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3章:忘れられし犠牲
第77話 探り合い
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「やはりか」
「ああ、内通者がいる」
ルーファンに呼ばれて部屋に入った後、ジョナサンは彼にひとしきり情報を聞かされた。フォルト達は捕まっているリミグロン兵の周りに屯し、彼の怪我の具合を心配してる様だった。「アンタ達からアイツに何とか言ってやってくれ」と必死に懇願されるが、複雑そうな面持ちのフォルトは否定するように彼から目を逸らし、ガロステルは呆れ笑っている。
「覚悟もしてないヤツが戦場に来るもんじゃないぜ坊や」
ガロステルはへらへらとした態度でリミグロン兵の頭を軽く小突いた。
「で、でも俺は誰も殺してない ! 本当だ ! 一部の奴らが派手に暴れすぎただけで… !」
「だが宥める事は出来ただろう。散々同胞とやらを野放しにしてた癖に、都合が悪くなった途端見捨てるなんてのは感心しねえな」
「そ、それは…」
保身のためか必死に心象を良くしようと粘ってはいるが、ガロステルは蔑むように言い返す。利益は享受する癖に責任感と覚悟を背負おうとはしない。そんな人間を受け入れられる程、この場にいる者達は寛大ではなかった。
「生憎、お前の生き死にに関しては決定権がこちらには無いんでね」
そうしてガロステルから同情の言葉を投げかけられたリミグロン兵は再び怯え、ジョナサンと小声で話すルーファンの方を見る。こちらには目もくれないが、その傍らにいたサラザールと不意に目が合う。そのタイミングで彼女の腹が小さく鳴き、軽く擦りながら自分の方を見てきた事でリミグロン兵は身震いした。
「いずれにせよ国務長官とこれから話す」
今後の予定をルーファンはジョナサンに告げる。
「まさか問い詰める気か ?」
「いや。そもそも本当に彼に疑いをかけるべきなのかも定かじゃない。何より本当に彼が黒幕なら、手がかりになりかねない捕虜への尋問を許可なんかしないだろう…いずれにせよシロかクロか分からない以上はまだ追及すべきじゃない。今は防衛の事だけ考えるべきだ。再びリミグロンは攻めて来る、必ずな」
「その根拠は ?」
「襲撃にしては数が少なすぎる。恐らく戦力や街の様子を見るための偵察も兼ねていたんだろう。きっと次は戦力を整えて本気で攻めて来る。それに撤退して生き延びた兵士たちが情報をある程度渡してるに違いない。俺を狙ってくる可能性だってある。こちらとしては好都合だが」
ルーファンは珍しく慎重な姿勢を見せる。リミグロンと関わってる疑惑がある時点で怒りに任せたまま突撃するのではとジョナサンは危惧していたが、要らぬ心配だったことに安堵していた。だがその一方で全面的には賛同してないのか、ポリポリと頭を掻くだけで肯定的な返事をしようとはしない。
「リゴト砂漠の一件以降、あちこちでリミグロンによる襲撃や彼らとの衝突に関する報告が相次いでいるのは知ってるだろう ? 確かに彼らは間違いなく焦っている。だが見境なしに大規模な戦力をあちこちに回せるほど余力があるかどうか…」
むしろルーファンがいるからこそ避ける可能性がある。ジョナサンはそう考えていた。リミグロンの目的が<聖地>の破壊である以上、いかに最優先抹殺対象とは言ってもわざわざルーファンを相手にする必要は無いのだ。他国を先に片付け、その後で追い詰めていくという手段だって取れるのだから。
「この国は<聖地>の保有国だ。リミグロンの目的を考えるなら狙う価値は十分にある」
「そう、リガウェールは<聖地>を確かに保有している…が、そこに辿り着けるかどうかとは別問題だからな」
リガウェールを間違いなく狙うと警戒するルーファンとは対照的に、ジョナサンが彼の意見に懐疑的な態度を取っていた時だった。鉄の扉をノックする音が聞こえたかと思いきや、アトゥーイがゆっくりと扉を開けて入って来る。
「取り込み中の所を申し訳ありません。国務長官の秘書を名乗る者があなた方を呼んで欲しいと」
