その間に白兵戦に持ち込めれば、皇国軍側の兵士でも十分に対処が出来るでしょう。なまじ威力も高く、同士討ちを避けるために彼らはすぐサーベルに持ち替えるでしょうから」
「君たちから献上してもらった連中の鎧の一部だが、この間実験に使わせてもらった。確かに<火の流派>の火力を以てすれば損傷させることは難しくない。だが問題は、いかにして彼らを掻き乱し、接近するかだ」
「…遠距離攻撃を含めた後方支援と、突撃の準備を頼みます。もしやるとするならば正面突破です」

 ルーファンの提案に小さなどよめきが起こる。当然であった。こちら側の戦力の把握していればまずありえない発言だからである。

「いくら何でも無茶です ! あの軍勢を正面から相手取れば、どれほどの損害が――――」
「人間の力だけならそうだ。だが今は違う」

 若い女性の隊長も異議を申し立てたが、<幻神>の力を使う気でいたルーファンにとっては無用な心配であった。体力の温存も考えると長時間の使用はできないが、<幻神>を顕現させれば大型の兵器と飛行船ならば破壊をして使えなくする事も出来るだろう。歩兵の数についてもある程度削ぐことが出来る。

「スアリウスとリガウェールの二か国からお墨付きをもらっている以上、君を疑うわけでは無いが…信用していいのかね」
「信用されようが、されなかろうが…俺のやる事は決まってます。だが信じてくれるというなら、手柄は全てあなた方の物だ」
「勝ち馬に乗りたいか、腰抜けの傍観者で終わるか、どちらか選べと ? …フフ、成程。人間ならば、前者を選ばん者はいないだろうな。いいだろう。お手並みを見せてもらう」

 懐疑的な態度を僅かに見せていたナウソク少将だが、ルーファンからの誘いに悪そうな笑みを浮かべる。だが、そんな彼の態度を見てもルーファンは見下したりなどはしなかった。避けられるリスクは避け、手に入れられる利益は叶う物ならば全部物にしたい。人間とは根本がそういう生き物なのである。

 その会合から迅速に準備は整えられた。丘陵地とその手前にはジェトワ皇国の兵達が佇み、フォルトとアトゥーイ、そして護獣義士団もその集団の中に加わる。誰もが遠方に見える軍勢を前に尻込みしていたが、自分達よりもさらに前へルーファンとガロステルが立っていた。何をする気なのか分かっていない兵達は不気味そうに観察をするばかりであったが、フォルト達は特に問題にもせず各々の戦いに集中する。信頼感の差である。

「あの少将さんといい、ここに来るまでの道中で見送りしていた国民どもといい、どいつもこいつもお前を嘗め切っているな」

 ガロステルが首を鳴らして笑う。出陣した際もそうだが、国民自体が戦争というものを忌避しているのか、戦に出向く兵士たちへ侮蔑的な視線を送っていたことをルーファンは強く覚えていた。自分も含めてである。後で聞いたところ、「戦火を持ち込んだ余所者」として自分を嫌っている人間がそれなりにいるとの事だった。

「当然の反応だ。戦いなんてしないに限る」
「だが今は必要だ。そして、お前と俺達ならすぐに終わらせられるぞ」
「…かもな」
「かもじゃねえだろ ? なあ…まあいいか。よしっ、そんじゃあ自分達がどんな奴を味方に付けたのか、たっぷり見せつけてやろうぜ。皆さま方によ」

 口数が少なり始めたルーファンには殺意が迸っていた。リミグロンと戦いたいという欲が彼に渦巻き、それ以外何も考えられなくなっているのだ。これ以上はお喋りに付き合ってくれなさそうだとガロステルも分かったのか、拳を鳴らしてからルーファンの後ろに立つ。

「…いつでもいい」

 その声が聞こえた直後、ガロステルの光輝く拳がルーファンの胴体を貫いた。
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