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4章:果てなき焔
第116話 連携
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ルーファン達の旅は佳境を迎えつつあった。体内の水分を絞り尽くされて汗すらまともに出ず、携帯していた食料は腐るか干からびてまともに食えない。時折現れる魔物や温泉で辛うじて食いつなぐ状態であった。来ている服や髪、体毛からは皮脂と渇いた汗によって吐き気を催すような悪臭が放たれている。最初の頃は皆でその臭さにはしゃぐ余裕さえあったが、もはや嗅覚が慣れてしまったおかげで、その香りが生物として当たり前の物だと認識してしまう程度には環境に染まりすぎていた。
「…迎えは、どこにいる ?」
ルーファンは隣を歩いていたジョナサンに尋ねる。黄ばんだシャツの襟をバタつかせて風を首に送っていたジョナサンは、荷物から地図を取り出して周辺の様子を確認する。
「そろそろだ。案内人との待ち合わせ場所がある」
そう言うと彼はそそくさと歩き出した。口数が少ない上に態度もどことなく冷たい。彼も出来る事なら話しかけて欲しくはないのだろう。赤土やヒビだらけの岩に囲まれた地帯を延々と歩き続けるしかない退屈な状況だが、気を紛らわせるなどという余計な行動を取っては体力と集中力が無意味に消費される。分かってはいるんだが、あのやかましさとウザったさが少し恋しい。
その時、空で見回りをしていたサラザールが戻って来る。温泉や食えそうな生物がいないかを探してくるのがこの旅における彼女の役目になりつつあった。
「収穫は ?」
こちらへ歩いてくる彼女へルーファンが聞いた。
「いいや。ただ別の問題があった」
「どうした ?」
「見慣れない軍服を着た連中が魔物に襲われている。ここからだとそう遠くない。どうする ?」
「案内してくれ」
彼女の報告にルーファンは躊躇なく動いた。ジョナサンの話からしてジェトワ皇国の関係者である可能性が高く、ここで死なれては困るという打算が動機の大半を占めていた。おまけに魔物を殺せば食料を確保できる可能性もある。危機に瀕している人間を救わなければならないという良心は一応はあったが、すぐにでも忘れてしまいそうな些細な感情へとなり下がっていた。
僅かに拙い足取りでルーファンと仲間達は走る。やがて辿り着いた岩場から下を見下ろすと、確かに人が襲われて逃げ惑っていた。薄い黄土色の装束を纏い、肩や胸部を中心に淡白な造りの鎧を身に着けた軽装である。三人ほどいた彼らを追っているのは、やせ細った細長い肉体と異様に出ている腹、そして体毛が一切なく灰色の皮膚を持つ不気味且つ巨大な獣犬であった。”グリムト”と呼ばれる生物である。
「援護を頼む」
岩陰から見ていたルーファンだが、全員に聞こえるよう告げてから背中の鞘から剣を抜く。そして空中に足場を作っていきながら、いよいよ兵士を食い殺そうとしていたグリムトの方へと急いだ。
「来たれ」
足場から一気にグリムトへ飛び掛かったルーファンは、闇の瘴気を剣に憑依させてそれを背中に突き刺した。刺した傷からかなりの熱を持つ鮮血が溢れ出し、手や顔にかかって軽く火傷をしてしまうがお構いなしだった。グリムトはルーファンを振り払おうと暴れ出し、その勢いに逆らう事なくルーファンは剣を引き抜いてからグリムトの背を踏み台に跳躍する。その際、剣を投げ捨てて今度は背負っていた弓を掴んだ。そして地に落ちる僅かの間に矢を放ち、グリムトの片目に深々と命中させる。見事な狙撃だった。
「ほぎゃあああああああ!!」
地面に叩きつけられたものの、すぐにルーファンは立ち上がる。落下地点は怒りのままに暴れ出すグリムトの目の前であった。
「来たれ」
呪文によって剣を引き寄せたルーファンは柄を掴み、再び敵の方へと再び走り出す。仲間達もすでに駆けつけて兵士達を保護し始めていた。
「水流の矢よ」
アトゥーイが水筒から以前に汲んでおいた温泉をぶちまけ、矢に変化させてグリムトの右前足へ放つ。
「凍てつけ」
そして両手で構えを取って別の呪文を唱えた。するとグリムトに刺さっていた水の矢がたちまち足を覆って地面とくっつき、瞬く間に凍りついたのだ。高い気温のせいですぐに溶けてしまうだろうが、凍って地面に張り付いてしまった事でわずかの間だけグリムトには隙が生まれる。
