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3章:忘れられし犠牲
第86話 来訪せし真なる王
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「こちらです」
訓練をしている広場を横目に、一行は奥にある創世録の壁画の前へと立つ。
「これは…」
そこにはリゴト砂漠の物とは違う絵が彫り込まれていた。五体の巨大な怪物と五人の従者を引き連れた一人の人間が、彼の目の前で跪いている人々に手を向けている。そして火や水、風を吹き荒らして大地を揺らしている絵だった。民はそれを前に驚いているかのように体を仰け反らせている
「この不可思議な奇跡を起こす力こそが、我々が使う魔法の原点ではないかと言われております」
長が隣で言った。
「彼は何者だ?」
「分かりません…ただ、彼の事を人々はこう読んでいたそうです」
そして長はルーファンを見る。まるで壁画に書かれている男と彼を重ね合わせていかのような期待感の篭った優しげな目だった。
「来訪せし真なる王、と」
「真なる王…」
長の言葉を耳にしたルーファンは、創世録が描かれた壁に近づいて静かに触れる。環境のせいか湿り気があり、心地の良い冷たさを感じた。
「どこからやって来たんだ… ?」
リゴト砂漠の壁画に描かれていた支配者は、きっと来訪せし真なる王と呼ばれるこの男と同一人物に違いない。だが来訪と付けるからには別の場所から訪れてきた存在の筈である。それが分からなかった。そして、なぜ自分が彼と同じように従者と<幻神>を従える事が出来ているのかも。
「もしかしてこんなおとぎ話に自分と共通点を見出してる ?」
遅れてやってきたサラザールがルーファンを揶揄う。おとぎ話の産物じみた存在の癖に随分と他人事だった。
「不思議な点が多いだけだ。どこに行っていた ?」
ルーファンは不貞腐れ、目を離した隙にいなくなった理由を尋ねる。
「情報収集。周りの連中の話が気になってつい」
「話 ?」
「いつもなら現れる筈の魚群や鯨がいないんですって」
サラザールが首を向けた方角では彼女に手を振っている男が二人いる。思っていたよりは円滑に会話が出来たらしい。
「そんな日もあるんじゃないか ? 生き物だって毎日毎日決まりきった行動をするわけでもないだろ」
「この辺りは海流もあるし、餌場になりやすい。魚たちだって馬鹿じゃないわ。わざわざ生きるための場所を手放すほど間抜けじゃない。一匹もいないなんて事あり得るかしら ?」
「それは…そうだが…まさかとは思うがリミグロンの仕業だなんて言うなよ」
「そのまさかよ」
案の定敵の存在を警戒しているサラザールだが、ルーファンは少し心配しすぎではないかと彼女を咎める。
「この深海まではかなりの距離があるから水圧も高く、海からこの集落へ侵入するのは難しいでしょう。空に関しましても水の壁である程度は防げますし、魔法で更に分厚くする事だってできる。何より我々とて貧弱ではない。この状況でわざわざ侵入を試みる可能性は低いと思われますが…」
「障壁を突破することは出来ない。出来たとしてもそう簡単な事じゃない…そう思っていたリゴト砂漠では何が起きたか。ルーファン、忘れたわけじゃないでしょ ?」
長も襲撃には懐疑的だったが、防衛自体はやろうと思えばできるという見解を示す。だがサラザールは頑なにリミグロンの脅威を警戒している。彼らが何かしてくる可能性があるとはいえ、少々買い被りすぎではないかという気持ちもルーファンにはあった。
「当ててあげましょうか、どうせそこまで恐れなくても…なんて思ってる」
突然核心をつかれ、ルーファンは硬直してただ黙るしかなかった。
「強者故の驕りが出始めてるわね。せいぜい気を付けた方がいい。力を手にした人間ってのは、堕落も早い」
「……そうだな、すまなかった」
彼女は𠮟りつけるようにルーファンの問題点を指摘する。ムッとしかけたルーファンだが、すぐに思い止まり自分を鑑みると確かに彼女の言うとおりである。昔話に出てきた英雄や王が自分と似ているからなんだと言うのだ。故郷での初陣でしくじり、すべてを失い、殺されかけた分際で思い上がるな。お前はただの人間だ。そう改めて自分に言い聞かせてからサラザールにも詫びを入れた。
「祠に向かおう。もしリミグロンが来るなら、<ネプチューン>の力が必要になる」
「その前に一つよろしいですか ?」
次の予定を決めかけていた時、長がルーファンを呼び止める。
「その、厚かましい頼みだというのは承知ですが…あなたが<幻神>の力を使えるという証拠を見たい」
「そんな事でいいのか ?」
申し訳なさそうな長に対してルーファンは特に嫌がる素振りを見せたりはしない。疲労感が残る上に苦痛を伴うのは好きではないが、それで納得してくれるのならば話は早い。
「闇を司りし精霊とまぐわう者」
「万物の魂を呑み込む恐怖と絶望を呼び起こさん」
サラザールが首筋に噛みつき、闇の瘴気に飲み込まれる中でルーファンは呪文を唱え続ける。やがて瘴気が晴れると漆黒の怪人が集落に住む人々の前に現れた。
「やはり…あなたが…」
