77 / 174
3章:忘れられし犠牲
第76話 新情報
しおりを挟む
暗がりの中、聞こえてくるのは捕らえられている男の情けない呻吟と彼の周りをゆっくり歩くルーファンの靴音であった。リミグロン兵の装備は気を失っている間に全て取り上げられており、裸のまま椅子に縛り付けられている。そんな彼のアキレス腱には一筋の切り傷が入れられており、これでは椅子から抜け出せたとしても満足に移動は出来ないだろう。
痛みを紛らわせるために必死に呼吸をする口は、血にまみれている上に歯が抜けていた。そしてその抜かれた歯は辺りの床に散らばっている。椅子の肘掛に縛り付けられている手を見れば、ナイフを突き刺されたのであろう痕跡が手の甲に付いていた。
「不思議に思ってるか ?」
リミグロン兵の様子を一通り確認し終えたルーファンは言った。そして彼の正面に別の粗末な椅子を置き、そこに腰を掛けてから怯えた表情を浮かべて震えているリミグロン兵を見た。
「何の挨拶も無しにいきなりこんな仕打ちを受ける理由が分からないんだろう。だがそれでいい」
そしてルーファンは血で汚れた武器や手を少し服で拭う。完全には取れなかった汚れを不愉快そうに一瞥していた。
「自分自身で苦痛を味わわないと人は絶対に危機感を抱かない。危機感が無ければ思考もしなくなる。とにかく無責任になり、自分だけは何があっても大丈夫だろうと根拠もなく増長するようになる。だからまずは付け上がらない様に教える必要があるんだ。ここでの立場は俺が上、君が下だ。分かるな ?」
ルーファンは穏やかに言い聞かせる。その相手が先程まで自分がアキレス腱を切り、歯を引っこ抜き、手にナイフを突き刺してきた人物である事などすっかり忘れてしまったかのようであった。だからこそ怖かった。こちらへ危害を加える事に一切躊躇が無い事を意味してるのだから。つまり逆らってはマズい。
「…はい……」
辛うじて声を絞り出し、リミグロン兵はそう言って自身を延命する他無かった。
「幾つか質問に答えてもらう。いいな ?」
「え、ええ…」
「まずはリミグロンの実態について教えてくれ。規模、行動範囲、資金や物資の出所、指導者…分かる範囲でいい」
「……えっと、それは…いや…」
初手の質問から言い淀んでしまった。そしてそんな彼の姿をルーファンが見逃してくれる筈も無い。間もなく立ち上がってから近づき、椅子ごと倒す勢い顔面を殴った。血を吐いて咳き込むリミグロン兵にサラザールが近づき、彼が縛り付けられている椅子を再び元の位置に戻す。ルーファンも再び座り直した。
「一発で足りないならそうやって口をつぐんでればいい」
「ま、待ってくれ… ! 本当に知らないんだ ! 俺はただ装備を貰っただけで…いや、リミグロンの大半はそんな奴らばかりなんだよ ! 武器使って土地を荒らすだけで金や飯を貰えるって言うから…誰が何のためにやってるのかなんて見当すらつかない !」
「装備は誰から貰ってるんだ ?」
「各地に支部や拠点があるんだよ。そこに運ばれてくるんだ。それこそ、噂で聞く限りじゃアンタがあちこちで潰し回ってたらしいじゃないか…そういう場所を仕切ってる連中すら、物資をくれる奴らの事については教えてくれなかった。今にしてみれば知らなかったのかもしれないが…」
やはり期待外れである。このような尋問の仕方をするのはルーファンにしてみれば今に始まった事ではないが、下っ端程度が相手ではいつもこの様な回答ばかりが返ってくるのだ。少なくともはっきり分かるのはリミグロンを取り仕切っている者達は想像以上に賢く、姑息であるという事だけである。都合が悪い事態が起きればこうして現場の者達を犠牲にしてしまえばいいと思ってるのだろう。そんな連中にほいほい付いていく馬鹿が悪いと言えばそれまでだが。
「この街には誰の命令で来た ?」
「この国にいる内通者からの情報だよ…リガウェール王国軍の大部分が遠征に行ってるらしいから、がら空きになっている隙をついて暗殺を決行する事が決まったんだ」
