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4章:果てなき焔
第117話 熱き歓迎
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「悪かったな、若造で」
兵士達を介抱した後、グリムトの体から食料か金目のものとして使えそうな部位を拝借した一行だが再び始まった行進の途中でルーファンが言った。旅を再開する直前に自己紹介をしたは良いが、皇国軍の兵士達からの反応が思っていた物とは違っていた。期待をしていたわけでは無い。だが「思っていたより若い」という戸惑いの言葉が、少し気に入らなかった。若いからなんだというのだ。
「いやいや。決して落胆したわけではありません。ただ、風の噂で耳にする武勇伝からするに、もう少し人生経験が豊かそうな人物だと思っただけで…」
「見かけに惑わされるな。長生きしてる割に起伏の無いつまらん人生を送ってる者もいるぞ、世の中はな。それと武勇伝という言い方はやめろ。結果はどうあれ褒められたものじゃない」
皇国軍の兵士達は客人の機嫌を直したがっていたが、無愛想にあしらっていたルーファンにしてみれば本音をはっきりと言って欲しかった。露骨に不貞腐れたような態度をするのもどうかと思い、こちらとしても皮肉で言ったつもりだったのだ。まるで高飛車な金持ちのボンボンじみた扱いをされているのがどうにもいけ好かない。
ルーファンはそう思いながら改めて皇国軍の兵士達を観察する。皆若く、背丈はあまり大きくない。自分より一回り小さいジョナサンにすらギリギリ負けてそうな程度である。どこぞの生物学者は、気候や気温は生物の体格に影響を及ぼす事があると語っていた事を思い出した。人間にも同じ理屈が当てはまるのだろうか。
「そういえば先程装備を拝見した際に気付いたのですが…我々が迎えに来なかった場合、皆様は<障壁>をどうやって通過するつもりだったので ?」
皇国軍の兵士の一人が後ろに列を成して歩いている一向に目を向けた。
「そりゃあ…これだよ」
間もなく使う事になると踏んでいたのか、手に携えていたマントをジョナサンが広げて見せた。泥のような色をした分厚い生き物の皮である。火山地帯に少数で生息している、”イルノラット”と呼ばれる中型のげっ歯類の物だ。出発する前に行商人から購入した物が一着だけあったが、残りに関しては道中で皮だけ調達し、裁縫がやけに上手いタナがこしらえてくれた代物である。
「……もしかして、皆さまこの辺りに来たのは初めてで ?」
「その言い方からするに、イルノラットの皮だけで進むのは自殺行為だったか」
「左様です」
そのような会話をルーファンと皇国軍の兵士が列の先頭でしていた時だった。
「あれは ?」
ルーファンが足を止める。まだ距離はあるが、目の前に空に浮かんでいる物とは別に太陽が見えたのだ。地平線の向こう、沈んでいるのかこれから昇るのかは知らないが、微かに青みがかった橙色の半球が見える。それが見え始めた地点から急激に温度も上がり始めたように感じた。間違いない。<障壁>である。
「あの中に入って行けというのか ?」
「ええ。命を助けていただいて感謝していますよ。我々が死んでいたら、あなた方は今頃あの<障壁>の前で餓死するか、無策のまま突撃して消し炭になっていたでしょう」
「救援はくれないのか…」
「懐事情というヤツです」
切実な内情を垣間見せる皇国軍の兵士達にルーファンは少し憐れみを抱く。やがて一行が<障壁>の前の前に立つ頃には、辺りには生物や植物の気配は一切消え失せていた。太陽と見間違えたそれは炎であった。炎によって形成された巨大な塊であり、領土を覆い隠していたのだ。
「どうやって…突破するんだ⁉」
「まあ見ていてください」
