怨嗟の誓約

シノヤン

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3章:忘れられし犠牲

第99話 出しゃばるな

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「つまり…この得体の知れん生き物が元人間で、リミグロンによるおぞましい研究開発の産物と言いたいのか ?」

 間もなくディマス族の生き残り達も地上へ到着し、全員で図書館へ向かう。そして彼らが運び込んだ怪物の亡骸を見たジョナサンが震え上がった。

「証拠はあるのか ?」
「無い。だが、頭の片隅に入れておいて損は無いだろう ? それに次のリミグロンによる攻撃が行われた時、こいつらが一緒に現れるようなことがあれば間違いない」

 ガロステルも尋ねたが、ルーファンはあくまで可能性の一つだと答える。そして別のテーブルに置かれている首都の見取り図と各地に配置されている避難所や駐屯地を確認した。

「王国軍の兵士達は避難民たちの世話と防衛に当たらせる。土地勘があり、部外者である俺達に比べれば顔も利くし勝手も分かっているだろうからな。リミグロンは以前のようにこの首都へ襲撃を仕掛けて来るだろうが、そこは俺と仲間達やディマス族に遊撃をさせる」
「それでは攻撃をする者達の数が少なすぎます。かといって全ての人材を攻撃要因に回すのも危険…リミグロンの出方が分からない以上、ここは防衛に徹して向こうが音を上げるのを待つべきでは ?」

 ルーファンは地図を指さして自分の考えを述べるが、王国軍の将校が異議を唱えた。

「リゴト砂漠や俺の故郷での戦いを見て感じたが、リミグロン達はやろうと思えば即座に援軍を送り込むことが出来る。防衛に徹した所で先に疲弊して力尽きるのはこちらだろう。それより短期間の間に甚大な被害を負わせ、得をしない戦いだと分からせる方向へ持って行く」

 人手が足りない以上、ありとあらゆる局面を想定するなどという無謀且つ負担のかかる戦略は取るべきではない。確かに間違っていないが、ルーファンは諦めていなかった。

「攻撃をする手が足りないという点については俺とタナに任せてくれ。策がある」

 ルーファンは将校にそう言うと、次にフォルト達の方を見た。目が合ったフォルトが緊張して固まっていたが、すぐに気を取り直して自分は平気だとアピールするために腕を組んで見せる。

「サラザール、フォルト、ガロステル。ディマス族の戦士達を預ける。人数を振り分けるから彼らを率いて遊撃隊として行動して欲しい。どう動くかはその場の状況次第で各々に任せるが、基本は敵部隊への攻撃を優先してくれ」
「わ、分かった !」
「ほほう、祭りってわけだなぁ !」
「…了解」

 彼らに指示をすると、各々が戸惑いや興奮を垣間見せながらも指示に応じてくれた。相変わらずサラザールだけは不愛想な返事だったが、まあ指示を無視して勝手に動くという事はしないだろう。

「ルーファン…僕には何もないのか ? いやまあ腕っぷしに自信は無いけども」

 少し寂しげな様子でジョナサンが後ろから声を掛けてきた。それなりに長い付き合いという自負があるせいか、猶更のけ者にされそうな雰囲気だったのが耐えられなかったのだ。

「避難所で支援を頼む。その際に避難を余儀なくされた人々が何を感じて、何を恐れて、何に悲しんでいたのかを記録してくれないか。そして戦いが終わった後に、ありのままの事実を世間に広めてくれ。リミグロンの所為でこの国に起きた出来事を。新聞屋としての腕の見せ所であり、君の最大の武器だろう ?」
「分かったよ、了解。自分に出来ることをやらせてもらおうかね」

 ルーファンは少なくとも彼の事をお荷物だとは思っていなかった。大事な旅の仲間であり、ジャーナリストとしての度胸と腕に関しては間違いなく一流だと認めている。だからこそ彼が最も強みを発揮できる環境へと置いておく必要があった。ジョナサンもそれを分かったのか、頷いてすぐに背を向ける。そして最も規模が大きく、避難民たちも相応にごった返している第一避難所へと向か出した。

「それじゃあ、全員後を頼む。タナ、一緒に来てくれ」

 ルーファンも改めて全員に頼み込んでからタナと図書館を出て行った。



 ――――地下に作られているという第一避難所を訪れたジョナサンは、喧騒な様子に耳が痛くなりそうだった。赤子の鳴き声、どよめきや不安を語り合う人々、そんな事とは無縁の如くはしゃぐ子供達、食事の配給を行うと大声で告げる兵士達。

「ん ?」

 そんな中で手伝いのためにシャツの袖を捲って気合を入れていた時、食事の配給を行う兵士たちの前に何やら人だかりが出来ている事に気付く。兵士の前にいた人々同士の間で揉めているらしかった。

「ちょっと何をするのよ ! みんな並んで待っているんだからちゃんと最後尾に行ってくれないかしら !」

 前の方にいた子連れの女性が憤っている。その相手は三、四人ほどの男性であった。高そうな外套や帽子を見るに、恐らくこの国の人間ではない。

「あのですね奥様。我々はこの国で起きている悲劇を世間に広めるため、わざわざやって来たんです。正義のため、そしてあなた方を救おうとする人々を増やすために真実を追求し、調べなければいけない。分からないのですか ? この大仕事にどれほどの体力と精神力が必要なのか。寧ろ我々が取材にやってきたことへ感謝の一つでもしてほしい物だ」

 男たちはニヤニヤしながらエラそうな物言いで庶民達をどかす。流石に兵士達も我慢の限界なのか、バツが悪そうに互いの顔を見合っていた。

「申し訳ありませんが、食料と水の配給は国民が優先です。それが分かったのならすぐに列へ並び直してください。これ以上続けるなら公務執行妨害としてあなた方を処罰の対象にすることだって出来る」
「おいおいおい、聞いたか諸君。この水産業以外何の取り柄も無い田舎後進国は、同じ戦場を生き延びようとする同志であったとしても、我々が外国人だからというだけで食料もくれないそうだ。こんなポリティカル・コレクトネスの精神に反した非人道的な振る舞いは、果たして許されるべきなのだろうかねえ」

 兵士が注意をするが、男たちは聞き入れようとしない。一人のリーダー格らしい太った男が偽善と欺瞞に満ち溢れたご高説を垂れ流している間、他の者達はメモを取っているようだった。先程の話からして恐らく同業者だという事がジョナサンにはすぐに分かった。

「敵は外にいるとは限らないって事かい ?」

 ジョナサンは皮肉を言い、同時にあんな連中が自分と同じ界隈の人間であるという事実を前にして怒りと恥ずかしさで我を忘れそうになっていた。
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