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2章:砂上の安寧
第51話 立場交代
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「…殺してやる」
放心する姉と、あちこちに転がる死体を見たフォルトが不意に漏らした。口より先に手を動かせと心無い者に言われるかもしれないが、そうやって口にしないと踏ん切りがつかない。やってもいいのだと、一種の暗示をかけるようなものであった。
「大地の鎧、顕現せよ」
普段の爛漫な雰囲気から一転、おどろおどろしい私怨を込めた声で呪文を唱え、岩の鎧に身を固めてからサラザールが暴れている現場へと走る。そして迷わずリミグロン兵へと殴り掛かって行った。
――――即座に撤退を決め、退避用の飛行船へ向かうため走り続けるレイモンドだが、出来る事なら状況確認のために立ち止まって振り返りたかった。しかし悪化する心臓の拍動と、背後から大きな足音が迫っている事への危機感がそれを許さない。止まってしまえば最後、あの得体の知れない巨大な敵によってあっという間に蹂躙されてしまうだろう。
そんな彼の背後では巨神が暴れ、群がる雑兵を踏みつぶしていた。力、スピード、タフネスの全てで太刀打ちが出来ないのは勿論の事、何より恐ろしかったのは時に見せる魔法である。ひとたび拳を大地に叩きつければ地中から剣山を生やして刺し殺し、両手を合掌すれば辺りに地面や建物を瓦解させた後に、無数の巨大な手へと変形させ、そして数だけは一丁前にいる雑魚の群れの皆殺しにした。そしてそれを尻目に、この事態の元凶とも言えるレイモンドの逃げる方へと走り続ける。
狙いは自分だ。レイモンドは巨神の足音が自分の後ろをついて来ている事が分かると、震え始める体を抑えながらそう思った。自分の後ろにいた部下達の声や物音もすでに無くなっていた。彼らの最期がどうなったか、そんな物は容易に想像が出来てしまうせいか想像する気にはならない。
「急げ ! もうすぐ離陸する !」
そんな時にようやく落ち着けそうなチャンスに出くわした。すぐ先には緊急用に待機させていた小型の飛行船が着陸しており、ハッチを開けて生存者が飛び込んでくるのを今か今かと待っている。そのハッチの近くや中からはリミグロン兵の同胞達が必死に手を振っていた。
ここまで来ればラストスパートだ。そう思ったレイモンドは武器を握り締めたまま、体力が許す限りで足に力を込めて速度を上げる。一度だけ振り返ってみれば、少しではあるが巨神とは距離がある事が確認できた。自分が乗り込み次第、この場を離脱するのであれば十分な猶予があるだろう。大勢を見捨てる事になるがまあ仕方がない。
「よし、もうちょっと…おい…アイツ何やって――」
すぐに正面へ視線を戻した頃、ハッチの付近で待機していたリミグロン兵達に異変が生じた。目を凝らすようにレイモンドの後方を見つめ、やがて狼狽え出す。次の瞬間、レイモンドは背後から頭上を飛来した物体の衝撃によろけてしまう。それは鋭利且つ巨大な岩の槍であった。
見事にハッチの中へ目がけて槍が突き刺さり、リミグロン兵の肉片や飛行船の破片をまき散らして爆発する。よろけた事で油断をしてしまったレイモンドは、正面から押し寄せるがれきの嵐と爆風をまともに喰らって仰向けに倒されてしまった。
朦朧と昏睡の狭間で辛うじて意識を留めたレイモンドは、銃を手放してしまった事に気付く。慌てて地面に転がっているそれを取りに行こうと立ち上がりかけるが、既に巨神は追い付き、自分を見下ろしていた。
「…あ……」
悲鳴を上げたいというのに声が出ない。もしかすれば大きな音を出さなければ刺激しなくて済むのではないか、そんな本来なら獣を宥めるためにしかしないであろう行動を無意識に行う。それ程までに圧倒的な絶望感と恐怖を植え付けられたのであった。目を離したら殺される。
そう思っていた矢先、巨神の体がたちまち瓦解し始めた。濛々と煙が立ち込めていき、辺りが岩で埋め尽くされた頃にレイモンドは視界を邪魔する煙を払おうとする。武器も埋もれてしまって取り出せる状況にないと分かった時、二人の人影が残骸の中から姿を現してこちらへ向かって来る。
「あらら、時間切れか~ ?」
「どうやら…今はこれが限界らしい」
声が聞こえ、間もなくルーファンとガロステルが現れる。ルーファンの顔色は少々悪く、心なしか以前より白髪が増えている。だが目の前にいるレイモンドへ視線を戻す頃には、敵意と侮蔑をむき出しにした目をしていた。
「大地がある限り、<ガイア>の目は誤魔化せないんだぜ…まあ限度はあるが。とりあえずヤツが元凶だ。間違いない」
ふざけた口調ではあるが、ガロステルは断言した。
「基礎的な一つ呪文を教えてやろうか。大地の流派に慣れておけ、新しい器よ…大地の手甲と、唱えてみろ」
「……大地の手甲」
そのままガロステルに言われるがまま、ルーファンが呪文を唱えてみると、辺りに散らばっていた岩々が吸い寄せられ、やがて両腕を覆い尽くした。少しだけ重量感はあるが、見た目ほどではない。
「拳は人が手にした最古の武器だ。大地の流派における基本中の基本…ま、どう使うかはお前が決めろ」
ルーファンがどのような行動に出るかなど分かり切っていたが、わざとらしくガロステルは肩を叩きつつ彼に行動を委ねる。いずれにせよ話が早くて助かる。ルーファンは岩の拳を握り締めてからレイモンドの方へと歩き出した。目的は至極単純。目の前にいる畜生を後悔させる事以外にあるものか。