だがグリムトはこれで終わる気はさらさら無い様だった。敵の口の中から僅かに火の粉が噴き出すのを目撃したルーファンは、そのまま立ち止まらず間一髪で腹の下へ滑り込む。直後、大きく口を開いたグリムトから炎が噴き出し、瞬く間に波となってアトゥーイ達の方へと押し寄せた。
「大地の盾 !」
だが、既に岩の鎧を生成して武装状態にあったフォルトが動いた。岩を操って巨大な盾を形成し、自らが先頭に立って炎の波を防ぐ。炎が収まるや否や、その盾を持ちあげてグリムトの顔へ目がけて投げつけた。
「…ウオオオオオオオ!!」
そして盾をぶつけられたグリムトが怯んだのを確認した後、うら若き少女とは思えない雄叫びと共に突撃した。グリムトは再び炎を吐こうとしていたが、それより前にアトゥーイが水の矢を打って先程と同じように凍りつかせる。これで口さえもまともに動かせなくなっていた。
咄嗟に動かせる左前足をグリムトは叩きつけようとするが、彼女は軽々とそれを躱す。更にその足を踏み台にして勢いを付けて飛び上がり、グリムトの顎へと拳を撃ち込んだ。顎が砕け、牙が折れた事で完全に戦意を喪失したのか、グリムトは情けない悲鳴を小さく発する。
その頃、腹の下から背後へと滑り抜けていたルーファンは、再び背中へと昇ってその上を駆けていく。やがて今度は首筋に狙いを付けてから、剣を深々と突き刺した。そこから剣の柄を掴んだまま、体重をかけて体から飛び降りる。ルーファンの体重と剣の切れ味によってグリムトの首は半分程切断され、鳴き声を上げる事も無く崩れ落ちた。
「すげえ…」
颯爽と現れ、見事な連携で魔物を打ち倒した―ルーファン達に兵士達が感嘆した。彼らの迅速さは爽快感さえ感じられる域に達していたのだ。
「お怪我は ?」
あまり自分が戦いに参加できていない事を歯痒く思ったのか、少しでも役に立とうとアトゥーイが彼らの介抱に当たる。死体を眺めて食料に出来そうかどうかを語り合っているルーファンとフォルトを余所に、ジョナサン達は兵士を取り囲んだ。
「その服装、ジェトワ皇国だね ?」
「は、はいジェトワ皇国軍です。まさかあなた方が噂に聞いていた”鴉”の一味ですか… ?」
「その通り。まあ本命は僕じゃなくてあっちだろうけど」
ジョナサンが指さした先にいた”鴉”を見た皇国軍の兵士達は、わずかながらに困惑した。自分達が伝聞だけで推測し、想像していた人物像よりもルーファンは若すぎたのだ。
「…迎えは、どこにいる ?」
ルーファンは隣を歩いていたジョナサンに尋ねる。黄ばんだシャツの襟をバタつかせて風を首に送っていたジョナサンは、荷物から地図を取り出して周辺の様子を確認する。
「そろそろだ。案内人との待ち合わせ場所がある」
そう言うと彼はそそくさと歩き出した。口数が少ない上に態度もどことなく冷たい。彼も出来る事なら話しかけて欲しくはないのだろう。赤土やヒビだらけの岩に囲まれた地帯を延々と歩き続けるしかない退屈な状況だが、気を紛らわせるなどという余計な行動を取っては体力と集中力が無意味に消費される。分かってはいるんだが、あのやかましさとウザったさが少し恋しい。
その時、空で見回りをしていたサラザールが戻って来る。温泉や食えそうな生物がいないかを探してくるのがこの旅における彼女の役目になりつつあった。
「収穫は ?」
こちらへ歩いてくる彼女へルーファンが聞いた。
「いいや。ただ別の問題があった」
「どうした ?」
「見慣れない軍服を着た連中が魔物に襲われている。ここからだとそう遠くない。どうする ?」
「案内してくれ」
彼女の報告にルーファンは躊躇なく動いた。ジョナサンの話からしてジェトワ皇国の関係者である可能性が高く、ここで死なれては困るという打算が動機の大半を占めていた。おまけに魔物を殺せば食料を確保できる可能性もある。危機に瀕している人間を救わなければならないという良心は一応はあったが、すぐにでも忘れてしまいそうな些細な感情へとなり下がっていた。
僅かに拙い足取りでルーファンと仲間達は走る。やがて辿り着いた岩場から下を見下ろすと、確かに人が襲われて逃げ惑っていた。薄い黄土色の装束を纏い、肩や胸部を中心に淡白な造りの鎧を身に着けた軽装である。三人ほどいた彼らを追っているのは、やせ細った細長い肉体と異様に出ている腹、そして体毛が一切なく灰色の皮膚を持つ不気味且つ巨大な獣犬であった。”グリムト”と呼ばれる生物である。
