怨嗟の誓約

シノヤン

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2章:砂上の安寧

第49話 傍若無人

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 ――――跪いたままの酋長と目線を並べるため、レイモンドは彼女の前で片膝を突いた。

「何が望みだ…って顔をしてるな」

 レイモンドはほくそ笑んだ。

「私を殺すか ? お前たちの蛮行については既に情報を掴んでいる。パージットの様に滅ぼすつもりだろう」
「スアリウス側から入れ知恵をされたか ? ひとまず<ガイア>と、この地については被害を最小限にしろとお達しがあってな。だが…全てはお前の意思次第だ」

 リミグロンの目的など分かり切っている酋長だったが、レイモンドは首を横に振って集落を滅ぼそうつもりはない事を告げる。酋長の出方次第であると条件付きではあったが。

「何が言いたい ?」
「一言、宣言してくれるだけ良い。この地における統治権をリミグロンに寄越す。それですぐに終わる話だ。この辺りには鉱脈も水資源もある。何より獣人達は、人間を遥かに上回る高い身体能力を有しているから、労働力としても申し分ない。お前たちに価値を見出している連中は多いんだぞ、想像以上にな」
「嫌だと言ったら ?」
「そう来ると思っていた…ならこちらもやり方を変えるまでだ。今から一人ずつ捕虜を引っ張り出し、両耳を削ぎ、両眼を抉り、舌を切り落とし、殺す。お前が宣言をするまでの間に、何人死ぬだろうな」

 滅ぼすつもりはなさそうという点で交渉の余地があるかと思ったが、やはり彼らの残忍さは常軌を逸していた。要求を呑まない限り、自分のせいで民を見殺しにし続ける事になる。だが要求を呑んだ所で、どのような条件を突きつけて来るか分かったものではない。おまけにキタマ達の末路を見れば分かる通り、馬鹿正直に約束を守ってくれるような奴らだとも思えない。わざわざ周囲に聞こえるように話している点もタチが悪かった。

「ッ…民には手を出すなと言った筈だ」
「確かに凌辱は嫌いだが、それ以外をしないといつ言った ? それに、やろうと思えば皆殺しも出来たが、こっちはわざわざ譲歩してやったんだ。にも拘らず誠意を見せてくれないのであれば、これ以上遠慮をする道理も無い。まあ事実は紙の上で作れるもんだ。想像以上に抵抗が激しかったのでやむを得ず殺しました…とでも言っておくさ」

 やはりこいつらは絶対に信用してはならない。レイモンドの言い分は酋長にそのような懐疑心と敵対心を植え付けるには十分すぎた。かといって平然と突っぱねられる様な状況でもない。

「なら、まずは私からやれ」

 酋長は覚悟を決めたように言った。どうにか民を犠牲にする事だけは避けたい。そう思ったが故の発言だが、それに対してさえもレイモンドはだめだと言わんばかりに首を横に振る。

「無理だな。あんたには今後表向きの指導者として統治してもらわないと困るんだぜ。何よりアンタを殺せば後々に響く。あくまで「酋長自らの意思でリミグロンに降った」って情報が必要なんだからな。下手に怪我を負わせたくない」

 成程、リミグロンは既成事実を作りたいのだ。酋長はレイモンドの言葉から意図を読み取る。そもそも支配される事を望む申し出があったと公表できれば、諸外国も強くは出られない。さらに実態はさておき、好条件で管理され、恩恵を享受しているとあれば逆にリミグロン側へ付きたいと言い出す勢力も現れるかもしれない。彼らはとにかくかき乱し、敵側の団結を阻みたいのだ。これでは仮に不都合な事態があっても揉み消されるだろう。

「あの…一つよろしいでしょうか ?」

 その最中、弱々しい年寄りの声と共にキアが手を挙げた。近くにいたリミグロン兵が彼女を黙らせようとするが、レイモンドは「やめろ」と言って静止させる。そして副隊長に酋長を任せた後に、キアの元へと向かっていった。

「どうした婆さん」
「これから私達は殺されるのですか?」
「まあ、順番だがな。酋長殿が降伏を宣言するまで続け――」
「それなら、私からやってはくれないでしょうか ?」

 彼女の前に立ったレイモンドは質問に答えるが、直後にキアの口から飛び出た頼みに耳を疑った。自分がこれから何を行うと言ったか、このババアは聞いてなかったのだろうか。

「…何 ? 正気か ?」
「このまま殺されていくのであれば、まずは私みたいな年寄りからでしょう。子供や若者の様に先があるわけでもないのですから。彼らのこれからの未来を、こんな所で終わらせてはいけません」

