96 / 177
3章:忘れられし犠牲
第95話 仄暗き地獄
しおりを挟む
――――謎の怪物による襲撃が起きた集落にて、サラザールはすぐ近くで民を襲っていた怪物を蹴り飛ばした。
「あ、ありがとう !」
「逃げて ! 早く! 」
子供がお礼を言うが、サラザールは急かすようにそう伝えて避難を促す。怒鳴りつけるような形になって申し訳ないとは思っているが、わざわざ介抱してやるほどの余裕も無い。水の壁から次々にルーファン達が遭遇したものと同種の怪物が現れ、触手を使って絡めとった半魚人達を引きちぎりながら貪っている。
貪るとは言っても、腹部にある開口部から肉体を無理やり押し込むようにして収納する。そしてシュウシュウと音を立てて消化をするのだ。中には生きたまま溶かされているのか、つんざくような悲鳴があがっては次第に小さくなっていくというあまり想像したくない音も耳にしてしまう。
「水流の矢よ!」
兵士達も攻撃をして応戦するが、やはり多勢に無勢である。何より実戦経験がない故に恐怖に思考が支配される者が少なくなかった。
「ヒイイイイイ!!」
「おい、どこへ行くんだ ! 戻れ !」
遂には投げ出して逃亡を図る者が続出し出す。そんな腰抜けが周囲の状況に気を配れるはずもなく、間もなく怪物達に掴まっては嬲り殺されていた。
「チッ」
サラザールは舌打ちをしつつ自分に絡んできた触手を掴み返し、力ずくで振り回して辺りに叩きつける。そして弱った所で別の個体がいる方角へとぶん投げた。一部の果敢に戦っている兵士とサラザールだけの奮闘もむなしく、集落の各地で老若男女の無き叫びがこだまし続ける。
それを耳にするたびに湧き上がるのは後悔ばかりであった。こいつらが海にのさばっていたせいで魚群が現れなかったのだろう。なぜ異変にもっと早く気づき、危機感を感じる事が出来なかったのか。自分達が闘争に巻き込まれる事など無いだろうという平和ボケが招いた悲劇だった。いや、仮に備えた所で迎撃が出来たかもわからない。
「…ッ⁉」
今はとにかく状況を好転させる方法を考えねば。そう思った矢先にサラザールの背筋に寒気が走る。生物の気配だった。それも空気の流れを変えてしまう程に大きな気配。ふと見上げると、水の壁から怯えた様子の怪物が飛び出ようとしていた。だが次の瞬間、飛び出た怪物を追いかけるようにして触手が水の壁から突き出てくる。そして絡めとってから無理やり水の壁の中へと再び引きずり込んでいった。
やがて再び怪物達が水の壁から現れ出すが様子がおかしい。痙攣をしており、手足や顔に彼らが持っている者とは別の触手が無数に絡みついていた。やがて彼らは裂き声を上げると、なぜか他の怪物達を攻撃し始める。
「何だ…⁉」
「どういう事だ ?」
兵士達は口々に戸惑うが、サラザールだけは勝ちを確信したのか構えを解いて水の壁の中でちらりと見えた巨大な影を睨む。
「やったわね」
そんな彼女の嬉しそうな声の通り、海中では攻撃を行うつもりだった怪物達が謎の巨影に襲われ、次々と殺されていた。必死に泳いで逃げようにも矢のような速さで追いつかれ、腕や触手に掴まれては惨たらしく握りつぶされていく。時には巨大な口で丸呑みにされ、更には触手から謎の卵を植え付けられたりもした。それらは急激な勢いで成長して細い触手を持つ寄生体へと変貌し、宿主の四肢に巻き付いて主導権を完全に奪ってしまう。
”裏切り者を殺せ”
怪物達は母体である巨影からそんな指令を言い渡された様な錯覚に陥り、集落へと向かっては洗脳された同種同士で殺し合いをする羽目になる。形勢逆転であった。何もしなくても殺し合い、勝手に自滅していく怪物達を見た集落の人々は状況が呑み込めずただ狼狽えるばかりである。
どれぐらいの時間が経ったかは分からない。瀕死になるまで殺し合いを続けた怪物たちが倒れ伏し、半魚人と怪物の死体で集落が埋め尽くされた頃にルーファンが水の壁の中から這い出るようにして現れた。
「ゼェ…ゼェ… !」
体力を消耗し、まともに動けないルーファンを同じくびしょ濡れになっていたタナとアトゥーイが引きずっている。そんな彼らの下へ生き残った民とサラザールが近寄って行った。
「ディルクロ様… !」
「”鴉”よ…」
