怨嗟の誓約

シノヤン

文字の大きさ
上 下
67 / 174
3章:忘れられし犠牲

第66話 案の定

しおりを挟む
「なあ、マディル先生の事をどう思った ? 怒らないから率直に言ってくれ」

 図書館で気になる本を片っ端からかき集めていたジョナサンが、後ろにいたガロステルへと話しかける。

「本音を言うなら、綺麗事が好きな偽善者ってやつだな。当の自分が王族という立場に居座り続けて力を利用している癖に、口だけでは民を思っているような素振りをする。第三者からしたら一番嫉妬されるタイプだぜ」
「おっと、随分ぶっこんで来た。まあ…その辺は勘弁してやってくれ。他の王族派閥が似たり寄ったりな暴君だらけなせいで、あの人が権力を行使して民を守らなきゃ今よりこの国は酷い事になっていたかもしれないんだ。権力による横暴を食い止められるのもまた権力、皮肉なもんだね」

 想像以上に辛辣だったガロステルにジョナサンは苦笑いを向け、潔白なだけでは目的を達成する事など出来はしない世知辛さを嘆いた。その間も本を集める手は決して止まらず、あっという間に彼が占領していた机が書物で埋め尽くされる。

「それはそれとして、今から何を調べんだ ?」
「創世録に関する情報全般。ルーファンに関しても分からない事だらけだらからね。複数の流派をあれだけ早い速度で学習できる才能についても、< 幻神 >を体内に宿せる彼の力と関係しているかもしれない」
「ほお…あ、ちょっと待て。サラザールが語り掛けてきた」

 少し話が面白くなりそうだと思った途端、サラザールからテレパシーによるメッセージが届く。わざわざこの手段を使うという事は緊急だろう。仕方なくガロステルはこめかみに指を当てる。

(どうした)
(つけられてる)
(このままで会話を続けろ。どの辺りにいる?)
(時計塔の近くにある路地裏。とりあえずあいつらの逃げ場を無くす)
(すぐ追いつく)

 会話を終えたガロステルは「ちょっと用事が出来た」と言ってから、騒音に気を付けつつ、急ぎ足で図書館を出て行く。一体何がしたかったんだあいつはと、再び一人残されたジョナサンは不思議で仕方が無かった。



 ――――それより少し前、サラザールは街を悠々と歩いていた。高い身長で周囲を見下ろしながら偵察をする彼女だが、内心はルーファンに対する不満も少し混じっている。せっかくの観光気分を台無しにされたのだから当然だが。故に彼からの指示を頭には入れてはいるものの、実質サボっていた。

「探りを入れろって具体的に何すりゃいいのよ。毎回毎回指示するにしても情報少なすぎて困るし……ん ?」

 ルーファンの事を絶対上司にしたくない類だと思っていた矢先、どうも違和感を抱く。周囲から浴びせられる視線の中に、どうも敵意を向けてきている者がいるような気がしてならなかった。一度立ち止まって振り返ってみるが、やはり気配の正体は分からない。再び歩きだすが、今度は立ち止まっては歩くという行為を無造作に何度も行ってみる。

 周囲に耳を澄ましていると、自分が立ち止まる際に同じく足を止め、歩き出す時にも少し遅れて歩き出す足音が幾つかある事に気付いた。一人か二人程度という人数、耳に聞こえる足音の大きさから一定の距離を保ったまま彼女の後をついてきている事が、常人を遥かに上回る聴力によって判明した。間違いなく尾行である。しかも、音にこもりが無い事から屋内や人込みの様な遮蔽物を避けて、開けた場所を歩いているという情報も掴めた。

「随分と身軽な事で」

 建物の屋根や屋上伝いにこちらを見張っていると推測したサラザールがぼやく。

 ガロステルにテレパシーで状況を報せ、そのまま路地に入り込み、やがて少々薄暗い行き止まりとなっている空き地へと赴いた。近くに転がっていた木箱を集め、丁度いい高さに積んでから腰を掛ける。そして空を仰ぎ、やがて空き地を囲むようにそびえ立っている建物の上部を観察する。