巨大な翼を広げて見せる怪人に向けて、長は手を合わせてそう呟く。この世界に真なる王の素質を持つ者が再び現れたのだと悟ったのだ。
訓練をしている広場を横目に、一行は奥にある創世録の壁画の前へと立つ。
「これは…」
そこにはリゴト砂漠の物とは違う絵が彫り込まれていた。五体の巨大な怪物と五人の従者を引き連れた一人の人間が、彼の目の前で跪いている人々に手を向けている。そして火や水、風を吹き荒らして大地を揺らしている絵だった。民はそれを前に驚いているかのように体を仰け反らせている
「この不可思議な奇跡を起こす力こそが、我々が使う魔法の原点ではないかと言われております」
長が隣で言った。
「彼は何者だ?」
「分かりません…ただ、彼の事を人々はこう読んでいたそうです」
そして長はルーファンを見る。まるで壁画に書かれている男と彼を重ね合わせていかのような期待感の篭った優しげな目だった。
「来訪せし真なる王、と」
「真なる王…」
長の言葉を耳にしたルーファンは、創世録が描かれた壁に近づいて静かに触れる。環境のせいか湿り気があり、心地の良い冷たさを感じた。
「どこからやって来たんだ… ?」
リゴト砂漠の壁画に描かれていた支配者は、きっと来訪せし真なる王と呼ばれるこの男と同一人物に違いない。だが来訪と付けるからには別の場所から訪れてきた存在の筈である。それが分からなかった。そして、なぜ自分が彼と同じように従者と<幻神>を従える事が出来ているのかも。
「もしかしてこんなおとぎ話に自分と共通点を見出してる ?」
遅れてやってきたサラザールがルーファンを揶揄う。おとぎ話の産物じみた存在の癖に随分と他人事だった。
「不思議な点が多いだけだ。どこに行っていた ?」
ルーファンは不貞腐れ、目を離した隙にいなくなった理由を尋ねる。
「情報収集。周りの連中の話が気になってつい」
「話 ?」
「いつもなら現れる筈の魚群や鯨がいないんですって」
サラザールが首を向けた方角では彼女に手を振っている男が二人いる。思っていたよりは円滑に会話が出来たらしい。
「そんな日もあるんじゃないか ? 生き物だって毎日毎日決まりきった行動をするわけでもないだろ」
「この辺りは海流もあるし、餌場になりやすい。魚たちだって馬鹿じゃないわ。わざわざ生きるための場所を手放すほど間抜けじゃない。一匹もいないなんて事あり得るかしら ?」
「それは…そうだが…まさかとは思うがリミグロンの仕業だなんて言うなよ」
「そのまさかよ」
案の定敵の存在を警戒しているサラザールだが、ルーファンは少し心配しすぎではないかと彼女を咎める。
「この深海まではかなりの距離があるから水圧も高く、海からこの集落へ侵入するのは難しいでしょう。空に関しましても水の壁である程度は防げますし、魔法で更に分厚くする事だってできる。何より我々とて貧弱ではない。この状況でわざわざ侵入を試みる可能性は低いと思われますが…」
「障壁を突破することは出来ない。出来たとしてもそう簡単な事じゃない…そう思っていたリゴト砂漠では何が起きたか。ルーファン、忘れたわけじゃないでしょ ?」
長も襲撃には懐疑的だったが、防衛自体はやろうと思えばできるという見解を示す。だがサラザールは頑なにリミグロンの脅威を警戒している。彼らが何かしてくる可能性があるとはいえ、少々買い被りすぎではないかという気持ちもルーファンにはあった。
「当ててあげましょうか、どうせそこまで恐れなくても…なんて思ってる」
突然核心をつかれ、ルーファンは硬直してただ黙るしかなかった。
「強者故の驕りが出始めてるわね。せいぜい気を付けた方がいい。力を手にした人間ってのは、堕落も早い」
「……そうだな、すまなかった」
彼女は𠮟りつけるようにルーファンの問題点を指摘する。ムッとしかけたルーファンだが、すぐに思い止まり自分を鑑みると確かに彼女の言うとおりである。昔話に出てきた英雄や王が自分と似ているからなんだと言うのだ。故郷での初陣でしくじり、すべてを失い、殺されかけた分際で思い上がるな。お前はただの人間だ。そう改めて自分に言い聞かせてからサラザールにも詫びを入れた。
「祠に向かおう。もしリミグロンが来るなら、<ネプチューン>の力が必要になる」
「その前に一つよろしいですか ?」
次の予定を決めかけていた時、長がルーファンを呼び止める。
「その、厚かましい頼みだというのは承知ですが…あなたが<幻神>の力を使えるという証拠を見たい」
「そんな事でいいのか ?」
申し訳なさそうな長に対してルーファンは特に嫌がる素振りを見せたりはしない。疲労感が残る上に苦痛を伴うのは好きではないが、それで納得してくれるのならば話は早い。
「闇を司りし精霊とまぐわう者」
「万物の魂を呑み込む恐怖と絶望を呼び起こさん」
サラザールが首筋に噛みつき、闇の瘴気に飲み込まれる中でルーファンは呪文を唱え続ける。やがて瘴気が晴れると漆黒の怪人が集落に住む人々の前に現れた。
「やはり…あなたが…」
巨大な翼を広げて見せる怪人に向けて、長は手を合わせてそう呟く。この世界に真なる王の素質を持つ者が再び現れたのだと悟ったのだ。
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