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3章:忘れられし犠牲
第93話 小さき暴君
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(サラザール、来てくれ)
こうなれば化身と合体をして打破しよう。そう思ったルーファンはテレパシーで呼びかけるが応答がない。
(ごめん。それどころじゃない)
やがて彼女から返事が来た。何かが起きているらしい。
(何があった)
(化け物。大量の化け物がいる。集落が危ない)
(分かった。持ち堪えてくれ)
どうやら切羽詰まっている状況にあるようだった。すぐに諦めてサラザールの武運を祈ったルーファンは敵に向けて剣を構える。アトゥーイも三叉槍を構えていた。
「どうします ?」
「戦うしかないだろう。だが…」
こうなれば二人で乗り切るしかないが、やはり不安が大きすぎる。相手の手の内が分からない上に数ですらこちらが不利なのだ。気後れしてしまうのも無理はなかった。怪物たちも品定めをするかのように様子を窺い、ゆっくりとにじり寄って来る。金属の触手が蠢き、すぐにでも襲い掛かりたいのか衝動を抑えるかのように痙攣をしたりとち狂ったように暴れていた。
「… !」
丁度その時、ルーファンは背後に祠がある事を思い出し、やがてある事を思い出した。自分がパージット王国で祠と接触した際、周りにいた敵兵達が気が付いたら死んでいたのはなぜだろうかと旅の道中でサラザールに相談をした事がある。彼女曰く、防衛機能という事らしい。
器となる者に<幻神>が乗り移る際、時間が少しかかるせいで隙が生まれてしまう。その間の攻撃を凌ぐために祠を作った者達はある細工を施したのだという。それは祀られている<幻神>に因んだ魔力を意図的に暴走させ、敵意を向けてきた者に対して攻撃を行うという罠だった。このサラザールの説明がどこまで本当なのかは知らないが、少なくとも敵に囲まれている状態から自分が助かったという事実は残っている。かけてみる価値はあるかもしれない。
「アトゥーイ、少しの間だけ奴らの気を逸らせるか」
剣で手を軽く傷つけ、出血をさせながらルーファンが言った。
「な、何を…⁉」
「神に縋るのは気が引けるが、そうも言ってられない。祠に向かう間…十秒もあればいい。考えがある」
「失敗したら一生恨みますよ…合図をしたら行ってください」
アトゥーイは覚悟を決めたのか、それともやけくそになっているのかは分からないが化け物たちに手をかざしながら言った。やがて一瞬の静寂が訪れた後、即座に呪文を唱える。
「枯渇せよ」
今にも飛び掛かろうとした化け物たちの動きが止まる。やがて、彼らの目や口から血や、尿や胃液といった体内の水分がごちゃ混ぜになったかのような体液が吐き出され始めた。体内の水分を無理やり排出させるという<水の流派>の中でもかなり難易度の高い魔法とされている反面、一度に出せる量はあまり多くない。そのため攻撃よりも怯ませる目的で使われることが多い魔法である。おまけに体力の消耗も激しい。
「枯渇せよ !」
アトゥーイは何度もそれを唱え、跪いて体力が尽きそうになりながらも必死に足止めを行う。一体だけならまだしも何匹も…それも自分より遥かに体躯の大きい生物相手にこの魔法を使うのはかなり堪える。こんな見た目で生物という点も驚きではあるが。
その間にルーファンは血を流しながら走り、急いで祠へと触る。異変は間もなく起きた。体の力が抜けていく。視界がチカチカと光り、腕を見ると急激にやせ細って枯れ枝のようになっていた。干からびているのだ。息が出来ない。
遂にルーファンが気を失った次の瞬間、突き上げるような振動が辺りを震わせる。アトゥーイも化け物たちも皆動きを止め、周囲で起きている事態の原因を突き止めようとするが何も変化はない。そう思った時だった。背後の水辺が泡立ち始める。次の瞬間、一気にかさを増したかと思えば洪水のように荒れ、全てを飲み込まんとする勢いで押し寄せてきた。
アトゥーイは思わず目を閉じるが、何も起きない事を確認するとゆっくり目を開ける。波は化け物たちだけを飲み込み、球体状になって宙に浮いていた。それでも化け物たちは抵抗し、球体の中から這い出ようとしていたが瞬きをする間に水の球は凍りつき、やがて粉々に砕け散る。化け物たちも一緒に凍結されていたのか、共に砕け散って辺りにはみぞれのようになった体液や血が飛散した。
「これは…」
アトゥーイが呆気に取られている時、祠の隣から水が泉の如く湧き出す。やがて人型に変わると、ルーファンより少し小柄な女性が現れた。貴婦人の様なドレスを身に纏い、顔はベールで完全に覆い隠している。彼女はアトゥーイを見ると、慌てふためきだした。
「あ、えっと…あの…わ、私…違う…わ、わらわ…いやこれも何か…吾輩 ? いや…」
どうやら挨拶に困っている様だった。おまけにルーファンはミイラの様に干からびている。混乱を落ち着けたいところだが、人見知りが激しい者に対して沈黙をしてしまうというのもそれはそれで気まずい。そう思ったアトゥーイはゆっくりと歩み寄った。
「えっと、私はアトゥーイ…あなたのお名前は ?」
「あ、あの…タナです。よろしくお願いします。あなたが”器”ですか ?」
「器というのが何なのかは知りませんが…たぶん、あそこで干からびている方の事ではないでしょうか ?」
「えっ…ああああああ!!」
タナを名乗る気弱そうな女性はアトゥーイと話をするが、やがて自分を目覚めさせた張本人が干からびて死にそうになっているのを見て絶叫した。
こうなれば化身と合体をして打破しよう。そう思ったルーファンはテレパシーで呼びかけるが応答がない。
(ごめん。それどころじゃない)
やがて彼女から返事が来た。何かが起きているらしい。
(何があった)
(化け物。大量の化け物がいる。集落が危ない)
(分かった。持ち堪えてくれ)
どうやら切羽詰まっている状況にあるようだった。すぐに諦めてサラザールの武運を祈ったルーファンは敵に向けて剣を構える。アトゥーイも三叉槍を構えていた。
「どうします ?」
「戦うしかないだろう。だが…」
こうなれば二人で乗り切るしかないが、やはり不安が大きすぎる。相手の手の内が分からない上に数ですらこちらが不利なのだ。気後れしてしまうのも無理はなかった。怪物たちも品定めをするかのように様子を窺い、ゆっくりとにじり寄って来る。金属の触手が蠢き、すぐにでも襲い掛かりたいのか衝動を抑えるかのように痙攣をしたりとち狂ったように暴れていた。
「… !」
丁度その時、ルーファンは背後に祠がある事を思い出し、やがてある事を思い出した。自分がパージット王国で祠と接触した際、周りにいた敵兵達が気が付いたら死んでいたのはなぜだろうかと旅の道中でサラザールに相談をした事がある。彼女曰く、防衛機能という事らしい。
器となる者に<幻神>が乗り移る際、時間が少しかかるせいで隙が生まれてしまう。その間の攻撃を凌ぐために祠を作った者達はある細工を施したのだという。それは祀られている<幻神>に因んだ魔力を意図的に暴走させ、敵意を向けてきた者に対して攻撃を行うという罠だった。このサラザールの説明がどこまで本当なのかは知らないが、少なくとも敵に囲まれている状態から自分が助かったという事実は残っている。かけてみる価値はあるかもしれない。
「アトゥーイ、少しの間だけ奴らの気を逸らせるか」
剣で手を軽く傷つけ、出血をさせながらルーファンが言った。
「な、何を…⁉」
「神に縋るのは気が引けるが、そうも言ってられない。祠に向かう間…十秒もあればいい。考えがある」
「失敗したら一生恨みますよ…合図をしたら行ってください」
アトゥーイは覚悟を決めたのか、それともやけくそになっているのかは分からないが化け物たちに手をかざしながら言った。やがて一瞬の静寂が訪れた後、即座に呪文を唱える。
「枯渇せよ」
今にも飛び掛かろうとした化け物たちの動きが止まる。やがて、彼らの目や口から血や、尿や胃液といった体内の水分がごちゃ混ぜになったかのような体液が吐き出され始めた。体内の水分を無理やり排出させるという<水の流派>の中でもかなり難易度の高い魔法とされている反面、一度に出せる量はあまり多くない。そのため攻撃よりも怯ませる目的で使われることが多い魔法である。おまけに体力の消耗も激しい。
「枯渇せよ !」
アトゥーイは何度もそれを唱え、跪いて体力が尽きそうになりながらも必死に足止めを行う。一体だけならまだしも何匹も…それも自分より遥かに体躯の大きい生物相手にこの魔法を使うのはかなり堪える。こんな見た目で生物という点も驚きではあるが。
その間にルーファンは血を流しながら走り、急いで祠へと触る。異変は間もなく起きた。体の力が抜けていく。視界がチカチカと光り、腕を見ると急激にやせ細って枯れ枝のようになっていた。干からびているのだ。息が出来ない。
遂にルーファンが気を失った次の瞬間、突き上げるような振動が辺りを震わせる。アトゥーイも化け物たちも皆動きを止め、周囲で起きている事態の原因を突き止めようとするが何も変化はない。そう思った時だった。背後の水辺が泡立ち始める。次の瞬間、一気にかさを増したかと思えば洪水のように荒れ、全てを飲み込まんとする勢いで押し寄せてきた。
アトゥーイは思わず目を閉じるが、何も起きない事を確認するとゆっくり目を開ける。波は化け物たちだけを飲み込み、球体状になって宙に浮いていた。それでも化け物たちは抵抗し、球体の中から這い出ようとしていたが瞬きをする間に水の球は凍りつき、やがて粉々に砕け散る。化け物たちも一緒に凍結されていたのか、共に砕け散って辺りにはみぞれのようになった体液や血が飛散した。
「これは…」
アトゥーイが呆気に取られている時、祠の隣から水が泉の如く湧き出す。やがて人型に変わると、ルーファンより少し小柄な女性が現れた。貴婦人の様なドレスを身に纏い、顔はベールで完全に覆い隠している。彼女はアトゥーイを見ると、慌てふためきだした。
「あ、えっと…あの…わ、私…違う…わ、わらわ…いやこれも何か…吾輩 ? いや…」
どうやら挨拶に困っている様だった。おまけにルーファンはミイラの様に干からびている。混乱を落ち着けたいところだが、人見知りが激しい者に対して沈黙をしてしまうというのもそれはそれで気まずい。そう思ったアトゥーイはゆっくりと歩み寄った。
「えっと、私はアトゥーイ…あなたのお名前は ?」
「あ、あの…タナです。よろしくお願いします。あなたが”器”ですか ?」
「器というのが何なのかは知りませんが…たぶん、あそこで干からびている方の事ではないでしょうか ?」
「えっ…ああああああ!!」
タナを名乗る気弱そうな女性はアトゥーイと話をするが、やがて自分を目覚めさせた張本人が干からびて死にそうになっているのを見て絶叫した。
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