怨嗟の誓約

シノヤン

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2章:砂上の安寧

第54話 かくれんぼ

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「う~、まだか…」

 砂漠に続く関所の付近、カンカン照りになっている空の下をウロウロする一人の青年がいた。レイヴンズ・アイ社の若手社員である。

「おい兄さん、熱中症になっちまうから日陰に来なよ。ついでにガヨレルの世話も手伝ってくれ。人手不足だ」
「嫌に決まってるでしょ。嘗めてんですか。それにしてもカロルスさん大丈夫かな…まさか死んでるなんて事…」

 ここで待ち構えているのは他でもないカロルス及びその他のためである。じきに戻るという報告があったためにのんびりと本社で帰りを待っていた矢先、”ある”ニュースが飛び込んで来てしまい、至急報せに行けとお達しが来たからだった。

 いやはや、こんな田舎で周りの目を気にしながら待つだけの仕事は中々精神に堪える。臨時報酬に釣られて引き受けてしまった自分のがめつさが情けない。そう思っていた時、微かに地鳴りが聞こえたかと思えば、遠くの方にチラリと巨大な影が見えた。

「おいラクァンガだ ! こっちに向かって来るぞ !」
「ガヨレルはどうする⁉」
「ダメだ、間に合わねえ ! 逃げるぞ !」

 飼育場の飼育係や監視員達が慌てふためく中、間もなく関所へ到達するかという地点でラクァンガは突然動きを止める。そして随分と落ち着いた様子で項垂れている間に、ルーファン達がラクァンガの頭から飛び降りてきた。

「想像以上に速かったな」

 警戒するように少し距離を取りつつルーファンが言った。

「ああ。確かにこれがあるなら砂漠での移動にも困らないだろうな。もっと早く知りたかった…」

 あまり生きた心地がしていないのか、落ち着かない心持でジョナサンも頷く。野生のラクァンガを捕まえ、一時的な移動手段兼食料にするという術があるという事を彼らが知ったのは、集落を出た時であった。フォルトがやり方を教えてくれたのである。

 まず、魔法によって細長い岩の銛を一本出現させる。そしてラクァンガが通る確率が高く、見晴らしのいいきめ細かい砂に覆われた丘へと向かう。向かう途中で辺りに発酵させた麦を始めとした植物で作った酒や、獣油を適当に撒く。やがて丘の頂上に立ってから地表に触れ、「波打てウェタ・ダヒ」という魔法を唱える事で砂を振動させる。地表が波打ち、辺り一面の大地が触れれば準備完了である。

 ラクァンガは視力以外の感覚が鋭敏である一方で非常に頭が悪いため、地表の動きを感じ取れるもののそれの正体までは特定できない。なので頭の一部を突き出して匂いを探ろうとするのだが、事前に撒いておいた油や酒を生物の残り香と勘違いして追いかけ出すのだ。そして丘の中腹までラクァンガが迫ってきた後、フォルトも一気に駆け降りる。そして自分に向かって来る存在に勘づいたラクァンガが頭部を出したタイミングで跳躍し、頭部に飛び乗ってからクジラで言うところの噴気孔にあたる箇所へ銛で差し込むのだ。

 こうする事で銛をラクァンガの体内に引っ掛ける。銛には返しが付いているため簡単には抜けず、一方で噴気孔が使えななくなったことに加えて常時上に引っ張られている感覚に苛まれるラクァンガは地面に潜る事なく地表を這うように進んでくれる。そして不思議な事ではあるが、差し込んだ銛である程度動きや方向も弄れるらしい。強い力で銛を引っ張りつつ、行きたい方向へ銛を曲げたり傾けて舵の代わりにするのだが、どれも獣人の腕力や脚力を前提にした方法であるため、絶対にマネをする日は来ないだろう。

「ラクァンガの後始末は任せた」
「ハッ、どうかお気をつけて」

 配下の者達にそう告げてから酋長も降りて来る。暫くは迎えが来るまで待機が必要なので、ルーファン達はここで待っていないといけない事についてを話し合っていたが、ようやくレイヴンズ・アイ社の新入社員がいた事に気付く。