 直接対峙しようとせず、尾行などという小賢しい手段を使う連中である。まずこちらが警戒している内に姿を現すわけがない。つまりわざと尻尾を出す必要がある。幸い、日があまり当たらない故にあちこちに影が出来ている薄暗い場所であった。

 サラザールはポケットからジョナサンが以前自分にくれた名刺を取り出すと、わざとらしく周囲を警戒している素振りを見せる。そしてそれを自分が座っていた木箱の下に滑り込ませ、再び影の中へと消えていった。そうして誰もいなくなった筈の空き地だが、小さな足音が響き渡る。少し早足だった。やがて建物から三つほど、高い位置から何かが落ちるような音がする。着地をしたのだ。

「消えたぞ」
「ああ、俺も見た。どこへ行ったんだ ?」
「さあな。それよりお前ら、ひとまず木箱を調べろ。今なら誰も来ない」

 小声でそんなやり取りをする声がする。やがて魔法で姿を眩ませていたリミグロン兵が二人、小さな閃光と共に現場に現れた。そして木箱を動かして名刺を拾うが、特にこれと言った細工がされているわけでもない。暗号や伝言でも無いかと二人はまじまじと眺めていたが、やはり何も不思議な点がなかった。

「なあ」

 名刺を見ていた兵士の一人が口を開く。

「何だよ」
「いや、まさかとは思うが…これって俺達嵌められたんじゃ――」

 頭の中にあった最悪のシナリオが現実になる可能性をもう一人が口にしかけた時、二人の足元に出来ていた影から素早くサラザールが飛び出してきた。そのまま二人の首に腕を回し、凄まじい力で締め付けた後に首の骨を折って始末した。一瞬である。

「ハズレ」

 まるで誰かに聞かせるかのように、サラザールは二つの屍に向かって言い放つ。影の中に潜っていた間、彼女は確かに聞き逃していなかった。この二人が姿を現す直前の会話、その中にこの二人とは違う別の誰かの声が混じっていたのだ。一人だけ姿を隠して観察をしているに違いない。

「チッ」

 そんな彼女の後ろで舌打ちと足音が響くが、空地への唯一の出入り口だった路地を塞ぐように地面が隆起し、岩の塊が杭のように生えて来る。そして人型へと変形してガロステルが現れた。この際に生じた土煙のおかげで、魔法で姿を消していたリミグロン兵の姿が輪郭だけではあるが、くっきりと視認できるようになった。

「どこへ行く気だ、ん ?」

 首を鳴らしたガロステルがにやけながら問いかける。あっという間にサラザールも追いつき、リミグロン兵の後方で見下ろしながら様子を窺っていた。自分よりはるかにデカい体躯の二人に挟まれ、リミグロン兵は委縮しきってしまう。結局大人しく姿を現したが、その直前に籠手に備えられていた小さめのボタンを素早く押し、何事も無かったかのようにリミグロン兵は手を上げた。

「さ~て、どうしてやろうか」
「脅せばいいでしょ。こういうのは指でも噛み千切ってやれば大体言う事を聞いて――」
「それもはや脅しじゃねえよ。まあ、とにかくアレだ。痛い目見たくなかったら大人しく、その~アレだよアレ。情報寄越せってやつだ。リミグロンだろ、お前」

 物騒な会話を二人は繰り広げ、やがてリミグロン兵に圧を掛ける。

「目的は知らんが、いずれにせよ来るのが遅すぎたな」

 リミグロン兵は勝ち誇ったように振舞うが、彼らの任務に介入して欲しくない筆頭候補とも言える者達がこの国を訪れている事を知り、心の内で絶望していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

殺戮魔人の冒険譚 ~仇探しのついでに仕事を始めた結果、周囲から一目置かれるようになっていました~

シノヤン
ファンタジー
 魔界と現世の融合が進み、人々がデーモンと呼ばれる生物達との熾烈な戦いを繰り広げる世界。そんな最中、凄腕のハンターとして敵味方問わず恐れられている男がいた。その名はベクター。父の仇を見つけるため、そして金と栄光のために仲間達と大暴れする彼だったが、成り行きで多くの騒動に巻き込まれる事に。やがて戦いの中で自身の出生にまつわる謎を追う羽目になってしまうが…? ※小説家になろう及びカクヨムでも掲載中の作品です

処理中です...