怨嗟の誓約

シノヤン

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4章:果てなき焔

第121話 見聞録 その①

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「うわ~、賑やか…」

 ルーファンとジョナサンが国府に招かれた事もあって、他の面々は暇を持て余す事になってしまった。そのため街の観察がてら観光をする事に決めたフォルトとタナ、そしてガロステルは、ベイキョウ最大の市場であるヨトナ中央卸市場へと赴いていた。

 掘っ立て小屋や屋台が軒を連ね、奥には人だかりでごった返している広場がある。店では調味料、食材、金属細工、酒、武器、服…外来の品も国内で生産された品も問わず、整頓された状態で披露されていた。競りの如く値段を付けながら争っている光景もあれば、値引きをしてもらおうと商人と一歩も譲らずに弁論を繰り広げている光景もある。中にはお得意の買い手と呑気に談義をしている人々もおり、過ごし方は多種多様である。

「これだよこれ ! 観光の醍醐味といえば、やっぱり賑やかな場所に来ねえと。タナ、はぐれるなよ。お前ちっこいから見失っちまうかもしれない」
「は、はい…」

 ウキウキしているガロステルの背後を遠慮がちにタナは歩き、フォルトはジョナサンから聞いておいた用事を思い出しながら先を急ぐ。土産の購入も含めてやりたい事がいくつかあった。

「えっと、食料もだし、そうだ…姉さんに―――」
「今こそ!!鉄槌を下す時が来たのだ!!」
「うわっビックリした」

 突然広場から聞こえた怒声に、一瞬頼まれごとを忘れそうになったフォルトは何事かと声のする方を見てみる。何やら汚らしい絵や看板を掲げた人々が大勢屯しているその広場では、何らかの集会が行われている様だった。広場の中央で禿げた頭を日光で輝かせながら一人の男が演説をしている。

「この国は腐敗したのだ!!デカい態度で居座る以外に何もしていない国府の蛆虫どもは、我々か弱き庶民を救わずにのうのうと暮らしている!!観光と貿易を栄えさせるなどとほざいてこの偉大なる国の技術や文化を安売りし、外人へ媚びへつらい、挙句の果てに防衛のためとほざきながら、我らが死に物狂いで貢いだ税金を生産性も無ければ弾避けにも使えん移民どもに注いでいる!!もはや止めようがないのだ!!一匹残らず殺しでもしない限り!!」

 ふくよかな腹と顎を揺らしながら男が演説をすると、薄汚い格好に身を包んだ野次馬達が同調するように叫びをあげる。

「私は政治も、外交も、軍事の事も知らない!!多くの芸術作品を輩出した、ただの天才画家である!!しかーし ! この国に巣食う害虫共を殲滅し、強き偉大なるジェトワ皇国を取り戻すためには、私が議員として皇王陛下にお仕えするしかないのだ!!諸君らに約束しよう!!私が国府で活躍できる日が来れば、ありとあらゆる手段を以て移民共を排除し、売国奴どもを議会から叩き出し、かつての偉大なる皇国の姿に戻して見せると!!」

 勢いが強まる演説を前に、野次馬達は馬鹿の一つ覚えの如く頷くか、手を叩くか、決まり文句のように同じような称賛の言葉を述べるだけであった。「よくぞ言った」、「これは天才ゆえの宿命に違いありません」、「あなたこそが希望だ」と金でも貰っているのかと言うほどに彼を崇拝していた。

「さあ、選挙へ先駆けて景気づけだ!!酒と火を持ち、売国奴共の人形と絵を焼け!!これこそが我らの狼煙だと知らしめるのだ!!」

 男の号令を皮切りに聴衆は松明を握って広場に置かれている絵や案山子を燃やし始める。露悪的に、そして醜悪に描かれていた人物画が燃え堕ちるのを見ながら高らかに笑い、酒を飲みながらじきに国府の連中や移民共にも同じ事が出来る日が来そうだなどと、おぞましい事を口にする者もいた。

「…ったく、平日の昼間からよくやるよあの暇人ども。あんな騒ぎ方されたら客が寄り付かねえ」
「いやはや全く。黙って働いて稼げば全部解決するってのに、な ?」
「だな」

