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3章:忘れられし犠牲
第89話 一歩前進
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集落の外れ、祠へと続く深海への入り口には見送りのための兵士達と、怖いもの見たさで集まっている野次馬達がいた。深海への入り口と言っても人が一人飛び込めるくらいの小さな穴が一つ、ポツンと岩場に空いているだけである。中は海水で満たされていた。
「準備が出来ましたかな ?」
その入り口付近へ到着したルーファンに対し、先に待っていた長が呼びかける。
「ああ。と言っても何か持って行く物があるわけじゃなさそうだが…」
「ええ。あなた様はそのままで結構。後は我々が細工を施すだけです」
「細工 ?」
「その通り。我々と違って水中での活動が出来ない人間が祠へ向かうというのは初めての事態とはいえ、手段が思いつかないというわけでもない」
長はそう言って手を上げると、数人の兵士達がルーファンに近寄る。そして背中に石で出来た重りを背負わせ、足にも同様に重りを取り付ける。
「こちらを口に当て、そして縄を頭の後ろできつく縛ってください」
兵士の一人がルーファンにしめ縄のような物を渡してくる。縄の中央部分に貝の様なものが吊り下がっており、言われるがままに貝の口の部分に自分の口を当てると、分かってはいたが強い磯の匂いがする。後ろで兵士が縄を縛り、締め付けられるような痛みが後頭部に伝わり続ける。
貝の口からひだが出てきた。そしてルーファンの口元を覆うように吸い付くと、空気のような物を送り込んで来る。とにかく臭いのだが、不思議と苦しさはない。自分が息を吸う度に風を送り込んできているかのようなむず痒さがある。
「ワビンマ貝と呼ばれる生物でしてな。水中では海底火山付近に生息し、そこから発生するガスを器用にひだを使って泳ぎながら吸収してくれるのです。故に殻は頑強で、肉体そのものに関しましてもかなりの熱にも耐えられる。生物が発する呼吸にも海底火山のガスと似たような成分が含まれていると気づき、人間を水中で活動させる場合にはこれを付けさせるようにしているのです。尤も…暫くその必要は無かったので急遽作らせたのですが」
「つまり…植物と同じようなものか。少し臭いが」
「ええ、そういう事です。臭いに関しては申し訳ありません。水生生物としての宿命みたいな物です」
長とルーファンがそんな話をしていると、アトゥーイも少し遅れてやってきた。
「準備は良いですか ?」
「ああ。行こう」
アトゥーイは三叉槍を背負い、彼に頷いたルーファンも鞘を取っ払って抜き身になって剣を握る。鞘の中に海水が入ってしまうと手入れが大変なので、置いて行った方が良さそうだと考えたのだ。その代わり、縄を使って腰のベルトに繋げている。これならば無くす可能性も低い。
「水の加護」
アトゥーイはルーファンへ向けて呪文を唱える。すると付近の水が動き出し、やがてルーファンの体に張り付きだした。濡れているというよりは纏っているという言い方の方が正しく、口元の貝を除いた全身を覆っている水たちと肉体の間には僅かに隙間がある。
「これで水圧にも耐えられる筈です」
アトゥーイはそう言うと、先に穴の中に潜って行く。
「どうかご武運を祈りますよ」
後に続こうとした時、長が取ってつけたように言った。ルーファンは無言で頷くとアトゥーイと同じように飛び込む。岩肌に引っかかったりしないよう手足を閉じて静かに降下していくと、やがて仄暗い海底へと到達する。沈み込むような柔らかい砂利の上に降り立ち、辺りを見回すと何も見えない。
前方では全身を動かして優雅に泳いでいるアトゥーイがいた。辺りに生物の気配がない事を確認すると、すぐにこちらへ戻って来る。そして手を動かして「先に進もう」とジェスチャーをしてくる。何が待ち受けているかも分からない暗闇を前にして少し怯んでいたルーファンだが、やがて意を決したように重い足取りで前進し始めた。
――――その頃、捕虜にエジカースの装備を使わせてみようというフォルトの提案の結果、遠くにいる誰かと会話が出来るらしい不思議な装置を使わせることになったジョナサン達は捕虜から少し距離を置き、慌てて用意した紙や羽ペンを握り締めていた。
「いいか、デカい声で話してくれ。会話の内容がこっちに筒抜けになるくらいに」
「分かったよ。うるさいなホント…えっと、確かここの呪文の部分を指でなぞって…」
捕虜はしかめっ面でジョナサンを睨みつつ、装置を起動しようと四苦八苦している。そして呪文を指でなぞった時、なぞった部分が少し光った。
「よし ! いける」
「オーケー。全員静かにな」
捕虜が合図を送るとジョナサンも全員に指示を送る。そして自分だけは僅かに距離を詰めてメモを取れるように構えた。装置からは猛烈な彷彿とさせるやかましい雑音がなり続けていたが、やがて小さく声が混じり出す。
「あー…こち…通信…応…せよ…」
何を言っているかは分からないが、確かに人の声だった。どういう仕組みかを知りたくて仕方がなかったが、今はまだその時ではない。そう思いながら汗ばんできた手で羽ペンの書き具合を少しだけ確かめる。問題はない。
「こちら帝国第一通信棟…携帯遠隔光信会話機による反応を確認、応答を求む」
