怨嗟の誓約

シノヤン

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2章:砂上の安寧

第38話 腹に一物

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「言い方からするに分かってるんだな。何者なのか」
「ああ」

 ルーファンが尋ねると酋長は頷く。暫し顔を眺めていたが、「後で話そう」と小声で呟いた。ルーファンが不思議そうにするものの、理由を言わずに立ち上がってから今度はジョナサンの方を睨む。

「和解と言ったな。詳しく聞かせろ」

 酋長に睨まれたジョナサンは震え上がるが、彼女がそう要求すると周りの顔色を窺いつつ口を開きだす。

「和解…ええ、ええその通り。あなた方の対応については、恐らく過去のいざこざが原因だと心得ていますが…このままでは双方にとっても状況を悪化させるばかりであって、共和国としては一日でも早く取引の正常化を図りたいとの事です。何より、ここ数年の間に起きているリミグロンによる破壊活動についてはご存じでしょう。この砂漠に眠っている<聖地>を確実に狙っている筈。手遅れにならないうちに和解し、共同で防衛体制を整え――」
「勝手な事を抜かしおって…‼元はと言えば貴様らのせいだろう !」

 そのままスアリウス側の言い分と提案を伝えていたが、周囲で見ていた獣人の一人が怒鳴った。年老いており、そんな彼を中心に比較的高い地位にいるらしい獣人たちが何人かいる。漏れなく歳を食っていた。

「そうだ ! 我々の先祖が無知だったのを良いことに、資源や民を使い潰していたのが貴様ら本国の人間だ !」
「こちらからの交渉には応じず、挙句兵士達によって管理をするとまで言い出してきたではないか !」
「どの面を下げて和解などとほざいている !」

 口々にその一派がジョナサンへ野次を飛ばす。彼を糾弾したところで何の意味もないのだが、八つ当たりをしたかったのか獣人達はお構いなしだった。

「おい」

 酋長が静かに呟き、殺気立った表情で彼らに眼光を飛ばす。

「私がいつ貴様らの意見を聞いた ?」
「酋長、まさか和解をする気ですか⁉」
「また手を組むことを利用して、我々から何もかも搾り取る気に違いありません !」
「再び不利な条件を押し付けられるくらいなら、いっそリミグロンの要求を呑むべきでしょう !」

 酋長がどうにか抑えようとするが、彼らの愚痴は止まらない。懐疑心を向けてくる獣人たちだったが、そんな彼らの発言の一部にルーファンは反応した。

「待て…リミグロンの要求というのは ?」

 ルーファンが酋長へ訪ねた。先程まで大人しかった青年から穏やかさが消え失せている。その変わり様を見た酋長は動揺を隠すためか、少し硬直したままルーファンと目を合わせ、やがて背を向けて玉座へと戻りだした。

 一方で黒毛の獣人は酋長を睨むルーファンの姿を見て戦慄する。リミグロンという言葉を聞いた瞬間、彼女はルーファンの目が血走ったような気がしてならなかった。並々ならぬ殺意。それが酋長に向けられるのではないかと焦っていたのである。現に彼女を睨む青年の姿は、紛うこと無き飢えた獣であった。

「そちらの提案については暫く返事を待ってもらう。その間はこの砂漠に滞在してもらう事になるが…いずれにせよ検討しよう」

 酋長がそう言うや否やどよめきが起きるが、決定が下された以上は引き下がる以外になかった。黒毛の獣人に連れられて広間を出ていき、通路を進んで外へ戻ろうとしている途中で年老いた獣人たちの小言がふとルーファンの耳に入る。

「小娘風情が…」
「何を考えているんだ…ったく」
「先代の遺言など握りつぶしておけば良かった…そうしてればあの姉妹になど…」

 どうやら醜い感情を隠し持っているのか、彼らは皆恨み言を聞こえない様に口走りつつ神殿を出ていく。少し遅れてルーファンたちもその後に続いていき、やがて神殿には沈黙が訪れた。

「はぁ…」

 気が抜けた様な溜息をつき、酋長は額を指で押さえた。

「酋長…」
「大丈夫だ。全く…こうも色々と畳みかけられてはな」

 護衛の一人が不安そうに窺うが、彼女は心配無用だと答えた。しかし依然として険しい表情のままである。ここだけの話ではあるが、自分の事をよく思ってない者たちがいる事など既に把握はしていた。リミグロンについても釈明をするつもりであり、ルーファンの素性についてもおおよそ知っている。問題は更に別の場所にあった。それはある種の驚きに近いものであり、これを正直に打ち明けるべきかどうかを悩んでいた。

「…フォルトに奴らの護衛と案内役を頼みたい。今すぐにな。それと、伝言を持たせてくれ」
「かしこまりました」

 ようやく今後の動きについて決めたのか、酋長は自身の妹の名を呼ぶ。そしてルーファン達の元へ向かうように指示を出した。



 ――――集落が良く見える高台では、一人の獣人の少女が胡坐をかいていた。酋長と同様に白い頭髪をなびかせ、灰色の体毛に覆われた体で大きく背伸びをする。そして立ち上がってから両拳を握って演舞を軽く行うが、すぐに飽きて座り込んだ後に集落の景色を再び見始めた。

「ふぁ~…」

 座っている内に欠伸が出た。客人が来るという話を聞き、広間の重々しい空気の中で姉の傍に立っておく仕事が始まると思ってサボったのである。だが、想像以上に時間を持て余してしまった。

「フォルト様、やはりここにおられましたか」

 背後から気配を感じ、すぐに飛び起きて構える。何て事は無いただの従者であった。

「うわ~、ビックリしたもう」

 胸を撫で降ろしながら獣人の少女は言った。

「全く…酋長は非常に怒っていましたよ。客人が来たというのに、護衛としての役目をほっぽり出すなど――」
「あーあー聞こえなーい。てか、何かあったの ?」
「ええ、あなた様に客人達の護衛と集落の案内を務めて頂きたいと。そして一つ、彼らに伝言を頼まれてくれと…そう仰っていました。すぐに出向いて欲しいそうです」

 そんなもの自分じゃなくて良いだろう。従者の話を聞いている途中までは面倒くさそうに思っていたフォルトだったが、伝言があるという事を聞いて少し態度を変える。姉がわざわざ自分に頼む辺り、信頼できる者達以外を関わらせたくないのかもしれない。断る理由がなかった。

「詳しく聞かせて」

 なんにせよ退屈しなくて済みそうだ。フォルトはそう思いながら従者へ尋ねた。
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