怨嗟の誓約

シノヤン

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3章:忘れられし犠牲

第82話 釣り餌

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 ジョナサンがルプトの私兵達と共にすぐに営倉へと向かう。間もなく背中を乱暴に押されながらリミグロン兵の捕虜がジョナサン達の元へと現れた。

「わ、分かった分かった。歩くってば」

 背中を突き飛ばされるように押されながら現れた捕虜だが、怪我をした箇所には包帯が巻かれており、まだ完全に傷は癒えていない様だった。特に顔や上半身に残っている痣が痛々しい。

「それで、ここに呼び出して何の用だ ?」

 ルーファンがいない事に若干安心しているのか、捕虜は少しだけ生意気になっていた。所詮木っ端として使われているだけの小物だけあって中々の変わり身の早さである。そのせいで尚の事嘗められてる様な気がしてしまい妙な憎たらしさがある。

「この装備見覚えあるだろ ?」

 ジョナサンが机に並べられてる戦利品を指さす。

「俺と…エジカースの装備だろ。見れば分かるさ。おまけに死体付きとは」
「それぞれの用途について教えて欲しい。出来ればを実演も交えて」

 要望を聞いた捕虜の表情は非常に険しかった。味方側の手の内を第三者、それも敵対している立場の人間に明かす。まともな知能を持っていれば、それがどれ程重大な過ちとなるか知らないわけがない。

「もし嫌だと―――」
「断る時は相応の仕打ちを覚悟しとくべきだろうな。働かん奴を養う余裕などこちらにはない」

 捕虜は万が一に起こりえるケースを知りたかったが、厳格な態度で私兵の一人が
言葉を遮る。本来ならばすぐにでも処刑してやりたいところだが、有益な情報源となるかもしれないから生かしておいてやっているのだ。役に立たないのであれば存在価値は無い。

「ほ、捕虜を殺すのか ? そんな事をすれば俺の同胞が―――」
「そんな脅しを無視してでも君や君の仲間を殺したがってる奴がいる。知らないわけじゃないだろ ? 何なら、今から呼んできてやってもいいんだぞ。”手段は問わないからあいつの口を割ってくれ”って頼むだけだ…二度と喋れなくなる程度で済めばラッキーかもな」
「分かった ! 悪かったよ…ちょっと調子に乗りすぎた」

 ルーファンの存在をジョナサンがちらつかせると彼はすぐにしおれた。そして手身近にあったサーベルを掴んでから、辺りに屯している者達を一瞥する。サーベルに魔法をかけて暴れてやろうかとも一瞬考えたが、フォルトと彼女の隣にいたガロステルの睨みを前に怖気づく。やはり逆らわない方がいい。

「と言っても難しい事じゃない。ただ触ってから呪文を唱えるだけ。何なら試してみればいい。誰でもできる」
「誰でもってのはどういう事だ ? 魔法使いに限らず、素人でも問題ないと ?」

 捕虜の話はジョナサンにとって大変興味深かった。ルーファンやフォルトの例を見るに、魔法を使いこなすには相応の訓練を要するはずである。

「ああ、俺だって昔は農民だった。ジェトワ皇国に土地を奪われるまではね」
「へっ、勝手に不法占拠しといてよく言うよ。元々俺たちの土地だったっての」

 捕虜は自分の素性を明かすが、それに対して軽蔑するような反応を示したのはドレイクだった。一度彼の方を恨めしそうに見るが、この状況では殴り掛かる事も出来ない。口論に持ち込みたい気持ちを押し殺すしかなかった。

「…試しに持って、唱えてみろ。熱く輝けカロート・フルンだ」

 捕虜はジョナサンにサーベルを渡す。慣れない武器の重さに少し戸惑ったジョナサンだが、やがて意を決したように一呼吸を入れる。

熱く輝けカロート・フルン

 必死に腕を伸ばし、刃を自分の体から遠ざけてからジョナサンが唱える。すると確かに捕虜の言う通り、火花を迸らせながら刃が輝きだした。

「うわっマジだ」

 饒舌さが無くなり、自分でも魔法を使えたという事実にジョナサンは驚く。試しに机にサーベルで触れてみると、見事に焼き切ったような傷跡を残す事に成功した。後で図書館側から修理代を請求されるだろうが今はそれどころではない。