「君は確か、最近入った新人君だっけ ? こないだパーティーで見た気がする」
「覚えていてくださったようで何よりです。そうだ、呑気してる場合じゃないんだ。実は<六霊の集いセス・コミグレ>に動きがありまして…」
「確か最近また臨時会合が開かれたらしいじゃないか。砂漠の方へ戻って来た傭兵達が言っていた」
「それがその臨時会合に、なんと―――」

 ジョナサンと新入社員が繰り広げる会話を聞き流していたルーファンだったが、やがて<六霊の集いセス・コミグレ>に関する話題に入った時、反応するように首を二人に向けた。自分の身の上に関わってくるかもしれないからというだけではない。世界情勢における潮目の変化を感じさせる内容だったからである。



 ――――臨時集会に集められた者達の内、スロント・エニーグ外務大臣とルプト・マディル国務長官は廊下を歩いて共に席へと向かっていた。

「風の噂を耳にしました。リゴト砂漠で”鴉”がリミグロンの部隊を壊滅させたとか」

 護衛に車椅子を押してもらっていたルプトが口を開く。

「ええ。その点についても周知させておくべきかと思い…まして…」

 やはり例の剣士に肩入れしたのは間違いではなかったと、スロントも得意げに思いながら答える。そして大広間へと入った二人だが、立ち止まったまま目を丸くした。近年は馴染みのある四人の代表だけで行われていたこの集会だが、一人増えていたのだ。テーブルで向かい合うように座っているキシャラ・タナトゥ外務大臣とフルーメル・クィスプ大使も落ち着かない様子であり、遅れてきた二人に対して怒るどころか少し安心したような表情さえ見せている。

 そして彼らが座っている位置よりさらに奥、パージット王国の代表が座るための席と向かい合う位置に置かれていた席には一人の女性が座っていた。高齢ではあるが、厳格そうな眼差しと凛々しい口元、そして尖った襟が目立つ真っ白な装束に身を包んでいる。

「随分と久しいものですな…シーエンティナ帝国から使者が寄越されたのは」

 恐る恐る赴き、席に着いたルプトが口を開いた。

「宰相のユーゴ・シムトスです。以降お見知りおきを」
「お初にお目にかかります。シムトス殿…失礼ですが、本日はどのような議題を取り扱うかご存じで ?」

 彼女の自己紹介の後、席に着いたスロントも彼女へ話しかける。

「ええ。存じていますとも……幻神嫌いを拗らせたカルト集団。そしてそんな彼らを、私怨に駆られるがままに殺し回っている殺人狂のお話、でしたね ?」

 そして頷きつつ、額にかかった癖のある黒い前髪を少し指でどかしてから言った。リミグロンとルーファン双方への侮辱に近しい言い方を聞き、その場にいた全員が抱いた疑問はただ一つ。「この女とシーエンティナ帝国はどちら側なのか」である。

「なら、そちらの国以外でどのような通説が広まっているかもご存じでしょう。シーエンティナ帝国は既に疑惑を掛けられている側です。あなた方がリミグロンと結託し、各地で犯行に協力をしているのではないかと。彼らが使う道具やその一部の技術は、記録によればシーエンティナ帝国で扱われている<光の流派>に近しい物ではないかとされて―――」
「幻神をこの世から滅ぼしたいという人間に対し、なぜ保有国である我々が手を貸す必要が ?」
「じゃあ彼らが<光の流派>を彷彿とさせる攻撃手段や術を使っている理由は ?」
「詳しく知る者によって流出した可能性はあるでしょう。しかし、魔法に関する流派の離反者など、珍しい話ではない筈。我々が直接関与している証拠にはなりません」

 スロントが引き続き追及し続けるが、ユーゴは頑なに疑惑を否定する。

「しかし、リミグロンが使っている力が<光の流派>であるかもしれない以上、我々もあなた方に協力をして頂きたいのです。押しつけがましいかもしれませんが、責任の一端くらいは感じていただきたい」

