怨嗟の誓約

シノヤン

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4章:果てなき焔

第119話 押しつけ

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 案の定ではあるが、ルーファン達への歓迎は祝福に満ちてなどいなかった。リゴト砂漠やリガウェール王国、スアリウス共和国も似たようなものだったが、それ等の地域の民は、無知ゆえの物珍しさによる視線を向けるだけであった。或いは、そもそも興味が無さそうに各々の日常に没頭していた。ジェトワ皇国は、悪い意味でルーファン達を見る目が違っていたのだ。

 火山による地熱で温められた水脈が多いせいか、街のあちこちから温泉による湯気が立ち上っている。平屋が多く、目立つほどに高く仰々しい建物はあまりない。遠目で確認できるものとしては、国府と称される議会及び皇王の居住区ぐらいであった。その国府へと続く街道を、ルーファン達は皇国軍の兵士に連れられて案内されるが、道の両端では民が群れを成して見物をしている。やはり皆身長は小さい。そしてこちらを軽蔑するかのように睨んでいた。

「見ろ…あんなガキしか援軍を寄越してくれないとは、我が国も嘗められたもんだ」
「腰抜け外交のせいだろう。外国にばかり媚を売りおってからに、国府の売国奴連中め…」
「やはり今の議員共を次の選挙で引きずりおろさねば…」

 こちらに聞こえているとは知る由も無いのか、ルーファンを見るや否や民の一部が陰口を叩く。フォルトがムッとしていたが、気にする事は無いとサラザールが窘めていた。

「あの子がリーダーらしいわよ。結構いい男じゃない ?」
「確かに、外人って皆あんな感じなのかしら」
「もしそうなら正直侵略されたいわよね。ウチの国の男連中と交換したいわ」

 嫌悪感が無さそうな声もあったが、そちらもまた平和ボケと下卑た性根に満ち溢れていた。

「右も左も聞くに堪えんな」
「情勢が良くないと、住む人間の根性もひねくれちまう。国ってのはそんなもんさ」

 早くも不愉快さを滲ませていたルーファンとこの手の反応は慣れてるらしいジョナサンの二人だったが、道の向こうに待機をしている別の兵士達がいる事に気付く。一般の皇国軍とは違う薄い灰色の戦闘服に身を包んでいる。護獣義士団であった。

「ディルクロ殿、ここからは彼女達が同伴し、あなた方を案内する手筈となっています」

 案内をしてくれた皇国軍の兵士が行った。

「メア・イェリツァー大尉です」
「えっと…ルーファン・ディルクロだ。よろしく頼む。それと、俺に対しては敬語は使わなくていい」
「分かった」

 とんがった耳が無い、ジェトワ人では無い彼女をルーファンは少し珍しく感じた。だがそんな意図を察しているのかメアは快くなさそうに、そそくさと他の者達と握手を交わしながらルーファンから離れる。この国の出身者ではないのなら、外から来た者同士仲良くできるかと思っていたのだが見当違いだったらしい。

「滞在していただく宿舎に案内します。こちらへ」

 メアが案内のために先頭を歩き始める。ルーファンはそんな彼女に早歩きで追いつき、やがて列の先頭に並んだ。

「我々はあまり歓迎されていないようだな」
「ええ。戦争が終わって無い上に、そんな状況下で国府の役人…つまり議会の議員を決める選挙が行われる事が決まって、更に外から客までやって来た。いつにも増して皆気が立っている」
「選挙 ? 戦は熾烈を極めているのだろう ? 選挙如きが国の防衛より優先されるべき事なのか ?」
「遠い国の未来より、権力と人々の注目を維持する事の方が重要なの。政治家にとっては」

 一枚岩とはいかない国内の情勢について説明するメアの顔は、どこか苦々しい物だった。



 ――――護獣義士団の宿舎、その屋外の訓練場では団員達が白兵戦の訓練に区切りを付けて休息を取っていた。

「なあ聞いたか ?」

 団員の一人が仲間達に語り掛ける。

「例の”鴉”の一味、俺達の宿舎で泊まるらしいぜ」
「嘘だろ。国府の連中が呼んだんだからどっかの宿でも借りさせればいいのに」
「ここが一番安全そうで、尚且つ設備も整ってるからだとさ。一番嫌な役押し付けられちまった。おまけにこの後の訓練も視察するし、場合によっては参加するんだと」
「…機嫌を損ねて殺されるなんてことにならないと良いが。かなりヤバい奴だって話だろ」

 柄杓で桶の水を掬い、それを飲みながら全員が緊張感を抱いた。噂で聞くだけでもかなりの実力者だと評価されている。それが”鴉”であった。複数の流派の魔法を操り、様々な種族の部下達を従える戦士。その名を聞いただけでリミグロン達は恐怖に震え、子供の様に泣きじゃくるといった変な噂まで流布されている始末だった。

「しかも…そんな奴と一緒に戦場で死んで来いっていうクソみたいな命令付きだ」

 集団の片隅にいた団員の言葉を皮切りに、辺りはしんと静まり返る。いつかこんな日が来るとは思っていたが、もう少し覚悟をする猶予を与えて欲しかった。それが彼らの言い分である。

「本軍を温存したいからって…俺達だけで戦えとはな。こんな無茶苦茶あるかよ。どれだけの軍勢だと思ってんだ」
「それが仕事だから仕方ないだろ。それに…たぶん、俺達移民連中を殺す絶好の機会だと思ってるんだ。軍のお偉いさんは。俺達が勝てば移民部隊を提案した連中の評価が上がる…負けて死んでも、無駄な食い扶持を減らす口実として、移民部隊は十分機能することの証明になる。どう足掻いても俺達は生贄にしかならない」

 護獣義士団の団員たちは落ち込んでいた。目先の報酬、そして軍人という肩書に釣られた己の浅はかさを後悔していたのだ。大した教養も経歴も無い自分達のような下民を、何食わぬ顔で招き入れる時点で警戒をするべきだったのだ。下の人間が損をしようと得しようと、上に立つ者達は必ず利益を得ている。組織とはそんなものである。

「…団長だ !」

 一人の団員が叫んだ。こちらへ向かって来るメアの背後に見慣れない顔がいる。そして、彼女の隣にはルーファンがいた。顔の傷、白髪の方が気持ち多い頭髪、使い込まれた服装、そしてリラックスこそしているものの、明らかに周辺を警戒している事が分かる鋭い眼光。只者ではないという事だけは、その場にいた誰もが感じ取っていた。
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