怨嗟の誓約

シノヤン

文字の大きさ
上 下
111 / 174
3章:忘れられし犠牲

第110話 泥沼からの脱出

しおりを挟む
 尋問があった次の日の朝まで、ルーファンは宿泊用に貸し出された自室のベッドで横になっていた。気だるげに起き上がり、殴った感触がまだ残っている手を擦る。いつもならすぐに忘れるというのに、なぜか今回ばかりは鮮明に記憶されていた。

「化け物…疫病神…か」

 ツジモ少将の罵倒を復唱する。世論ではそういった声も少なくないとは聞いていたが、面と向かって言われた際に堪えられなくなった。なぜかは分からないが体が熱くなり、とにかく動き、暴れ、自分を睨むあの女を否定したくなった。どんな手段を使ってでも。

 あの女が敵だったからだろうか。ぬけぬけと被害者を演じる侵略者どもの性根を正したかったのか。いや、そんなわけはない。自分はそんな歪んだ正義感で動いてなどいない筈だ。もっと別の苛立ちに似た感情が自分を動かしていた。

 それとも、自覚がないだけだろうか。過剰な反応と攻撃は論理を以て相手を諭す事が出来ない弱者とバカのやる事だと、少年時代に師事していた教官に教わった事がある。言葉の全てがこの世の摂理に当てはまるとは思いたくないが、今になってそんな言葉が脳裏に蘇ってしまったのが、尚の事ルーファンを不快な気分にさせた。

 自分の行いを正当化しているつもりはない。だが賛同者がいると分かり、そのせいで心のどこかで「自分のしている事は正しい行いである」と思うようになっていたのかもしれない。集団の中で立場と支持を持つ事の怖さを、ここに来て思い知らされた。

「恥を知れ」

 つけ上がるな。賛同されようとされなかろうが関係はない。自分がやらなければならないと決めた当初の目的を忘れるな。元凶を見つけ出して報いを受けさせる。正義や悪といった概念さえ邪魔だと切り捨てろ。そんな改めた決意を基にして出た言葉だった。

 丁度その時、扉が叩かれる音がした。重い足取りで向かい、扉を開けるとフォルトが立っていた。遠慮がちが態度でこちらを見ている。

「あ、あのさ ! 食事…とり忘れてるかなって思って」
「ああ…そういえばまだだ」

 話の切り出し方に困っていた様だが、すぐに気を取り直して紙袋をこちらへ渡してきた。中には少しばかり見てくれの悪い黒パンや果物が入っていた。

「他にも欲しいのあったら食堂に行けばいっぱいあるからね !」
「あ、ああ…」

 気丈な様子を見せてくれるが、どこか距離を置かれている様だった。無理もないだろう。彼女は恐れていたのだから。頼れる仲間であり、自分を導いてくれる先輩だと思っていた青年の本性が僅かに垣間見えた瞬間、自分の心が彼と離れたがっているのを彼女は感じていた。彼の生い立ちやここに至るまでの背景を知らないわけでは無い。同情もしている。しかし、怯えていたツジモ少将の表情が忘れられない。どこまで、彼を信頼してついて行けばいいのか分からなくなり始めていたのだ。

「ありがとう、後で食べるよ…国務長官の所に行って来る」

 紙袋を携えたルーファンは彼女に背を向け、廊下を歩いて曲がり角で姿を消す。やはり自分の本心が透けて見えたのかとフォルトが落胆していた時、様子を見に来たらしいアトゥーイが彼女の肩を叩いた。

「今は…そっとしてあげるべきです。頭を冷ます時間が必要だ」

 アトゥーイは人気の無くなった廊下を眺めつつ言った。

「あの時、なんであんなに怒ったんだろう…」
「取り乱すという事は、相手の言い分に対して感情を揺り動かされたからに他ならない。言い換えれば、思い当たる節があったといった所でしょう。恐らく彼は…自分の在り方に悩んでいる。一方からは憎まれ、一方からは崇められ、自分の立ち位置と理想を見失いつつあるのかもしれない。危ない状況ですよ。若さ故と言えばそれまででしょうが」

