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3章:忘れられし犠牲
第78話 別行動開始
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――――国務長官への提案から三日が経過した。昼過ぎ、薄汚れた漁船の甲板の端で手すりに寄り掛かっていたルーファンは、ジョナサンから預かった手帳を取り出す。そして天候や船の揺れ具合、せわしなく動く船員たちの様子を事細かに記し始めた。船酔いしやすい上に別にしたい事があるという理由から、彼に代わって深海への道のりやディマス族について出来る限り記録をしてほしいとの頼みによるものであった。空ではサラザールが辺りを旋回し、周辺に異常が無いか見回りをしている。
「よお、ディルクロの旦那 ! 船酔いはしてないか⁉」
ベトイ船長が話しかけて来る。どうも知り合いだったらしい彼にジョナサンが話を通した結果、なんと快く乗船を許可してくれたのだ。勿論タダではなく、道中における漁や船員たちの生活における雑務を手伝うという対価付きだったが、金品を寄越せと言われない分良心的とみるべきだろう。
「問題は無い…重ね重ね礼を言わせてもらう。ここまで早く出発できるとは思わなかった」
「気にすんな ! ジョナサンとは古い仲でな。お互いに毛も生え揃ってないガキだった頃からの付き合いだ。あいつが文字や簡単な計算の仕方を教えてくれたおかげで、今やこうして仕事にありつけてる…おいそこ ! サボってんじゃねえ !」
船員たちを怒鳴りつけながらしみじみとベトイ船長は語る。ジョナサンの事だ。打算目的で他人に近づき、人脈を広げるために貸しを作るという事ぐらいするかもしれない。だがいずれにせよ、ベトイ船長にしてみればこんな形で恩返しをさせてもらえるとは思ってなかっただろう。当の本人は居合わせてないが。
ふと見るとアトゥーイが海から飛び上がって甲板に着地し、周囲にいた船員たちに海中の状況や周辺にいる生物達の様子について語っている。しかし周りからのお礼の言葉を聞く前に船の後方へそそくさと歩いて行った。
「それにしてもアトゥーイが案内を買って出るとは驚きだ。あんなに他人となれ合うのを嫌う野郎が…」
ルーファンはリガウェール王国が保有している<聖地>へ向かいたいと申し出た際の事を思い出す。その後、案内役が欲しいという事もあってディマス族である彼ならばと相談をした。すると大喜びするわけでもなく、ましてや嫌がったりするわけでもなくこちらの要求を呑んでくれたのだ。しかしベトイ船長からするとあり得ない事だったらしく、首をひねって不思議そうにしている。
「そんなに珍しい事なのか ?」
「おう、ここにいるのも生活費のためだそうでな。報酬分はきっちり働いてくれるし、困ってる奴がいれば何も言わずに手伝うくらいはしてくれる。でもなぜか分からんが他人に絡まれたり嗅ぎ回られることを嫌うんだよ。ディマス族が昔から嫌われ者だったってのは知ってるが、もしかしたらその辺が理由なのかもしれんな。ま、目的の場所まで着くには時間がたっぷりある。のんびり話してみると良いさ、あっちにその気があればだが」
詳細な説明からするに普段はかなり無愛想且つ他人と距離を置く性分だというのは分かったが、問題はそれが何に起因するものかである。命を預ける身としては趣味嗜好も含めて人間関係を壊さない様に努めたいのだ。
「それはさておき」
どうすればお近づきになれるかとルーファンが考えていた時、ベトイ船長が不意に肩を叩いた。
「雑用を何でもやってくれるそうだな…実はウチはいないんだよ、給仕担当が」
申し訳なさそうにベトイ船長は腹を擦っている。どうやら色々と気苦労の多い船旅になりそうだった。
――――アリフの街の外れ、拠点として使わせてもらっている宿屋の空き室では、図書館から借りた数冊の本をしきりにめくって何やら確認作業をするジョナサン、退屈そうに窓の外を眺めるフォルト、そしていびきを立てて昼寝をするガロステルがいた。
「私も船旅ついていけば良かったかな~…」
ここまで暇を持て余すと思わなかったフォルトが不満げにぼやいた。
「泳げないのに ?」
「…ふ、船酔いする人に言われたくないし」
「でも僕は泳げるぞ。それに、残ったのは他でもない調査のためだ」
フォルトを揶揄ってからジョナサンは本を閉じ、椅子から立ち上がって背伸びをする。タイミングよく目を覚ましたガロステルもベッドから体を起こした。
「一通り武器や兵器に関する資料は調べたが、やっぱりリミグロンの連中が使ってる武装については情報が一切ない。想定通りではあるけどね」
「それがどうかしたの ?」
「どんな物にも必ず起源が存在するんだ。人が素手から棍棒を持ち、そこから石を用いた武器を作り、やがて鉄を加工して刃を作るようになったという風に必ず元になった技術や文化が存在する。だが…彼らの技術というのは僕たちが持っている限りの知識で生み出された物じゃない気がする」
部屋を歩き回り、ジョナサンは手ぶりを交えながらひとまず整理できた情報について伝える。要するに分からない事が多すぎるという事なのだが、彼の顔は決して曇っておらず寧ろ分からないことだらけという点に対して興奮している様にも見えた。
「一体どんな奴が背後にいればあんな何段階も吹っ飛ばしたような進化をさせられるのやら…いずれにせよこの国にいる内通者を炙り出せば解き明かすのも時間の問題だ」
