120 / 174
4章:果てなき焔
第119話 押しつけ
しおりを挟む
案の定ではあるが、ルーファン達への歓迎は祝福に満ちてなどいなかった。リゴト砂漠やリガウェール王国、スアリウス共和国も似たようなものだったが、それ等の地域の民は、無知ゆえの物珍しさによる視線を向けるだけであった。或いは、そもそも興味が無さそうに各々の日常に没頭していた。ジェトワ皇国は、悪い意味でルーファン達を見る目が違っていたのだ。
火山による地熱で温められた水脈が多いせいか、街のあちこちから温泉による湯気が立ち上っている。平屋が多く、目立つほどに高く仰々しい建物はあまりない。遠目で確認できるものとしては、国府と称される議会及び皇王の居住区ぐらいであった。その国府へと続く街道を、ルーファン達は皇国軍の兵士に連れられて案内されるが、道の両端では民が群れを成して見物をしている。やはり皆身長は小さい。そしてこちらを軽蔑するかのように睨んでいた。
「見ろ…あんなガキしか援軍を寄越してくれないとは、我が国も嘗められたもんだ」
「腰抜け外交のせいだろう。外国にばかり媚を売りおってからに、国府の売国奴連中め…」
「やはり今の議員共を次の選挙で引きずりおろさねば…」
こちらに聞こえているとは知る由も無いのか、ルーファンを見るや否や民の一部が陰口を叩く。フォルトがムッとしていたが、気にする事は無いとサラザールが窘めていた。
「あの子がリーダーらしいわよ。結構いい男じゃない ?」
「確かに、外人って皆あんな感じなのかしら」
「もしそうなら正直侵略されたいわよね。ウチの国の男連中と交換したいわ」
嫌悪感が無さそうな声もあったが、そちらもまた平和ボケと下卑た性根に満ち溢れていた。
「右も左も聞くに堪えんな」
「情勢が良くないと、住む人間の根性もひねくれちまう。国ってのはそんなもんさ」
早くも不愉快さを滲ませていたルーファンとこの手の反応は慣れてるらしいジョナサンの二人だったが、道の向こうに待機をしている別の兵士達がいる事に気付く。一般の皇国軍とは違う薄い灰色の戦闘服に身を包んでいる。護獣義士団であった。
「ディルクロ殿、ここからは彼女達が同伴し、あなた方を案内する手筈となっています」
案内をしてくれた皇国軍の兵士が行った。
「メア・イェリツァー大尉です」
「えっと…ルーファン・ディルクロだ。よろしく頼む。それと、俺に対しては敬語は使わなくていい」
「分かった」
とんがった耳が無い、ジェトワ人では無い彼女をルーファンは少し珍しく感じた。だがそんな意図を察しているのかメアは快くなさそうに、そそくさと他の者達と握手を交わしながらルーファンから離れる。この国の出身者ではないのなら、外から来た者同士仲良くできるかと思っていたのだが見当違いだったらしい。
「滞在していただく宿舎に案内します。こちらへ」
メアが案内のために先頭を歩き始める。ルーファンはそんな彼女に早歩きで追いつき、やがて列の先頭に並んだ。
「我々はあまり歓迎されていないようだな」
「ええ。戦争が終わって無い上に、そんな状況下で国府の役人…つまり議会の議員を決める選挙が行われる事が決まって、更に外から客までやって来た。いつにも増して皆気が立っている」
「選挙 ? 戦は熾烈を極めているのだろう ? 選挙如きが国の防衛より優先されるべき事なのか ?」
「遠い国の未来より、権力と人々の注目を維持する事の方が重要なの。政治家にとっては」
一枚岩とはいかない国内の情勢について説明するメアの顔は、どこか苦々しい物だった。
――――護獣義士団の宿舎、その屋外の訓練場では団員達が白兵戦の訓練に区切りを付けて休息を取っていた。
「なあ聞いたか ?」
団員の一人が仲間達に語り掛ける。
「例の”鴉”の一味、俺達の宿舎で泊まるらしいぜ」
「嘘だろ。国府の連中が呼んだんだからどっかの宿でも借りさせればいいのに」
「ここが一番安全そうで、尚且つ設備も整ってるからだとさ。一番嫌な役押し付けられちまった。おまけにこの後の訓練も視察するし、場合によっては参加するんだと」
