94 / 174
3章:忘れられし犠牲
第93話 小さき暴君
しおりを挟む
(サラザール、来てくれ)
こうなれば化身と合体をして打破しよう。そう思ったルーファンはテレパシーで呼びかけるが応答がない。
(ごめん。それどころじゃない)
やがて彼女から返事が来た。何かが起きているらしい。
(何があった)
(化け物。大量の化け物がいる。集落が危ない)
(分かった。持ち堪えてくれ)
どうやら切羽詰まっている状況にあるようだった。すぐに諦めてサラザールの武運を祈ったルーファンは敵に向けて剣を構える。アトゥーイも三叉槍を構えていた。
「どうします ?」
「戦うしかないだろう。だが…」
こうなれば二人で乗り切るしかないが、やはり不安が大きすぎる。相手の手の内が分からない上に数ですらこちらが不利なのだ。気後れしてしまうのも無理はなかった。怪物たちも品定めをするかのように様子を窺い、ゆっくりとにじり寄って来る。金属の触手が蠢き、すぐにでも襲い掛かりたいのか衝動を抑えるかのように痙攣をしたりとち狂ったように暴れていた。
「… !」
丁度その時、ルーファンは背後に祠がある事を思い出し、やがてある事を思い出した。自分がパージット王国で祠と接触した際、周りにいた敵兵達が気が付いたら死んでいたのはなぜだろうかと旅の道中でサラザールに相談をした事がある。彼女曰く、防衛機能という事らしい。
器となる者に<幻神>が乗り移る際、時間が少しかかるせいで隙が生まれてしまう。その間の攻撃を凌ぐために祠を作った者達はある細工を施したのだという。それは祀られている<幻神>に因んだ魔力を意図的に暴走させ、敵意を向けてきた者に対して攻撃を行うという罠だった。このサラザールの説明がどこまで本当なのかは知らないが、少なくとも敵に囲まれている状態から自分が助かったという事実は残っている。かけてみる価値はあるかもしれない。
「アトゥーイ、少しの間だけ奴らの気を逸らせるか」
剣で手を軽く傷つけ、出血をさせながらルーファンが言った。
「な、何を…⁉」
「神に縋るのは気が引けるが、そうも言ってられない。祠に向かう間…十秒もあればいい。考えがある」
「失敗したら一生恨みますよ…合図をしたら行ってください」
アトゥーイは覚悟を決めたのか、それともやけくそになっているのかは分からないが化け物たちに手をかざしながら言った。やがて一瞬の静寂が訪れた後、即座に呪文を唱える。
「枯渇せよ」
今にも飛び掛かろうとした化け物たちの動きが止まる。やがて、彼らの目や口から血や、尿や胃液といった体内の水分がごちゃ混ぜになったかのような体液が吐き出され始めた。体内の水分を無理やり排出させるという<水の流派>の中でもかなり難易度の高い魔法とされている反面、一度に出せる量はあまり多くない。そのため攻撃よりも怯ませる目的で使われることが多い魔法である。おまけに体力の消耗も激しい。
「枯渇せよ !」
アトゥーイは何度もそれを唱え、跪いて体力が尽きそうになりながらも必死に足止めを行う。一体だけならまだしも何匹も…それも自分より遥かに体躯の大きい生物相手にこの魔法を使うのはかなり堪える。こんな見た目で生物という点も驚きではあるが。
その間にルーファンは血を流しながら走り、急いで祠へと触る。異変は間もなく起きた。体の力が抜けていく。視界がチカチカと光り、腕を見ると急激にやせ細って枯れ枝のようになっていた。干からびているのだ。息が出来ない。
遂にルーファンが気を失った次の瞬間、突き上げるような振動が辺りを震わせる。アトゥーイも化け物たちも皆動きを止め、周囲で起きている事態の原因を突き止めようとするが何も変化はない。そう思った時だった。背後の水辺が泡立ち始める。次の瞬間、一気にかさを増したかと思えば洪水のように荒れ、全てを飲み込まんとする勢いで押し寄せてきた。
アトゥーイは思わず目を閉じるが、何も起きない事を確認するとゆっくり目を開ける。波は化け物たちだけを飲み込み、球体状になって宙に浮いていた。それでも化け物たちは抵抗し、球体の中から這い出ようとしていたが瞬きをする間に水の球は凍りつき、やがて粉々に砕け散る。化け物たちも一緒に凍結されていたのか、共に砕け散って辺りにはみぞれのようになった体液や血が飛散した。
「これは…」
アトゥーイが呆気に取られている時、祠の隣から水が泉の如く湧き出す。やがて人型に変わると、ルーファンより少し小柄な女性が現れた。貴婦人の様なドレスを身に纏い、顔はベールで完全に覆い隠している。彼女はアトゥーイを見ると、慌てふためきだした。
「あ、えっと…あの…わ、私…違う…わ、わらわ…いやこれも何か…吾輩 ? いや…」
どうやら挨拶に困っている様だった。おまけにルーファンはミイラの様に干からびている。混乱を落ち着けたいところだが、人見知りが激しい者に対して沈黙をしてしまうというのもそれはそれで気まずい。そう思ったアトゥーイはゆっくりと歩み寄った。
「えっと、私はアトゥーイ…あなたのお名前は ?」
「あ、あの…タナです。よろしくお願いします。あなたが”器”ですか ?」
「器というのが何なのかは知りませんが…たぶん、あそこで干からびている方の事ではないでしょうか ?」
「えっ…ああああああ!!」
タナを名乗る気弱そうな女性はアトゥーイと話をするが、やがて自分を目覚めさせた張本人が干からびて死にそうになっているのを見て絶叫した。
こうなれば化身と合体をして打破しよう。そう思ったルーファンはテレパシーで呼びかけるが応答がない。
(ごめん。それどころじゃない)
やがて彼女から返事が来た。何かが起きているらしい。
(何があった)
(化け物。大量の化け物がいる。集落が危ない)
(分かった。持ち堪えてくれ)
どうやら切羽詰まっている状況にあるようだった。すぐに諦めてサラザールの武運を祈ったルーファンは敵に向けて剣を構える。アトゥーイも三叉槍を構えていた。
「どうします ?」
「戦うしかないだろう。だが…」
こうなれば二人で乗り切るしかないが、やはり不安が大きすぎる。相手の手の内が分からない上に数ですらこちらが不利なのだ。気後れしてしまうのも無理はなかった。怪物たちも品定めをするかのように様子を窺い、ゆっくりとにじり寄って来る。金属の触手が蠢き、すぐにでも襲い掛かりたいのか衝動を抑えるかのように痙攣をしたりとち狂ったように暴れていた。
「… !」
丁度その時、ルーファンは背後に祠がある事を思い出し、やがてある事を思い出した。自分がパージット王国で祠と接触した際、周りにいた敵兵達が気が付いたら死んでいたのはなぜだろうかと旅の道中でサラザールに相談をした事がある。彼女曰く、防衛機能という事らしい。
器となる者に<幻神>が乗り移る際、時間が少しかかるせいで隙が生まれてしまう。その間の攻撃を凌ぐために祠を作った者達はある細工を施したのだという。それは祀られている<幻神>に因んだ魔力を意図的に暴走させ、敵意を向けてきた者に対して攻撃を行うという罠だった。このサラザールの説明がどこまで本当なのかは知らないが、少なくとも敵に囲まれている状態から自分が助かったという事実は残っている。かけてみる価値はあるかもしれない。
「アトゥーイ、少しの間だけ奴らの気を逸らせるか」
剣で手を軽く傷つけ、出血をさせながらルーファンが言った。
「な、何を…⁉」
「神に縋るのは気が引けるが、そうも言ってられない。祠に向かう間…十秒もあればいい。考えがある」
「失敗したら一生恨みますよ…合図をしたら行ってください」
アトゥーイは覚悟を決めたのか、それともやけくそになっているのかは分からないが化け物たちに手をかざしながら言った。やがて一瞬の静寂が訪れた後、即座に呪文を唱える。
「枯渇せよ」
今にも飛び掛かろうとした化け物たちの動きが止まる。やがて、彼らの目や口から血や、尿や胃液といった体内の水分がごちゃ混ぜになったかのような体液が吐き出され始めた。体内の水分を無理やり排出させるという<水の流派>の中でもかなり難易度の高い魔法とされている反面、一度に出せる量はあまり多くない。そのため攻撃よりも怯ませる目的で使われることが多い魔法である。おまけに体力の消耗も激しい。
「枯渇せよ !」
アトゥーイは何度もそれを唱え、跪いて体力が尽きそうになりながらも必死に足止めを行う。一体だけならまだしも何匹も…それも自分より遥かに体躯の大きい生物相手にこの魔法を使うのはかなり堪える。こんな見た目で生物という点も驚きではあるが。
その間にルーファンは血を流しながら走り、急いで祠へと触る。異変は間もなく起きた。体の力が抜けていく。視界がチカチカと光り、腕を見ると急激にやせ細って枯れ枝のようになっていた。干からびているのだ。息が出来ない。
遂にルーファンが気を失った次の瞬間、突き上げるような振動が辺りを震わせる。アトゥーイも化け物たちも皆動きを止め、周囲で起きている事態の原因を突き止めようとするが何も変化はない。そう思った時だった。背後の水辺が泡立ち始める。次の瞬間、一気にかさを増したかと思えば洪水のように荒れ、全てを飲み込まんとする勢いで押し寄せてきた。
アトゥーイは思わず目を閉じるが、何も起きない事を確認するとゆっくり目を開ける。波は化け物たちだけを飲み込み、球体状になって宙に浮いていた。それでも化け物たちは抵抗し、球体の中から這い出ようとしていたが瞬きをする間に水の球は凍りつき、やがて粉々に砕け散る。化け物たちも一緒に凍結されていたのか、共に砕け散って辺りにはみぞれのようになった体液や血が飛散した。
「これは…」
アトゥーイが呆気に取られている時、祠の隣から水が泉の如く湧き出す。やがて人型に変わると、ルーファンより少し小柄な女性が現れた。貴婦人の様なドレスを身に纏い、顔はベールで完全に覆い隠している。彼女はアトゥーイを見ると、慌てふためきだした。
「あ、えっと…あの…わ、私…違う…わ、わらわ…いやこれも何か…吾輩 ? いや…」
どうやら挨拶に困っている様だった。おまけにルーファンはミイラの様に干からびている。混乱を落ち着けたいところだが、人見知りが激しい者に対して沈黙をしてしまうというのもそれはそれで気まずい。そう思ったアトゥーイはゆっくりと歩み寄った。
「えっと、私はアトゥーイ…あなたのお名前は ?」
「あ、あの…タナです。よろしくお願いします。あなたが”器”ですか ?」
「器というのが何なのかは知りませんが…たぶん、あそこで干からびている方の事ではないでしょうか ?」
「えっ…ああああああ!!」
タナを名乗る気弱そうな女性はアトゥーイと話をするが、やがて自分を目覚めさせた張本人が干からびて死にそうになっているのを見て絶叫した。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説

30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。


友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる