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3章:忘れられし犠牲
第76話 新情報
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暗がりの中、聞こえてくるのは捕らえられている男の情けない呻吟と彼の周りをゆっくり歩くルーファンの靴音であった。リミグロン兵の装備は気を失っている間に全て取り上げられており、裸のまま椅子に縛り付けられている。そんな彼のアキレス腱には一筋の切り傷が入れられており、これでは椅子から抜け出せたとしても満足に移動は出来ないだろう。
痛みを紛らわせるために必死に呼吸をする口は、血にまみれている上に歯が抜けていた。そしてその抜かれた歯は辺りの床に散らばっている。椅子の肘掛に縛り付けられている手を見れば、ナイフを突き刺されたのであろう痕跡が手の甲に付いていた。
「不思議に思ってるか ?」
リミグロン兵の様子を一通り確認し終えたルーファンは言った。そして彼の正面に別の粗末な椅子を置き、そこに腰を掛けてから怯えた表情を浮かべて震えているリミグロン兵を見た。
「何の挨拶も無しにいきなりこんな仕打ちを受ける理由が分からないんだろう。だがそれでいい」
そしてルーファンは血で汚れた武器や手を少し服で拭う。完全には取れなかった汚れを不愉快そうに一瞥していた。
「自分自身で苦痛を味わわないと人は絶対に危機感を抱かない。危機感が無ければ思考もしなくなる。とにかく無責任になり、自分だけは何があっても大丈夫だろうと根拠もなく増長するようになる。だからまずは付け上がらない様に教える必要があるんだ。ここでの立場は俺が上、君が下だ。分かるな ?」
ルーファンは穏やかに言い聞かせる。その相手が先程まで自分がアキレス腱を切り、歯を引っこ抜き、手にナイフを突き刺してきた人物である事などすっかり忘れてしまったかのようであった。だからこそ怖かった。こちらへ危害を加える事に一切躊躇が無い事を意味してるのだから。つまり逆らってはマズい。
「…はい……」
辛うじて声を絞り出し、リミグロン兵はそう言って自身を延命する他無かった。
「幾つか質問に答えてもらう。いいな ?」
「え、ええ…」
「まずはリミグロンの実態について教えてくれ。規模、行動範囲、資金や物資の出所、指導者…分かる範囲でいい」
「……えっと、それは…いや…」
初手の質問から言い淀んでしまった。そしてそんな彼の姿をルーファンが見逃してくれる筈も無い。間もなく立ち上がってから近づき、椅子ごと倒す勢い顔面を殴った。血を吐いて咳き込むリミグロン兵にサラザールが近づき、彼が縛り付けられている椅子を再び元の位置に戻す。ルーファンも再び座り直した。
「一発で足りないならそうやって口をつぐんでればいい」
「ま、待ってくれ… ! 本当に知らないんだ ! 俺はただ装備を貰っただけで…いや、リミグロンの大半はそんな奴らばかりなんだよ ! 武器使って土地を荒らすだけで金や飯を貰えるって言うから…誰が何のためにやってるのかなんて見当すらつかない !」
「装備は誰から貰ってるんだ ?」
「各地に支部や拠点があるんだよ。そこに運ばれてくるんだ。それこそ、噂で聞く限りじゃアンタがあちこちで潰し回ってたらしいじゃないか…そういう場所を仕切ってる連中すら、物資をくれる奴らの事については教えてくれなかった。今にしてみれば知らなかったのかもしれないが…」
やはり期待外れである。このような尋問の仕方をするのはルーファンにしてみれば今に始まった事ではないが、下っ端程度が相手ではいつもこの様な回答ばかりが返ってくるのだ。少なくともはっきり分かるのはリミグロンを取り仕切っている者達は想像以上に賢く、姑息であるという事だけである。都合が悪い事態が起きればこうして現場の者達を犠牲にしてしまえばいいと思ってるのだろう。そんな連中にほいほい付いていく馬鹿が悪いと言えばそれまでだが。