 改めて尋ねるも、やはりキアは自らを犠牲にしようとしていた。酋長も思わず何かを言いかけるが、自分の方を優しげな眼で見て来るキアの顔は覚悟を決めているようだった。死ぬつもりなのだ。

「…驚いた。聞いたかお前ら ? これぞ、本物の自己犠牲だ。右翼も真っ青な郷土愛…良いだろう。彼女を連れてこい。丁重にエスコートしろ。せめてもの敬意だ」

 馬鹿にしているのか、それとも一周回って讃えているつもりなのかは分からないが、レイモンドは他のリミグロン兵にそう言った。間もなくキアが連行され、広場の中央で再び跪かせられる。ガルフを始めとした他の獣人達の中には、キアの代わりに自分がと申し出る者もいたが、既に決定したからといって聞き入れてもらえなかった。

「因みに警告をしておくが、途中で悲鳴を上げたり動いたりした者はその場で殺す…では、始めるとしよう」

 レイモンドは警告をしてから短刀を抜く、その間キアは両手を合わせて必死に祈っていた。

「母なる大地よ、我らを見守りし神々よ。どうか苦難に立ち向かう勇気を与えたまえ…」

 必死に呟き続けるその姿を見たレイモンドは、滑稽であり哀れであり惨めな姿だと思ってしまい笑いを堪えるのに必死だった。本当に弱者の事を思いやってくれる偉大なる神々とやらが実在するのならば、こんな事態に陥っているわけないというのに。所詮は年寄りであり、自分以外の何かに縋ろうとする軟弱者である。そう思いつつキアが何度か戯言を唱えた頃、彼女の右耳を掴んで一気に切り取った。

「ううううううぅ…‼」

 悲鳴とも呻き声とも取れる汚らしい声がキアの口から洩れた。獣人達が軒並み、目を背けようとするがすぐにリミグロン兵達が暴行を加えて無理やりキアの醜態へと目を向けさせる。

「これ以上…放っておけるか !」

 とうとう獣人の一人が立ち上がる。ガルフだった。そのまま動き出そうとする彼女だが、すぐさま近くにいたリミグロン兵が銃を向けて彼女の足を撃つ。光弾によって片足を吹き飛ばされ、苦痛に悶えながらガルフは地面へ倒れ込んだ。

「あーあ」

 レイモンドがそう呟いた頃には、地面で藻掻いたガルフに向かって兵士が銃を向けていた。そして頭を吹き飛ばされた後に、ぐったりと動かなくなってしまう。他人のためにわざわざ憤り、自らの命を無駄にするとはつくづく情に流されやすい前時代的な土人である。

 そう思いつつ、レイモンドはキアのもう片方の耳も切り取った。動かす手に迷いやぎこちなさが一切ない。さながら肉屋が行う解体だった。両目も同様に慣れた手つきで抉り、無理やり口を開けさせて舌も切り取ろうとする。もはやキアもされるがままであり、舌を掴まれても小さく呻くばかりであった。

「大事な民衆がこんな目に遭ってもまだ言わないか ? 薄情なリーダーだな」

 そして舌を切り落としてレイモンドは酋長に語り掛けるが、やはり彼女からの返事は無い。思考を捨てて放心したいという絶望感と、早く彼らに降参を申し出た方がいいのではないかという焦り、そして<聖地>に向かったルーファン達の身も案じたいという思いが一気に押し寄せ、心が折れかけていた。何から手を付ければいいか分からず、頭が回らない。

 いや、自分は選択そのものを間違えたのだ。いっその事責任を放り出し、死んでしまいたい。もしくは人々に罵倒され、石をぶつけられながら殺されてしまいたい。そう考えている間にキアの頭が切り落とされてしまい、その生首をレイモンドが自分の前に置いてきた。遅かれ早かれ、すぐに自分も後を追う事になるだろう。

「まだ何も言わないか ? 仕方ない。次は子供にす――」

 そして早くも次の贄をレイモンドが選ぼうとした時だった。小さな振動が一度だけ地面から伝わったかと思えば、後方で何かが崩れ落ちるような音が聞こえる。振り返ってみると、<聖地>の座標があったと思われる鉱山が音を立てて崩れ出していた。

「…何だ ?」

 レイモンドが困惑した直後、地面を突き上げるような振動が襲い掛かった。思わずよろけてしまうが、その後も幾度となく一定のリズムで振動は起き続ける。まるで巨大な何かが地面に叩きつけられているかのような音も響き渡り、それらはどんどん大きくなっていった。間もなくレイモンドはそれが地震や崩落音ではなく、何かがこちらへ接近してきている足音であると気づく。しかし、その瞬間に山の方から巨大な影が跳躍し、辺りの建物を踏みつぶしながら広場の手前に着地した。絶望の幕開けである。



※次回の更新日は7月23日予定です。
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