怨嗟の誓約

シノヤン

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3章:忘れられし犠牲

第104話 やけくそ

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「報告です ! リミグロンと思わしき軍勢が空から出現 ! そして…海の中から正体不明の怪物が現れ、どういうわけかこの街を守っているとの事」
「怪物については案ずるな我々の味方だ。しかし…これは一体」

 街の各地で備えているリガウェール王国の兵士達は頭上を覆っている海水の壁を眺めて戸惑った。その分厚い壁の中には海に生息している様々な魔物が動き回っており、敵が攻撃をしてこないのもあってか酷く静かだった。

「第二連隊より本部へ要請。首都全域が水の壁によって阻まれており、ワイバーン部隊を送り込むことが出来ない。よって”ディープクリーパー”の使用許可を求める」
「了解。ディープクリーパーの投入を許可する」

 一方、空から街を包囲している帝国の飛行船内ではその様なやり取りが行われていた。間もなく飛行船から金属でできた小型のポッドが無数に投下されていく。水の壁に着水し、そのまま水中へと沈んでいった瞬間にポッドが割れる。そして深海で集落を襲った怪物が現れ、動き出した。<ネプチューン>に操られている魔物達が彼らを襲い、殺していくが全てを滅するのは流石に不可能であった。

「何かが壁から這い出ようとしているぞ !」

 生き残ったディープクリーパーは水の壁の内側へと飛び出し、鈍い音を立てて地面に落下する。そして奇声を発しながら攻撃を開始した。

「近づくな ! 遠距離から仕留めるんだ ! 水流の矢よウォスティ・ロウ!」

 ルーファン達の報告によってある程度敵の特性が分かっていたのか、リガウェール王国の兵士達はなるべく距離を空けて遠くから攻撃をする事に徹した。だが例外も存在する。

大地の鎧、顕現せよラスア・マカ・ピアグナス

 ディープクリーパーが続々と侵入し、攻撃が始まったのを確認したフォルトは岩の鎧を纏う。そして一呼吸入れたから気合を入れるかの如く咆哮を上げ、怪物の群れへと突撃していった。立ち塞がる敵を怪力で叩き潰し、殴り飛ばす度に酸で鎧を溶かされる。鼻を刺すような苦痛にも近い悪臭が漂うが、必死に堪えるしかなかった。すぐに近くの家屋や道端から岩を引き寄せて再び鎧として纏い、傷つけば再び同じ様にして修復する。それを繰り返しながら殲滅をしていった。

 ガロステルとサラザールも同様である。前者は腕を含め溶かそうにもとかせない頑強な肉体故、後者に関しては溶かそうが傷つけようがすぐに再生して怯むことなく殴り返してくる。”鴉”が寄越してくれたった三人の助っ人とはいえ、一騎当千の如き勢いで暴れる姿を見て兵士達は驚いた。

「こちら第一連隊四班 ! 動ける連隊は手を貸せ ! <ネプチューン>を排除しなければ被害が拡大する一方だ ! ただちに…うわああああああ !」

 街への襲撃を行っていた第二連隊と第三連隊の各飛行船へ連絡が入るものの、直後に撃墜されたのか断末魔を最後に通信が途絶えた。既に第四連隊が予定を変更して援護に向かった筈だが、それですら”鴉”を始末できていないのだ。

 一方、到着して援護を始めた第四連隊は戦力差に絶望していた。巨大な蛸の触手らしきものが海上から伸びて、次々に飛行船が叩き落され、或いは絡めとられた上で海の中へ引きずり込まれる。

 <ネプチューン>が腕を振るうだけで天にも届きそうな高さの大波が襲いかかり、逃げ遅れた飛行船やワイバーンに乗った兵士達が呑み込まれ藻屑と化した。飛行船から光線を放って攻撃をしても利いた様子はなく、手に持っている三叉槍を恐ろしい速度で投げ、飛行船を貫いて撃墜して来る。この世の地獄が広がっていた。

 帝国の兵士たるもの死ぬ覚悟はしてるつもりだった。だが確実に死ぬと分かっている場所へ突っ込んでいけるほど彼らは無鉄砲でも無邪気でも無かった。根底にはいつも戦果を上げて昇進が決まる事を望む野心と、そんな吉報を心待ちにしている故郷の家族や恋人たちがいるのだ。愛国心のためだけに命を捨てる酔狂な思考回路は、流石に持ち合わせていなかった。

「報告です…既に過半数の飛行船が撃墜。ディープクリーパーの投入を継続していた第二、第三連隊も進展は無し。間もなく搭載していた生体兵器用のポッドも底が尽きると。侵攻作戦そのものが行き詰っています」

 遠方から様子を窺っていた第五連隊の飛行船の群れ、その旗艦の船橋で報告がなされると兵士やオペレーター達が頭を抱え出した。死なばもろとも、悪くて相打ち、そう思って出陣したというのに現実はこのザマである。ツジモ少将は椅子に座って考え込んでいたが不意に立ち上がり、報告を行った兵士へ近づいた。

「中尉、水の壁の厚さは分かるか ?」
「解析班の報告から、恐らくそれ程の物ではないと推測されていますが…一体なぜ ?」
「第五連隊に告げろ。水の壁を墜落を覚悟で強行突破する。各自不時着とその後の出撃に備えよ」

 ツジモ少将が身の毛もよだつ自殺願望を口にし出すと、当然ではあるがどよめきが起こった。

「お言葉ですが少将、あまりにも無謀な作戦です。街に被害が出れば復興や占領も大幅に遅れてしまいます。他の国々との戦も膠着している今の現状ではまともな支援も期待できない。何より兵士達の命を無意味に危険に晒すなど…」
「意味は後から生まれる物だ。負けてしまえば死者は犬死の烙印を押され、生還した者達でさえ敵前逃亡に走った負け犬として末代まで語り継がれる。だが勝てば…全ての過程を愛国者という名の愚者が肯定してくれる。何より中尉…これは命令だ。背く事は許さん」
「断固として拒否します。すぐに撤退の判断を下すべきです。我々は敵の強大さを見誤って―――」
熱く輝けカロート・フルン

 人命軽視も甚だしい少将の暴言に中尉は凛とした態度で反抗する。だが、言い終える前にツジモ少将はサーベルを抜刀して彼の首を刎ねた。

「もう一度言おう…このまま強行突破を行う。異議がある者はただちに名乗り出ろ」

 再び命令を告げられるが、その愚かさと野蛮さを糾弾する勇者が現れる事は無かった。
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