「援護を頼む」
岩陰から見ていたルーファンだが、全員に聞こえるよう告げてから背中の鞘から剣を抜く。そして空中に足場を作っていきながら、いよいよ兵士を食い殺そうとしていたグリムトの方へと急いだ。
「来たれ」
足場から一気にグリムトへ飛び掛かったルーファンは、闇の瘴気を剣に憑依させてそれを背中に突き刺した。刺した傷からかなりの熱を持つ鮮血が溢れ出し、手や顔にかかって軽く火傷をしてしまうがお構いなしだった。グリムトはルーファンを振り払おうと暴れ出し、その勢いに逆らう事なくルーファンは剣を引き抜いてからグリムトの背を踏み台に跳躍する。その際、剣を投げ捨てて今度は背負っていた弓を掴んだ。そして地に落ちる僅かの間に矢を放ち、グリムトの片目に深々と命中させる。見事な狙撃だった。
「ほぎゃあああああああ!!」
地面に叩きつけられたものの、すぐにルーファンは立ち上がる。落下地点は怒りのままに暴れ出すグリムトの目の前であった。
「来たれ」
呪文によって剣を引き寄せたルーファンは柄を掴み、再び敵の方へと再び走り出す。仲間達もすでに駆けつけて兵士達を保護し始めていた。
「水流の矢よ」
アトゥーイが水筒から以前に汲んでおいた温泉をぶちまけ、矢に変化させてグリムトの右前足へ放つ。
「凍てつけ」
そして両手で構えを取って別の呪文を唱えた。するとグリムトに刺さっていた水の矢がたちまち足を覆って地面とくっつき、瞬く間に凍りついたのだ。高い気温のせいですぐに溶けてしまうだろうが、凍って地面に張り付いてしまった事でわずかの間だけグリムトには隙が生まれる。
だがグリムトはこれで終わる気はさらさら無い様だった。敵の口の中から僅かに火の粉が噴き出すのを目撃したルーファンは、そのまま立ち止まらず間一髪で腹の下へ滑り込む。直後、大きく口を開いたグリムトから炎が噴き出し、瞬く間に波となってアトゥーイ達の方へと押し寄せた。
「大地の盾 !」
だが、既に岩の鎧を生成して武装状態にあったフォルトが動いた。岩を操って巨大な盾を形成し、自らが先頭に立って炎の波を防ぐ。炎が収まるや否や、その盾を持ちあげてグリムトの顔へ目がけて投げつけた。
「…ウオオオオオオオ!!」
そして盾をぶつけられたグリムトが怯んだのを確認した後、うら若き少女とは思えない雄叫びと共に突撃した。グリムトは再び炎を吐こうとしていたが、それより前にアトゥーイが水の矢を打って先程と同じように凍りつかせる。これで口さえもまともに動かせなくなっていた。
咄嗟に動かせる左前足をグリムトは叩きつけようとするが、彼女は軽々とそれを躱す。更にその足を踏み台にして勢いを付けて飛び上がり、グリムトの顎へと拳を撃ち込んだ。顎が砕け、牙が折れた事で完全に戦意を喪失したのか、グリムトは情けない悲鳴を小さく発する。
その頃、腹の下から背後へと滑り抜けていたルーファンは、再び背中へと昇ってその上を駆けていく。やがて今度は首筋に狙いを付けてから、剣を深々と突き刺した。そこから剣の柄を掴んだまま、体重をかけて体から飛び降りる。ルーファンの体重と剣の切れ味によってグリムトの首は半分程切断され、鳴き声を上げる事も無く崩れ落ちた。
「すげえ…」
颯爽と現れ、見事な連携で魔物を打ち倒した―ルーファン達に兵士達が感嘆した。彼らの迅速さは爽快感さえ感じられる域に達していたのだ。
「お怪我は ?」
あまり自分が戦いに参加できていない事を歯痒く思ったのか、少しでも役に立とうとアトゥーイが彼らの介抱に当たる。死体を眺めて食料に出来そうかどうかを語り合っているルーファンとフォルトを余所に、ジョナサン達は兵士を取り囲んだ。
「その服装、ジェトワ皇国だね ?」
「は、はいジェトワ皇国軍です。まさかあなた方が噂に聞いていた”鴉”の一味ですか… ?」
「その通り。まあ本命は僕じゃなくてあっちだろうけど」
ジョナサンが指さした先にいた”鴉”を見た皇国軍の兵士達は、わずかながらに困惑した。自分達が伝聞だけで推測し、想像していた人物像よりもルーファンは若すぎたのだ。
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