 アトゥーイは心配をしていた。己を律そうともせず、ましてや冷静な視点を持たずに激情と理想論を盲信すれば必ず手痛い目に遭う。嫌というほどわかっていた。そして、既に亡くなった自分の子と変わらない歳の男が、全く同じ過ちを繰り返しそうになっている。破滅へと進む道筋を止めてあげなければならない。ある種の母性本能に近い衝動があった。



 ――――ルプトの下へ行ったルーファンは、彼の机の前で立ったまま待機をしていた。ルプトは書類の整理を行い、ひと段落した段階で眼鏡をはずしてルーファンを見る。

「ジョナサンから聞いているとは思うが、この襲撃について私の関与があったのは紛れもない事実だ」

 物悲しげな顔だった。この男にそんな顔をする権利があるのか尋ねたかったが、ルーファンはただ黙っていた。

「よって私は国務長官の任を降りる。王族としてこの国の統治をする事も拒否をするつもりだ。営倉行きか、島流しかもしれんな」
「後任はどうするつもりで ? 行政を指揮する者がいなければ、国が混乱に陥る」
「軍の最高司令にひとまず任せようと思う。彼はウォーラン族の半魚人ではあるが、この国を支えてきた大事な存在であり民からの信頼も厚い。ひとまずは彼らに権力を預け、反差別と平等を重視した統治を行うように託すよ。負の歴史を終わらせなければならない以上、私の出る幕はない」
「本当に上手く行くと ? 人間の心はそんなに単純じゃない」

 ルプトの考えに対してルーファンは酷く懐疑的だった。権力を持つ者が変わった程度で平和が訪れるなら誰も苦労はしない。下手をすればさらなる悪化を招く恐れだってある。

「やってみないとどうにもならないさ。だからまずは壊すんだ。アトゥーイ殿にも頼んだのだが、本人はこの国を出て行くと言って聞かなくてな…安心したまえ、軍部の者達には君の事を伝えておくよ。彼にとって必要ならばいつでも手助けをしてやって欲しいとね。現に、兵士たちの中で君に対して恩義を感じている者は少なくない」

 ルプトの話を聞いたルーファンは複雑な心境であった。手助けをしてくれるのならば有難いが、今後彼らが自分にとって気に入らない道へ進む可能性は大いにある。取り決めをして同盟関係を結んでしまえば、彼らに対して口出しや介入をするのにも躊躇いが生まれてしまうだろう。だが、断ってしまって対立をしてしまっては元も子もない。選択肢はなかった。

「…感謝します」

 喜ぶ事すらせず、一言だけ謝辞を述べるしかなかった。

「今後はどうする気かね ?」
「少なくともリミグロンは、リゴト砂漠とアリフで二度も侵攻を妨げられた上に多大な損害を負った筈だ。一度に投入する戦力が次第に大きくなっている事からも、動きに焦りが見え始めている。何を急いでいるかは分からないが、戦いの長期化は避けたいと思っている筈だ」
「…何をするつもりだね ?」
「一連の情報からして、リミグロンに関与しているのがシーエンティナ帝国だというのはほぼ確定的だ。よって公の場で彼らと交渉をする。ツジモ少将を含めた人質達を材料にして」
「ま、まさか…」
「…”六霊の集いセス・コミグレ”に出席をしたい」

 それは戦が始まる前から考えていた計画だった。相応の償いをしてくれるならば良し、断るのであればそれでも良し。自分の復讐を果たすためにどう動くべきか。判断をするにあたって元凶を引きずり出し、言い分を聞く必要があった。最悪の場合はその場で刺し違える覚悟さえある。譲歩による贖罪か、徹底的な殺し合いか。それを見極めるための決意であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...