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4章:果てなき焔
第112話 人の糧
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「ハハハ…清々しいくらいに好き放題言いやがって」
茂みに座り込んでいたガロステルが苦笑いをした。勿論前半部分におけるリガウェール王国の情勢についての反応もある程度は孕んでいたが、そちらはさほどではない。問題は後半部分であった。ガロステルのみならず、その場にいたルーファン・ディルクロという人物を知る誰もが同じ様に苦々しい顔をしている。
彼は遠い過去に囚われた復讐鬼なのかもしれない。だが同時に被害者でもある青年だった。戦争に加わった者は全員が平等に加害者と被害者の性質を併せ持つという理論があるが、その理論の体現者とも言える悲劇の生き証人。そんな人が、新聞という大衆の思考回路を作り上げる重要な材料の中で、痛烈に批判されていた。
「これじゃまるでアイツの方が悪いみたいな言い方じゃない」
どう落とし前を付けてくれるのか。問いかけるようにサラザールはジョナサンを睨む。
「じゃあ嘘を書けと ? それとも、見なかった事にしてルーファン・ディルクロという人物について崇め奉る様な文章だけを、貴重な紙という資源に書き連ねろって言いたいのかい ? それは民衆が愛してやまない”知る権利”をして蔑ろにしている」
ジョナサンは一切退かなかった。ルーファンとの約束…ありのままの事実を世間に知らしめる。それを果たしたまでである。スアリウス共和国に戻ってからというもの、連日その様な記事を書き続けていた。苦難と不自由にあえぐ人々、侵略者達の手口とその陰に潜む陰謀に対する証拠付きの推測、そしてその侵攻への流れを食い止めた戦士達の活躍。平等に取り扱ったまで。ならばその英雄達が引き起こした負の側面について書かないというのはいささか公平さに欠ける。
「現に、うちの新聞社が早い段階で記事を書いたおかげで、民衆のルーファンに対する批判を抑えられた部分だってある。他の会社の新聞を見てみろ」
サラザールが携えていた他の新聞にも一同は目を通すが、確かにレイヴンズ・アイ社が他社の報道をデマであると牽制を行ったのは正解なのかもしれないと感じる程に露悪的且つ虚偽の内容で溢れていた。「捕虜を拷問の末殺した」、「食料を始めとした物資を独占し、民間人への支援を遅らせた可能性がある」、「売春を行い孕ませた」、「そもそもリミグロンを招き入れた張本人だと関係者は語る…」といった憶測なのか願望なのか分からない記事で溢れかえっている。
特にひどい物で言えば、崩落した建物のスケッチを載せて「ルーファン・ディルクロによって引き起こされた戦の爪痕」などと吹聴している始末である。調査をしたジョナサン曰く、戦よりも前に関係の無い事故で崩落しただけの物を使って捏造してるらしかった。
「もし、僕の会社が都合の悪い部分を隠し、真っ向から否定をすればウチは太鼓持ちのくそったれなプロパガンダ扱いされただろう。かといってこんな虚偽の内容に同調するような記事を書くのはプライドが許さない。どんな立場や思想であろうと肩入れはせず、淡々と事実だけを伝える。そして決断を人々に委ねる。僕たちの仕事は”事実”と”決断”の橋渡しをする仲介役であり、決断の扇動者ではない。そういう自負と責任があると考えているからね。だから「事実ではあるが、既存の情報は歪曲されている」と、ありのままを中立な形で伝えた。それだけだ」
ジョナサンなりの覚悟と考えあっての事だと分かったサラザール達は、複雑そうな面持ちで沈黙した。確かにレイヴンズ・アイ社の評判、特にルーファンを扱った記事に関する信頼性という点では、世間からも高く評価をされている事が最大手のメディアとしての売上が物語っている。他の新聞社が台頭しない様に潰すと同時に、必ずしも”鴉”の太鼓持ちとして役割を終えているわけでは無いと人々に知らしめる目的もあったのだろう。