 スロントとは対照的に、ルプトは穏やかな態度のまま話しかける。しかしユーゴは一切食い下がるつもりなど無かった。

「例えばの話ですが…殺人犯の凶器が包丁だったとして、それを作った鍛冶職人を責め立てるような真似をしているバカがいたらどう思います ? 今のこの状況は、それと全く同じではなくて ?」

 これまでずっとサボり続け、のこのこ現れたと思ったらこんな高飛車女を寄越しやがって。少なくとも同伴していた警護の大半は帝国に対してそのような考えを抱き始めていた。いっそここで殺して開戦の合図にしてやろうか。幸い、なぜかは知らないが彼女の周りには同伴させている兵士の姿も無い。

「屁理屈はその辺りにすべきですよ。魔法というのはこの世界に古から伝わる強大な力であり、それを管理するのは保有国と魔法使いの責務です。日用品とはわけが違う…そんなことも分からない耄碌老人が宰相を務めるなど、深刻な人手不足と見受けられますね。帝国は」

 そんな彼らを代弁するようにキシャラが反論も交えた上で罵り始めた。まさか言い返し来るとは思ってなかったのか、一瞬彼女の方を見るユーゴだったが、すぐに鼻でせせら笑う。

「そんな哀れな老いぼれ国家より先に滅びそうになってるのがあなた方だというのに ? そう言えばとっくに滅ぼされた負け犬もいましたね。パージット王国でしたか ? 黙って我々と軍事同盟を結んでおけばよかったものを」
「あなたが殺人狂呼ばわりした”鴉”とやらが、その亡国の生き残りだと言ったらどうします ?」
「…ほう」

 どうやら思っていた以上に言い負かされるのが嫌なのか、ユーゴはパージット王国も含めて残る4か国を小馬鹿にする。だがルプトがルーファンについて言及すると、先程までの饒舌さが鳴りを潜めた。

「確かな情報筋から経歴を掴んでいます。かつては外交官であり、襲撃が起きていた当時はパージット王国で防衛部隊の指揮をしていたレンテウス・ディルクロの子息です。中々の男前だそうで」

 スロントはルーファンの特徴と経歴を大雑把にあげつらう。そんな一匹狼の存在に対し、物思いに顎や頬をユーゴは撫でていたが、暫くすると小さく微笑む。喜んでいるように見えた。

「彼はこのまま、帝国にとって脅威となる可能性は十分にあり得るでしょう。”シーエンティナ帝国はリミグロンに通じてるに違いない”と、妄信していても不思議じゃない…逆恨みというのは、いつの時代も恐ろしい物ですから」
「こちらに危害を加えて来るならば排除する、そうでなければ知った事ではない。我々シーエンティナとしては中立を保ちつつ、今後の動向に注視するという方針で既に決定しています」

 まるで怖がらせたがりな悪戯小僧のように、スロントは帝国に危機が迫っているのではないかと脅しを仕掛ける。この場では無理としても、焦りを生じさせて今後馬脚を現してくれれば御の字である。だがユーゴは特に気に留めている様子が無い。寧ろそれを望んでいるのではないかと思ってしまう程に、余裕のある態度を取っていた。

「ただ…もし彼に会えることがあれば、年長者として一つ忠告をしたい気分ですよ。”図に乗るな”とね」

 内に秘める堪えきれない感情を映し出すかのような怪しげな笑みを浮かべ、各国の代表に対して釘を刺すように彼女は言った。この時、ユーゴを除く4か国の代表とその護衛達の背後に、「欺けプリテファロ」という姿をくらます魔法によって透明な姿に擬態した兵士達が一人づつ配置されていた事に気付いていた者は誰一人としていなかった。彼らは皆、リゴト砂漠で狙撃を行った兵士と同じ緑色の鎧を身に着けており、いつでも殺せると言わんばかりに抜刀したサーベルを握り締めていた。
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