「信じられない…まさかそんな事が…」

 スライも流石に動揺しており、つまらなそうに眺めていた目を大きく見開いて驚嘆していた。こうしてはいられない。すぐにでも他の装備についても調べて行かなければ。

「あれ、ちょっと待て。これどうやって解除すればいいんだ」
「普通に手を放せ。そうすれば勝手に解除される」

 再び彼に手順を教わって机に放り投げたジョナサンは先程までサーベルを握っていた手を擦り、とんでもない発見に立ち会えたことへの喜びのあまり笑っていた。

「とんでもないぞ… ! リミグロンの武器を触ったんだ ! 僕が ! 絶対記事にしなきゃ。タイトルはこう…”大解剖 ! 謎多き武装勢力、遂にその手がかりか⁉”…いや違うな。もっとこう、キャッチーなのがいい…ああいやそれより、他だ ! 他の装備について教えてくれ ! 例えばこいつ ! こいつの使い道は⁉」

 興奮気味に次の得物を指し示すジョナサンだが、彼の指先が向いていた先にあったのはエジカースの鎧の腕部に備え付けられていた妙な装置であった。

「そ、それは…」

 途端に捕虜の口調がしどろもどろになる。視線を俯かせ、まるで喋りたくないとでも言うかのようであった。

「まさかこの期に及んで知らねえとか言うつもりじゃないだろうな ?」

 ドレイクが野次を飛ばし出した。

「い、いやいや…知ってはいるんだが、俺は使ったことがなくて。何というか…エジカースがそれに話しかけているのをよく見かけた。たぶんだけど…どこかにいる誰か別の奴と会話が出来る…みたいなもんだと思うんだ」
「そんなものが本気であると ? 信用できんな」
「…分かった、使うよ。使えばいいんだろ」

 捕虜は確信なさげに自分が過去に見た物を語るが、やはり信じてもらえない。情報の伝達が手紙や狼煙、早馬による伝令などといった手段に限られているこの世界において、話しかけるだけで遠くにいる人間に情報が送れるなど、いささか空想的すぎるのだろう。やはり自分が実験体になって証明するしかなかった。

「なあちょっと待って」

 そう思って装置に顔を近づける直前、ジョナサンが急に彼の肩を掴んで止めた。

「正直半信半疑ではあるが…使う前に少し聞かせてくれ。エジカースは装置でどんな会話をしていた ? 状況報告か ?」
「ああ、大体はそんな感じだった」
「だとするなら、報告をしている相手はリミグロンに指示を送っている母体という線もあるな…そうなると少し話す内容を考える必要がある」

 捕虜から話を聞いたジョナサンは顎に指を当て、椅子に座ってから少し考えだす。

「撤退したリミグロン兵が被害については報告している可能性が高いが、こっちの戦力と置かれている状況については細かく知らない筈だ。情報が無い以上、まだ手出しはしてこないかもな」
「でも、その内やり返す気なんじゃないの ? もしかしたら結構怒ってるかもしれないし、割とすぐに援軍が来たりして」

 ジョナサンは周囲の状況を鑑みていたが、フォルトはかなり焦っている様だった。自分の故郷が蹂躙されかけた際の光景が脳裏に蘇り、この国でも同じように早急に攻め込んで来る可能性も十分に考えられる。

「確かに一理ありだ。だからその辺を探る必要がある。ついでに少し向こうの情報を引っ掻きまわすか、圧力を掛けてみてもいいかもしれない…そこで君の出番というわけだな。下っ端と言えど、仕事仲間ならば邪険にはされないだろう」

 ジョナサンは改めて方針を決めると捕虜の顔を見てきた。言葉の節々からろくでもない頼みをされる事が嫌でも予想できる。

「今から言う事をしっかり覚えた上で会話をしてくれ。因みに拒否権は無い」

 そして捕虜に対して囮になるようにジョナサンは告げる。自分がリスクを冒す必要が無いと分かれば、人はどんな無理難題も課してくるのである。捕虜はその厚かましさと図々しさに唾を吐いてやりたかったが出来るわけがなかった。
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