監視者であり、啓蒙者。二つの立場を決して驕らず、媚びず、そして差別せずに行使しなければならない。そんな彼の仕事人としての苦労が垣間見えた気がした。自分の仕事に関する話をし出すと長話になるのが悪い癖だが。
「社長ー !」
張り詰めていた空気がジョナサンの背後から聞こえた声を皮切りに消え失せた。若い新入社員らしき男が汗をかきながら走り寄って来る。出っ張った腹がズボンのベルトの上に乗っかっていた。
「早くしないと次の記事の締切は明日ですよ ! ですが良い報せもあります ! 今度の新刊、やはり飛ぶように売れてますよ ! 今や世論は”鴉”の話題で真っ二つに割れ、その全ての人々が信頼性の高い情報を欲しがってウチの新聞に注文が殺到してる ! これまで書かれた記事が高値で取引されてる始末です ! いやはや流石は社長 ! ”賞賛と批判の両方ありのままに載せておけ、多数派も少数派も皆買ってくれるから売り上げが伸びるぞ”…これをあなたから聞いた時は目から鱗でした ! 逆張りかプロパガンダ流す以外能の無い連中と違ってビジネスという物を分かってらっしゃる ! ……って、あれ ?」
新入社員が早口且つ物まね付きで、ジョナサンが新聞社に行った指示を誇らしげに語って胡麻を擦る。だが、余計な事をしてくれたと落胆するように片手で自分の顔を覆うジョナサンと、その後ろで白けたような視線を送っているサラザール達が目に入り、よろしくないタイミングで自分は口を滑らせたのだと悟った。そもそも口を滑らせること自体が論外だという考えは頭に無い。見事なまでの間抜けさだった。
「へ~、儲かったんだ。そういえば前言ってたものねあなた。資本主義万歳だっけ ?良かったわね、殺し合いを食い物に出来て」
サラザールは木に寄り掛かり、中々骨のあるやつじゃないかと少し感心した先程までの自分を殴りたいという気分に陥った。
「サラザール、違うんだ。部下への指示は発破をかけるためであって、必ずしもそれが本音だとは限らないだろ ? ほら、政治家や銀行家だって庶民相手に心にも思ってない言葉を言い放って都合の良い方向へ誘導したりするじゃないか。それと同じようなものなんだ。僕の信念を貫くために時には嘘だって必要だし…それにだぞ。会社の売上が伸びれば僕の給料にも繋がるし、つまり君たちの旅費にも影響が出て来るんだから―――」
ジョナサンは新入社員以上に早口になり出した。
「笑っちゃうくらい必死だなアイツ」
「仕方ないよ。ジョナサンにも生活があるし…」
「わ、私はどちらに味方をすれば…」
そんな彼の弁解を嘲笑うガロステル、仕方がないと割り切るフォルト、ただただ慌てふためくタナだが、自分達の背後に稽古が終わったルーファンとアトゥーイが近づいてくると一斉に振り向く。かなり激しかったのかびしょ濡れであった。
「随分騒がしいな。ジョナサン、次の出発について打ち合わせがしたい。時間は作れるか ?」
「ああ、君がしたい時にいつでも。えっと、ジェトワ皇国の件だろ ? いつもの場所でいいか ?」
「し、社長。次はジェトワ皇国に行くんですか ?」
ルーファンの呼びかけに対し、即座に気持ちを切り替えたジョナサンがすぐ応答する。彼の言葉に新入社員も目を丸くした。仮にも経営者という立場がありながら、また旅に赴き現場仕事をするという自由奔放さが彼にとってはかなり物珍しかった。
「こちらが出向きたいと思っていた矢先、向こうからもぜひ来てほしいと伝達があってね…どちらかと言えば救援に近い形だが」