あまりに熱さに息をするので精いっぱいなルーファン達だが、皇国軍の兵士は余裕そうな表情をしている。そこから彼らは魔法を使って炎の矢を作り出してから上空に向けてそれを放つ。やがてそれは大きく、爆発して黒煙を空に浮かべる。そこから少しして<障壁>を形成する炎が揺らぎ出した。やがて<障壁>が二つに割れ、少し手狭ではあるが通路の様に道を開けてくれたのだ。先程まで炎が燃え盛っていた地面は、真っ黒に焦げている。
「うん、熱さも引いた。今なら通って大丈夫です」
皇国軍の兵士が開かれた通路の地面を軽く触って熱が履物に影響しないかどうかを確かめる。基本素足であるフォルトは、今回だけは岩の鎧を足部に纏わせて旅をしていたが、それでも熱が伝われば大変な事になる。兵士達の振る舞いは親切ではあったが、彼女の隣に居たタナは少ししょぼくれていた。
「頑張って…裁縫したんですけど」
「ああ~、えっと、でもマントを付けておくに越したことは無いですよ。火の粉が飛んで服が焦げてしまいますから。まあ我々は気にしませんが」
落ち込んでいるタナの頭をフォルトは撫で、そんな彼女に皇国軍の兵士もフォローを入れてくれた。初対面の不躾さの頃とは打って変わって思っていたよりも良い奴らじゃないかと見直した所で、一同は<障壁>の中を安心したように歩く。一歩踏み出した際、フォルトはチラリと炎の壁の中を見たが思わず足を止めてしまった。黒い炭の塊が無造作に散らばっていたが、明らかに生物の残骸と推測できるような形だったのだ。
「あ…あの…あれって… ?」
「ん ? ああ、あれですか。たまに暑さで頭をやられたりした魔物や動物が<障壁>に突っ込んで死ぬんですよ。まあ、我々も諸事情で死んだ家畜や人などを放り込みますが。勿論方々に許可を貰ってですよ ? 炭になった死体や骨の中には燃料として使える物もあるんで、時間が経ってから採取に来るんです。皆が皆、<火の流派>を使えるわけではないですからね」
「…こわ~」
ルーファンに同行したのは敵討ち以外にも見聞を広めるためという目的もあるとはいえ、リガウェール王国に続いて自分の故郷とは違う慣習を目の当たりにしたフォルトは、少しだけ汗が引っ込む程度に肝を冷やした。
兵士達を介抱した後、グリムトの体から食料か金目のものとして使えそうな部位を拝借した一行だが再び始まった行進の途中でルーファンが言った。旅を再開する直前に自己紹介をしたは良いが、皇国軍の兵士達からの反応が思っていた物とは違っていた。期待をしていたわけでは無い。だが「思っていたより若い」という戸惑いの言葉が、少し気に入らなかった。若いからなんだというのだ。
「いやいや。決して落胆したわけではありません。ただ、風の噂で耳にする武勇伝からするに、もう少し人生経験が豊かそうな人物だと思っただけで…」
「見かけに惑わされるな。長生きしてる割に起伏の無いつまらん人生を送ってる者もいるぞ、世の中はな。それと武勇伝という言い方はやめろ。結果はどうあれ褒められたものじゃない」
皇国軍の兵士達は客人の機嫌を直したがっていたが、無愛想にあしらっていたルーファンにしてみれば本音をはっきりと言って欲しかった。露骨に不貞腐れたような態度をするのもどうかと思い、こちらとしても皮肉で言ったつもりだったのだ。まるで高飛車な金持ちのボンボンじみた扱いをされているのがどうにもいけ好かない。
ルーファンはそう思いながら改めて皇国軍の兵士達を観察する。皆若く、背丈はあまり大きくない。自分より一回り小さいジョナサンにすらギリギリ負けてそうな程度である。どこぞの生物学者は、気候や気温は生物の体格に影響を及ぼす事があると語っていた事を思い出した。人間にも同じ理屈が当てはまるのだろうか。
「そういえば先程装備を拝見した際に気付いたのですが…我々が迎えに来なかった場合、皆様は<障壁>をどうやって通過するつもりだったので ?」
皇国軍の兵士の一人が後ろに列を成して歩いている一向に目を向けた。
「そりゃあ…これだよ」
