怨嗟の誓約

シノヤン

文字の大きさ
上 下
79 / 174
3章:忘れられし犠牲

第78話 別行動開始

しおりを挟む
 ――――国務長官への提案から三日が経過した。昼過ぎ、薄汚れた漁船の甲板の端で手すりに寄り掛かっていたルーファンは、ジョナサンから預かった手帳を取り出す。そして天候や船の揺れ具合、せわしなく動く船員たちの様子を事細かに記し始めた。船酔いしやすい上に別にしたい事があるという理由から、彼に代わって深海への道のりやディマス族について出来る限り記録をしてほしいとの頼みによるものであった。空ではサラザールが辺りを旋回し、周辺に異常が無いか見回りをしている。

「よお、ディルクロの旦那 ! 船酔いはしてないか⁉」

 ベトイ船長が話しかけて来る。どうも知り合いだったらしい彼にジョナサンが話を通した結果、なんと快く乗船を許可してくれたのだ。勿論タダではなく、道中における漁や船員たちの生活における雑務を手伝うという対価付きだったが、金品を寄越せと言われない分良心的とみるべきだろう。

「問題は無い…重ね重ね礼を言わせてもらう。ここまで早く出発できるとは思わなかった」
「気にすんな ! ジョナサンとは古い仲でな。お互いに毛も生え揃ってないガキだった頃からの付き合いだ。あいつが文字や簡単な計算の仕方を教えてくれたおかげで、今やこうして仕事にありつけてる…おいそこ ! サボってんじゃねえ !」

 船員たちを怒鳴りつけながらしみじみとベトイ船長は語る。ジョナサンの事だ。打算目的で他人に近づき、人脈を広げるために貸しを作るという事ぐらいするかもしれない。だがいずれにせよ、ベトイ船長にしてみればこんな形で恩返しをさせてもらえるとは思ってなかっただろう。当の本人は居合わせてないが。

 ふと見るとアトゥーイが海から飛び上がって甲板に着地し、周囲にいた船員たちに海中の状況や周辺にいる生物達の様子について語っている。しかし周りからのお礼の言葉を聞く前に船の後方へそそくさと歩いて行った。

「それにしてもアトゥーイが案内を買って出るとは驚きだ。あんなに他人となれ合うのを嫌う野郎が…」

 ルーファンはリガウェール王国が保有している<聖地>へ向かいたいと申し出た際の事を思い出す。その後、案内役が欲しいという事もあってディマス族である彼ならばと相談をした。すると大喜びするわけでもなく、ましてや嫌がったりするわけでもなくこちらの要求を呑んでくれたのだ。しかしベトイ船長からするとあり得ない事だったらしく、首をひねって不思議そうにしている。

「そんなに珍しい事なのか ?」
「おう、ここにいるのも生活費のためだそうでな。報酬分はきっちり働いてくれるし、困ってる奴がいれば何も言わずに手伝うくらいはしてくれる。でもなぜか分からんが他人に絡まれたり嗅ぎ回られることを嫌うんだよ。ディマス族が昔から嫌われ者だったってのは知ってるが、もしかしたらその辺が理由なのかもしれんな。ま、目的の場所まで着くには時間がたっぷりある。のんびり話してみると良いさ、あっちにその気があればだが」

 詳細な説明からするに普段はかなり無愛想且つ他人と距離を置く性分だというのは分かったが、問題はそれが何に起因するものかである。命を預ける身としては趣味嗜好も含めて人間関係を壊さない様に努めたいのだ。

「それはさておき」

 どうすればお近づきになれるかとルーファンが考えていた時、ベトイ船長が不意に肩を叩いた。

「雑用を何でもやってくれるそうだな…実はウチはいないんだよ、給仕担当が」

 申し訳なさそうにベトイ船長は腹を擦っている。どうやら色々と気苦労の多い船旅になりそうだった。



 ――――アリフの街の外れ、拠点として使わせてもらっている宿屋の空き室では、図書館から借りた数冊の本をしきりにめくって何やら確認作業をするジョナサン、退屈そうに窓の外を眺めるフォルト、そしていびきを立てて昼寝をするガロステルがいた。

「私も船旅ついていけば良かったかな~…」

 ここまで暇を持て余すと思わなかったフォルトが不満げにぼやいた。

「泳げないのに ?」
「…ふ、船酔いする人に言われたくないし」
「でも僕は泳げるぞ。それに、残ったのは他でもない調査のためだ」

 フォルトを揶揄ってからジョナサンは本を閉じ、椅子から立ち上がって背伸びをする。タイミングよく目を覚ましたガロステルもベッドから体を起こした。

「一通り武器や兵器に関する資料は調べたが、やっぱりリミグロンの連中が使ってる武装については情報が一切ない。想定通りではあるけどね」
「それがどうかしたの ?」
「どんな物にも必ず起源が存在するんだ。人が素手から棍棒を持ち、そこから石を用いた武器を作り、やがて鉄を加工して刃を作るようになったという風に必ず元になった技術や文化が存在する。だが…彼らの技術というのは僕たちが持っている限りの知識で生み出された物じゃない気がする」

 部屋を歩き回り、ジョナサンは手ぶりを交えながらひとまず整理できた情報について伝える。要するに分からない事が多すぎるという事なのだが、彼の顔は決して曇っておらず寧ろ分からないことだらけという点に対して興奮している様にも見えた。

「一体どんな奴が背後にいればあんな何段階も吹っ飛ばしたような進化をさせられるのやら…いずれにせよこの国にいる内通者を炙り出せば解き明かすのも時間の問題だ」

 ジョナサンは意を決したように外套を羽織ってポケットを漁り出す。だがひとしきり弄ってから天を仰いで気付いた。手帳と万年筆を取材をさせるためにルーファンへ預けていたのだ。

「やらかした…まあいいか。まずは国務長官だ。間違いなく何か隠している筈だよ」

 フォルトとガロステルを見るジョナサンの顔は非常に得意げで、悪だくみをする子供のようにいやらしい笑みを浮かべていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...