新入社員へ経緯を語るジョナサンだが、顔に少し険しさが見える。ここ最近の情勢と、ジェトワ皇国で起きている問題を鑑みた結果、いつも以上に一筋縄ではいかなそうだと彼は既に判断していたのだ。
茂みに座り込んでいたガロステルが苦笑いをした。勿論前半部分におけるリガウェール王国の情勢についての反応もある程度は孕んでいたが、そちらはさほどではない。問題は後半部分であった。ガロステルのみならず、その場にいたルーファン・ディルクロという人物を知る誰もが同じ様に苦々しい顔をしている。
彼は遠い過去に囚われた復讐鬼なのかもしれない。だが同時に被害者でもある青年だった。戦争に加わった者は全員が平等に加害者と被害者の性質を併せ持つという理論があるが、その理論の体現者とも言える悲劇の生き証人。そんな人が、新聞という大衆の思考回路を作り上げる重要な材料の中で、痛烈に批判されていた。
「これじゃまるでアイツの方が悪いみたいな言い方じゃない」
どう落とし前を付けてくれるのか。問いかけるようにサラザールはジョナサンを睨む。
「じゃあ嘘を書けと ? それとも、見なかった事にしてルーファン・ディルクロという人物について崇め奉る様な文章だけを、貴重な紙という資源に書き連ねろって言いたいのかい ? それは民衆が愛してやまない”知る権利”をして蔑ろにしている」
ジョナサンは一切退かなかった。ルーファンとの約束…ありのままの事実を世間に知らしめる。それを果たしたまでである。スアリウス共和国に戻ってからというもの、連日その様な記事を書き続けていた。苦難と不自由にあえぐ人々、侵略者達の手口とその陰に潜む陰謀に対する証拠付きの推測、そしてその侵攻への流れを食い止めた戦士達の活躍。平等に取り扱ったまで。ならばその英雄達が引き起こした負の側面について書かないというのはいささか公平さに欠ける。
「現に、うちの新聞社が早い段階で記事を書いたおかげで、民衆のルーファンに対する批判を抑えられた部分だってある。他の会社の新聞を見てみろ」
サラザールが携えていた他の新聞にも一同は目を通すが、確かにレイヴンズ・アイ社が他社の報道をデマであると牽制を行ったのは正解なのかもしれないと感じる程に露悪的且つ虚偽の内容で溢れていた。「捕虜を拷問の末殺した」、「食料を始めとした物資を独占し、民間人への支援を遅らせた可能性がある」、「売春を行い孕ませた」、「そもそもリミグロンを招き入れた張本人だと関係者は語る…」といった憶測なのか願望なのか分からない記事で溢れかえっている。
特にひどい物で言えば、崩落した建物のスケッチを載せて「ルーファン・ディルクロによって引き起こされた戦の爪痕」などと吹聴している始末である。調査をしたジョナサン曰く、戦よりも前に関係の無い事故で崩落しただけの物を使って捏造してるらしかった。
「もし、僕の会社が都合の悪い部分を隠し、真っ向から否定をすればウチは太鼓持ちのくそったれなプロパガンダ扱いされただろう。かといってこんな虚偽の内容に同調するような記事を書くのはプライドが許さない。どんな立場や思想であろうと肩入れはせず、淡々と事実だけを伝える。そして決断を人々に委ねる。僕たちの仕事は”事実”と”決断”の橋渡しをする仲介役であり、決断の扇動者ではない。そういう自負と責任があると考えているからね。だから「事実ではあるが、既存の情報は歪曲されている」と、ありのままを中立な形で伝えた。それだけだ」
ジョナサンなりの覚悟と考えあっての事だと分かったサラザール達は、複雑そうな面持ちで沈黙した。確かにレイヴンズ・アイ社の評判、特にルーファンを扱った記事に関する信頼性という点では、世間からも高く評価をされている事が最大手のメディアとしての売上が物語っている。他の新聞社が台頭しない様に潰すと同時に、必ずしも”鴉”の太鼓持ちとして役割を終えているわけでは無いと人々に知らしめる目的もあったのだろう。