やがて無機質な声が装置から響く。何かよく分からない専門用語が連なっていたが、その場の者達はただ一つ”帝国”という言葉だけはハッキリと聞こえた。少なくともこの大陸において、帝国の名を関する国は一つしかないのだ。
「準備が出来ましたかな ?」
その入り口付近へ到着したルーファンに対し、先に待っていた長が呼びかける。
「ああ。と言っても何か持って行く物があるわけじゃなさそうだが…」
「ええ。あなた様はそのままで結構。後は我々が細工を施すだけです」
「細工 ?」
「その通り。我々と違って水中での活動が出来ない人間が祠へ向かうというのは初めての事態とはいえ、手段が思いつかないというわけでもない」
長はそう言って手を上げると、数人の兵士達がルーファンに近寄る。そして背中に石で出来た重りを背負わせ、足にも同様に重りを取り付ける。
「こちらを口に当て、そして縄を頭の後ろできつく縛ってください」
兵士の一人がルーファンにしめ縄のような物を渡してくる。縄の中央部分に貝の様なものが吊り下がっており、言われるがままに貝の口の部分に自分の口を当てると、分かってはいたが強い磯の匂いがする。後ろで兵士が縄を縛り、締め付けられるような痛みが後頭部に伝わり続ける。
貝の口からひだが出てきた。そしてルーファンの口元を覆うように吸い付くと、空気のような物を送り込んで来る。とにかく臭いのだが、不思議と苦しさはない。自分が息を吸う度に風を送り込んできているかのようなむず痒さがある。
「ワビンマ貝と呼ばれる生物でしてな。水中では海底火山付近に生息し、そこから発生するガスを器用にひだを使って泳ぎながら吸収してくれるのです。故に殻は頑強で、肉体そのものに関しましてもかなりの熱にも耐えられる。生物が発する呼吸にも海底火山のガスと似たような成分が含まれていると気づき、人間を水中で活動させる場合にはこれを付けさせるようにしているのです。尤も…暫くその必要は無かったので急遽作らせたのですが」
「つまり…植物と同じようなものか。少し臭いが」
「ええ、そういう事です。臭いに関しては申し訳ありません。水生生物としての宿命みたいな物です」
長とルーファンがそんな話をしていると、アトゥーイも少し遅れてやってきた。
「準備は良いですか ?」
「ああ。行こう」
アトゥーイは三叉槍を背負い、彼に頷いたルーファンも鞘を取っ払って抜き身になって剣を握る。鞘の中に海水が入ってしまうと手入れが大変なので、置いて行った方が良さそうだと考えたのだ。その代わり、縄を使って腰のベルトに繋げている。これならば無くす可能性も低い。
「水の加護」
アトゥーイはルーファンへ向けて呪文を唱える。すると付近の水が動き出し、やがてルーファンの体に張り付きだした。濡れているというよりは纏っているという言い方の方が正しく、口元の貝を除いた全身を覆っている水たちと肉体の間には僅かに隙間がある。
「これで水圧にも耐えられる筈です」
アトゥーイはそう言うと、先に穴の中に潜って行く。
「どうかご武運を祈りますよ」
後に続こうとした時、長が取ってつけたように言った。ルーファンは無言で頷くとアトゥーイと同じように飛び込む。岩肌に引っかかったりしないよう手足を閉じて静かに降下していくと、やがて仄暗い海底へと到達する。沈み込むような柔らかい砂利の上に降り立ち、辺りを見回すと何も見えない。
前方では全身を動かして優雅に泳いでいるアトゥーイがいた。辺りに生物の気配がない事を確認すると、すぐにこちらへ戻って来る。そして手を動かして「先に進もう」とジェスチャーをしてくる。何が待ち受けているかも分からない暗闇を前にして少し怯んでいたルーファンだが、やがて意を決したように重い足取りで前進し始めた。
――――その頃、捕虜にエジカースの装備を使わせてみようというフォルトの提案の結果、遠くにいる誰かと会話が出来るらしい不思議な装置を使わせることになったジョナサン達は捕虜から少し距離を置き、慌てて用意した紙や羽ペンを握り締めていた。
「いいか、デカい声で話してくれ。会話の内容がこっちに筒抜けになるくらいに」
「分かったよ。うるさいなホント…えっと、確かここの呪文の部分を指でなぞって…」
捕虜はしかめっ面でジョナサンを睨みつつ、装置を起動しようと四苦八苦している。そして呪文を指でなぞった時、なぞった部分が少し光った。
「よし ! いける」
「オーケー。全員静かにな」
捕虜が合図を送るとジョナサンも全員に指示を送る。そして自分だけは僅かに距離を詰めてメモを取れるように構えた。装置からは猛烈な彷彿とさせるやかましい雑音がなり続けていたが、やがて小さく声が混じり出す。
「あー…こち…通信…応…せよ…」
何を言っているかは分からないが、確かに人の声だった。どういう仕組みかを知りたくて仕方がなかったが、今はまだその時ではない。そう思いながら汗ばんできた手で羽ペンの書き具合を少しだけ確かめる。問題はない。
「こちら帝国第一通信棟…携帯遠隔光信会話機による反応を確認、応答を求む」
やがて無機質な声が装置から響く。何かよく分からない専門用語が連なっていたが、その場の者達はただ一つ”帝国”という言葉だけはハッキリと聞こえた。少なくともこの大陸において、帝国の名を関する国は一つしかないのだ。
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