放心する姉と、あちこちに転がる死体を見たフォルトが不意に漏らした。口より先に手を動かせと心無い者に言われるかもしれないが、そうやって口にしないと踏ん切りがつかない。やってもいいのだと、一種の暗示をかけるようなものであった。
「大地の鎧、顕現せよ」
普段の爛漫な雰囲気から一転、おどろおどろしい私怨を込めた声で呪文を唱え、岩の鎧に身を固めてからサラザールが暴れている現場へと走る。そして迷わずリミグロン兵へと殴り掛かって行った。
――――即座に撤退を決め、退避用の飛行船へ向かうため走り続けるレイモンドだが、出来る事なら状況確認のために立ち止まって振り返りたかった。しかし悪化する心臓の拍動と、背後から大きな足音が迫っている事への危機感がそれを許さない。止まってしまえば最後、あの得体の知れない巨大な敵によってあっという間に蹂躙されてしまうだろう。
そんな彼の背後では巨神が暴れ、群がる雑兵を踏みつぶしていた。力、スピード、タフネスの全てで太刀打ちが出来ないのは勿論の事、何より恐ろしかったのは時に見せる魔法である。ひとたび拳を大地に叩きつければ地中から剣山を生やして刺し殺し、両手を合掌すれば辺りに地面や建物を瓦解させた後に、無数の巨大な手へと変形させ、そして数だけは一丁前にいる雑魚の群れの皆殺しにした。そしてそれを尻目に、この事態の元凶とも言えるレイモンドの逃げる方へと走り続ける。
狙いは自分だ。レイモンドは巨神の足音が自分の後ろをついて来ている事が分かると、震え始める体を抑えながらそう思った。自分の後ろにいた部下達の声や物音もすでに無くなっていた。彼らの最期がどうなったか、そんな物は容易に想像が出来てしまうせいか想像する気にはならない。
「急げ ! もうすぐ離陸する !」
そんな時にようやく落ち着けそうなチャンスに出くわした。すぐ先には緊急用に待機させていた小型の飛行船が着陸しており、ハッチを開けて生存者が飛び込んでくるのを今か今かと待っている。そのハッチの近くや中からはリミグロン兵の同胞達が必死に手を振っていた。
ここまで来ればラストスパートだ。そう思ったレイモンドは武器を握り締めたまま、体力が許す限りで足に力を込めて速度を上げる。一度だけ振り返ってみれば、少しではあるが巨神とは距離がある事が確認できた。自分が乗り込み次第、この場を離脱するのであれば十分な猶予があるだろう。大勢を見捨てる事になるがまあ仕方がない。
「よし、もうちょっと…おい…アイツ何やって――」
すぐに正面へ視線を戻した頃、ハッチの付近で待機していたリミグロン兵達に異変が生じた。目を凝らすようにレイモンドの後方を見つめ、やがて狼狽え出す。次の瞬間、レイモンドは背後から頭上を飛来した物体の衝撃によろけてしまう。それは鋭利且つ巨大な岩の槍であった。
見事にハッチの中へ目がけて槍が突き刺さり、リミグロン兵の肉片や飛行船の破片をまき散らして爆発する。よろけた事で油断をしてしまったレイモンドは、正面から押し寄せるがれきの嵐と爆風をまともに喰らって仰向けに倒されてしまった。
朦朧と昏睡の狭間で辛うじて意識を留めたレイモンドは、銃を手放してしまった事に気付く。慌てて地面に転がっているそれを取りに行こうと立ち上がりかけるが、既に巨神は追い付き、自分を見下ろしていた。
「…あ……」
悲鳴を上げたいというのに声が出ない。もしかすれば大きな音を出さなければ刺激しなくて済むのではないか、そんな本来なら獣を宥めるためにしかしないであろう行動を無意識に行う。それ程までに圧倒的な絶望感と恐怖を植え付けられたのであった。目を離したら殺される。
そう思っていた矢先、巨神の体がたちまち瓦解し始めた。濛々と煙が立ち込めていき、辺りが岩で埋め尽くされた頃にレイモンドは視界を邪魔する煙を払おうとする。武器も埋もれてしまって取り出せる状況にないと分かった時、二人の人影が残骸の中から姿を現してこちらへ向かって来る。
「あらら、時間切れか~ ?」
「どうやら…今はこれが限界らしい」
声が聞こえ、間もなくルーファンとガロステルが現れる。ルーファンの顔色は少々悪く、心なしか以前より白髪が増えている。だが目の前にいるレイモンドへ視線を戻す頃には、敵意と侮蔑をむき出しにした目をしていた。
「大地がある限り、<ガイア>の目は誤魔化せないんだぜ…まあ限度はあるが。とりあえずヤツが元凶だ。間違いない」
ふざけた口調ではあるが、ガロステルは断言した。
「基礎的な一つ呪文を教えてやろうか。大地の流派に慣れておけ、新しい器よ…大地の手甲と、唱えてみろ」
「……大地の手甲」
そのままガロステルに言われるがまま、ルーファンが呪文を唱えてみると、辺りに散らばっていた岩々が吸い寄せられ、やがて両腕を覆い尽くした。少しだけ重量感はあるが、見た目ほどではない。
「拳は人が手にした最古の武器だ。大地の流派における基本中の基本…ま、どう使うかはお前が決めろ」
ルーファンがどのような行動に出るかなど分かり切っていたが、わざとらしくガロステルは肩を叩きつつ彼に行動を委ねる。いずれにせよ話が早くて助かる。ルーファンは岩の拳を握り締めてからレイモンドの方へと歩き出した。目的は至極単純。目の前にいる畜生を後悔させる事以外にあるものか。
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