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3章:忘れられし犠牲
第106話 仮初の大義
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「…<バハムート> !」
ツジモ少将が怪人の名を呼んだ直後、鉄の扉を力づく引き裂きながら先程よりも遥かに激しい勢いで咆哮が船内を震わせた。鼓膜が破裂してしまいそうな程につんざくような痛みが耳を襲う。
「うわあああああああああ!!」
「少将!!逃げてください!!」
リミグロン兵達が次々と叫び、とち狂った様子で銃から光弾を発射する。しかし<バハムート>は意に介していなかった。肉体から溢れ出た闇の瘴気が壁を作って光弾を吸収しつつ、一歩ずつ死へのカウントダウンを行うかの如く兵士達へと近づいてくる。最も手前にいた一人の顔面が、<バハムート>の爪による引っ掻きで抉れた。兜ごとである。
「こっちだ化け物おおお !」
銃が使えないと判断した一人がサーベルを肉体へ突き刺そうとするが、それより先に<バハムート>は彼の腕を掴み返し、そのまま壁へ叩きつける。そこから続けざまに頭部を鷲掴みにし、壁へ押し付けながらじわじわとその力を強めていった。
「ううう…ぐっ…あがっ…やめ…て…」
そのまま兜がへしゃげ、震えるような呻き声が搾り出される。頭蓋骨が砕けたのか血が兜の隙間から溢れ出て、首から下を赤く染めだしている。逃げながら距離を取った残りの兵士達が次々と光弾を発射するが、またしても防がれてしまう。鬱陶しく思ったのか、<バハムート>は尻尾を複数本に分裂させると、それらを伸ばして兵士達を串刺しにしていく。
「クソッ…クソクソクソクソ !」
道中で転び、銃を落としながらも一人の兵士がツジモ少将と足を引きずっている負傷兵を押しやり、やがて艦橋へと繋がる扉の向こうへと入り込んで急いで締め切った。その場にへたり込み、必死に呼吸を整える兵士だったが少しすると立ち上がって辺りを物色する。やはり使える物は何もない上に脱出に仕えそうな物も無い。
「どうすればいい…」
たまらなくなったのか兜を外して投げ捨て、髪を搔きむしった。<バハムート>が気付かずにいなくなってくれる事を祈るしかないが、この辺りの通路や区画の数は限られている。はっきり言って見つかるのは時間の問題だった。
「か…艦橋の窓から逃げられませんか ?」
負傷兵が言った。
「わ…私は足手まといですから。囮になって二人が外に逃げれば助かる可能性だってあるでしょう。外に出て降伏してしまえば…あんな化け物に殺されるよりは…」
「だが君は――」
「俺なんて元々落第しかけていた落ちこぼれです。せめて同胞のために体張ってやったと…故郷のお袋に自慢させてやってくれませんか ?」
負傷兵は気丈に振舞うが、やはり声が震えていた。どうしたものかと悩んでいた時、偶然ツジモ少将の姿が目に入る。艦橋の片隅で何か呟いていた。
「どうすればいい…このままでは損害が…いや、外に出て残る兵士を探して再起を…あの化け物を抑えなければ帝国の勝利は…」
彼女はまだ呑気に反撃の手口を探っていた。このアマ、という決して公然の場では口に出来ない罵倒が脳裏に浮かんだ。つい先ほどまで恐怖で冷え切っていた体に熱が宿り、自然と力んでしまう。至極単純な理屈…苛立ちが怒りへと昇華したのである。
「おい、こっち向けよババア」
「…今しがた、随分と敬意の無い呼称が聞こえたぞ」
彼女に近づいた兵士が乱暴に語り掛けると、プライドを傷つけられたのかツジモ少将が睨みつけてきた。
「あんたなんかもう敬意を払うに値しない。そう判断した。何か間違っているか ? この場の三人以外誰もいない。まともな戦力があるかどうかさえ定かじゃない。おまけに怪我人までいる…この状況でまだ戦うつもりか ?」
「帝国の繁栄と勝利のために持てる物を以て戦う。それが兵士としての使命――」
「何も残ってねえってのが分からねえのか!」
現実を見ずに役にも立たない愛国精神を掲げるツジモ少将を前にして、兵士はとうとう堪えきれなくなったのか彼女に掴みかかった。声を聞かれてはマズいと思っていたのか、声量はかなり押し殺している。
「貴様っ…負け犬のまま逃げろと言うのか ? 帝国軍には後が無いんだぞ !」
「逃げて何が悪い ! 海にいた化け物に連隊を壊滅させられた時点で撤退をすべきだった ! 負け犬のまま逃げるのは許せねえだと ? 戦争を賭博か何かと勘違いしてんのか⁉俺達兵士はてめえの下らんプライドを満たすための生贄じゃねえ !」
「ふ…二人ともやめましょう !」
ツジモ少将に対して兵士は憤るが、負傷兵が必死の思いで割って入った事で暴力沙汰になる事は防がれてしまった。負傷兵は近くに転がっていたサーベルを自分の腰の鞘に納め、銃を片手で持って先程閉めた扉の前へ向かう。
「と…とにかく、再起を図るにしても降伏をするにしても生き延びないと始まらないでしょう。ロープか何かを探して、先端の窓を割ってから垂らして逃げてください。ゆっくり足場を探しながらでもいいです。とにかくお二方だけでも生き延びて ! ここは俺が奴を―――」
負傷兵が必死の思いで扉から距離を空け、銃を構えながら二人へ考えを伝えていた時だった。床が破裂したかのように砕け、<バハムート>がそこから飛び出してきた。
「あ」
間近で目が合ってしまった負傷兵は銃を構える余裕も無く、<バハムート>によって上半身に嚙り付かれる。悲鳴を上げる間もなく食いちぎられたその死体は、首の半分や左肩がごっそりと無くなっていた。<バハムート>はそれらを吐き出し、やがて別の気配がする後方へ静かに振り返る。手を震わせながら兵士がサーベルを抜刀しており、ツジモ少将は銃を握ってこそいたが棒立ちのままこちらを見ている。「勝てない」と悟ってしまったのだ。
「何が”鴉”だ…何が英雄だ… ! こんな化け物が讃えられるような正義があってたまるか… !」
改めて間近で対峙し、二メートルを超える体躯を前にしながらも兵士は必死に自分を鼓舞した。やがて叫び、駆け出すがあっさりとサーベルをはたき落とされる。そして胴体を<バハムート>の腕が貫いた。
「…やだ」
絶望したように立ちすくんでいるツジモ少将が呟くが、聞く耳を持ってはくれない。<バハムート>は兵士の胴体に空いている風穴へもう一本の腕を突っ込み、やがて真っ二つに肉体を引き裂き、雄たけびを上げた。
※次回の更新は九月十八日予定です
ツジモ少将が怪人の名を呼んだ直後、鉄の扉を力づく引き裂きながら先程よりも遥かに激しい勢いで咆哮が船内を震わせた。鼓膜が破裂してしまいそうな程につんざくような痛みが耳を襲う。
「うわあああああああああ!!」
「少将!!逃げてください!!」
リミグロン兵達が次々と叫び、とち狂った様子で銃から光弾を発射する。しかし<バハムート>は意に介していなかった。肉体から溢れ出た闇の瘴気が壁を作って光弾を吸収しつつ、一歩ずつ死へのカウントダウンを行うかの如く兵士達へと近づいてくる。最も手前にいた一人の顔面が、<バハムート>の爪による引っ掻きで抉れた。兜ごとである。
「こっちだ化け物おおお !」
銃が使えないと判断した一人がサーベルを肉体へ突き刺そうとするが、それより先に<バハムート>は彼の腕を掴み返し、そのまま壁へ叩きつける。そこから続けざまに頭部を鷲掴みにし、壁へ押し付けながらじわじわとその力を強めていった。
「ううう…ぐっ…あがっ…やめ…て…」
そのまま兜がへしゃげ、震えるような呻き声が搾り出される。頭蓋骨が砕けたのか血が兜の隙間から溢れ出て、首から下を赤く染めだしている。逃げながら距離を取った残りの兵士達が次々と光弾を発射するが、またしても防がれてしまう。鬱陶しく思ったのか、<バハムート>は尻尾を複数本に分裂させると、それらを伸ばして兵士達を串刺しにしていく。
「クソッ…クソクソクソクソ !」
道中で転び、銃を落としながらも一人の兵士がツジモ少将と足を引きずっている負傷兵を押しやり、やがて艦橋へと繋がる扉の向こうへと入り込んで急いで締め切った。その場にへたり込み、必死に呼吸を整える兵士だったが少しすると立ち上がって辺りを物色する。やはり使える物は何もない上に脱出に仕えそうな物も無い。
「どうすればいい…」
たまらなくなったのか兜を外して投げ捨て、髪を搔きむしった。<バハムート>が気付かずにいなくなってくれる事を祈るしかないが、この辺りの通路や区画の数は限られている。はっきり言って見つかるのは時間の問題だった。
