怨嗟の誓約

シノヤン

文字の大きさ
上 下
69 / 174
3章:忘れられし犠牲

第68話 内乱

しおりを挟む
 リミグロン兵による暴動が発生するより十分程前、ホーレン家の邸宅ではジモエ・ホーレンがせわしなく動いて掃除や食事の準備を行う召使…もとい奴隷を見てほくそ笑んでいた。

 赤い絨毯を敷き詰められた書斎から車椅子で食堂に運ばれる彼女と会う際には、必ず廊下の端に立ってお辞儀をしなければならない。それらを行う奴隷たちは、皆がみすぼらしい服を着せられた色白な美青年と美少女ばかりであった。自分にはない美貌を持つ者がへりくだり、そして屈辱的な姿をさせられている。そんな姿には愉快さがあり、それを見る事が彼女はたまらなく好きだった。

 そして護衛に車椅子を押されて食堂へ向かった彼女だが、そこにはいつも用意されている筈の食事は無い。とても一人では食べきる事の出来ない果物、菓子、肉、魚…おおよそ庶民が思いつくであろう品々を腹に入るだけ入れて後は奴隷の見てる目の前でゴミとして捨てる。彼らに惨めさと屈辱を植え付ける行いをするための物品が、皿一枚分はおろか欠片すら用意されていない。

「どういう事なのか説明をして頂戴」

 ジモエは青筋を立てて護衛を問い詰めるが、彼から帰って来たのは沈黙。そして今にも死にそうな薄汚い害虫を見つめるかのような蔑みに満ちた視線だった。間もなく護衛は車椅子から離れ、ジモエの呼びかけに応じる事なく食堂を出て行く。

 静寂に包まれたジモエは、なぜ自分がこんな場所に放置されたのか分かっておらず、こんな恨まれるような事をした記憶は無いぞと己の無知さと傲慢さを一切自覚する事なく悶え、震えだす。だがすぐに彼女は理解させられた。これから自分に何が起こるのかを。

 テーブルの向かい側に人がいたのだ。はっきりではないが、朧げに人型になっているそれはガラス細工のように透き通っており、やがて小さな稲妻と共に姿を現した。緑色の鎧のリミグロン兵、そしてその片手には魔法によって熱せられたサーベルを握っている。

「あ…あ…待って――」

 テーブルを乗り越えて自分の近くへと寄って来たそのリミグロン兵に対し、芋虫のように無様に藻掻いて命乞いをするが遅かった。何一つ喋らず、掛け声を出す事も無くその兵士は彼女を切り伏せる。目を見開き、口を間抜けに開けたまま絶命したジモエを暫く眺めていたが、やがて廊下の方から響いた物音に反応した首を向けた。奴隷たちが襲われているらしい。やがて先程ジモエを置いて行った護衛の兵士が、出血をしている首筋を抑えながら姿を現す。

「クソッ…どういう事だ⁉俺は見逃してくれると言っただろう⁉」
「”我々は”手を出さない。約束をしたのはそれだけだ…門よ開けゲフォレ・オペル

 護衛の兵士は緑色のリミグロン兵に怒鳴るが、彼は機械的な声で反論をしてきた。そこからリミグロン兵は魔法を使い、自身の背後に現れた光の壁の中へと入っていく。その後を護衛も追おうとするが光の壁はすぐに消失してしまった。間もなくジモエの護衛は直後に胸部を光の弾によって貫かれ、力なくその場に崩れ落ちる。

「ん ? …おいどういう事だ⁉」

 ちょこまかと逃げ回っていた護衛を背後から撃ち殺したのはリミグロン兵であったが、緑色の鎧を付けている者とは違う一般兵であった。そのまま食堂に侵入するが、車椅子に座ったまま斬り殺されているジモエ・ホーレンを見て驚愕する。騒ぎを聞きつけた他の仲間達も間もなく現れた。

「この車椅子に座ってる死体…」
「ああ間違いない。ジモエ・ホーレンだ。死んでる…」
「しかも死因は間違いなく外傷。殺されたんだ」
「チッ、どうすんだよ…目的は拉致だろ ? これじゃ人質にするも糞もねえ」

 全員でジモエ・ホーレンに近づいてから状況を調べ始める。彼女が死んでいる事は完全に想定外であり、原因の追究をしようにもこれと言った手掛かりは無かった。

「俺が撃ち殺す直前、この護衛が誰かに怒鳴ってるような声を聞いた。そいつがやったのかもしれん」

 護衛を追いかけて始末したリミグロン兵が口を開く。

「だとしたらマズいんじゃないか ? このババアの死体に付いてる傷…俺達の武器だぜ。しかも火傷に近い痕跡がある…魔法による強化を行った上でやったんだ」
「つまり ?」
「俺達リミグロンの中にこれをやった奴がいる。明確な任務違反だ」
「もう一つ可能性があるぜ…”計画を知った上で俺たちの邪魔をしてる”って線だ…つまり裏切り者がいる」

 リミグロン兵達は混乱をしていた各々の気持ちを落ち着けるために情報を整理する。他の王家の下へ向かっている別動隊たちも同じような光景に出くわしているのだろうか。どちらにせよ確かめる必要があるだろう。そう結論付けた後に周囲を警戒しながらホーレン家の邸宅を後にした。



 ――――そこから少し経過した街では、あちこちでリミグロンによる殺戮が繰り広げられていた。とは言ってもこの街における彼らの目的は暴動や略奪ではない。王家に関わる者の拉致、そして彼らを人質にした交渉をリガウェール王国政府と行う事にあった。

「何、殺されてた⁉」

 蹂躙をしつつ街を練り歩く隊列では、先頭で隊長らしき男が通信を行っていた部下のリミグロン兵に聞きただす。しかし何度聞いても答えは同じだった。

「ええ。ホーレン家だけではありません。ダノエ家、トゥエシリオ家、イシーカ家…マディル家に関しては国務長官であるルプト・マディルを除きますが、いずれも主要な王族達が殺されていたと報告があります。現場に着いた頃には既に手遅れだったと」
「ならルプト・マディルは⁉この際奴一人だけでもいい !」
「図書館に立て籠もって民間人を匿っているらしく、兵士達を向かわせていますが…どうも妨害にあっているそうで。褐色の大柄な男、そして獣人の若い女の二人によってこちらにも人的被害が出始めています」
「…報告にあった”鴉”の協力者か。余計な真似をしおって… !」

 なるべく開けた場所の方がこちらにとっても有利という事もあってか、状況の報告を聞きながら部隊は街の広場へと訪れた。既にもぬけの殻となっており、街のいたるところで煙が上がっている。混乱に乗じた火事場泥棒か、愉快犯か、調子に乗って暴走し始めた自分達の同志か。なんにせよこの国で被害が拡大するのは好都合である。

「この部隊以外の戦力をルプト・マディルの方へ差し向けろ。ついでに図書館も焼き払ってしまえ」

 そこから指示を出して部隊は再び活動を再開するが、そんな彼らの姿を崖の上から双眼鏡で観察する者がいた。緑色の鎧を纏った兵士である。

「荒れてるわね、街」

 だが彼が双眼鏡から目を離した瞬間、背後から女の声が聞こえる。腰に備えてる鞘からいつでもサーベルを抜刀できるように手を伸ばしつつ、ゆっくり振り向くと首を鳴らしているサラザールがいた。

「暇してるんでしょ、私と遊ばない ?」

 リミグロン兵を”遊び”に誘ったサラザールだが、彼女は相手の返事を待たずにいきなり殴り掛かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

処理中です...