怨嗟の誓約

シノヤン

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2章:砂上の安寧

第37話 それぞれの諸事情

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 いつの間にか日も沈みかけていた。結局ジョナサンが根折れして譲ってやったらしく、サラザールは筵の上で横になって目を瞑っている。ルーファンも壁に背中を預けて目を閉じていた。せめて食事でも貰えないものかとジョナサンが思っていた矢先、閉じられていた入り口が解放され、黒毛の獣人が姿を現す。

「来い。酋長に会わせてやる」
 
 再び三人は手枷を付けられ、さらに領地の奥へと進んでいくこととなった。

「この辺りの建物は、全部岩場をくり抜いて作っているのか ?」

  周囲の様子を眺めていたルーファンが尋ねた。というのも、周囲には人工的に加工した資材などで作られたような建築物がほとんど見当たらず、強いて言うならば木材や石を組み合わせた監視用のやぐらがある程度だったからである。

「守護者として古から伝わる教えに準拠しているだけだ。自然と共に生き、自然から学んで生きていく。恩恵を受けているからこそ、感謝と畏敬を忘れてはならない。だからこそ不自然な開墾をしてはならず、自然に存在するものへの過度な加工を避けているんだ。<ガイア>の怒りに触れないように…と言い聞かせているが、最近は少し限界も見えて来ている」
「成程…男性がほとんど見当たらないのは ? 見た所、働いているのは女性や子供ばかりだ」
「出稼ぎだ…この辺りでは確保が難しい物資や、それらを手に入れるための貨幣が必要でな。スアリウスを始めとした近隣諸国に出向いてもらっている。我々も、好きで女性や子供に労働をさせているわけではない。どう足掻いても力仕事に関しては男手があるに越したことは無いからな…今はそれが出来ない」

 ルーファンの質問に黒毛の獣人が引き続き答えるものの、彼女は苦々しい表情をしていた。この砂漠に住む彼女達の境遇は想像以上に厳しく、一刻も早く対処をしなければならないのだろう。しかし、ここで一つの疑問がルーファンの脳裏に生じる。

「だが、なぜ酋長とやらはスアリウスへ反抗し出したんだ ? こんな状況では、自分達の首を絞めるだけだろう」
「それは本人から直接聞いてくれ。着いたぞ」

 黒毛の獣人に話を中断され、一行がやって来たのは領地の最深部にある神殿だった。山脈の麓にそびえ立つ絶壁を加工しているのか、内部は洞窟の様になっている。

 出来れば見物をしたかったのだが、そのまま三人が連れて行かれたのは謁見を行うための広間であった。酋長がいるということもあってか、護衛らしき獣人達が列を成して両側の壁際に立っている。男性が多数を占めており、重要な戦力は酋長の護衛に割いているという事が見て取れる。

 奥に設置されている石で出来た大きな玉座には、寝そべる様にして何者かがいた。松明の灯りに照らされたその姿を見たルーファンは、周りの者の対応や雰囲気からして酋長であるとすぐに理解した。白く長い頭髪を携え、引き締まった細い体付きは毛並みを整えられた体毛に覆われている。こちらを睨む目は気品と妖艶さを兼ね備えており、どんな心情を抱いているのか想像をするのが非常に難しい。

「連れて参りました」

 黒毛の獣人が跪き、右拳を地に付けて頭を下げながら言った。

「枷を解け」

 酋長らしき獣人が命令をする。声からして女性かと推測していた矢先、たちまちルーファン達に付けられていた手枷が外され、そのまま黒毛の獣人の隣へと立たされた。酋長はそのまま何を言うわけでもなく、ただ黙ってこちらを見ている。試されている様な気がしてならなかった。

「こ、この度はお会いできて誠に光栄です」

 最初にジョナサンが動き、黒毛の獣人と同じようにして挨拶をする。そんな彼の見様見真似ではあるが、ルーファン達も同じ様にして跪いて頭を下げた。

「そこの女、口元を何故隠している」

 不意に壁際から睨んでいる獣人の一人がサラザールへ言った。

「すぐにその布を外せ」
「お言葉ですが、これには止むを得ない事情があります故、どうかお目溢し頂けないでしょうか ? 決してやましさから来る振る舞いではないのです」

 獣人が要求をしてくるが、流石にあんな人外じみた姿を見せるわけにはいかないとジョナサンが反論をする。しかし、知った事かと言わんばかりに獣人達が近づき、跪いているサラザールの周りを囲う。

「力ずくで取られるか、大人しく従うかだ」

 圧力を掛けてくる獣人を余所に、サラザールはルーファンに視線を向ける。目が合ったルーファンは何を言う事もなく、ただ一回だけ頷いて見せた。どの道いつまでも隠し通せる訳ではない。ならば自分達が何者なのかをこの際明かしてしまった方が良いだろう。

 そんな彼の考えを理解したのか、サラザールは口元の布を変形させて消滅させる。大人しく従ってくれた事に獣人達も一度は安堵したが、露になったサラザールの素顔を見たせいでゾッとした様に少し後ずさりをする。

「化け物… !」
「どういう事だ!?」
「スアリウスからの遣いでは無かったのか!?」

 一気に場の雰囲気が変わり、大きなざわめきが起こり始めた。黒毛の獣人も凍りついたようにサラザールを凝視しており、その場にいた者達は三人を恐れるか、正体を探ろうと話し合い出す。ただ一人を除いて、ルーファン達の言い分を聞こうとはしていなかった。

「静まれ!!」

 先程までの物静かな態度から一変し、酋長は牙を向きながら怒鳴った。周りの獣人達が一斉に沈黙する中、酋長は玉座から立ち上がってルーファン達の元へ近づいていく。普段は自分から動く事のない彼女の行動に対して周囲が動揺する中、酋長はサラザールの前に立った。

「素敵な牙だな」

 暫し眺めた後、ただ一言だけ彼女は呟く。サラザールはキョトンとした様に見ていたが、すぐに酋長はルーファンの方へと近づいた。そして彼の前に跪いて目線を合わせると、両手で彼の頬を触り、鼻の先がぶつかるのではないかと言うほどに顔を近づけ、ルーファンを見つめ続ける。

「お前は何者だ ? なぜヤツを引き連れている ?」

 落ち着き払った様子で酋長は問い掛けて来る。まるでサラザールの事を知っており、彼女の素性を把握した上で質問をしている様だと、少し狼狽えつつもルーファンはそう感じた。
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