「…機嫌を損ねて殺されるなんてことにならないと良いが。かなりヤバい奴だって話だろ」
柄杓で桶の水を掬い、それを飲みながら全員が緊張感を抱いた。噂で聞くだけでもかなりの実力者だと評価されている。それが”鴉”であった。複数の流派の魔法を操り、様々な種族の部下達を従える戦士。その名を聞いただけでリミグロン達は恐怖に震え、子供の様に泣きじゃくるといった変な噂まで流布されている始末だった。
「しかも…そんな奴と一緒に戦場で死んで来いっていうクソみたいな命令付きだ」
集団の片隅にいた団員の言葉を皮切りに、辺りはしんと静まり返る。いつかこんな日が来るとは思っていたが、もう少し覚悟をする猶予を与えて欲しかった。それが彼らの言い分である。
「本軍を温存したいからって…俺達だけで戦えとはな。こんな無茶苦茶あるかよ。どれだけの軍勢だと思ってんだ」
「それが仕事だから仕方ないだろ。それに…たぶん、俺達移民連中を殺す絶好の機会だと思ってるんだ。軍のお偉いさんは。俺達が勝てば移民部隊を提案した連中の評価が上がる…負けて死んでも、無駄な食い扶持を減らす口実として、移民部隊は十分機能することの証明になる。どう足掻いても俺達は生贄にしかならない」
護獣義士団の団員たちは落ち込んでいた。目先の報酬、そして軍人という肩書に釣られた己の浅はかさを後悔していたのだ。大した教養も経歴も無い自分達のような下民を、何食わぬ顔で招き入れる時点で警戒をするべきだったのだ。下の人間が損をしようと得しようと、上に立つ者達は必ず利益を得ている。組織とはそんなものである。
「…団長だ !」
一人の団員が叫んだ。こちらへ向かって来るメアの背後に見慣れない顔がいる。そして、彼女の隣にはルーファンがいた。顔の傷、白髪の方が気持ち多い頭髪、使い込まれた服装、そしてリラックスこそしているものの、明らかに周辺を警戒している事が分かる鋭い眼光。只者ではないという事だけは、その場にいた誰もが感じ取っていた。
火山による地熱で温められた水脈が多いせいか、街のあちこちから温泉による湯気が立ち上っている。平屋が多く、目立つほどに高く仰々しい建物はあまりない。遠目で確認できるものとしては、国府と称される議会及び皇王の居住区ぐらいであった。その国府へと続く街道を、ルーファン達は皇国軍の兵士に連れられて案内されるが、道の両端では民が群れを成して見物をしている。やはり皆身長は小さい。そしてこちらを軽蔑するかのように睨んでいた。
「見ろ…あんなガキしか援軍を寄越してくれないとは、我が国も嘗められたもんだ」
「腰抜け外交のせいだろう。外国にばかり媚を売りおってからに、国府の売国奴連中め…」
「やはり今の議員共を次の選挙で引きずりおろさねば…」
こちらに聞こえているとは知る由も無いのか、ルーファンを見るや否や民の一部が陰口を叩く。フォルトがムッとしていたが、気にする事は無いとサラザールが窘めていた。
「あの子がリーダーらしいわよ。結構いい男じゃない ?」
「確かに、外人って皆あんな感じなのかしら」
「もしそうなら正直侵略されたいわよね。ウチの国の男連中と交換したいわ」
嫌悪感が無さそうな声もあったが、そちらもまた平和ボケと下卑た性根に満ち溢れていた。
「右も左も聞くに堪えんな」
「情勢が良くないと、住む人間の根性もひねくれちまう。国ってのはそんなもんさ」
早くも不愉快さを滲ませていたルーファンとこの手の反応は慣れてるらしいジョナサンの二人だったが、道の向こうに待機をしている別の兵士達がいる事に気付く。一般の皇国軍とは違う薄い灰色の戦闘服に身を包んでいる。護獣義士団であった。
「ディルクロ殿、ここからは彼女達が同伴し、あなた方を案内する手筈となっています」
案内をしてくれた皇国軍の兵士が行った。
「メア・イェリツァー大尉です」
「えっと…ルーファン・ディルクロだ。よろしく頼む。それと、俺に対しては敬語は使わなくていい」
「分かった」
