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3章:忘れられし犠牲
第75話 避けたい疑惑
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襲撃が止み、ひとまず落ち着いた図書館の内部では右往左往する人々を隅から眺めるアトゥーイの姿があった。人と慣れ合うわけでもないが、孤立をする程周りを拒絶したいわけでもない。何とも言い難い複雑な心持のまま今後の動きをどうするか決めあぐねていた。
「もしかして今暇って感じか ?」
声が右から聞こえる。ゆっくり声のする方へ首を向けると、小さく手を上げて呼んでいるガロステルと遠慮がちに会釈をするフォルトがいた。どうも表情が明るくない。
「またお会いしましたね。一緒にいたあの剣士殿はどちらに ?」
「ちょっと別件でな…たぶんすぐ終わるが」
ルーファンがいない事をアトゥーイは不思議に思うが、ガロステルの茶を濁した回答と先程引きずっていたリミグロンの捕虜の事を思い出した。戦に負けた者の末路などたかが知れているとはいえ、つい気の毒に思ってしまう。
「えっと…自己紹介まだでしたよね ? フォ、フォルトです。フォルト・ラゲードン」
フォルトが話を切り出し、ゆっくりと手を伸ばして握手を求めた。自分やルーファンとも違う異形の種を前に緊張と不安を隠せないらしく、少しだけ動きがぎこちない。人によっては辛辣な物言いをされるよりも傷つくのではないだろうか。
「申し訳ない。性分と体質故に握手は出来ないのですが、気持ちは受け取っておきましょう…私の事はアトゥーイとでもお呼びください」
「う~む。まあ、事情があるんならあまりとやかく言わないが…手を握る事が出来ないってのはどういう事だ ? 」
「決して邪な考えあっての行動ではない事をどうかご理解いただきたい。それに、私などと関わっていれば困るのはあなた方でしょう」
そっけなさすぎる態度を疑問に思ったガロステルに対して釈明をするアトゥーイだが、そんな彼の言葉を証明するかの如く周囲の人々が意図的に避けている事にフォルトは気付いた。その不気味な見た目に言及する者もいれば、「よくもまあのこのこと…」などといった具合に何か因縁を感じさせる言葉を小さく吐いている者もいる。彼に何があったのだろうか。
「釘を刺すようで悪いのですが、こちらについての詮索はしなくて結構です。慣れてますので」
そんなフォルト達の抱いた疑問もお見通しなのか、冷たい声でアトゥーイは問題なさそうに彼らへ伝える。丁度その時、ジョナサンも林檎を齧りながら一同の下へとやって来た。
「ルーファンとサラザール以外はみんないるって感じだな。あ、こいつは初めまして。ジョナサンです…と、握手はいらないか ? …了解」
仲間の安否を確認した後にアトゥーイへお辞儀をする彼だったが、ディマス族には会ったことが無いという割には特にこれといったリアクションも無い。敵意が無い以上は対等に接するべきだろうという彼なりの配慮である。しかし握手に関して拒否をされると少し落ち込んでいた。
「こっちが汗水たらして働いている間、ずっと図書館に籠ってたのか ?」
「失礼な。自分に出来る仕事は一応してたよ。ちょっと場所を変えたいんだけどいいかな ? 他人に聞かれて騒ぎを起こされても面倒だ」
苦言を呈されてもジョナサンは悪びれず、自分が現段階で手にした情報を渡したくてうずうずしている様だった。とにかく人目に付かない場所へ行きたいという彼の申し出に、ひとまずルーファンの所へ連れて行くべきだとフォルト達は判断する。そしてアトゥーイと別れてから気が乗らないものの図書館の倉庫と、そこにある地下室への入り口に向かった。鉄の扉の向こうからくぐもった悲鳴が聞こえ続けている。
「あ~…まだ入らない方が良さそうだ」
中で何が行われているのか何となく分かったジョナサンは少し扉から距離を置く。そして倉庫をくまなく見回して、人気が無い事を確認してからフォルト達を自分の周りに集めた。
「誰もいなさそうだから話すが…今回のリミグロンの襲撃に関してはどうもきな臭いんだよな。リゴト砂漠の件とかなり似てる気がする」
「裏切り者がいるって事 ?」
林檎を咀嚼しつつ簡潔にジョナサンは自分の推測を伝えた。自分の故郷の事例と類似しているという点から、フォルトもすぐに彼が言わんとしている事を口にする。話が早くて助かると思ったのか、ジョナサンは頷きつつ食べかけの林檎を適当な棚の上に置いてから手帳を取り出して改めて情報の精査を始める。
「かもね。だが問題は仮に裏切り者がいたとして、どこまでが想定の範囲内だったかだ」
「どういう事 ?」
「この図書館に蓄えられていた物資の状況や、軍の動きからしてリミグロンが襲撃をしてくる事は予測されていた可能性があるんだよ。だがここで気がかりなのが撤退してしまったって点だ。リミグロン側はリゴト砂漠の時と違って制圧が出来てない。つまり考えられる可能性は二つ。”ルーファンや君たちがこの街にいた事は想定外で、目論見は失敗に終わった”という線……そしてもう一つは、”君たちがこの場に居合わせる事も予測したうえで潰し合わせる気だった”のどちらかだ」
手帳を閉じてからフォルト達に今の時点で考えられる可能性をジョナサンは話すが、その表情は決して明るいものではない。
「特に後者の場合なら犯人候補もかなり絞られてくる。一番怪しいのはこの事件において一番得した人物だろうな」
「それってまさか…」
「ああ。国務長官だ」
「もしかして今暇って感じか ?」
声が右から聞こえる。ゆっくり声のする方へ首を向けると、小さく手を上げて呼んでいるガロステルと遠慮がちに会釈をするフォルトがいた。どうも表情が明るくない。
「またお会いしましたね。一緒にいたあの剣士殿はどちらに ?」
「ちょっと別件でな…たぶんすぐ終わるが」
ルーファンがいない事をアトゥーイは不思議に思うが、ガロステルの茶を濁した回答と先程引きずっていたリミグロンの捕虜の事を思い出した。戦に負けた者の末路などたかが知れているとはいえ、つい気の毒に思ってしまう。
「えっと…自己紹介まだでしたよね ? フォ、フォルトです。フォルト・ラゲードン」
フォルトが話を切り出し、ゆっくりと手を伸ばして握手を求めた。自分やルーファンとも違う異形の種を前に緊張と不安を隠せないらしく、少しだけ動きがぎこちない。人によっては辛辣な物言いをされるよりも傷つくのではないだろうか。
「申し訳ない。性分と体質故に握手は出来ないのですが、気持ちは受け取っておきましょう…私の事はアトゥーイとでもお呼びください」
「う~む。まあ、事情があるんならあまりとやかく言わないが…手を握る事が出来ないってのはどういう事だ ? 」
「決して邪な考えあっての行動ではない事をどうかご理解いただきたい。それに、私などと関わっていれば困るのはあなた方でしょう」
そっけなさすぎる態度を疑問に思ったガロステルに対して釈明をするアトゥーイだが、そんな彼の言葉を証明するかの如く周囲の人々が意図的に避けている事にフォルトは気付いた。その不気味な見た目に言及する者もいれば、「よくもまあのこのこと…」などといった具合に何か因縁を感じさせる言葉を小さく吐いている者もいる。彼に何があったのだろうか。
「釘を刺すようで悪いのですが、こちらについての詮索はしなくて結構です。慣れてますので」
そんなフォルト達の抱いた疑問もお見通しなのか、冷たい声でアトゥーイは問題なさそうに彼らへ伝える。丁度その時、ジョナサンも林檎を齧りながら一同の下へとやって来た。
「ルーファンとサラザール以外はみんないるって感じだな。あ、こいつは初めまして。ジョナサンです…と、握手はいらないか ? …了解」
仲間の安否を確認した後にアトゥーイへお辞儀をする彼だったが、ディマス族には会ったことが無いという割には特にこれといったリアクションも無い。敵意が無い以上は対等に接するべきだろうという彼なりの配慮である。しかし握手に関して拒否をされると少し落ち込んでいた。
「こっちが汗水たらして働いている間、ずっと図書館に籠ってたのか ?」
「失礼な。自分に出来る仕事は一応してたよ。ちょっと場所を変えたいんだけどいいかな ? 他人に聞かれて騒ぎを起こされても面倒だ」
苦言を呈されてもジョナサンは悪びれず、自分が現段階で手にした情報を渡したくてうずうずしている様だった。とにかく人目に付かない場所へ行きたいという彼の申し出に、ひとまずルーファンの所へ連れて行くべきだとフォルト達は判断する。そしてアトゥーイと別れてから気が乗らないものの図書館の倉庫と、そこにある地下室への入り口に向かった。鉄の扉の向こうからくぐもった悲鳴が聞こえ続けている。
「あ~…まだ入らない方が良さそうだ」
中で何が行われているのか何となく分かったジョナサンは少し扉から距離を置く。そして倉庫をくまなく見回して、人気が無い事を確認してからフォルト達を自分の周りに集めた。
「誰もいなさそうだから話すが…今回のリミグロンの襲撃に関してはどうもきな臭いんだよな。リゴト砂漠の件とかなり似てる気がする」
「裏切り者がいるって事 ?」
林檎を咀嚼しつつ簡潔にジョナサンは自分の推測を伝えた。自分の故郷の事例と類似しているという点から、フォルトもすぐに彼が言わんとしている事を口にする。話が早くて助かると思ったのか、ジョナサンは頷きつつ食べかけの林檎を適当な棚の上に置いてから手帳を取り出して改めて情報の精査を始める。
「かもね。だが問題は仮に裏切り者がいたとして、どこまでが想定の範囲内だったかだ」
「どういう事 ?」
「この図書館に蓄えられていた物資の状況や、軍の動きからしてリミグロンが襲撃をしてくる事は予測されていた可能性があるんだよ。だがここで気がかりなのが撤退してしまったって点だ。リミグロン側はリゴト砂漠の時と違って制圧が出来てない。つまり考えられる可能性は二つ。”ルーファンや君たちがこの街にいた事は想定外で、目論見は失敗に終わった”という線……そしてもう一つは、”君たちがこの場に居合わせる事も予測したうえで潰し合わせる気だった”のどちらかだ」
手帳を閉じてからフォルト達に今の時点で考えられる可能性をジョナサンは話すが、その表情は決して明るいものではない。
「特に後者の場合なら犯人候補もかなり絞られてくる。一番怪しいのはこの事件において一番得した人物だろうな」
「それってまさか…」
「ああ。国務長官だ」
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