怨嗟の誓約

シノヤン

文字の大きさ
上 下
103 / 168
3章:忘れられし犠牲

第102話 嵐の前に

しおりを挟む
 どこまで遠くに広がる青空の下には、自然とはかけ放たれた灰色の土地が広がっていた。剃刀一枚すら入る隙間も無い程に石畳が地面に敷き詰められ、その上では大量の飛行船が並べられ、離陸の準備をしていた。全ての期待において側面のハッチが開かれており、そこから伸びた傾斜板を使って兵士達が飛行船へと搭乗している。

 リミグロン達と同じ装備を身に纏ってはいるが、彼らはならず者ではない。徹底的に統率され、極力まで自意識を捨て去り、軍隊として国家のために尽くすれっきとした兵士であった。シーエンティナ帝国第三師団。リガウェール王国への強襲を決行するべく、この飛行船の停泊地に集結していたのだ。

「状況を伝えなさい」

 その師団を率いる女性の師団長、ヨミ・ツジモ少将は足早に歩きながら隣にいる部下を急かした。中年の筈だが、それよりも年上に見える程度に皺が多く、キツイ糸目をしている。愛想も無いひん曲がった口元からはあまり人に笑い掛けたりしたことが無さそうだという事が窺え、さほど人と慣れ合うのが好きではないという彼女の性分をよく表していた。

「はっ、協力者であるルプト・マディル国務長官より報告があります。国務長官を除く王家の暗殺は成功。これによって指揮系統は混乱に陥っており、軍の編成もままならない状況だと。地方から訪れた者達も含め、民間人の避難も思うように進んでいないようです。また潜伏しているリミグロンより連絡があり、次の襲撃を恐れて防衛に備えだしていますが人手不足が原因で忌み嫌っていたディマス族にさえ招集をかけていると。そして彼らの報告の中で共通して出た情報ですが…最優先抹殺対象である”鴉”が逃亡したと」

 報告を聞いていたツジモ少将だが、報告の最期の部分を耳にした途端に立ち止まり、怪しむような視線を部下の方に向けた。

「逃亡 ?」
「ええ。従者を一人連れて船でアリフを出たと…滞在していた宿の中も荷物の一つさえ残っていなかったそうです。かなり計画的に逃げています。怖気づいたんでしょうか ?」
「……複数の報告で共通して出た情報だと言っていたわね。だとしたら少し疑うべきかもしれない。本気で逃亡が目的だとしたら人目に付きすぎている。相手はあの鴉だ。リミグロンの雑兵ごときにすら把握されるような間抜けだとは思えない。それに、舟で逃げたとしたらどうやって顔を確認した ? それだけじゃない。これまで集めた情報からして奴には複数の協力者がいる筈だ。そいつらの動向も分かっていないのだろう ?」
「嵌めようとしているという事ですか ?」
「可能性はある…いずれにせよ抹殺対象だからと言って全ての戦力を向ける必要は無い。五つある連隊の内、第一連隊のみを鴉の捜索と排除へ向かわせ、その他の連隊にはアリフへの攻撃を行わせろ」

 憶測と指示をつらつらと並べ、自分達が登場する飛行船へ向かっている時だった。辺りが妙にざわついている。目を凝らすと、遥か先から複数人の集団がこちらへ歩いて来ていた。十名のエジカースが一糸乱れぬ動きで歩き、その先頭にはある人物が立っていた。白銀の鎧と顔を覆い隠す兜、その姿を知っている者達は皆後ずさりし、跪き、顔を下に向けて目を合わせないようにする。

「…陛下」

 ツジモ少将が慄いた。

「諸君らが事を急いでいるのは私も承知だ。仰々しい礼はいらない。どうか構わず引き続き準備に当たり給え」

 変声機によるノイズ交じりの声で皇帝が兵士達に大声で伝える。それを聞いた兵士達は立ち上がり、一礼をした後に準備を再開した。

「いらしてくれると分かっていれば…」
「すまないツジモ少将。私の勝手でこの場に来た次第だ。リガウェールへの侵攻を開始すると聞いてな…”鴉”がいる以上、本来ならば私も出向くべきなのだろうが」
「陛下の御手を煩わせるわけにはいきません。所詮奴は亡国の残党、我々の周りをうろつく目障りな鼠にすぎないでしょう」
「過小評価も度が過ぎれば虚勢と取られるぞ。いずれにせよ侮るな。私の勘が正しければ、奴は強大な災いを招く元凶になる。確実に排除しろ」
「…必ずや、ご期待に応えましょう」

 少し距離を詰めて静かに、しかし重々しい口調で威圧するようにツジモ少将へ語り掛ける。その時、遠くで声が聞こえた。

「急げ ! 俺達の班だけ積み込みが終わってないんだぞ !」
「す、すいません !」

 新人らしい若い兵士とその上官らしい男が荷物を運んでいた。だが、新兵は力が弱いのか大量に抱えている革の袋を引きずるようにして運んでいる。息も絶え絶えだった。

「この場に待機をしてくれ」

 エジカース達に伝えると、やはり不気味なくらいに息の合った動きで一斉に敬礼をする。そして立ったまま待機を始めるエジカースを尻目に皇帝は新兵の下へ向かった。

「へ、陛下…お、お見苦しい所を見せてしまい申し訳ありません。何しろ新人なものですから―――」

 上官らしい男が媚を売って来るが、彼には会釈だけ返してから皇帝はそのまま新兵に歩み寄る。

「荷物の中身は何だ ?」

 狼狽える新兵に対し、皇帝は穏やかに尋ねた。

「け、携帯食料であります !」
「フフ、訓練でよく食べさせられたよ。腹持ちはいいが紙でも齧ってた方がマシな味がするだろう。どうやら見た所、かなりの量だ…どの機体に積めばいい ?」

 皇帝は少し懐かしみ、やがて新兵から革の袋を幾つか拝借するとそれを肩に担いだ。

「陛下 ! これは我々の仕事ですから―――」
「君は見た所手持無沙汰なようだが、自分達の仕事だというならなぜ彼を助けてやらない ? これからの帝国軍を担う事になる人材だ。あまり苛めてやるな」
「も、申し訳ありません。以降気を付けます…に、荷物をこちらへ頂けないでしょうか ?」

 上官が慌てて言い寄って来るが、皇帝はそんな彼を叱った。やがて上官は皇帝から荷物を恐る恐る受け取り、足早に去っていく。そんな上官を追いかけていく新兵を見送った皇帝は、もう戻れない自分の過去を恋しく思った。何も知らない青二才だった頃の自分のままでいられれば、どれほど幸せだっただろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

処理中です...