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3章:忘れられし犠牲
第87話 縋り
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「うぐっ…ウゥ…」
周囲から感嘆の声が漏れる中、ルーファンは変身を解除する。彼の肉体から分離するように現れたサラザールがルーファンの肩を支えようとするが、「大丈夫だ」と言って断られた。
「やはりだ…!!」
長は感激する自身の気持ちを隠せていなかった。
「風の噂で聞いていただけの頃は半信半疑ではあったが、この目で見てようやく確信できた」
「何をだ ?」
「あなたこそが王となるべき存在だという事ですよ」
長は少しづつ興奮し出す。
「創世録にまつわる神話によれば真なる王はかつて、空から現れた怪物の軍勢を相手に戦い勝利を収めたと聞いています。その怪物たちの軍勢はリミグロンと呼ばれていた…」
「魔法の由来についてはともかく、その件に関してはただのおとぎ話だ。まさかとは思うが、創世録や神話が予言だったなどと言うつもりか ?」
「しかしそう考えでもしなければ、あまりにも出来すぎている。神話の怪物と同じ名をした暴徒の集団が猛威を振るい、それに呼応するように英雄と同じ力を持つ者が現れ、人々の希望になりつつある。ただの偶然で片づけるべきでしょうか ?」
ルーファンは偶然の一致だろうと切り捨てるが、長はどうもそうは思っていない。盲目的とさえ感じてしまうくらいだった。
「信用できないのも無理はない。根拠がないというのもまた事実ですから。しかし一つ確実に言えるのは、あなた様はこの世界で起き始めている異変…それを紐解く鍵だという事。これだけははっきりと申しあげさせていただきたい」
長が真剣な様子で言い聞かせてるくる。なぜそこまで自分を高く買ってくれているのかはよく知らないが、少なくとも裏切ったりする心配はなさそうだった。
「…いずれにせよ、俺の目的は一つだ。リミグロンを滅ぼすための力が欲しい。そのためにも<幻神>と会う…祠はどこにあるんだ ?」
「でしたらすぐに準備をしましょう。何せ、この集落がある海域よりさらに深く潜って行かなければならないのです。危険な道中になるでしょうな。案内役はアトゥーイがしてくれるでしょう」
「分かった。彼とも話してくる」
やはり心酔しているのか、ルーファンの要望に長はすぐ応じた。それを確認したルーファンは立ち去ろうとするが、すぐに長が声を出して呼び止める。
「ディルクロ様 ! …どうかアトゥーイの事を気にかけてやってはくれないでしょうか。あの子はもう、我々とも話をしようとはしない。心を塞ぎ切ってしまっている。第三者のあなたならば…少しは口も緩くなりましょう」
「…分かった。努力はする」
同族の仲間だというのに冷たい奴らだ。そう思う節もあったが、彼に対するアトゥーイの反応を見るに誰とも口を聞きたくないというのは本当らしい。これから同行してもらう以上、信頼関係は持っておきたかったルーファンは適当に相槌を打ってその場を後にした。
――――アトゥーイは集落の外れにある墓地を訪ねていた。とはいっても決して仰々しいものではなく、こんもりとした小さな丘が整列している粗末な物である。はっきりと言って金が無いのだ。金も無ければ満足な素材も無い。仰々しく弔う事が出来るような余裕は、アトゥーイにも集落にも無かった。
「随分と日を開けてしまいましたね…」
アトゥーイは貢ぎ物代わりに角砂糖を入れた小さなずだ袋を二つの墓標の前に置く。そして目の前に座って静かに目を閉じた。喋る事なく、ただただかつて家族だった者達への懺悔をし続ける。嫌われる事を恐れ、鬼になってでも止めるべきだった自分の子と愛する夫を見殺しにした。いかに周囲があなたに非はないと慰めようが、その事実が今も自分に圧し掛かり、そんな事情も知らずに悲劇の当事者としてチヤホヤしようとしてくる野次馬達が鬱陶しくて仕方がない。
「話は終わったのですか ?」
背後に気配を感じたアトゥーイが言った。ルーファンが立っており、周囲の粗末な墓の数々に目をやりながらアトゥーイの背後へと近づいてくる。ここまで
「ああ…隣に座ってもいいか ?」
「ええ、どうぞ」
アトゥーイから許諾があったルーファンは、そのまま彼の隣に胡坐をかいて座る。湿り気のある土地の冷気が服や鎧越しに伝わって来た。
「君の家族の墓か ?」
「…ええ。その様子だと、長から話を聞いたようですね」
「ああ」
そう言ったやり取りの後、少し沈黙が続いた。互いが話題を探そうと必死に思考を巡らせているのか、それともそう思っているのはルーファンだけでアトゥーイは特に何か話をしたいわけじゃないのかは分からない。とにかく気まずかった。
「長は…随分と俺の事を高く買っているようだった。自分で言うのもなんだが」
いきなり死んだ家族の事を話しても彼にとっては不快だろう。そう思ったルーファンは長が自分を買い被りすぎている件について触れた。
「…でしょうね。きっとそれの方が都合がいいんです」
「え ?」
「英雄に貸しを作りたいんですよ。そうすればあなたを利用できますから」
アトゥーイは酷く辛辣だった。ルーファンも少し耳を疑うが、ゆっくりと自分の方を向いた彼の顔はまるで同情でもしているかのように悲哀さが漂っている。
「この集落に来た時から思ったが、君は長を憎んでいるのか ?」
ルーファンも少し踏み切った質問をしてみる。やがて彼は視線を逸らして墓の方を再び向いた。
「この集落をまとめ、発展させる者としての責任を全うするために足掻いている事は理解もしています。尊敬だって忘れたわけでは無い。だが…会うと思いだしてしまうのです。人々が私に優しくしてくれたのは、善意によるものではなく対価があったからにすぎない事を」
アトゥーイの口数が少しづつ増えていく。だが楽しい話題に乗っかているからという微笑ましい理由ではない。忌々しい過去に対して抱いていた感情、それが少しづつ溢れ出そうとしていたのだ。
周囲から感嘆の声が漏れる中、ルーファンは変身を解除する。彼の肉体から分離するように現れたサラザールがルーファンの肩を支えようとするが、「大丈夫だ」と言って断られた。
「やはりだ…!!」
長は感激する自身の気持ちを隠せていなかった。
「風の噂で聞いていただけの頃は半信半疑ではあったが、この目で見てようやく確信できた」
「何をだ ?」
「あなたこそが王となるべき存在だという事ですよ」
長は少しづつ興奮し出す。
「創世録にまつわる神話によれば真なる王はかつて、空から現れた怪物の軍勢を相手に戦い勝利を収めたと聞いています。その怪物たちの軍勢はリミグロンと呼ばれていた…」
「魔法の由来についてはともかく、その件に関してはただのおとぎ話だ。まさかとは思うが、創世録や神話が予言だったなどと言うつもりか ?」
「しかしそう考えでもしなければ、あまりにも出来すぎている。神話の怪物と同じ名をした暴徒の集団が猛威を振るい、それに呼応するように英雄と同じ力を持つ者が現れ、人々の希望になりつつある。ただの偶然で片づけるべきでしょうか ?」
ルーファンは偶然の一致だろうと切り捨てるが、長はどうもそうは思っていない。盲目的とさえ感じてしまうくらいだった。
「信用できないのも無理はない。根拠がないというのもまた事実ですから。しかし一つ確実に言えるのは、あなた様はこの世界で起き始めている異変…それを紐解く鍵だという事。これだけははっきりと申しあげさせていただきたい」
長が真剣な様子で言い聞かせてるくる。なぜそこまで自分を高く買ってくれているのかはよく知らないが、少なくとも裏切ったりする心配はなさそうだった。
「…いずれにせよ、俺の目的は一つだ。リミグロンを滅ぼすための力が欲しい。そのためにも<幻神>と会う…祠はどこにあるんだ ?」
「でしたらすぐに準備をしましょう。何せ、この集落がある海域よりさらに深く潜って行かなければならないのです。危険な道中になるでしょうな。案内役はアトゥーイがしてくれるでしょう」
「分かった。彼とも話してくる」
やはり心酔しているのか、ルーファンの要望に長はすぐ応じた。それを確認したルーファンは立ち去ろうとするが、すぐに長が声を出して呼び止める。
「ディルクロ様 ! …どうかアトゥーイの事を気にかけてやってはくれないでしょうか。あの子はもう、我々とも話をしようとはしない。心を塞ぎ切ってしまっている。第三者のあなたならば…少しは口も緩くなりましょう」
「…分かった。努力はする」
同族の仲間だというのに冷たい奴らだ。そう思う節もあったが、彼に対するアトゥーイの反応を見るに誰とも口を聞きたくないというのは本当らしい。これから同行してもらう以上、信頼関係は持っておきたかったルーファンは適当に相槌を打ってその場を後にした。
――――アトゥーイは集落の外れにある墓地を訪ねていた。とはいっても決して仰々しいものではなく、こんもりとした小さな丘が整列している粗末な物である。はっきりと言って金が無いのだ。金も無ければ満足な素材も無い。仰々しく弔う事が出来るような余裕は、アトゥーイにも集落にも無かった。
「随分と日を開けてしまいましたね…」
アトゥーイは貢ぎ物代わりに角砂糖を入れた小さなずだ袋を二つの墓標の前に置く。そして目の前に座って静かに目を閉じた。喋る事なく、ただただかつて家族だった者達への懺悔をし続ける。嫌われる事を恐れ、鬼になってでも止めるべきだった自分の子と愛する夫を見殺しにした。いかに周囲があなたに非はないと慰めようが、その事実が今も自分に圧し掛かり、そんな事情も知らずに悲劇の当事者としてチヤホヤしようとしてくる野次馬達が鬱陶しくて仕方がない。
「話は終わったのですか ?」
背後に気配を感じたアトゥーイが言った。ルーファンが立っており、周囲の粗末な墓の数々に目をやりながらアトゥーイの背後へと近づいてくる。ここまで
「ああ…隣に座ってもいいか ?」
「ええ、どうぞ」
アトゥーイから許諾があったルーファンは、そのまま彼の隣に胡坐をかいて座る。湿り気のある土地の冷気が服や鎧越しに伝わって来た。
「君の家族の墓か ?」
「…ええ。その様子だと、長から話を聞いたようですね」
「ああ」
そう言ったやり取りの後、少し沈黙が続いた。互いが話題を探そうと必死に思考を巡らせているのか、それともそう思っているのはルーファンだけでアトゥーイは特に何か話をしたいわけじゃないのかは分からない。とにかく気まずかった。
「長は…随分と俺の事を高く買っているようだった。自分で言うのもなんだが」
いきなり死んだ家族の事を話しても彼にとっては不快だろう。そう思ったルーファンは長が自分を買い被りすぎている件について触れた。
「…でしょうね。きっとそれの方が都合がいいんです」
「え ?」
「英雄に貸しを作りたいんですよ。そうすればあなたを利用できますから」
アトゥーイは酷く辛辣だった。ルーファンも少し耳を疑うが、ゆっくりと自分の方を向いた彼の顔はまるで同情でもしているかのように悲哀さが漂っている。
「この集落に来た時から思ったが、君は長を憎んでいるのか ?」
ルーファンも少し踏み切った質問をしてみる。やがて彼は視線を逸らして墓の方を再び向いた。
「この集落をまとめ、発展させる者としての責任を全うするために足掻いている事は理解もしています。尊敬だって忘れたわけでは無い。だが…会うと思いだしてしまうのです。人々が私に優しくしてくれたのは、善意によるものではなく対価があったからにすぎない事を」
アトゥーイの口数が少しづつ増えていく。だが楽しい話題に乗っかているからという微笑ましい理由ではない。忌々しい過去に対して抱いていた感情、それが少しづつ溢れ出そうとしていたのだ。
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