怨嗟の誓約

シノヤン

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3章:忘れられし犠牲

第109話 耐えられない

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「改めて聞くが、あなたの所属は ?」

 それが最初の質問だった。何者かではなくどこの所属をしているかを尋ねたのは、彼女がそれまで交戦してきたリミグロン達とは明らかに違う性質を持っていたからである。凛としていながら闘争心が滲みだしている振る舞い。それでいて暴力や闘争を楽しんでいるわけでは無さそうな厳しい表情。揺るぎない信念と志を根底に抱いてなければしない態度だった。武器を持っただけのテロリストじみた暴徒とは明確に違う。間違いなく特定の国家に属するエリートの軍人だと、ルーファンは察しが付いていた。

「……ぺっ」

 だがツジモ少将は黙ったまま質問に答えようとせず、代わりにルーファンの顔へ唾を吐く。既にバレているので隠しようも無いが、せめてもの意地であった。自分は敵に屈したわけではないという言い訳が欲しかったのかもしれない。

「船に侵入したとき、微かにだが帝国軍という言葉が聞こえた気がした。帝国と名の付く国家は近隣の地域を探しても一つしか見当たらない…関係者なのか ?」

 唾を拭って口調を和らげても、やはり返答は沈黙であった。敵に情報をくれてやるものかという軍人としての矜持がそうさせるのだろう。

「もしかしてだが、まだ再起を図れると思っているか ?」

 この質問に対し、僅かにツジモ少将の首が動いた。ルーファンから顔を背けるように横を向くが、ルーファンは椅子の前で屈み、無理やり彼女の首を自分に向けさせる。

「君が引き連れていた軍勢は壊滅したよ。撤退した飛行船もいくつかあったようだが、大半は墜落。捕虜として生かされた者達でさえごく僅か…残りはみんな死んだよ。少なくとも俺や、俺の仲間が確認した範囲では」

 ツジモ少将は動揺を隠してはいるが必死に目を合わせようとしない。明らかに居心地が悪そうにしていた。手柄を焦ったお陰で無様に人的資源も兵装も浪費したというのが、何より彼女を不愉快な気分にさせていた。

「気分が悪そうだな。悔しいのか ? それとも悲しいのか ? だとしたら何に対してそう思っているんだ ?」
「とぼけるな…貴様の様な化け物がいたお陰で貴重な資源を無駄にした。ろくな戦果を上げる事すら出来なかったというおまけ付きでな。恥じるべきことだ。死んでも死にきれん。この疫病神め」

 ツジモ少将は若干元気を取り戻してきたのか、少しだけ威勢を強めて言い放った。ただの負け惜しみを言ってるだけだとジョナサンやルプトは無言で哀れむが、ルーファンが黙りこくっている事に気付くと背筋が少し冷えた。何かがマズい気がする。

「…そうか」

 漏れるように呟きが聞こえ、少しだけルーファンが俯く。間もなく顔を彼女へ向けた頃には、先程までの穏やかそうな目付きが消え失せていた。執務室にいる者達の中では、誰よりも付き合いが長いジョナサンがすぐに勘づく。ツジモ少将が危ない。

「なら死なせてやろうか」

 ゆっくりと立ち上がった瞬間、ルーファンの口からそんな言葉が聞こえた。そして椅子ごと彼女を殴り倒し、そのまま首根っこを捕まえて引きずり起こしては殴るという暴力を繰り返す。慌ててジョナサンも止めに入るが、やはり鍛えた戦士と民間人では膂力が違い過ぎる。何度も押しのけられるが、その都度ルーファンへしがみ付いて引き離そうと必死になっていた。

「ねえ、サラザール。ルーファンって好物とかあるの ? 逆に嫌いな食べ物とかは ?」
「どうしたの急に ?」
「いや何となく気になって」

 一方その頃、執務室にルーファンがいると聞いたフォルト、サラザール、アトゥーイの三人が軽食を持って図書館の廊下を歩いていた時、フォルトが不意に尋ねた。

「食べる物を選り好みしてる姿を見た事ないから、正直言って分からない。自分から好きな物をわざわざ話したりもしないから」
「航海をしている際も、特に食べ物に対する拘りは見せていませんでしたね。あっ、でもセロリのザワークラウトはあまり手を付けてなかった気が…」
「じゃあセロリ嫌いかもしれないんだ…意外」

 サラザールとアトゥーイが示した情報から断片的な嗜好を推測していたフォルトだが、直後に大きな物音がした事で空気が張り詰める。間違いなく執務室の方からだった。

「よせ…ーファン…死ぬぞ…おい…!」

 くぐもったジョナサンの声が何かを静止させるために出た物だと分かった瞬間、全員が走った。急いで執務室を開けると、顔を腫らして泣き叫んでいるツジモとそんな彼女の声を無理やり止めようとするかのように殴り続けるルーファンの姿であった。二人の周囲には血が飛び散っており、柔らかい絨毯のあちこちに黒いシミを作っている。

「皆手伝え!!」

 ジョナサンが叫ぶや否やサラザール達は差し入れの軽食が入った紙袋をその辺に置いてルーファンを引き離す。凄まじい力ではあったが、流石の彼も複数人相手では振り払う事は出来なかった。

「ひっ…ひっ…」

 アトゥーイがツジモ少将を介抱すると、気が動転しているのか小さな呻き声しか発さない。彼女は困惑していた。拷問とは違う明確な怒りがこもった攻撃を食らわされたが、その原因が分からない。急に怒りだしたのだ。

「俺が化け物か ? 戦いの原因か ? じゃあ教えてくれよ ! 誰のせいでこんな化け物が生まれたと思ってる⁉なぜお前らが被害者面出来る⁉資源が無駄になると分かっててなぜ攻撃をやめようとしない⁉」

 フォルト達が抑えつけている間、ルーファンはひたすらに吠えていた。ようやく落ち着いた状況で話が出来たにもかかわらず、敵の口から出てきたのは自分の存在が原因となって犠牲者が増え続けているかのような言葉と、まるで彼女が率いる軍が被害者であるかのような他人事ぶり。それが何より癪に障ったのだ。その過剰な怒りの中には、どこか図星を突かれたかのような必死さも混じっていた。

「ちょっと、いい加減に黙りなって。冷静だと思ってた私がバカみたいじゃん」
「落ち着こうよ ! ねえ !」
「ルーファン !」

 サラザール達が呼びかけ、ようやく我に返ったルーファンだがあくまで堪えたに過ぎない。殺意に染まり切った黒い瞳が尚もツジモ少将を睨んでいた。

「少し、間を置いた方が良さそうだ。ディルクロ殿、また後で話しましょう」

 ルプトがその場を治め、取りまとめようとするがルーファンは同意や否定をする事なく無言で出て行く。その後にアトゥーイがツジモ少将を引き連れて出て行くまで、誰もが声を出せず動く事もせず佇む事しかできなかった。誰を責めたらいいのか分からない。そんな混乱が彼らを縛り付けていた。
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