怨嗟の誓約

シノヤン

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3章:忘れられし犠牲

第60話 求めよ

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 日が昇り始め、怠そうに起きたジョナサンが欠伸をして周囲を見回していた直後、ガロステルとサラザールが勢いよく起き上がった。

「え、なになになに」

 戸惑うジョナサンと対照的にサラザールとガロステルはこめかみに指を当てており、どうも集中をしているせいかジョナサンがいくら呼びかけても反応を示してくれない。

(サラザール、ガロステル、緊急事態)

 二人の頭の中にはテレパシーによってルーファンから報せが届いていた。

(サラザールは”転移”の準備、ガロステルは加勢、大至急)
(分かった)
(すぐ行く)

 ルーファンからの要請に二人もすぐ答えを返す。やがてテレパシーによる会話が終わったのか、こめかみに当てていた指を離した。

「ちょっと行ってくる」

 ガロステルがそう言って二度手を打つと、たちまち彼の肉体が瓦解し始める。そしてあっという間に無数の石ころへと変わり果てた後に、その場へ散らばってしまった。

「何が起きてるんだこれ…」
「気にしなくていい。私達はただ待つだけ」

 ジョナサンに聞かれてもサラザールは無愛想な態度を取る。そして合図が来るまで待機する事を暇に感じたのか、近くの木を齧って時間を潰し始めた。



 ――――その頃ルーファンは、斬り殺したバジリスク達の死体を踏み越えてから続々と集結してくる群れの仲間を牽制し続ける。渡り鳥のように集団での移住、狩り、生活を営むバジリスクは死ぬ前に断末魔を上げるのだが、それによって周囲の仲間に敵の存在を伝えるのだという。フォルトが子供の傍から離れられないせいで、実質ほぼ一人で相手にしなければならず、今後の旅を考えると体力が持たない可能性もある。撤退をしたくてしょうがなかった。

「…来たか」

 近くの土が隆起したのを見たルーファンが言った。次の瞬間、隆起した土が人の形に変わっていき、やがてその中から出て来るようにしてガロステルが姿を現す。

「何をすればいい ?」
「サラザールを介して”転移”をする。それまで時間を稼いでくれ。すぐに終わる筈だ」
「成程、いいぞ」

 ルーファンから指示をされたガロステルは嬉々として首を鳴らす。そしてバジリスクの群れへと飛び掛かって、近づいてきた個体から順に殴り倒していった。サラザールと力比べで張り合えるだけあって、流石に真正面からの肉弾戦ではバジリスク達も太刀打ちできない。

 その隙にルーファンはフォルト達の元へ駆け寄り、再び頭の中でサラザールにテレパシーで準備が出来たと語り掛ける。やがて地面から染み出したように黒い靄が現れると、ツタの様に体へと纏わりついてくる。間もなくルーファン達は地面を覆っている黒い靄の中へと引きずり込まれていった。そんな彼らの姿を見届けていたガロステルだが、体中をバジリスク達に噛みつかれている。

「もうちょっと顎を鍛えるべきだなあ」

 しかし文字通り歯が立っていない彼らを馬鹿にしてから無理やり引き剥がした後に、手を二度打ってから再びその場から姿を消す。獲物がただの石ころや土に変わってしまったと思ったのか、悔しさに悶えるかのようにバジリスク達は吠え続けるしかなかった。



 ――――空腹を紛らわせるために木の皮を剥いでは黙々と齧っていた時、サラザールはハッとしたように手を止めた。齧りかけの木の皮を捨て、「そこをどいて」と一言ジョナサンに伝えてから広めに場所を確保すると、自身が羽織っていた外套や衣服をはだけさせて少しだけ前を開けた。なんて破廉恥な事をするのだとジョナサンは目を覆いそうになったが、服の下には裸体など無い。底知れない暗闇と、妙に光沢のある黒い触手が蠢いており、それらが人型に形成されているだけである。

 やがて少しむず痒そうにサラザールが眉をしかめた時、彼女の体からルーファン達によって助けられた子供が飛び出てきた。吐き気を抑えるために手を口に当てたまま。続いてフォルトとルーファンも飛び出してくる。ルーファンに至っては、バジリスクの死体を抱えており、彼らの姿を確認してからサラザールも外套の前を再び閉じた。

「お、お帰り…」

 情報の整理が追い付かないジョナサンは、吐き気を抑えようとえづいている子供やフォルト、だいぶ慣れているらしいルーファンがサラザールにお礼を言っている姿などを見てからひとまず挨拶をしてみた。

「色々と聞きたい事があるんだろう。子供を助けたついでに食料を手に入れただけだ。味は保証しない。あの子はまあ…この移動手段は、慣れない内はああなる」

 そこから少し間を開けてからルーファンが簡潔にいきさつを伝える。そしてさっきから掴んでいたバジリスクの死体を引きずってジョナサンの方に持ってきた。首が無く、硬直していた手足が伸びてしまっている。動いている姿を見ていないと、大型の爬虫類としか思えない様であり、中々気色が悪かった。

「大丈夫だ。尻尾は比較的美味いぞ。塩と胡椒があったから、それで臭みを消せると良いが…」

 こちらの意見や気持ちを一切聞く事もせず、ルーファンは早速仕込みを始める。腹を掻っ捌いてから内臓を取り出し、切り口から肉と皮の境目にナイフを差し込んで切り離す。そして少しづつ皮を剥いでいった。皮の表面には棘が多いため、顔色がイマイチよくないフォルトに手伝ってもらいながら抜いていくと、なぜか棘は別の所に保管をしていく。油で揚げるとそれなりに食べられる上に、工芸品に仕えるためか質屋で売る事も出来るらしい。

 後は手足や部位で切り分け、川の水で洗い、胡椒や塩で濃い目に下味を付けてからスキレットで焼いていく。当然手掴みだった。肉質はかなり固く、噛めば噛むほど血生臭さと泥臭さが増していく気がする。まともな処理をする時間も無く、仕方なく持ち帰った死体を焼いたにしてはマシな程度である。強いて言うなら確かに尻尾は割と美味しいというくらいだった。

「ところで、そこのチビは何だ ?」

 いつの間にか帰って来ていたガロステルがバジリスクの腕を齧りながら言った。そんな彼を前に子供は夢中でバジリスクの尻尾を食べていたが、やがてオドオドしながら口を開く。

「えっと、死体を探しに…最近またリガウェールの近くで戦があったらしくて」
「なぜ死体を ?」
「死体…特に兵士はお金になるものを身に付けてるから…」

 子供から話を聞く内に、目的が追い剥ぎである事を知ったルーファンは複雑な心境に陥る。確かに褒められたものではない。しかし、子供のみすぼらしい姿や痩せこけた体躯からしてかなり飢えによって追い詰められている様だった。大人であるジョナサンや、割と食欲旺盛なフォルトやサラザールでさえ躊躇っていた不味い肉を貪っていた姿からして、恐らくそうせざるを得ない状況なのだろう。自分にこの子の行いを咎める資格はない。かといって放っておけるほど非常にもなりきれなかった。
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