とんがった耳が無い、ジェトワ人では無い彼女をルーファンは少し珍しく感じた。だがそんな意図を察しているのかメアは快くなさそうに、そそくさと他の者達と握手を交わしながらルーファンから離れる。この国の出身者ではないのなら、外から来た者同士仲良くできるかと思っていたのだが見当違いだったらしい。
「滞在していただく宿舎に案内します。こちらへ」
メアが案内のために先頭を歩き始める。ルーファンはそんな彼女に早歩きで追いつき、やがて列の先頭に並んだ。
「我々はあまり歓迎されていないようだな」
「ええ。戦争が終わって無い上に、そんな状況下で国府の役人…つまり議会の議員を決める選挙が行われる事が決まって、更に外から客までやって来た。いつにも増して皆気が立っている」
「選挙 ? 戦は熾烈を極めているのだろう ? 選挙如きが国の防衛より優先されるべき事なのか ?」
「遠い国の未来より、権力と人々の注目を維持する事の方が重要なの。政治家にとっては」
一枚岩とはいかない国内の情勢について説明するメアの顔は、どこか苦々しい物だった。
――――護獣義士団の宿舎、その屋外の訓練場では団員達が白兵戦の訓練に区切りを付けて休息を取っていた。
「なあ聞いたか ?」
団員の一人が仲間達に語り掛ける。
「例の”鴉”の一味、俺達の宿舎で泊まるらしいぜ」
「嘘だろ。国府の連中が呼んだんだからどっかの宿でも借りさせればいいのに」
「ここが一番安全そうで、尚且つ設備も整ってるからだとさ。一番嫌な役押し付けられちまった。おまけにこの後の訓練も視察するし、場合によっては参加するんだと」
「…機嫌を損ねて殺されるなんてことにならないと良いが。かなりヤバい奴だって話だろ」
柄杓で桶の水を掬い、それを飲みながら全員が緊張感を抱いた。噂で聞くだけでもかなりの実力者だと評価されている。それが”鴉”であった。複数の流派の魔法を操り、様々な種族の部下達を従える戦士。その名を聞いただけでリミグロン達は恐怖に震え、子供の様に泣きじゃくるといった変な噂まで流布されている始末だった。
「しかも…そんな奴と一緒に戦場で死んで来いっていうクソみたいな命令付きだ」
集団の片隅にいた団員の言葉を皮切りに、辺りはしんと静まり返る。いつかこんな日が来るとは思っていたが、もう少し覚悟をする猶予を与えて欲しかった。それが彼らの言い分である。
「本軍を温存したいからって…俺達だけで戦えとはな。こんな無茶苦茶あるかよ。どれだけの軍勢だと思ってんだ」
「それが仕事だから仕方ないだろ。それに…たぶん、俺達移民連中を殺す絶好の機会だと思ってるんだ。軍のお偉いさんは。俺達が勝てば移民部隊を提案した連中の評価が上がる…負けて死んでも、無駄な食い扶持を減らす口実として、移民部隊は十分機能することの証明になる。どう足掻いても俺達は生贄にしかならない」
護獣義士団の団員たちは落ち込んでいた。目先の報酬、そして軍人という肩書に釣られた己の浅はかさを後悔していたのだ。大した教養も経歴も無い自分達のような下民を、何食わぬ顔で招き入れる時点で警戒をするべきだったのだ。下の人間が損をしようと得しようと、上に立つ者達は必ず利益を得ている。組織とはそんなものである。
「…団長だ !」
一人の団員が叫んだ。こちらへ向かって来るメアの背後に見慣れない顔がいる。そして、彼女の隣にはルーファンがいた。顔の傷、白髪の方が気持ち多い頭髪、使い込まれた服装、そしてリラックスこそしているものの、明らかに周辺を警戒している事が分かる鋭い眼光。只者ではないという事だけは、その場にいた誰もが感じ取っていた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説

30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!


友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる