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4章:果てなき焔
第111話 忌憚なき意見
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リガウェール王国での戦いから三か月後、スアリウス共和国へ帰還したルーファン達は、その後しばらくは国に滞在をする羽目になった。特に大きな狙いがあるというわけでは無い。ひとまず情勢の把握や自陣営が使える手札の整理…そして休養が目的であった。
スアリウス共和国が管理している国立自然公園に彼らは良く屯し、いつしか格闘術や魔法の稽古を行うのがスアリウスでの日常と化し始め、それを見物する近隣住民も現れるほどになってしまった。広々とした土地と森林や湖などの、様々な環境が鍛錬には持って来いだったのである。一応政府に許可を取っているとはいえ、近隣の住民からは移民たちが軍事訓練のために重要な自然遺産を踏み荒らしているという批判もあったが、君たちだけで相手をしていたらキリが無いからという理由で行政側が対処に当たってくれた。
「そう…ゆっくり…気をしっかり持って」
湖の真ん中、魔法によって水面に立つアトゥーイがルーファンへ語り掛ける。ルーファンもまた水面に立ってはいるが、どうも安定しないのか時折バランスを崩すかのようにふらついたり、足が水の中に沈んだりするなど中々不格好である。
両掌を水面へかざし、水柱を小さく作って浮かび上がらせる。そこからさまざまな形や攻撃へ派生させるのが<水の流派>のやり方であるが、これがどうも上手くいかない。どうやっても途中で瓦解し、辺りに水しぶきとして撒き散らしてしまう。集中力が持続しない。
「激情を捨て去ってください。<水の流派>を使うコツはそれしかない」
「分かってはいるが…こうも難しい事なのか ? ほんの少し雑念が入るだけですぐに魔法を維持できなくなる」
「だからこそ、感情の起伏が少ない半魚人にばかり受け継がれていたのでしょう。本格的な訓練を始めて二ヶ月にしては中々の上達ぶりですが、攻撃に転用させられるようになるにはもう少し時間が必要です」
そんな二人のやり取りを湖のほとりからフォルト達は眺めていた。
「いいな~何か楽しそう」
逆立ち腕立て伏せをしながらフォルトがぼやく。
「君が行ったってしょうがないだろ。泳げないんだし」
「何それ、失礼な」
スケッチをしていたジョナサンにむすっとした態度を取り、フォルトは腕立てをやめて普通の立ち姿に戻る。遠くからコッソリ遊びに来たらしい子供達が見えると、一度だけ彼女は手を振った。なぜか分からないがはしゃぐ姿を尻目に、ジョナサンの下へどっかりと腰を下ろす。ガロステルやタナも彼の隣に座ってスケッチを眺めていた。
「中々上手く描けているじゃねえか」
「ええ、そうですね ! も、もしかして元々は画家を目指されていたりしましたか ?」
感心したらしいガロステルとタナが尋ねる。得意げに鼻で笑い、鉛筆を芝の上に置いてジョナサンは背伸びをした。
「元はね。通っていた芸術学校の教師とそりが合わなくて喧嘩になって…ぶん殴って辞めた」
「成程、それで人のケツ見ながら絵を描く仕事を諦めたが、人のケツ追っかけながら文字を書く仕事を選んだと」
「何か凄い語弊がある言い方をするな君は」
物騒な過去を茶化され、ジョナサンが少し気まずそうな顔をしていた時だった。木々の間を通り抜けてやって来る大柄な人影がある。若干早足で迫って来る黒装束の女…サラザールである事は明らかだった。片手には新聞の束が握られている。
「お使いを無事に出来たか。良かった」
「馬鹿にしないで頂戴。それより何よ、この新聞」
迎えの言葉を投げかけるジョナサンだが、サラザールは不機嫌そうにしながら新聞を雑に彼へ放る。顔に当たると判断したフォルトが寸前でキャッチして、少し緊張してるように開くとレイヴンズ・アイ社の発行している”フェザーレターニュース”の新号である。
「おいおい、君に読めるのか ?」
「あー、田舎者だって見下してるでしょ。差別だよ差別」
どうせ文字も碌に読めない限界集落の田舎娘だろとバカにされたと思ったフォルトがふくれっ面をしてから意気揚々と新聞に目を通す。が、やがてゆっくりと閉じてジョナサンの手に無言で握らせた。
「だと思ったよ…了解、お兄さんが分かりやすい言葉に変えて音読してあげよう。出血大サービスで無料だぞ」
勝ち誇ったように微笑んで見せるジョナサンにタナを除く全員が少しイラっとしたのも束の間、彼は一面記事から順に内容を語り出す。その内容は要約すると次の通りだった。
――――リガウェール王国を襲来した嵐は去った。だが余波はあまりにも大きく、癒える間もない内に新たな災難が国を更なる混沌に陥れる可能性さえ出てきている。情報提供を通じてリミグロン襲来に加担をしたとして、次期統治者となる予定であったルプト・マディル国務長官が辞任をしたのは記憶に新しいが、その後大統領として国の指揮を任されることになったニール・ポリックマンの政策方針に国民は戸惑いを見せている。
元軍人とはいえ王族を除いた人間…それも初の魚人が国の統治者となった事実は注目に値すべきだろうが、重要なのは国家を維持するためにどのような施策を打ち出すかである。だが、その観点で言えばポリックマン氏は国民達を納得させているとは言い難い。政策の大半は既存の王族達による制度における支配者階級を魚人に置き換えたものばかりであり、勿論有名な制度である庶民が使える色の制限はそのままであった。魚人以外には赤、青、黄色、緑、紫は引き続き使えない上に使う場合は税金と称して金まで取られてしまうという改悪付きなのだ。
おまけに言論についても厳しく統制し、差別を断絶すると公表している。魚人に対する罵倒や危害を加えた者への罰則を厳罰化するだけでなく、過去に差別やそれに起因する犯罪の被害に遭った魚人たちへの救済措置として給付金を配布するとまで言ってのけた。ところが現状としては、これに大量の魚人たちが押し寄せる事態になっており、レイヴンズ・アイ社が独自にまとめた統計では、リガウェールに住む魚人の内の三人に二人が性犯罪もしくは暴行による被害に遭ったというとんでもない数値となっている。
魚人に対しては税金の免除という支援も行うため、ようやく自分達が豊かになれると考えている魚人達と、そんな彼らのために税金を払わされる人間たちの間で不和がさらに拡大しつつあるというのが現状であり、今後の動向についても不安視されても仕方が無いだろう。引き続きレイヴンズ・アイ社は調査を続けていく。
一方で傷が癒えないのは戦の当事者も同様だ。筆者が今回の取材で明らかになったのは、巷で騒がれている”鴉”の負の側面である。捕虜への過度な虐待だの、戦災孤児を攫っただの、地元の女を侍らせて酒池肉林に溺れているなど吹聴する”サヒアンズ・ニュース”や”トービーシー・タイムズ”といった新聞社(彼らが現地住民相手に迷惑行為を働いていた件については別途記事を書こうと思っている)は腐るほどあるが、それらの大半はデタラメであると断言しておこう。
なぜ”大半”という言葉を使ったかだが、一つだけ事実であると言える部分があるからだ。捕虜への仕打ちである。筆者は今回その尋問に立ち会ったが、いかに原因が相手にあるとはいえ、激情に駆られるままに捕虜を拳で滅多打ちにするという行為は見過ごすわけにはいかないだろう。だが、不思議な事に捕虜の治療に当たった医師や現場に居合わせた関係者たちは皆口を揃えて言うのだ。「彼をあのような狂人へと変貌させる原因を作ったのは他ならぬリミグロンであり、彼らが悪いのだ」という、ある種の同情とも呼べる発言はかなり多かった。
相手を悪とみなせば何をしても良いのか、逆に正当性さえあればどんな行いさえ許されるのか。この暴力、混乱、欺瞞が渦巻く時代だからこそ我々は問いかけ続けねばならないのかもしれない、君のその姿は果たして人と呼べるのかと………
スアリウス共和国が管理している国立自然公園に彼らは良く屯し、いつしか格闘術や魔法の稽古を行うのがスアリウスでの日常と化し始め、それを見物する近隣住民も現れるほどになってしまった。広々とした土地と森林や湖などの、様々な環境が鍛錬には持って来いだったのである。一応政府に許可を取っているとはいえ、近隣の住民からは移民たちが軍事訓練のために重要な自然遺産を踏み荒らしているという批判もあったが、君たちだけで相手をしていたらキリが無いからという理由で行政側が対処に当たってくれた。
「そう…ゆっくり…気をしっかり持って」
湖の真ん中、魔法によって水面に立つアトゥーイがルーファンへ語り掛ける。ルーファンもまた水面に立ってはいるが、どうも安定しないのか時折バランスを崩すかのようにふらついたり、足が水の中に沈んだりするなど中々不格好である。
両掌を水面へかざし、水柱を小さく作って浮かび上がらせる。そこからさまざまな形や攻撃へ派生させるのが<水の流派>のやり方であるが、これがどうも上手くいかない。どうやっても途中で瓦解し、辺りに水しぶきとして撒き散らしてしまう。集中力が持続しない。
「激情を捨て去ってください。<水の流派>を使うコツはそれしかない」
「分かってはいるが…こうも難しい事なのか ? ほんの少し雑念が入るだけですぐに魔法を維持できなくなる」
「だからこそ、感情の起伏が少ない半魚人にばかり受け継がれていたのでしょう。本格的な訓練を始めて二ヶ月にしては中々の上達ぶりですが、攻撃に転用させられるようになるにはもう少し時間が必要です」
そんな二人のやり取りを湖のほとりからフォルト達は眺めていた。
「いいな~何か楽しそう」
逆立ち腕立て伏せをしながらフォルトがぼやく。
「君が行ったってしょうがないだろ。泳げないんだし」
「何それ、失礼な」
スケッチをしていたジョナサンにむすっとした態度を取り、フォルトは腕立てをやめて普通の立ち姿に戻る。遠くからコッソリ遊びに来たらしい子供達が見えると、一度だけ彼女は手を振った。なぜか分からないがはしゃぐ姿を尻目に、ジョナサンの下へどっかりと腰を下ろす。ガロステルやタナも彼の隣に座ってスケッチを眺めていた。
「中々上手く描けているじゃねえか」
「ええ、そうですね ! も、もしかして元々は画家を目指されていたりしましたか ?」
感心したらしいガロステルとタナが尋ねる。得意げに鼻で笑い、鉛筆を芝の上に置いてジョナサンは背伸びをした。
「元はね。通っていた芸術学校の教師とそりが合わなくて喧嘩になって…ぶん殴って辞めた」
「成程、それで人のケツ見ながら絵を描く仕事を諦めたが、人のケツ追っかけながら文字を書く仕事を選んだと」
「何か凄い語弊がある言い方をするな君は」
物騒な過去を茶化され、ジョナサンが少し気まずそうな顔をしていた時だった。木々の間を通り抜けてやって来る大柄な人影がある。若干早足で迫って来る黒装束の女…サラザールである事は明らかだった。片手には新聞の束が握られている。
「お使いを無事に出来たか。良かった」
「馬鹿にしないで頂戴。それより何よ、この新聞」
迎えの言葉を投げかけるジョナサンだが、サラザールは不機嫌そうにしながら新聞を雑に彼へ放る。顔に当たると判断したフォルトが寸前でキャッチして、少し緊張してるように開くとレイヴンズ・アイ社の発行している”フェザーレターニュース”の新号である。
「おいおい、君に読めるのか ?」
「あー、田舎者だって見下してるでしょ。差別だよ差別」
どうせ文字も碌に読めない限界集落の田舎娘だろとバカにされたと思ったフォルトがふくれっ面をしてから意気揚々と新聞に目を通す。が、やがてゆっくりと閉じてジョナサンの手に無言で握らせた。
「だと思ったよ…了解、お兄さんが分かりやすい言葉に変えて音読してあげよう。出血大サービスで無料だぞ」
勝ち誇ったように微笑んで見せるジョナサンにタナを除く全員が少しイラっとしたのも束の間、彼は一面記事から順に内容を語り出す。その内容は要約すると次の通りだった。
――――リガウェール王国を襲来した嵐は去った。だが余波はあまりにも大きく、癒える間もない内に新たな災難が国を更なる混沌に陥れる可能性さえ出てきている。情報提供を通じてリミグロン襲来に加担をしたとして、次期統治者となる予定であったルプト・マディル国務長官が辞任をしたのは記憶に新しいが、その後大統領として国の指揮を任されることになったニール・ポリックマンの政策方針に国民は戸惑いを見せている。
元軍人とはいえ王族を除いた人間…それも初の魚人が国の統治者となった事実は注目に値すべきだろうが、重要なのは国家を維持するためにどのような施策を打ち出すかである。だが、その観点で言えばポリックマン氏は国民達を納得させているとは言い難い。政策の大半は既存の王族達による制度における支配者階級を魚人に置き換えたものばかりであり、勿論有名な制度である庶民が使える色の制限はそのままであった。魚人以外には赤、青、黄色、緑、紫は引き続き使えない上に使う場合は税金と称して金まで取られてしまうという改悪付きなのだ。
おまけに言論についても厳しく統制し、差別を断絶すると公表している。魚人に対する罵倒や危害を加えた者への罰則を厳罰化するだけでなく、過去に差別やそれに起因する犯罪の被害に遭った魚人たちへの救済措置として給付金を配布するとまで言ってのけた。ところが現状としては、これに大量の魚人たちが押し寄せる事態になっており、レイヴンズ・アイ社が独自にまとめた統計では、リガウェールに住む魚人の内の三人に二人が性犯罪もしくは暴行による被害に遭ったというとんでもない数値となっている。
魚人に対しては税金の免除という支援も行うため、ようやく自分達が豊かになれると考えている魚人達と、そんな彼らのために税金を払わされる人間たちの間で不和がさらに拡大しつつあるというのが現状であり、今後の動向についても不安視されても仕方が無いだろう。引き続きレイヴンズ・アイ社は調査を続けていく。
一方で傷が癒えないのは戦の当事者も同様だ。筆者が今回の取材で明らかになったのは、巷で騒がれている”鴉”の負の側面である。捕虜への過度な虐待だの、戦災孤児を攫っただの、地元の女を侍らせて酒池肉林に溺れているなど吹聴する”サヒアンズ・ニュース”や”トービーシー・タイムズ”といった新聞社(彼らが現地住民相手に迷惑行為を働いていた件については別途記事を書こうと思っている)は腐るほどあるが、それらの大半はデタラメであると断言しておこう。
なぜ”大半”という言葉を使ったかだが、一つだけ事実であると言える部分があるからだ。捕虜への仕打ちである。筆者は今回その尋問に立ち会ったが、いかに原因が相手にあるとはいえ、激情に駆られるままに捕虜を拳で滅多打ちにするという行為は見過ごすわけにはいかないだろう。だが、不思議な事に捕虜の治療に当たった医師や現場に居合わせた関係者たちは皆口を揃えて言うのだ。「彼をあのような狂人へと変貌させる原因を作ったのは他ならぬリミグロンであり、彼らが悪いのだ」という、ある種の同情とも呼べる発言はかなり多かった。
相手を悪とみなせば何をしても良いのか、逆に正当性さえあればどんな行いさえ許されるのか。この暴力、混乱、欺瞞が渦巻く時代だからこそ我々は問いかけ続けねばならないのかもしれない、君のその姿は果たして人と呼べるのかと………
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