間もなく使う事になると踏んでいたのか、手に携えていたマントをジョナサンが広げて見せた。泥のような色をした分厚い生き物の皮である。火山地帯に少数で生息している、”イルノラット”と呼ばれる中型のげっ歯類の物だ。出発する前に行商人から購入した物が一着だけあったが、残りに関しては道中で皮だけ調達し、裁縫がやけに上手いタナがこしらえてくれた代物である。
「……もしかして、皆さまこの辺りに来たのは初めてで ?」
「その言い方からするに、イルノラットの皮だけで進むのは自殺行為だったか」
「左様です」
そのような会話をルーファンと皇国軍の兵士が列の先頭でしていた時だった。
「あれは ?」
ルーファンが足を止める。まだ距離はあるが、目の前に空に浮かんでいる物とは別に太陽が見えたのだ。地平線の向こう、沈んでいるのかこれから昇るのかは知らないが、微かに青みがかった橙色の半球が見える。それが見え始めた地点から急激に温度も上がり始めたように感じた。間違いない。<障壁>である。
「あの中に入って行けというのか ?」
「ええ。命を助けていただいて感謝していますよ。我々が死んでいたら、あなた方は今頃あの<障壁>の前で餓死するか、無策のまま突撃して消し炭になっていたでしょう」
「救援はくれないのか…」
「懐事情というヤツです」
切実な内情を垣間見せる皇国軍の兵士達にルーファンは少し憐れみを抱く。やがて一行が<障壁>の前の前に立つ頃には、辺りには生物や植物の気配は一切消え失せていた。太陽と見間違えたそれは炎であった。炎によって形成された巨大な塊であり、領土を覆い隠していたのだ。
「どうやって…突破するんだ⁉」
「まあ見ていてください」
あまりに熱さに息をするので精いっぱいなルーファン達だが、皇国軍の兵士は余裕そうな表情をしている。そこから彼らは魔法を使って炎の矢を作り出してから上空に向けてそれを放つ。やがてそれは大きく、爆発して黒煙を空に浮かべる。そこから少しして<障壁>を形成する炎が揺らぎ出した。やがて<障壁>が二つに割れ、少し手狭ではあるが通路の様に道を開けてくれたのだ。先程まで炎が燃え盛っていた地面は、真っ黒に焦げている。
「うん、熱さも引いた。今なら通って大丈夫です」
皇国軍の兵士が開かれた通路の地面を軽く触って熱が履物に影響しないかどうかを確かめる。基本素足であるフォルトは、今回だけは岩の鎧を足部に纏わせて旅をしていたが、それでも熱が伝われば大変な事になる。兵士達の振る舞いは親切ではあったが、彼女の隣に居たタナは少ししょぼくれていた。
「頑張って…裁縫したんですけど」
「ああ~、えっと、でもマントを付けておくに越したことは無いですよ。火の粉が飛んで服が焦げてしまいますから。まあ我々は気にしませんが」
落ち込んでいるタナの頭をフォルトは撫で、そんな彼女に皇国軍の兵士もフォローを入れてくれた。初対面の不躾さの頃とは打って変わって思っていたよりも良い奴らじゃないかと見直した所で、一同は<障壁>の中を安心したように歩く。一歩踏み出した際、フォルトはチラリと炎の壁の中を見たが思わず足を止めてしまった。黒い炭の塊が無造作に散らばっていたが、明らかに生物の残骸と推測できるような形だったのだ。
「あ…あの…あれって… ?」
「ん ? ああ、あれですか。たまに暑さで頭をやられたりした魔物や動物が<障壁>に突っ込んで死ぬんですよ。まあ、我々も諸事情で死んだ家畜や人などを放り込みますが。勿論方々に許可を貰ってですよ ? 炭になった死体や骨の中には燃料として使える物もあるんで、時間が経ってから採取に来るんです。皆が皆、<火の流派>を使えるわけではないですからね」
「…こわ~」
ルーファンに同行したのは敵討ち以外にも見聞を広めるためという目的もあるとはいえ、リガウェール王国に続いて自分の故郷とは違う慣習を目の当たりにしたフォルトは、少しだけ汗が引っ込む程度に肝を冷やした。
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