怨嗟の誓約

シノヤン

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3章:忘れられし犠牲

第91話 自己正当化

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「ルーファンを利用… ?」

 ジョナサンは耳を疑った。

「ああ」

 ルプトも否定をしない。他国から訪れていたジョナサンの協力者も、そしてフォルト達もどよめき出す。当然だろう。死に物狂いで戦い、敵を知ろうと知恵を寄せ集めていたというのにそれら全てが仕組まれていたというのだから。

「な、何でそんな事…」

 フォルトもたまらず口走った。陣営の内部にいた裏切り者によって敵の襲撃を許してしまう…経験がないわけでは無い。だがそんな事をする奴は悪者であり、話の通じない嫌われ者だと相場が決まってる筈だった。自分の故郷はそのせいで地獄を見たのだから。それ故、彼女は理解できていなかった。なぜこの物腰の柔らかそうな、自分の仲間が師と呼ぶほどに立派な精神と教養を兼ね備えている筈の老人が凶行に及んだのかを。

「誰も救ってくれないからだよ…ジョナサン、”六霊の集いセス・コミグレ”で取り決めをされている複数の条約…その一節にある文化的侵略及び政情介入禁止法について知っているだろう」
「え、ええ…他国の政治、慣習、文化への介入の禁止や改正を行わせるための圧力行為も全面的に禁止している条約、ですね ?」
「ああ。文化と歴史の多様性を保全するという観点から長らく維持されてきた約束事だ。敵対している国の民を標的にし、自分達に都合の良い思想や文化についてメディアを通して伝える。勿論、都合の悪い部分は全面的に隠してだ。そうして見事に騙された国民達を利用し、国民が望んでいるのだから我々の国に倣った法と環境の整備を行うべきだと圧力をかける。そして力ずくではなく思想という内面の部分から飼い犬として利用できる植民地を作る…条約が成立する前はこのような事態が横行していた。それをある程度防げるようになった点に関しては、一定の効果があったと言えるだろう」

 復習がてらジョナサンに問い掛け、情報の補足をしてもらった上でルプトはフォルト達に語るが、その顔は悲観にくれていた。

「だがその条約は裏を返して言えばどれだけ困り、救いを求めていようが無碍にされるという危険性も孕んでいた。その結果がこの国だ。昔の教えを都合がいいように歪曲し、博愛と平等を盾に一部の人間のみが優遇され横暴を働く。少しでも教えを疑えば差別主義者の烙印を押され、どんな辱めを受けても逆らう事が出来ない。私の様な一部の者達がどれだけ藻掻いても制度を変えるには至らなかった。そんな我々とこの国を、スアリウスやジェトワやパージットやネゾールやシーエンティナの人々は救おうとすらしなかった。条約のせいで、救われるべき人間たちが救われずにいるのだ」
「だからリミグロンに縋った ?」
「苦肉の策だったのだよジョナサン。放っておけばこの国は滅亡するだろう。だがリミグロンを呼び寄せた所で奴らにそのまま征服をされてはかなわない。そんな中、”鴉”の噂を聞いた時に私はまたとない好機だと考えた。リミグロンに暗殺を行わせ、その後に”鴉”を差し向ければいいと」

 後味の悪そうな表情でルプトは語るが、そんな物はジョナサンからすれば言い訳に徹している愚か者の被害者面であった。悍ましいという言葉さえこの男の行いに比べれば温く聞こえてしまう。

「無茶苦茶だ…博打にも程があるでしょう ! もし我々が来なかったら!?ルーファンの力が及ばず返り討ちにされてたら⁉少しでも考えたのですか⁉被害が少なかったのは結果論であり、ただのまぐれです ! 今とは比べ物にならない犠牲が出ていた可能性だってある。革命を起こすなんて下らない理由のためだけに、民を見殺しにする気だったのですか⁉」

 ジョナサンから憤りが溢れ出した。

「…分かってくれジョナサン、綺麗事では人は救われないのだ。そうでなければなぜ、”鴉”とは名ばかりの復讐鬼を人々が讃えている ? それが人の本質だ。口では愛と平和を尊重せよと語る者は多いが、どこまで行こうが当事者ではない連中による戯言にすぎん。力で解決しなければどうしようもない事など、世界には腐るほどある」

 ルプトも少し強張りながら反論をする。秘書や護衛達も珍しく声を荒げる姿を見て狼狽えていた。

「へっ、何が力だよ。お前さんが戦ってるわけでもない癖に」

 だが、そんな彼にガロステルが冷や水を浴びせる。勿論彼の体では前線に立つなどと言うのは不可能だと重々承知だった。だが、それはそれとして癪に障ったのである。安全圏から高みの見物を決め込んでいるだけの権力者…自分が批判をしていた者達とルプトが同類に陥り始めている様に見えたのだ。

「やめようよ皆 ! この後の事を考えないと」

 するとここまで黙っていたフォルトが突然口論を止めた。ルプトもジョナサンも、丁度口論に加わり出したガロステルも目を丸くして彼女を見つめる。

「意外だなフォルト、てっきりもっと怒る物だと思ったが…こいつのやってる事は、お前とお前の同胞が故郷で裏切り者連中にされた仕打ちと全く同じだぜ」
「分かってる。正直、ぶん殴ってやりたいもん。だけど…それをした所で敵が来なくなるわけじゃないし。今は残ってる人たちを守らないと」
「それは…そうだな」

 ガロステルがフォルトに焚きつけようとするかのような問いかけをするが、彼女は冷静だった。ルーファンがいない上に敵の動きも分からない。そんな状況だからこそ、少しでも仲間割れは避けたかった。喧嘩など事が済んでから嫌というほどやればいいのだ。ガロステルも渋々彼女に賛同した。

「全部終わったらこの事を新聞ですっぱ抜いてやる。今回ばかりはあなたに失望した」

 ジョナサンも踏ん切りをつけたのか、捨て台詞のようにルプトへ言葉を放つ。

「ああ、構わない。罵られても、石を投げられても仕方が無い行いだろう…受け入れよう。どんな批判も仕打ちも…末路もだ」

 そんな彼にルプトは静かに、しかし寂しげに言い返した。
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