どよめく人々を押しのけ、サラザールが人込みから出て来ると仰向けに倒れていたルーファンが首を動かして彼女の方を見た。
「上手く行った ?」
サラザールは手を差し伸べて来る。
「何とかな」
上体を起こしてルーファンはその手を握り返し、気怠そうにゆっくりと起き上がった。水を吸った衣服と、長い事水中にいたお陰で重力を強く感じる。体が重い。
「そして…あなたは ?」
「あ、えっと…タナ…です ! <ネプチューン>様に仕えて…います !」
「そう、私はサラザール。<バハムート>の化身…会えて光栄よ」
タナとサラザールは互いに握手をして自己紹介をする。心なしかガロステルの時よりもサラザールの物腰が柔らかい気がしたが、単純に相手の態度が気に入ったかどうかの違いなのだろう。
「これは…酷い…」
一方でアトゥーイは集落の惨状を見て慄いた。
「…見当はついているが少し調べよう」
「見当 ?」
「ああ、襲撃をしてくるタイミングが良すぎる…リガウェールの方も心配だ」
アトゥーイとは対照的にルーファンは落ち着いていた。死体は見慣れている。そして言いがかりではあると分かっているが、既にリミグロンによる仕業ではないかと彼は疑い始めていた。
「あ、ありがとう !」
「逃げて ! 早く! 」
子供がお礼を言うが、サラザールは急かすようにそう伝えて避難を促す。怒鳴りつけるような形になって申し訳ないとは思っているが、わざわざ介抱してやるほどの余裕も無い。水の壁から次々にルーファン達が遭遇したものと同種の怪物が現れ、触手を使って絡めとった半魚人達を引きちぎりながら貪っている。
貪るとは言っても、腹部にある開口部から肉体を無理やり押し込むようにして収納する。そしてシュウシュウと音を立てて消化をするのだ。中には生きたまま溶かされているのか、つんざくような悲鳴があがっては次第に小さくなっていくというあまり想像したくない音も耳にしてしまう。
「水流の矢よ!」
兵士達も攻撃をして応戦するが、やはり多勢に無勢である。何より実戦経験がない故に恐怖に思考が支配される者が少なくなかった。
「ヒイイイイイ!!」
「おい、どこへ行くんだ ! 戻れ !」
遂には投げ出して逃亡を図る者が続出し出す。そんな腰抜けが周囲の状況に気を配れるはずもなく、間もなく怪物達に掴まっては嬲り殺されていた。
「チッ」
サラザールは舌打ちをしつつ自分に絡んできた触手を掴み返し、力ずくで振り回して辺りに叩きつける。そして弱った所で別の個体がいる方角へとぶん投げた。一部の果敢に戦っている兵士とサラザールだけの奮闘もむなしく、集落の各地で老若男女の無き叫びがこだまし続ける。
それを耳にするたびに湧き上がるのは後悔ばかりであった。こいつらが海にのさばっていたせいで魚群が現れなかったのだろう。なぜ異変にもっと早く気づき、危機感を感じる事が出来なかったのか。自分達が闘争に巻き込まれる事など無いだろうという平和ボケが招いた悲劇だった。いや、仮に備えた所で迎撃が出来たかもわからない。
「…ッ⁉」
今はとにかく状況を好転させる方法を考えねば。そう思った矢先にサラザールの背筋に寒気が走る。生物の気配だった。それも空気の流れを変えてしまう程に大きな気配。ふと見上げると、水の壁から怯えた様子の怪物が飛び出ようとしていた。だが次の瞬間、飛び出た怪物を追いかけるようにして触手が水の壁から突き出てくる。そして絡めとってから無理やり水の壁の中へと再び引きずり込んでいった。
やがて再び怪物達が水の壁から現れ出すが様子がおかしい。痙攣をしており、手足や顔に彼らが持っている者とは別の触手が無数に絡みついていた。やがて彼らは裂き声を上げると、なぜか他の怪物達を攻撃し始める。
「何だ…⁉」
「どういう事だ ?」
兵士達は口々に戸惑うが、サラザールだけは勝ちを確信したのか構えを解いて水の壁の中でちらりと見えた巨大な影を睨む。
「やったわね」
そんな彼女の嬉しそうな声の通り、海中では攻撃を行うつもりだった怪物達が謎の巨影に襲われ、次々と殺されていた。必死に泳いで逃げようにも矢のような速さで追いつかれ、腕や触手に掴まれては惨たらしく握りつぶされていく。時には巨大な口で丸呑みにされ、更には触手から謎の卵を植え付けられたりもした。それらは急激な勢いで成長して細い触手を持つ寄生体へと変貌し、宿主の四肢に巻き付いて主導権を完全に奪ってしまう。
”裏切り者を殺せ”
怪物達は母体である巨影からそんな指令を言い渡された様な錯覚に陥り、集落へと向かっては洗脳された同種同士で殺し合いをする羽目になる。形勢逆転であった。何もしなくても殺し合い、勝手に自滅していく怪物達を見た集落の人々は状況が呑み込めずただ狼狽えるばかりである。
どれぐらいの時間が経ったかは分からない。瀕死になるまで殺し合いを続けた怪物たちが倒れ伏し、半魚人と怪物の死体で集落が埋め尽くされた頃にルーファンが水の壁の中から這い出るようにして現れた。
「ゼェ…ゼェ… !」
体力を消耗し、まともに動けないルーファンを同じくびしょ濡れになっていたタナとアトゥーイが引きずっている。そんな彼らの下へ生き残った民とサラザールが近寄って行った。
「ディルクロ様… !」
「”鴉”よ…」
どよめく人々を押しのけ、サラザールが人込みから出て来ると仰向けに倒れていたルーファンが首を動かして彼女の方を見た。
「上手く行った ?」
サラザールは手を差し伸べて来る。
「何とかな」
上体を起こしてルーファンはその手を握り返し、気怠そうにゆっくりと起き上がった。水を吸った衣服と、長い事水中にいたお陰で重力を強く感じる。体が重い。
「そして…あなたは ?」
「あ、えっと…タナ…です ! <ネプチューン>様に仕えて…います !」
「そう、私はサラザール。<バハムート>の化身…会えて光栄よ」
タナとサラザールは互いに握手をして自己紹介をする。心なしかガロステルの時よりもサラザールの物腰が柔らかい気がしたが、単純に相手の態度が気に入ったかどうかの違いなのだろう。
「これは…酷い…」
一方でアトゥーイは集落の惨状を見て慄いた。
「…見当はついているが少し調べよう」
「見当 ?」
「ああ、襲撃をしてくるタイミングが良すぎる…リガウェールの方も心配だ」
アトゥーイとは対照的にルーファンは落ち着いていた。死体は見慣れている。そして言いがかりではあると分かっているが、既にリミグロンによる仕業ではないかと彼は疑い始めていた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】
雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。
そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!
気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?
するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。
だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──
でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中

『え?みんな弱すぎない?』現代では俺の魔法は古代魔法で最強でした!100年前の勇者パーティーの魔法使いがまた世界を救う
さかいおさむ
ファンタジー
勇者が魔王を倒して100年間、世界は平和だった。
しかし、その平和は少しづつ壊れ始めていた。滅びたはずのモンスターの出現が始まった。
その頃、地下で謎の氷漬けの男が見つかる。
男は100年前の勇者パーティーの魔法使い。彼の使う魔法は今では禁止されている最強の古代魔法。
「この時代の魔法弱すぎないか?」
仕方ない、100年ぶりにまた世界を救うか。魔法使いは旅立つ。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
世界中にダンジョンが出来た。何故か俺の部屋にも出来た。
阿吽
ファンタジー
クリスマスの夜……それは突然出現した。世界中あらゆる観光地に『扉』が現れる。それは荘厳で魅惑的で威圧的で……様々な恩恵を齎したそれは、かのファンタジー要素に欠かせない【ダンジョン】であった!
※カクヨムにて先行投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる