怨嗟の誓約

シノヤン

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2章:砂上の安寧

第45話 勝利は求めない

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「私がやる」

 ルーファンが剣を抜いたのとほぼ同時に、サラザールが翼を生やして飛翔した。連絡を取っていたリミグロン兵の方へと飛び、ワイバーンの首をへし折って殺した後に跨っていた兵士ごと別のリミグロン兵の方に投げ飛ばす。サラザールを撃ち落とそうとする者達もいたが、ワイバーンを操りつつ空中で狙いを定めるのは容易ではない。何より、飛行時におけるサラザールの機動力はワイバーンのそれを遥かに上回っていた。

「今の内だ !」

  ルーファンは急いで扉の前に向かい、「宿れドウェマ・ネト」と唱えて剣に闇の瘴気を纏わせる。そして扉の一部をくり抜く様にして切れ込みを入れると、その部分を力づくで押して中へと入った。

「フォルト、急げ !」
「行って。私はあの人と一緒に時間を稼ぐ。きっと一人じゃ止められないから」
「だが…いや、分かった。気を付けてくれ。それと、ありがとう」

 ルーファンに誘われたフォルトだが、首を横に振ってから空中で戦闘を続けているサラザールの事を心配した。そんな彼女に礼を述べてから、ルーファンは一緒に入り込んできたジョナサンと共に最深部へと向かっていく。フォルトはそれを確認してから穴の開いた扉の方へと手をかざした。

塞げクローブ

 そう唱えると地中から岩が生えて穴を覆ってしまう。それから彼女は扉の前に立って深呼吸をした。武者震いか、死への恐れなのかは分からないが手が少し震えている。

大地の鎧、顕現せよラスア・マカ・ピアグナス

 そして鎧を出現させて身に纏うと、尻尾や関節の動きを確認しつつ周囲の状況を窺った。サラザールが自分の隣に降り立ってくると同時に、大量のリミグロン兵が辺りを囲い出す。

「これより白兵戦に入る。総員、近接用の装備に切り替えろ」

 一人が指示をすると、リミグロン兵達は銃を仕舞ってから腰に携えている簡素な見た目をしたサーベルを抜刀する。

熱く輝けカロート・フルン

 そう唱えるとサーベルの刀身が光に包まれていき、バチバチと火花が迸り出した。具合を確かめるかのように地面を切っ先で擦ると、たちまち土や石を黒く焦がしてしまう。かなりの熱を持っているらしい。

「あんな武器、前は持ってなかった。新兵器ってやつかしらね…ところで大丈夫 ? 無理しないでいいのよ」
「あ、ああ、うん…大丈夫。ここを守らなきゃ」

 サラザールはフォルトへ言うが、彼女が緊張しっぱなしなせいで聞こえていないようだった。

「戦場へようこそ」

 フォルトに言い聞かせるように呟き、サラザールは漆黒の翼を大きく広げて見せた。フォルトも覚悟を決めたのか、頭部全体を岩の鎧で覆ってから構えを取る。そしてリミグロン兵が動き出したのと同時に走り出した。



 ――――その頃、敵の攻撃に備えていた集落でも動きがあった。

「何か…音がしないか ?」

 獣人の一人が異変に気付く。見上げてみると、自分達を守ってくれている岩盤のドームが微かに揺れていた。やがて振動が強まっていき、とうとう岩盤に亀裂が入り出す。何かが攻撃を加え、穴を開けようとしているのだ。

「構えろ!!」

 異変に気付いたガルフは叫び、彼女の合図とともに獣人達は唸る。そして拳や首を鳴らして構え出した。ドームが破られる事そのものは想定済みであり、ただ敵を引き付けておく事が重要である。自分達はただ時間を稼げばいいのだ。

 そして覚悟を決めた時、ドームが完全に砕かれてしまい、そこから巨人が落下してきた。巨大且つ屈強な肉体には鎧代わりに鋼板を縫い付けられており、左腕の義手には棘のついた鉄球の様なものが備わっていた。頭部にも鉄製のヘルメットが縫い付けられている。というより、ボルトで無理やり固定している状態であった。

「巨人族か…⁉」


 獣人達は驚きつつ、変わり果てた絶滅危惧種の生物を前に攻撃を躊躇してしまう。一方、巨人達はぎこちない動作で周囲の様子を確認し、すぐに暴れ始めた。あちこちから巨人たちがドームを突破して現れるや否や、全員が白兵戦を行おうとし出す。

「恐れるな ! かかれ !」

 気を取り直したガルフが叫び、手本を見せてやると言わんばかりに巨人へ飛び掛かっていく。その行動に後を押されたのか、他の獣人達も続いて巨人達へ襲い掛かった。五メートルはあるかという巨体を前に、果敢に獣人達は飛び掛かっていく。それ以外にも地中から出現させた岩の槍を投げ、巨人の肉体へと突き刺す者もいた。

 一方で巨人達も容赦なく獣人達を蹴り飛ばし、時には追い打ちをかけるために足で踏みつぶしていく。やがてドームに空いた穴から次々とワイバーンに乗ったリミグロン兵が現れ、辺りは血や悲鳴、そして咆哮が飛び交う戦場へと変貌する。獣人達は次々に殺されるか、二度とまともな生活が送れないように体を壊されていくのに対し、リミグロンの戦力は途絶えるどころか増えていく一方だった。

 状況が不利になる様ならすぐにでも降参し、私の身柄を引き渡すと酋長は言っていた。しかし彼らの物量を見る限り、交渉をする気すらないのではないかと思えてしまう程である。決して裏切りたいわけでは無い。しかし、こんな手荒い方法で時間稼ぎをするべきじゃなかったと、戦闘の最中にガルフは何度か後悔した。

「降伏だ !」

 突如、声が聞こえた。振り返ると自身の護衛達と共に酋長が姿を現している。どこで覚えた知識なのかは知らないが、白い布切れを棒に括り付けた即席の白旗を従者に携えさせていた。そんな彼女達の姿を見たリミグロン兵は、どこかへ装置を使って連絡を取ってから他の仲間たちへと合図を送る。巨人達も何かしらの指示を受けたのか、すぐに暴れるのをやめて大人しくしていた。

「はい…はい…分かりました。それでは」
「何て言ってた ?」
「老若男女問わずだ。自分が出向くまでに全員を裸にひん剥いて跪かせろとさ。ついでに年寄りと若い連中は分けておけ。ジジババ共は役に立たんからな」

 兵士たちはそんな下劣な会話を繰り広げ、少ししてから酋長の下へと向かって銃を突きつける。その後、集落にいた獣人達全員が武装や服を放棄させられ、拘束をされたのは言うまでもなかった。
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