「この街には誰の命令で来た ?」
「この国にいる内通者からの情報だよ…リガウェール王国軍の大部分が遠征に行ってるらしいから、がら空きになっている隙をついて暗殺を決行する事が決まったんだ」
「独裁体制の国家は指導者を殺すだけで混乱が起きるからな。だが俺がいた点に関しては想定外だったという事か ?」
「た、たぶんな…」
リミグロン兵との質疑応答に区切りをつけ、ルーファンは少しだけ考え込む。想定外とは言うが果たして本当だろうか。リゴト砂漠での戦闘の際、リミグロンが自分の事を最優先抹殺対象と呼んでいたのを思い出す。下っ端に責任を押し付けて逃げるような卑怯者が、自分達が何よりも殺したがっている男の所在を掴めない程無能なものだろうか。ましてや暗殺を決行をしようとしている地にいるなど大問題だろうに。どうも引っかかる点が多い。
「サラザール、その死体を」
いずれにせよ後で考えればいいと割り切り、次の質問に移る前にルーファンが頼む。彼女は面倒くさそうに緑鎧の兵士の死体を引きずり、やがてリミグロン兵の前に放った。
「聞かせて欲しい。こいつに見覚えは ?」
正直あまりに収穫が無さすぎるせいでルーファンは返答に期待していなかった。見た事ないだのアンタにそっくりだなどといった適当な反応を見せられるだけで終わるのだろう。そう思っていた時だった。
「……こいつだ」
明らかにそれまでとは違うはっきりとした断定的な回答が漏れ聞こえた。リミグロン兵の顔を見ると驚愕した顔で死体とルーファンの顔を交互に見ている。
「”こいつ”というのは ?」
ルーファンもたまらず聞き返す。
「俺達のボスが装備や物資を引き渡してもらう時、こいつと同じ鎧を付けている奴らと話しているのを見たんだ ! 確か連中、”エジカース”とか呼ばれてた…気がする…」
「…エジカースとはどうやって会っているんだ ?」
「そこも分からない…光の壁みたいなものが出てきたと思ったら、いつもいきなり現れるんだ。素性も何も知らない。素顔だって今初めて見た…」
リミグロン兵はおどおどとしながらも、ようやくルーファンの態度が少し軟化した事に希望を見出したらしい。一方でルーファンも新しい手掛かりへの糸口が見えてきたと思ったのか、少しだけ前のめりになって聞いていた。
痛みを紛らわせるために必死に呼吸をする口は、血にまみれている上に歯が抜けていた。そしてその抜かれた歯は辺りの床に散らばっている。椅子の肘掛に縛り付けられている手を見れば、ナイフを突き刺されたのであろう痕跡が手の甲に付いていた。
「不思議に思ってるか ?」
リミグロン兵の様子を一通り確認し終えたルーファンは言った。そして彼の正面に別の粗末な椅子を置き、そこに腰を掛けてから怯えた表情を浮かべて震えているリミグロン兵を見た。
「何の挨拶も無しにいきなりこんな仕打ちを受ける理由が分からないんだろう。だがそれでいい」
そしてルーファンは血で汚れた武器や手を少し服で拭う。完全には取れなかった汚れを不愉快そうに一瞥していた。
「自分自身で苦痛を味わわないと人は絶対に危機感を抱かない。危機感が無ければ思考もしなくなる。とにかく無責任になり、自分だけは何があっても大丈夫だろうと根拠もなく増長するようになる。だからまずは付け上がらない様に教える必要があるんだ。ここでの立場は俺が上、君が下だ。分かるな ?」
ルーファンは穏やかに言い聞かせる。その相手が先程まで自分がアキレス腱を切り、歯を引っこ抜き、手にナイフを突き刺してきた人物である事などすっかり忘れてしまったかのようであった。だからこそ怖かった。こちらへ危害を加える事に一切躊躇が無い事を意味してるのだから。つまり逆らってはマズい。
「…はい……」
辛うじて声を絞り出し、リミグロン兵はそう言って自身を延命する他無かった。
「幾つか質問に答えてもらう。いいな ?」
「え、ええ…」
「まずはリミグロンの実態について教えてくれ。規模、行動範囲、資金や物資の出所、指導者…分かる範囲でいい」
「……えっと、それは…いや…」
初手の質問から言い淀んでしまった。そしてそんな彼の姿をルーファンが見逃してくれる筈も無い。間もなく立ち上がってから近づき、椅子ごと倒す勢い顔面を殴った。血を吐いて咳き込むリミグロン兵にサラザールが近づき、彼が縛り付けられている椅子を再び元の位置に戻す。ルーファンも再び座り直した。
「一発で足りないならそうやって口をつぐんでればいい」
「ま、待ってくれ… ! 本当に知らないんだ ! 俺はただ装備を貰っただけで…いや、リミグロンの大半はそんな奴らばかりなんだよ ! 武器使って土地を荒らすだけで金や飯を貰えるって言うから…誰が何のためにやってるのかなんて見当すらつかない !」
「装備は誰から貰ってるんだ ?」
「各地に支部や拠点があるんだよ。そこに運ばれてくるんだ。それこそ、噂で聞く限りじゃアンタがあちこちで潰し回ってたらしいじゃないか…そういう場所を仕切ってる連中すら、物資をくれる奴らの事については教えてくれなかった。今にしてみれば知らなかったのかもしれないが…」
やはり期待外れである。このような尋問の仕方をするのはルーファンにしてみれば今に始まった事ではないが、下っ端程度が相手ではいつもこの様な回答ばかりが返ってくるのだ。少なくともはっきり分かるのはリミグロンを取り仕切っている者達は想像以上に賢く、姑息であるという事だけである。都合が悪い事態が起きればこうして現場の者達を犠牲にしてしまえばいいと思ってるのだろう。そんな連中にほいほい付いていく馬鹿が悪いと言えばそれまでだが。
「この街には誰の命令で来た ?」
「この国にいる内通者からの情報だよ…リガウェール王国軍の大部分が遠征に行ってるらしいから、がら空きになっている隙をついて暗殺を決行する事が決まったんだ」
「独裁体制の国家は指導者を殺すだけで混乱が起きるからな。だが俺がいた点に関しては想定外だったという事か ?」
「た、たぶんな…」
リミグロン兵との質疑応答に区切りをつけ、ルーファンは少しだけ考え込む。想定外とは言うが果たして本当だろうか。リゴト砂漠での戦闘の際、リミグロンが自分の事を最優先抹殺対象と呼んでいたのを思い出す。下っ端に責任を押し付けて逃げるような卑怯者が、自分達が何よりも殺したがっている男の所在を掴めない程無能なものだろうか。ましてや暗殺を決行をしようとしている地にいるなど大問題だろうに。どうも引っかかる点が多い。
「サラザール、その死体を」
いずれにせよ後で考えればいいと割り切り、次の質問に移る前にルーファンが頼む。彼女は面倒くさそうに緑鎧の兵士の死体を引きずり、やがてリミグロン兵の前に放った。
「聞かせて欲しい。こいつに見覚えは ?」
正直あまりに収穫が無さすぎるせいでルーファンは返答に期待していなかった。見た事ないだのアンタにそっくりだなどといった適当な反応を見せられるだけで終わるのだろう。そう思っていた時だった。
「……こいつだ」
明らかにそれまでとは違うはっきりとした断定的な回答が漏れ聞こえた。リミグロン兵の顔を見ると驚愕した顔で死体とルーファンの顔を交互に見ている。
「”こいつ”というのは ?」
ルーファンもたまらず聞き返す。
「俺達のボスが装備や物資を引き渡してもらう時、こいつと同じ鎧を付けている奴らと話しているのを見たんだ ! 確か連中、”エジカース”とか呼ばれてた…気がする…」
「…エジカースとはどうやって会っているんだ ?」
「そこも分からない…光の壁みたいなものが出てきたと思ったら、いつもいきなり現れるんだ。素性も何も知らない。素顔だって今初めて見た…」
リミグロン兵はおどおどとしながらも、ようやくルーファンの態度が少し軟化した事に希望を見出したらしい。一方でルーファンも新しい手掛かりへの糸口が見えてきたと思ったのか、少しだけ前のめりになって聞いていた。
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