監視者であり、啓蒙者。二つの立場を決して驕らず、媚びず、そして差別せずに行使しなければならない。そんな彼の仕事人としての苦労が垣間見えた気がした。自分の仕事に関する話をし出すと長話になるのが悪い癖だが。
「社長ー !」
張り詰めていた空気がジョナサンの背後から聞こえた声を皮切りに消え失せた。若い新入社員らしき男が汗をかきながら走り寄って来る。出っ張った腹がズボンのベルトの上に乗っかっていた。
「早くしないと次の記事の締切は明日ですよ ! ですが良い報せもあります ! 今度の新刊、やはり飛ぶように売れてますよ ! 今や世論は”鴉”の話題で真っ二つに割れ、その全ての人々が信頼性の高い情報を欲しがってウチの新聞に注文が殺到してる ! これまで書かれた記事が高値で取引されてる始末です ! いやはや流石は社長 ! ”賞賛と批判の両方ありのままに載せておけ、多数派も少数派も皆買ってくれるから売り上げが伸びるぞ”…これをあなたから聞いた時は目から鱗でした ! 逆張りかプロパガンダ流す以外能の無い連中と違ってビジネスという物を分かってらっしゃる ! ……って、あれ ?」
新入社員が早口且つ物まね付きで、ジョナサンが新聞社に行った指示を誇らしげに語って胡麻を擦る。だが、余計な事をしてくれたと落胆するように片手で自分の顔を覆うジョナサンと、その後ろで白けたような視線を送っているサラザール達が目に入り、よろしくないタイミングで自分は口を滑らせたのだと悟った。そもそも口を滑らせること自体が論外だという考えは頭に無い。見事なまでの間抜けさだった。
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サラザールは木に寄り掛かり、中々骨のあるやつじゃないかと少し感心した先程までの自分を殴りたいという気分に陥った。
「サラザール、違うんだ。部下への指示は発破をかけるためであって、必ずしもそれが本音だとは限らないだろ ? ほら、政治家や銀行家だって庶民相手に心にも思ってない言葉を言い放って都合の良い方向へ誘導したりするじゃないか。それと同じようなものなんだ。僕の信念を貫くために時には嘘だって必要だし…それにだぞ。会社の売上が伸びれば僕の給料にも繋がるし、つまり君たちの旅費にも影響が出て来るんだから―――」
ジョナサンは新入社員以上に早口になり出した。
「笑っちゃうくらい必死だなアイツ」
「仕方ないよ。ジョナサンにも生活があるし…」
「わ、私はどちらに味方をすれば…」
そんな彼の弁解を嘲笑うガロステル、仕方がないと割り切るフォルト、ただただ慌てふためくタナだが、自分達の背後に稽古が終わったルーファンとアトゥーイが近づいてくると一斉に振り向く。かなり激しかったのかびしょ濡れであった。
「随分騒がしいな。ジョナサン、次の出発について打ち合わせがしたい。時間は作れるか ?」
「ああ、君がしたい時にいつでも。えっと、ジェトワ皇国の件だろ ? いつもの場所でいいか ?」
「し、社長。次はジェトワ皇国に行くんですか ?」
ルーファンの呼びかけに対し、即座に気持ちを切り替えたジョナサンがすぐ応答する。彼の言葉に新入社員も目を丸くした。仮にも経営者という立場がありながら、また旅に赴き現場仕事をするという自由奔放さが彼にとってはかなり物珍しかった。
「こちらが出向きたいと思っていた矢先、向こうからもぜひ来てほしいと伝達があってね…どちらかと言えば救援に近い形だが」
新入社員へ経緯を語るジョナサンだが、顔に少し険しさが見える。ここ最近の情勢と、ジェトワ皇国で起きている問題を鑑みた結果、いつも以上に一筋縄ではいかなそうだと彼は既に判断していたのだ。
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