「独裁体制の国家は指導者を殺すだけで混乱が起きるからな。だが俺がいた点に関しては想定外だったという事か ?」
「た、たぶんな…」
リミグロン兵との質疑応答に区切りをつけ、ルーファンは少しだけ考え込む。想定外とは言うが果たして本当だろうか。リゴト砂漠での戦闘の際、リミグロンが自分の事を最優先抹殺対象と呼んでいたのを思い出す。下っ端に責任を押し付けて逃げるような卑怯者が、自分達が何よりも殺したがっている男の所在を掴めない程無能なものだろうか。ましてや暗殺を決行をしようとしている地にいるなど大問題だろうに。どうも引っかかる点が多い。
「サラザール、その死体を」
いずれにせよ後で考えればいいと割り切り、次の質問に移る前にルーファンが頼む。彼女は面倒くさそうに緑鎧の兵士の死体を引きずり、やがてリミグロン兵の前に放った。
「聞かせて欲しい。こいつに見覚えは ?」
正直あまりに収穫が無さすぎるせいでルーファンは返答に期待していなかった。見た事ないだのアンタにそっくりだなどといった適当な反応を見せられるだけで終わるのだろう。そう思っていた時だった。
「……こいつだ」
明らかにそれまでとは違うはっきりとした断定的な回答が漏れ聞こえた。リミグロン兵の顔を見ると驚愕した顔で死体とルーファンの顔を交互に見ている。
「”こいつ”というのは ?」
ルーファンもたまらず聞き返す。
「俺達のボスが装備や物資を引き渡してもらう時、こいつと同じ鎧を付けている奴らと話しているのを見たんだ ! 確か連中、”エジカース”とか呼ばれてた…気がする…」
「…エジカースとはどうやって会っているんだ ?」
「そこも分からない…光の壁みたいなものが出てきたと思ったら、いつもいきなり現れるんだ。素性も何も知らない。素顔だって今初めて見た…」
リミグロン兵はおどおどとしながらも、ようやくルーファンの態度が少し軟化した事に希望を見出したらしい。一方でルーファンも新しい手掛かりへの糸口が見えてきたと思ったのか、少しだけ前のめりになって聞いていた。
痛みを紛らわせるために必死に呼吸をする口は、血にまみれている上に歯が抜けていた。そしてその抜かれた歯は辺りの床に散らばっている。椅子の肘掛に縛り付けられている手を見れば、ナイフを突き刺されたのであろう痕跡が手の甲に付いていた。
「不思議に思ってるか ?」
リミグロン兵の様子を一通り確認し終えたルーファンは言った。そして彼の正面に別の粗末な椅子を置き、そこに腰を掛けてから怯えた表情を浮かべて震えているリミグロン兵を見た。
「何の挨拶も無しにいきなりこんな仕打ちを受ける理由が分からないんだろう。だがそれでいい」
そしてルーファンは血で汚れた武器や手を少し服で拭う。完全には取れなかった汚れを不愉快そうに一瞥していた。
「自分自身で苦痛を味わわないと人は絶対に危機感を抱かない。危機感が無ければ思考もしなくなる。とにかく無責任になり、自分だけは何があっても大丈夫だろうと根拠もなく増長するようになる。だからまずは付け上がらない様に教える必要があるんだ。ここでの立場は俺が上、君が下だ。分かるな ?」
ルーファンは穏やかに言い聞かせる。その相手が先程まで自分がアキレス腱を切り、歯を引っこ抜き、手にナイフを突き刺してきた人物である事などすっかり忘れてしまったかのようであった。だからこそ怖かった。こちらへ危害を加える事に一切躊躇が無い事を意味してるのだから。つまり逆らってはマズい。
「…はい……」
辛うじて声を絞り出し、リミグロン兵はそう言って自身を延命する他無かった。
「幾つか質問に答えてもらう。いいな ?」
「え、ええ…」
「まずはリミグロンの実態について教えてくれ。規模、行動範囲、資金や物資の出所、指導者…分かる範囲でいい」
「……えっと、それは…いや…」
初手の質問から言い淀んでしまった。そしてそんな彼の姿をルーファンが見逃してくれる筈も無い。間もなく立ち上がってから近づき、椅子ごと倒す勢い顔面を殴った。血を吐いて咳き込むリミグロン兵にサラザールが近づき、彼が縛り付けられている椅子を再び元の位置に戻す。ルーファンも再び座り直した。
「一発で足りないならそうやって口をつぐんでればいい」
「ま、待ってくれ… ! 本当に知らないんだ ! 俺はただ装備を貰っただけで…いや、リミグロンの大半はそんな奴らばかりなんだよ ! 武器使って土地を荒らすだけで金や飯を貰えるって言うから…誰が何のためにやってるのかなんて見当すらつかない !」
「装備は誰から貰ってるんだ ?」
「各地に支部や拠点があるんだよ。そこに運ばれてくるんだ。それこそ、噂で聞く限りじゃアンタがあちこちで潰し回ってたらしいじゃないか…そういう場所を仕切ってる連中すら、物資をくれる奴らの事については教えてくれなかった。今にしてみれば知らなかったのかもしれないが…」
やはり期待外れである。このような尋問の仕方をするのはルーファンにしてみれば今に始まった事ではないが、下っ端程度が相手ではいつもこの様な回答ばかりが返ってくるのだ。少なくともはっきり分かるのはリミグロンを取り仕切っている者達は想像以上に賢く、姑息であるという事だけである。都合が悪い事態が起きればこうして現場の者達を犠牲にしてしまえばいいと思ってるのだろう。そんな連中にほいほい付いていく馬鹿が悪いと言えばそれまでだが。
「この街には誰の命令で来た ?」
「この国にいる内通者からの情報だよ…リガウェール王国軍の大部分が遠征に行ってるらしいから、がら空きになっている隙をついて暗殺を決行する事が決まったんだ」
「独裁体制の国家は指導者を殺すだけで混乱が起きるからな。だが俺がいた点に関しては想定外だったという事か ?」
「た、たぶんな…」
リミグロン兵との質疑応答に区切りをつけ、ルーファンは少しだけ考え込む。想定外とは言うが果たして本当だろうか。リゴト砂漠での戦闘の際、リミグロンが自分の事を最優先抹殺対象と呼んでいたのを思い出す。下っ端に責任を押し付けて逃げるような卑怯者が、自分達が何よりも殺したがっている男の所在を掴めない程無能なものだろうか。ましてや暗殺を決行をしようとしている地にいるなど大問題だろうに。どうも引っかかる点が多い。
「サラザール、その死体を」
いずれにせよ後で考えればいいと割り切り、次の質問に移る前にルーファンが頼む。彼女は面倒くさそうに緑鎧の兵士の死体を引きずり、やがてリミグロン兵の前に放った。
「聞かせて欲しい。こいつに見覚えは ?」
正直あまりに収穫が無さすぎるせいでルーファンは返答に期待していなかった。見た事ないだのアンタにそっくりだなどといった適当な反応を見せられるだけで終わるのだろう。そう思っていた時だった。
「……こいつだ」
明らかにそれまでとは違うはっきりとした断定的な回答が漏れ聞こえた。リミグロン兵の顔を見ると驚愕した顔で死体とルーファンの顔を交互に見ている。
「”こいつ”というのは ?」
ルーファンもたまらず聞き返す。
「俺達のボスが装備や物資を引き渡してもらう時、こいつと同じ鎧を付けている奴らと話しているのを見たんだ ! 確か連中、”エジカース”とか呼ばれてた…気がする…」
「…エジカースとはどうやって会っているんだ ?」
「そこも分からない…光の壁みたいなものが出てきたと思ったら、いつもいきなり現れるんだ。素性も何も知らない。素顔だって今初めて見た…」
リミグロン兵はおどおどとしながらも、ようやくルーファンの態度が少し軟化した事に希望を見出したらしい。一方でルーファンも新しい手掛かりへの糸口が見えてきたと思ったのか、少しだけ前のめりになって聞いていた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。


友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。

30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる