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3章:忘れられし犠牲
第107話 盲信
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氷に覆われた街の内部では、狼狽えながら周囲の警戒を続ける者、調子に乗って氷に近づいてみる者、どこかから現れて投降を申し出てきた帝国軍の兵士達をひっとらえて連行する者達に別れて不本意ではあるが明るい賑やかさがあった。
「おい、どうにか砕けないのか ?」
「無理だな分厚い上に固い。後片づけどうすんだこれ…」
兵士達は氷の壁を触って慣れない冷たさとその頑強さにたじろいでいたが、そんな彼らを押し分けてフォルトはルーファンを探していた。気が抜けてしまっている周りの雰囲気に呑まれそうになってしまうが、いつまた戦闘が行われるか分からない状況下ではあまりにも危険である。
「ラゲードン」
不意に背後から声を掛けられた。アトゥーイが三叉槍を背負ったままこちらへ近づいてくる。辺りをまだ警戒しているのか、時折周りを見回していた。
「あ、フォルトでいいよ。下の名前だと…なんか堅い感じがするから」
「そうですか。分かりましたよフォルト。ところで誰かを探しているのですか ?」
「うん。ルーファン。無事なのかなって。全然姿が見えないし」
「氷の壁は恐らく彼が魔法によって作り出したものでしょう。解除をされてないという事はまだ無事な可能性が高い」
二人が町に起きた異変について推測し合っている最中、遠くでどよめきが起こる。和やかさが消えた事を察した二人は見合い、頷いてから騒ぎが起きている人だかりの方へと向かった。リミグロンと帝国軍の兵士が一列に並ばされ、跪かせられ、首を刎ねられていた。血だまりに浸っている彼らの遺体の前に首が置かれ、絶命する瞬間の悲痛な表情のまま固まっている。残っている兵士達は股から体液を垂らしながら俯き、震えていた。
「一体…何を…」
怒っているのではなく、アトゥーイは困惑していた。
「馬鹿は死ななきゃ治らないんです」
実行したらしいリガウェール王国の兵士が言った。血にまみれており、ウォーラン族の若い男だった。同じ口に濡れている協力者らしい男女が他にも複数名いる。
「全員を捕虜として養う余裕はこの国にはありませんし、下手に規模が大きくなれば反乱の可能性が高まる。かといって人質として価値や情報収集という観点から皆殺しにするわけにはいかない。だから数を減らしました。そのついでに見せしめにした。それだけです」
「今後は分からないけど、ひとまず決着はついたし、降伏をしてきたんでしょ ? だから何もここまで―――」
「だからこそ徹底的にやらないとダメなんです… !」
理屈は分かる。が、その末に辿り着いた手段と結論は受け入れがたい物だった。偽善じみた事だと自覚しつつもフォルトはやりすぎだと苦言を呈そうとするが、再び別のウォーラン族が話を遮る。
「襲撃は二度目です…ラゲードン殿、あなただって分かるでしょう ? こいつらは己を省みるという子供に出来る事すらやろうとしない思慮の足りん蛮族です。だから性懲りもなくのこのこと再訪し、殺戮を起こそうとする。痛みと光景を以て教えない限り、こいつらやこいつらを操っている連中は学ぼうとしない。敵は徹底的に震え上がらせ、始末しなければならない。”鴉”が我々に教えてくれたんですよ」
そう語る彼らの顔は怖かった。憤怒に身を任せるような鬼気迫る熱意があるわけでもなく、報復のために決意をしたといった辛そうな面持ちでもない。自分達の主張が絶対的に正しく、我らにこそ正義があると本気で思い込み、それ故に正義のためなら致し方ないと躊躇いなく決断したのだ。盲目的な正義への信仰が彼らを支配していた。
「でも…」
フォルトは言い返せなかった。彼らの行っている事とルーファンの行っている事は結果としてみれば大した差異の無い物である。だが、なぜか彼らの肩を持つ気になれなかった。その肝心の理由が分からないせいで言い淀み、身を引く事しかできないでいる自分に歯がゆさを感じた。その直後だった。
氷の壁の一部が砕け、そこから<バハムート>が街へ飛び込んで来る。翼をはためかせて一直線に地表へ飛来し、音を立てて着陸した彼の片手にはツジモ少将が捕まっていた。そんな彼女を雑に放って近くにあった民家の壁へと叩きつけると、地面に横たわって苦痛のあまり呻く。それから間もなく<バハムート>は分離してルーファンとサラザールの姿へと戻った。
「じゃ、後適当にやっといて。私お腹空いたから」
「ああ」
サラザールはこれから行う事については微塵も興味がないのか、ルーファンの肩を軽く叩いてから歩き去っていく。
「大丈夫」
去り際、フォルトとすれ違った時にサラザールが呟いた。
「あなたが心配している様にはならない。ああ見えて冷静だからアイツ」
そういって腹の虫を鳴かせながらサラザールはいなくなるが、果たして本当にそうなのか不安で仕方がなかった。いつもの如くゴミを見るような目でルーファンはツジモ少将へ近づいていく。
下手に邪魔をして機嫌を損ねたくなかったのか、リガウェール王国の兵士達はただ少しずつ縮まっていく二人の距離をボンヤリと測る事しかしない。向かっている間、ルーファンは「宿れ」と唱えて闇の瘴気を持っていた剣に纏わせていた。
「選ばせてやる」
やがて間合いに到達した後、無残に殺された他の帝国軍の兵士達を尻目にルーファンがしゃがむ。そしてツジモ少将へ静かに問いかけた。
「あそこにいる連中にお前の処遇を任せるか、俺と別の場所で話し合いでもするか。五秒以内に決めろ」
「おい、どうにか砕けないのか ?」
「無理だな分厚い上に固い。後片づけどうすんだこれ…」
兵士達は氷の壁を触って慣れない冷たさとその頑強さにたじろいでいたが、そんな彼らを押し分けてフォルトはルーファンを探していた。気が抜けてしまっている周りの雰囲気に呑まれそうになってしまうが、いつまた戦闘が行われるか分からない状況下ではあまりにも危険である。
「ラゲードン」
不意に背後から声を掛けられた。アトゥーイが三叉槍を背負ったままこちらへ近づいてくる。辺りをまだ警戒しているのか、時折周りを見回していた。
「あ、フォルトでいいよ。下の名前だと…なんか堅い感じがするから」
「そうですか。分かりましたよフォルト。ところで誰かを探しているのですか ?」
「うん。ルーファン。無事なのかなって。全然姿が見えないし」
「氷の壁は恐らく彼が魔法によって作り出したものでしょう。解除をされてないという事はまだ無事な可能性が高い」
二人が町に起きた異変について推測し合っている最中、遠くでどよめきが起こる。和やかさが消えた事を察した二人は見合い、頷いてから騒ぎが起きている人だかりの方へと向かった。リミグロンと帝国軍の兵士が一列に並ばされ、跪かせられ、首を刎ねられていた。血だまりに浸っている彼らの遺体の前に首が置かれ、絶命する瞬間の悲痛な表情のまま固まっている。残っている兵士達は股から体液を垂らしながら俯き、震えていた。
「一体…何を…」
怒っているのではなく、アトゥーイは困惑していた。
「馬鹿は死ななきゃ治らないんです」
実行したらしいリガウェール王国の兵士が言った。血にまみれており、ウォーラン族の若い男だった。同じ口に濡れている協力者らしい男女が他にも複数名いる。
「全員を捕虜として養う余裕はこの国にはありませんし、下手に規模が大きくなれば反乱の可能性が高まる。かといって人質として価値や情報収集という観点から皆殺しにするわけにはいかない。だから数を減らしました。そのついでに見せしめにした。それだけです」
「今後は分からないけど、ひとまず決着はついたし、降伏をしてきたんでしょ ? だから何もここまで―――」
「だからこそ徹底的にやらないとダメなんです… !」
理屈は分かる。が、その末に辿り着いた手段と結論は受け入れがたい物だった。偽善じみた事だと自覚しつつもフォルトはやりすぎだと苦言を呈そうとするが、再び別のウォーラン族が話を遮る。
「襲撃は二度目です…ラゲードン殿、あなただって分かるでしょう ? こいつらは己を省みるという子供に出来る事すらやろうとしない思慮の足りん蛮族です。だから性懲りもなくのこのこと再訪し、殺戮を起こそうとする。痛みと光景を以て教えない限り、こいつらやこいつらを操っている連中は学ぼうとしない。敵は徹底的に震え上がらせ、始末しなければならない。”鴉”が我々に教えてくれたんですよ」
そう語る彼らの顔は怖かった。憤怒に身を任せるような鬼気迫る熱意があるわけでもなく、報復のために決意をしたといった辛そうな面持ちでもない。自分達の主張が絶対的に正しく、我らにこそ正義があると本気で思い込み、それ故に正義のためなら致し方ないと躊躇いなく決断したのだ。盲目的な正義への信仰が彼らを支配していた。
「でも…」
フォルトは言い返せなかった。彼らの行っている事とルーファンの行っている事は結果としてみれば大した差異の無い物である。だが、なぜか彼らの肩を持つ気になれなかった。その肝心の理由が分からないせいで言い淀み、身を引く事しかできないでいる自分に歯がゆさを感じた。その直後だった。
氷の壁の一部が砕け、そこから<バハムート>が街へ飛び込んで来る。翼をはためかせて一直線に地表へ飛来し、音を立てて着陸した彼の片手にはツジモ少将が捕まっていた。そんな彼女を雑に放って近くにあった民家の壁へと叩きつけると、地面に横たわって苦痛のあまり呻く。それから間もなく<バハムート>は分離してルーファンとサラザールの姿へと戻った。
「じゃ、後適当にやっといて。私お腹空いたから」
「ああ」
サラザールはこれから行う事については微塵も興味がないのか、ルーファンの肩を軽く叩いてから歩き去っていく。
「大丈夫」
去り際、フォルトとすれ違った時にサラザールが呟いた。
「あなたが心配している様にはならない。ああ見えて冷静だからアイツ」
そういって腹の虫を鳴かせながらサラザールはいなくなるが、果たして本当にそうなのか不安で仕方がなかった。いつもの如くゴミを見るような目でルーファンはツジモ少将へ近づいていく。
下手に邪魔をして機嫌を損ねたくなかったのか、リガウェール王国の兵士達はただ少しずつ縮まっていく二人の距離をボンヤリと測る事しかしない。向かっている間、ルーファンは「宿れ」と唱えて闇の瘴気を持っていた剣に纏わせていた。
「選ばせてやる」
やがて間合いに到達した後、無残に殺された他の帝国軍の兵士達を尻目にルーファンがしゃがむ。そしてツジモ少将へ静かに問いかけた。
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