血まみれの捕虜に大して反応する事も無くアトゥーイは言った。
――――再びルプトの書斎に集められた一同だが、緊急事態故か少し緊張した面持ちだった。真剣な眼差しを向けるルーファンの前には、穏やかではあるが笑顔が無く深刻さを隠そうとはしていないルプトがいる。
「やはり、私以外の王族達は皆殺害されていた。死体で見つかったそうだ」
ルプトは首を横に振り、酷く残念がっていた。行政と統治を担う要人たちがまとめて消えたとあれば当然の態度ではあるが、彼に対して一切憐れむような態度を見せることなくルーファンは彼を見ている。口ではどう言おうとも、彼も決してルプトを疑っていないわけでは無かった。
「……騒動が収まり次第、弔うべきでしょう」
「言わずもがなだ。しかしリミグロンの動向が分からない今の状況では、迂闊に催しも出来ん。何より民を守らなければならない。残された以上、私にはそれをする責任がある」
少なくともこの状況ではルプトが指導者となって指揮を執るしかない。分かってはいたがやはり状況と機会に恵まれすぎている。だがそれを指摘するだけの確信はルーファンには無く、ただ気持ちを抑えて頷く他なかった。
「ええ。私も同じ意見です。時に国務長官、この国の<聖地>はどこにありますか ? リミグロンの狙いは<聖地>の破壊です。確実に狙われるでしょう」
「その点については心配する必要がないと私は考えていますよ。なぜなら…」
防衛に関するルーファンの疑問について、ルプトは安心しきった様子で答え出す。そして人差し指を出すと、ゆっくりと下の方を指さした。
「海…それも遥か海底の暗闇に隠されているのです」
ルプトが得意げに語ると、ジョナサンが言っていた事の意味をようやくルーファンは把握した。確かにそんな場所にあるのならば思う様には攻め込まれず、すぐに<聖地>が破壊される心配は無いだろう。だが本題はそこではない。
「もし…私がそこに行きたいと申し出れば向かう事は可能でしょうか ?」
そんなルーファンの言葉にルプトは目を丸くし、同時にルーファン達の後ろで壁際に寄り掛かっていたアトゥーイも少し驚いたように彼の方へ顔を向けた。
「ああ、内通者がいる」
ルーファンに呼ばれて部屋に入った後、ジョナサンは彼にひとしきり情報を聞かされた。フォルト達は捕まっているリミグロン兵の周りに屯し、彼の怪我の具合を心配してる様だった。「アンタ達からアイツに何とか言ってやってくれ」と必死に懇願されるが、複雑そうな面持ちのフォルトは否定するように彼から目を逸らし、ガロステルは呆れ笑っている。
「覚悟もしてないヤツが戦場に来るもんじゃないぜ坊や」
ガロステルはへらへらとした態度でリミグロン兵の頭を軽く小突いた。
「で、でも俺は誰も殺してない ! 本当だ ! 一部の奴らが派手に暴れすぎただけで… !」
「だが宥める事は出来ただろう。散々同胞とやらを野放しにしてた癖に、都合が悪くなった途端見捨てるなんてのは感心しねえな」
「そ、それは…」
保身のためか必死に心象を良くしようと粘ってはいるが、ガロステルは蔑むように言い返す。利益は享受する癖に責任感と覚悟を背負おうとはしない。そんな人間を受け入れられる程、この場にいる者達は寛大ではなかった。
「生憎、お前の生き死にに関しては決定権がこちらには無いんでね」
そうしてガロステルから同情の言葉を投げかけられたリミグロン兵は再び怯え、ジョナサンと小声で話すルーファンの方を見る。こちらには目もくれないが、その傍らにいたサラザールと不意に目が合う。そのタイミングで彼女の腹が小さく鳴き、軽く擦りながら自分の方を見てきた事でリミグロン兵は身震いした。
「いずれにせよ国務長官とこれから話す」
今後の予定をルーファンはジョナサンに告げる。
「まさか問い詰める気か ?」
「いや。そもそも本当に彼に疑いをかけるべきなのかも定かじゃない。何より本当に彼が黒幕なら、手がかりになりかねない捕虜への尋問を許可なんかしないだろう…いずれにせよシロかクロか分からない以上はまだ追及すべきじゃない。今は防衛の事だけ考えるべきだ。再びリミグロンは攻めて来る、必ずな」
「その根拠は ?」
「襲撃にしては数が少なすぎる。恐らく戦力や街の様子を見るための偵察も兼ねていたんだろう。きっと次は戦力を整えて本気で攻めて来る。それに撤退して生き延びた兵士たちが情報をある程度渡してるに違いない。俺を狙ってくる可能性だってある。こちらとしては好都合だが」
ルーファンは珍しく慎重な姿勢を見せる。リミグロンと関わってる疑惑がある時点で怒りに任せたまま突撃するのではとジョナサンは危惧していたが、要らぬ心配だったことに安堵していた。だがその一方で全面的には賛同してないのか、ポリポリと頭を掻くだけで肯定的な返事をしようとはしない。
「リゴト砂漠の一件以降、あちこちでリミグロンによる襲撃や彼らとの衝突に関する報告が相次いでいるのは知ってるだろう ? 確かに彼らは間違いなく焦っている。だが見境なしに大規模な戦力をあちこちに回せるほど余力があるかどうか…」
むしろルーファンがいるからこそ避ける可能性がある。ジョナサンはそう考えていた。リミグロンの目的が<聖地>の破壊である以上、いかに最優先抹殺対象とは言ってもわざわざルーファンを相手にする必要は無いのだ。他国を先に片付け、その後で追い詰めていくという手段だって取れるのだから。
「この国は<聖地>の保有国だ。リミグロンの目的を考えるなら狙う価値は十分にある」
「そう、リガウェールは<聖地>を確かに保有している…が、そこに辿り着けるかどうかとは別問題だからな」
リガウェールを間違いなく狙うと警戒するルーファンとは対照的に、ジョナサンが彼の意見に懐疑的な態度を取っていた時だった。鉄の扉をノックする音が聞こえたかと思いきや、アトゥーイがゆっくりと扉を開けて入って来る。
「取り込み中の所を申し訳ありません。国務長官の秘書を名乗る者があなた方を呼んで欲しいと」
血まみれの捕虜に大して反応する事も無くアトゥーイは言った。
――――再びルプトの書斎に集められた一同だが、緊急事態故か少し緊張した面持ちだった。真剣な眼差しを向けるルーファンの前には、穏やかではあるが笑顔が無く深刻さを隠そうとはしていないルプトがいる。
「やはり、私以外の王族達は皆殺害されていた。死体で見つかったそうだ」
ルプトは首を横に振り、酷く残念がっていた。行政と統治を担う要人たちがまとめて消えたとあれば当然の態度ではあるが、彼に対して一切憐れむような態度を見せることなくルーファンは彼を見ている。口ではどう言おうとも、彼も決してルプトを疑っていないわけでは無かった。
「……騒動が収まり次第、弔うべきでしょう」
「言わずもがなだ。しかしリミグロンの動向が分からない今の状況では、迂闊に催しも出来ん。何より民を守らなければならない。残された以上、私にはそれをする責任がある」
少なくともこの状況ではルプトが指導者となって指揮を執るしかない。分かってはいたがやはり状況と機会に恵まれすぎている。だがそれを指摘するだけの確信はルーファンには無く、ただ気持ちを抑えて頷く他なかった。
「ええ。私も同じ意見です。時に国務長官、この国の<聖地>はどこにありますか ? リミグロンの狙いは<聖地>の破壊です。確実に狙われるでしょう」
「その点については心配する必要がないと私は考えていますよ。なぜなら…」
防衛に関するルーファンの疑問について、ルプトは安心しきった様子で答え出す。そして人差し指を出すと、ゆっくりと下の方を指さした。
「海…それも遥か海底の暗闇に隠されているのです」
ルプトが得意げに語ると、ジョナサンが言っていた事の意味をようやくルーファンは把握した。確かにそんな場所にあるのならば思う様には攻め込まれず、すぐに<聖地>が破壊される心配は無いだろう。だが本題はそこではない。
「もし…私がそこに行きたいと申し出れば向かう事は可能でしょうか ?」
そんなルーファンの言葉にルプトは目を丸くし、同時にルーファン達の後ろで壁際に寄り掛かっていたアトゥーイも少し驚いたように彼の方へ顔を向けた。
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