 もはや儀式的ともいえるその集会を尻目に、付近に並んでいた屋台では若い男の商人とちょび髭を生やした中年の商人が愚痴を零し合っていた。

「やめときなよアンタら。そうやって文句言った奴らが、売国奴の手下だなんて言いがかり付けられてリンチにされたの忘れたのかい ? 選挙が終わるまでの辛抱さ」

 だが、近くにいた女性の商人が慌てて窘める。数の暴力には流石に太刀打ちできない以上、耐える以外には手段が残されていなかった。

「あの~…」

 そんな時に、フォルト達が屋台の前に立つ。見慣れない風貌をした客を前に商人たちが目を丸くしたのは勿論、近所の屋台にいた客達も少しだけ視線を向けていた。

「おっと、見慣れないお客さんだな。遠方から来たのかい ?」

 若い商人が尋ねた。

「はい ! 私の友達が、この辺りの干物が一番美味しいから買っておいて欲しいって言ってたんで。ジョナサンって言うんですけど」
「何だ、あの新聞記者のツレだったか。代理を寄越すってんなら連絡ぐらいしてくれりゃ良かったのに」

 フォルトの事情を聞いたちょび髭の商人も安堵したように話しかけた。やはり外来の、それも見知った間柄では無い者と意思疎通を図る事に抵抗感があるのは、どこの国だろうと共通事項らしい。

「所で、あれって何です ?」
「ああ…気にする事は無いよ。この国のちょっぴり恥ずかしい部分って奴さ。国府…他の国じゃ政府って言うのかな。そこで働く役人を投票で決めるための選挙が近々行われるんだ。だから立候補した連中が平日休日問わず広場で馬鹿騒ぎしてる。昨日は全く真逆の主張してる連中が暴れてた。何だっけ…移民の保護がどうとか、外国人差別をやめさせるとか、他の国の文化を取り入れるだとか、まあ色々だよ。皆口揃えて国民のためがどうとか言ってるけど、肝心の国民の商売の邪魔になってる事は気にも留めてないのさ」

 集会を珍しそうに見ていたフォルトへ、若い男の商人は皮肉交じりに笑っていた。

「その通りさ。選挙の大事さは分かってるつもりだけど、私達からしたら明日の飯と今日の売り上げ以外に興味はないね」
「ああ、俺達商人の世界はシンプル…生まれも育ちも思想も問わない。金をくれる客は皆神様としてもてなすのが流儀だ」

 女性の商人とちょび髭の商人も本音を語り合いながら仲良く頷いていた。若い商人もそれを微笑ましそうに見ている。

「流石ベテラン達。良い事を言う…さあそこで本題。皆様方はどうだろう ? 少し仲良くなれた顔見知りで終わるかな ? それとも、僕たちにとっての神様になってくれるかな ?」
「オイオイ。まさかここまでの話題、全部セールストークだったのか ?」
「さあどうだか。財布の紐が緩くなれば、僕の口もきっと緩くなるよ。どうする ?」

 意気揚々とこちらへ催促をする若い男の商人を見たガロステルは思わず笑ってしまった。だが買い物をするという目的がある以上は好都合である。

「肉と魚…あと――」
「く、果物 ! 私、干し果物が食べたいです… !」

 早速フォルトが注文を入れ出し、タナも食い気味に自分の要望を伝えた。

「よーしよし。果物なら任せて。ボクはこう見えて皇国軍にも卸してるぐらい扱ってる商品が豊富だからね。長旅や遠征なら猶更果物の栄養は欠かせない。肉は――」
「ちょっと待て。干し肉ならウチで買え。家畜は勿論、野生動物も魔物も揃えてる。たんぱく質が無ければ人は生きていけないんだぜ」
「アンタ達、そんな食料ばっか買わせても運べないだろう。それにまさか、そのまま食わせる気じゃないだろうね。どうだいお嬢さん方、持ち運ぶための鞄や料理用の金属加工品なんか。アクセサリーもあるよ。ぜーんぶ選りすぐりの職人から仕入れた逸品。長旅にでも安心の物ばかりで…」

 ジョナサンだけの頃とは違う。大人数という事はその分売り上げも期待できる。商人たちはすぐに察知し、我先にと自慢の商品を宣伝し出す。互いが互いを牽制し、時には認めながら品を勧めて来る姿にフォルト達も笑う。負の感情など微塵も無い。心地の良い騒がしさであった。



※年末年始はお休みをいただきます。皆様よいお年を。
※新年早々ではありますが、少しだけ延期させていただきます。申し訳ございません。
※次回の更新は一月九日予定です。
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