怨嗟の誓約

シノヤン

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3章:忘れられし犠牲

第90話 お膳立て

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「えっと、どうも…良かった。無事につながった」
「ちょっと待て。お前の声はこちらの音声認識記録に登録されていない。何者だ ?」
「あ、えっと…その、これには深いわけがあって…言い方が悪くなるが死体から奪ったんだ。この装置を」
「奪った ? 何が目的だ」
「リミグロンの一員です。戦闘要員としてリガウェール王国への襲撃に派遣されていました」
「成程、第一遊撃部隊か」

 捕虜は早速返事を試みた。その傍でジョナサンは必死に会話の中で出てきた単語を紙に記録する。聞き慣れない言葉があるせいで筆が止まり、別の声を聞き洩らしてしまいそうになるがとにかく必死だった。ようやくつかんだ尻尾を話したくないのだ。

「ええ。ですが損害が酷くて…大半が死ぬか撤退、俺以外に生き残って潜伏してる奴は見てません。その折にエジカースの装備を見つけて…救援の要請を」

 捕虜はチラチラとジョナサンを見て、ジョナサンもまたそのまま続けろとジェスチャーで指示を送る。

「既に次の攻撃部隊を編成し、出撃の準備をしている。必要によっては君の救援をするための兵も派遣しよう。ただし情報と引き換えだ。戦力や街の状況について今現在口頭で言える範囲で伝えて欲しい。何かわかった事は ?」

 相手側の話から次の計画が漏れ、同時に情報の提供を求められたことでジョナサン達は再び緊張した。ここからが本番である。

「待ってくれ ! こちらからも質問をしたい。戦力はかなりの規模なのか ?」
「…悪いが一介の戦闘要員にそれを伝えることは出来ない。何より君の話がどこまで事実なのか――」
「”鴉”だ ! 優先抹殺対象に指定されている”鴉”が街にいる。今攻め込むのはマズい」

 とにかく気を引いてこちら側の意図通りに話を運ぶ必要がある。それを指示されていた捕虜はとにかくルーファンがまだ街に滞在していると出まかせを言い始めた。

「やはりヤツが一枚噛んでいたか。道理で攻め落とせなかった筈だ。対象の様子は ?」
「わ、分からない。ほんの少し姿を見ただけだから…そうだ ! 国のお偉いさんと会うとか何とか言ってた気がする。国務長官…だっけか」

 捕虜が偽の情報を追加で報せると、相手は暫くの間黙っていた。何かに勘づかれたかとジョナサン達は焦るが、やがて装置から再び声が聞こえ出す。

「…分かった。報告に感謝する。名前と潜伏地点を教えろ。次の攻撃の際にはそちらへ救援部隊を派遣する」
「その前に一つ提案がある。物資も少し残っているお陰で、暫くならまだ探りを入れる事が出来るんだ。報告によれば”鴉”は<聖地>を探しているんだろう ? きっと首都を離れる可能性だってある。ヤツが街を離れていなくなったタイミングで、こちらからあなた方へ装置を使って報せるというのは ? ”鴉”がいるかいないかで戦況はかなり変わると思うんだ。勿論、報酬を出してくれるならの話だが」
「…検討しよう。返事はすぐに寄越す。このまま装置を使える状態にして今は下手に目立とうとはするな。いいな ?」
「ああ、分かった。そうだ。名前はユーデルト・ベトス。今はアリフの南西の外れにある廃屋に身を隠している。それじゃ、えっと、これで」

 その会話を最後に通信は途絶えた。一同は顔を見合わせ、成功とも失敗とも言えない妙な結果に喜ぶわけでもなく慄くわけでもない。ただただ妙な歯痒さと不安に苛まれる。

「因みに聞くけど、もし向こうから連絡が来なかった場合はどうするの ?」

 フォルトが言った。

「…迎撃 ?」

 自分が戦うわけでは無いため、無責任な考えであるとは分かっていたがジョナサンはそう答える他ない。

「するとしても、ディルクロ殿が帰って来るまで時間を稼ぐべきでしょうな」

 その会話の直後、ルプトが現れた。図書館の入り口から秘書や護衛達と一緒に入って来た彼は散乱している装備を眺め、その周りを囲う人々に会釈をする。

「先生…」

 ジョナサンは顔を合わせた事をあまり嬉しく思ってはいないらしく、笑顔は見せずにただそう呟いた。彼はまだ疑っていたのだ。自分の恩師が襲撃を仕組んでいたのではないかと。

「ジョナサン、君が今何を思っているかは何となく分かっているよ。そしてそれに関しては半分正解で半分不正解といった所だ。でなければわざわざこうしてリミグロンへの調査を行う事を許可したりなどするわけがない」

 それは聞きたくなかった返答であると同時に、まだ一抹の安心感だけは残る物であった。国務長官は耳打ちをし、秘書と護衛達は図書館のドアを閉めて鍵をかける。水入らずで会話をできるようにするためだった。

「どういう事です ? もしあなたが仕組んだのだとしたらこれは明確な外患誘致…国家を転覆させようとする犯罪行為だ」
「ああ、そうだとも」
「リミグロンに降ったという事ですか」
「それは間違いだ。この国の未来のために奴らと…”鴉”を利用するつもりだった。それだけだ」

 ジョナサンからの問い詰めに取り乱す事なく答えるルプトの姿を見たフォルトは、彼から並々ならぬ決意と覚悟を感じ取る。だからこそ人間の本性を垣間見ているような気がしてならなかった。己の信じる正義のためならどんな事でも行える人間の冷淡さ、そんなどこかで味わったことがある様な気がする不愉快さが再び彼女を襲っていた。



※次回の更新は五月十五日予定です
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