ジョナサンは意を決したように外套を羽織ってポケットを漁り出す。だがひとしきり弄ってから天を仰いで気付いた。手帳と万年筆を取材をさせるためにルーファンへ預けていたのだ。
「やらかした…まあいいか。まずは国務長官だ。間違いなく何か隠している筈だよ」
フォルトとガロステルを見るジョナサンの顔は非常に得意げで、悪だくみをする子供のようにいやらしい笑みを浮かべていた。
「よお、ディルクロの旦那 ! 船酔いはしてないか⁉」
ベトイ船長が話しかけて来る。どうも知り合いだったらしい彼にジョナサンが話を通した結果、なんと快く乗船を許可してくれたのだ。勿論タダではなく、道中における漁や船員たちの生活における雑務を手伝うという対価付きだったが、金品を寄越せと言われない分良心的とみるべきだろう。
「問題は無い…重ね重ね礼を言わせてもらう。ここまで早く出発できるとは思わなかった」
「気にすんな ! ジョナサンとは古い仲でな。お互いに毛も生え揃ってないガキだった頃からの付き合いだ。あいつが文字や簡単な計算の仕方を教えてくれたおかげで、今やこうして仕事にありつけてる…おいそこ ! サボってんじゃねえ !」
船員たちを怒鳴りつけながらしみじみとベトイ船長は語る。ジョナサンの事だ。打算目的で他人に近づき、人脈を広げるために貸しを作るという事ぐらいするかもしれない。だがいずれにせよ、ベトイ船長にしてみればこんな形で恩返しをさせてもらえるとは思ってなかっただろう。当の本人は居合わせてないが。
ふと見るとアトゥーイが海から飛び上がって甲板に着地し、周囲にいた船員たちに海中の状況や周辺にいる生物達の様子について語っている。しかし周りからのお礼の言葉を聞く前に船の後方へそそくさと歩いて行った。
「それにしてもアトゥーイが案内を買って出るとは驚きだ。あんなに他人となれ合うのを嫌う野郎が…」
ルーファンはリガウェール王国が保有している<聖地>へ向かいたいと申し出た際の事を思い出す。その後、案内役が欲しいという事もあってディマス族である彼ならばと相談をした。すると大喜びするわけでもなく、ましてや嫌がったりするわけでもなくこちらの要求を呑んでくれたのだ。しかしベトイ船長からするとあり得ない事だったらしく、首をひねって不思議そうにしている。
「そんなに珍しい事なのか ?」
「おう、ここにいるのも生活費のためだそうでな。報酬分はきっちり働いてくれるし、困ってる奴がいれば何も言わずに手伝うくらいはしてくれる。でもなぜか分からんが他人に絡まれたり嗅ぎ回られることを嫌うんだよ。ディマス族が昔から嫌われ者だったってのは知ってるが、もしかしたらその辺が理由なのかもしれんな。ま、目的の場所まで着くには時間がたっぷりある。のんびり話してみると良いさ、あっちにその気があればだが」
詳細な説明からするに普段はかなり無愛想且つ他人と距離を置く性分だというのは分かったが、問題はそれが何に起因するものかである。命を預ける身としては趣味嗜好も含めて人間関係を壊さない様に努めたいのだ。
「それはさておき」
どうすればお近づきになれるかとルーファンが考えていた時、ベトイ船長が不意に肩を叩いた。
「雑用を何でもやってくれるそうだな…実はウチはいないんだよ、給仕担当が」
申し訳なさそうにベトイ船長は腹を擦っている。どうやら色々と気苦労の多い船旅になりそうだった。
――――アリフの街の外れ、拠点として使わせてもらっている宿屋の空き室では、図書館から借りた数冊の本をしきりにめくって何やら確認作業をするジョナサン、退屈そうに窓の外を眺めるフォルト、そしていびきを立てて昼寝をするガロステルがいた。
「私も船旅ついていけば良かったかな~…」
ここまで暇を持て余すと思わなかったフォルトが不満げにぼやいた。
「泳げないのに ?」
「…ふ、船酔いする人に言われたくないし」
「でも僕は泳げるぞ。それに、残ったのは他でもない調査のためだ」
フォルトを揶揄ってからジョナサンは本を閉じ、椅子から立ち上がって背伸びをする。タイミングよく目を覚ましたガロステルもベッドから体を起こした。
「一通り武器や兵器に関する資料は調べたが、やっぱりリミグロンの連中が使ってる武装については情報が一切ない。想定通りではあるけどね」
「それがどうかしたの ?」
「どんな物にも必ず起源が存在するんだ。人が素手から棍棒を持ち、そこから石を用いた武器を作り、やがて鉄を加工して刃を作るようになったという風に必ず元になった技術や文化が存在する。だが…彼らの技術というのは僕たちが持っている限りの知識で生み出された物じゃない気がする」
部屋を歩き回り、ジョナサンは手ぶりを交えながらひとまず整理できた情報について伝える。要するに分からない事が多すぎるという事なのだが、彼の顔は決して曇っておらず寧ろ分からないことだらけという点に対して興奮している様にも見えた。
「一体どんな奴が背後にいればあんな何段階も吹っ飛ばしたような進化をさせられるのやら…いずれにせよこの国にいる内通者を炙り出せば解き明かすのも時間の問題だ」
ジョナサンは意を決したように外套を羽織ってポケットを漁り出す。だがひとしきり弄ってから天を仰いで気付いた。手帳と万年筆を取材をさせるためにルーファンへ預けていたのだ。
「やらかした…まあいいか。まずは国務長官だ。間違いなく何か隠している筈だよ」
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