怨嗟の誓約

シノヤン

文字の大きさ
上 下
102 / 174
3章:忘れられし犠牲

第101話 待機

しおりを挟む
 船着き場から一隻の小舟が港を出港していた。手漕ぎ用のオールを動かし、ルーファンは黙々とアリフの街から距離を空ける。ルプトには「土壇場で小舟を使って逃げ出した」と伝えてくれるように頼んでおいた。

「お、王の器よ…本当に上手く行くとお思いですか ?」

 小舟から見える街並みが小さくなった頃、向かいに座っていたタナが質問をした。恐らく手持無沙汰で何をしていいのか分からなかったのだろう。

「不安か ?」

 少し息を切らしながらルーファンは彼女を見る。その間もオールを漕ぐ手は止めなかった。

「ええ…確かに実際に海に出ていれば、「あなた様が逃亡を図っている」という情報が本当だったと敵も考えるでしょう。し、しかし…そうだとしてもこのようなちっぽけな小舟では…」

 タナの心配は尤もである。こんなちっぽけな小舟で姿をひけらかし、わざと敵に見つかろうとするなど自殺行為にも程がある。それにここまであからさま過ぎては却って警戒されてしまうのではないだろうか。

「それでいいんだ。すんなり信じてもらう必要は無い」
「え ?」
「こんなあからさまな状態で、こちらにだけ全ての戦力を向けるなどという事はしないだろう。リミグロンはきっと疑う。わざわざ顔を隠す事もせずにそれもこんな装備で海に出るという事はいくらなんでもおかしい…そう考えるさ。小舟にいる方は影武者で、街にまだ残っているんじゃないかと疑ってくる可能性だってある」
「そ、そうなれば街の方に戦力が向くことになってしまいますが…」
「彼らの規模がどれ程の物かは分からないが、上手く行けばある程度は分散させることが出来る。俺達を攻撃する集団と街への侵攻を行う集団としてだ。<ネプチューン>の力があるとはいえ使い慣れていない以上、全ての敵を相手取るのはリスクが大きい。そして街に残っている戦力を考えてみても、そちらに残って戦うというのも心許ない。だからこそ<ネプチューン>にとっての土俵である海に出ておく必要があった。こちらに来た敵を殲滅し、その上で海から街にいる兵士達へ援護を行う」

 少し休憩を挟んでからルーファンは自分の意図を伝える。やがて少し荒れだしている海を眺めた。小舟にぶつかる波の音が心細さをさらに際立たせてくる。

「何より、大人数で俺達と来たとしても間違いなく無事じゃ済まない。アリフには少しでも多くの人手が必要な状態だ。俺達二人だけで囮になるしかなかった」

 どう足掻いてもリスクのつきまとう戦いだというのは重々承知だった。せめて犠牲を少なくしなければならないと努力はしたものの、我流で…それも一人で戦う事にルーファンは慣れ過ぎていた。故にこのような規模の大きい戦況を把握し、動きを読むという事が苦手だった。

「お優しいのですね」

 唐突にタナが呟く。

「え ?」
「あ、いえ…じ、自分の身を案じなければならない状況なのに、周りへの影響や被害の事についても考えを巡らせている事にお、驚いたので…」
「責任があるからだ。俺一人が勝手に始めた戦いのせいで混乱が引き起こされている。この国も例外じゃない。それならせめて共同戦線を築くことに尽力をするのが筋だろう。その点で言えばまだ不十分だ。結局、こうやって周りを危険に晒す様な手段しか取れていない」
「せ、責任を取るというのは、人の持つ情を感じ取れるからこそ出来るものだと思いますよ。す、全てを投げ出して逃げる事だって出来るのに、それをしようとすらしない。そ、それが優しさの証明ではないでしょうか…」

 自分の身勝手さに負い目を感じていたルーファンに対し、タナはたどたどしく彼の行いを肯定してくる。褒めた所で何か礼が出来るわけでもないというのに、どうしてそこまで必死になるのかルーファンにはよく分からなかった。化身として器である自分が道を踏み外さない様に必死なのか、それとも正真正銘の善意からそうしているのは分からない。だが悪い気はしなかった。

「君も同じくらい優しいんだな。恐らくお人好しさでは俺を上回っている」
「ええっ ? そ、それ褒めてます… ?」
「ああ。褒めてるよ」

 逆におだてられ返されたタナが狼狽える姿を暫し見つめた後、ルーファンは空を見た。後方の空にサラザールが翼をはためかせて飛んでおり、こちらの出方を待っている。合図代わりに彼女へ向かって手を上げると、間もなくアリフへと飛んで戻って行った。

「ここからが本番だ。サラザールが軍と国務長官に準備が出来たことを報告すれば、そこからリミグロンへと連絡を取って偽の情報を流してくれる。そうすれば奴らもすぐに現れるだろう…水と生命を司る<ネプチューン>の力。その真価を見せてもらうぞ、いいな ?」
「は、はい ! が、頑張ります…」

 作戦が動き出した事をルーファンが告げる。タナも覚悟を決めたのか、どもりながらも彼に応えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...