「か…艦橋の窓から逃げられませんか ?」
負傷兵が言った。
「わ…私は足手まといですから。囮になって二人が外に逃げれば助かる可能性だってあるでしょう。外に出て降伏してしまえば…あんな化け物に殺されるよりは…」
「だが君は――」
「俺なんて元々落第しかけていた落ちこぼれです。せめて同胞のために体張ってやったと…故郷のお袋に自慢させてやってくれませんか ?」
負傷兵は気丈に振舞うが、やはり声が震えていた。どうしたものかと悩んでいた時、偶然ツジモ少将の姿が目に入る。艦橋の片隅で何か呟いていた。
「どうすればいい…このままでは損害が…いや、外に出て残る兵士を探して再起を…あの化け物を抑えなければ帝国の勝利は…」
彼女はまだ呑気に反撃の手口を探っていた。このアマ、という決して公然の場では口に出来ない罵倒が脳裏に浮かんだ。つい先ほどまで恐怖で冷え切っていた体に熱が宿り、自然と力んでしまう。至極単純な理屈…苛立ちが怒りへと昇華したのである。
「おい、こっち向けよババア」
「…今しがた、随分と敬意の無い呼称が聞こえたぞ」
彼女に近づいた兵士が乱暴に語り掛けると、プライドを傷つけられたのかツジモ少将が睨みつけてきた。
「あんたなんかもう敬意を払うに値しない。そう判断した。何か間違っているか ? この場の三人以外誰もいない。まともな戦力があるかどうかさえ定かじゃない。おまけに怪我人までいる…この状況でまだ戦うつもりか ?」
「帝国の繁栄と勝利のために持てる物を以て戦う。それが兵士としての使命――」
「何も残ってねえってのが分からねえのか!」
現実を見ずに役にも立たない愛国精神を掲げるツジモ少将を前にして、兵士はとうとう堪えきれなくなったのか彼女に掴みかかった。声を聞かれてはマズいと思っていたのか、声量はかなり押し殺している。
「貴様っ…負け犬のまま逃げろと言うのか ? 帝国軍には後が無いんだぞ !」
「逃げて何が悪い ! 海にいた化け物に連隊を壊滅させられた時点で撤退をすべきだった ! 負け犬のまま逃げるのは許せねえだと ? 戦争を賭博か何かと勘違いしてんのか⁉俺達兵士はてめえの下らんプライドを満たすための生贄じゃねえ !」
「ふ…二人ともやめましょう !」
ツジモ少将に対して兵士は憤るが、負傷兵が必死の思いで割って入った事で暴力沙汰になる事は防がれてしまった。負傷兵は近くに転がっていたサーベルを自分の腰の鞘に納め、銃を片手で持って先程閉めた扉の前へ向かう。
「と…とにかく、再起を図るにしても降伏をするにしても生き延びないと始まらないでしょう。ロープか何かを探して、先端の窓を割ってから垂らして逃げてください。ゆっくり足場を探しながらでもいいです。とにかくお二方だけでも生き延びて ! ここは俺が奴を―――」
負傷兵が必死の思いで扉から距離を空け、銃を構えながら二人へ考えを伝えていた時だった。床が破裂したかのように砕け、<バハムート>がそこから飛び出してきた。
「あ」
間近で目が合ってしまった負傷兵は銃を構える余裕も無く、<バハムート>によって上半身に嚙り付かれる。悲鳴を上げる間もなく食いちぎられたその死体は、首の半分や左肩がごっそりと無くなっていた。<バハムート>はそれらを吐き出し、やがて別の気配がする後方へ静かに振り返る。手を震わせながら兵士がサーベルを抜刀しており、ツジモ少将は銃を握ってこそいたが棒立ちのままこちらを見ている。「勝てない」と悟ってしまったのだ。
「何が”鴉”だ…何が英雄だ… ! こんな化け物が讃えられるような正義があってたまるか… !」
改めて間近で対峙し、二メートルを超える体躯を前にしながらも兵士は必死に自分を鼓舞した。やがて叫び、駆け出すがあっさりとサーベルをはたき落とされる。そして胴体を<バハムート>の腕が貫いた。
「…やだ」
絶望したように立ちすくんでいるツジモ少将が呟くが、聞く耳を持ってはくれない。<バハムート>は兵士の胴体に空いている風穴へもう一本の腕を突っ込み、やがて真っ二つに肉体を引き裂き、雄たけびを上げた。
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