怨嗟の誓約

シノヤン

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2章:砂上の安寧

第31話 脅し

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「なぜ我々が ? スアリウスの軍が出向けばいいのでは ?」

 厄介事を押し付けられそうだと感じたルーファンは尋ねた。

「既に駐屯地を作り、多くの兵士が付近の防衛に当たってはいます…しかし、砂漠の奥地にまでは辿り着けていません。今回行いたいのは和平交渉…あなたには我々側の協力者として立ち会って頂きたい」

 女王は理由を説明するが、やはり腑に落ちない。身内の問題なのだから身内で解決すれば良いというのに。

「尚更私が出向く理由が無い様に思えますが…それに和平交渉 ? 砂漠はあなた方が管理をしている筈でしょう」
「問題はそこに住む先住民です。この国に住む獣人達のルーツとされている者達がその砂漠には住んでいます。砂漠とは言っても、岩山や地層から採れる鉱石を始めとした資源の採掘地です。先住民はその資源を探す術を持っている。しかし年数が経つにつれて、彼らとの関係が悪化し続けていきました。我々が不当に搾取を行っており、多くの働き手を奪っているせいで集落の運営もままならなくなっているというのが理由です。我々も条件付きではありますが、譲歩をしようとは試みたものの…思うように上手く行っていないのが現状。私が就くよりも遥か前の王が隷属化を強行したのですが、今になって問題になってしまっている」

 納得の行ってないルーファンに対し、女王は現地の住人との間に起きている確執について説明をする。だからと言ってすんなり受け入れるつもりは無かった。こうやって喧嘩が起きていると主張し出す者は、必ず都合の悪い事実を隠している事が多い。

「一応確認をさせて頂きますが、何か不都合な事を隠してはいないですか ?」
「隠すつもりなら別の理由を用意していましたよ。問題が起きており、こちらに非があるというのは紛れもない事実。寧ろあちらに赴いて彼らの主張も聞いて欲しいくらいです。話し合いで重要なのは、互いの認識を確認して着地点を見つける事ですからね」
「非があるというなら食い下がるべきはスアリウス側でしょう。にも拘らず条件付きなどと…言葉を選ばずに言わせていただくなら図々しささえ感じてしまう」

 疑い続けるルーファンに対して女王はしっかりと否定をする。しかし、尚更スアリウス側の対応が気に入らないと感じたのか、ルーファンは物怖じせずに女王へ指摘した。辛辣且つ無礼な物言いに対して部下達は詰め寄ろうとしたが、女王は彼らを牽制する。

「仰る通りです。しかし女王としてこの国の政治に携わる以上、私はスアリウスを豊かにするために尽力しなければなりません。ましてやリミグロンやシーエンティナ帝国の様に、不穏な要素が多い情勢もある…だからこそ国内の問題を早いうちに解決しておきたいのです」

 女王はそこまで言うと、一息入れるためにティーカップを手に取る。そして一口飲んで溜息をつくと、再びカップを置いてルーファンの方を見た。

「リゴト砂漠の先住民とは同盟を結び、リミグロンに対抗するための防衛体制を整えたい。恐らく彼らは、貸しを作った上でそれを元手に無茶な要求をして来ると考えているのかもしれません。ですからあなたにも証人となって頂きたい。第三者…それも我々と同じくリミグロンと敵対し、”鴉”という異名を轟かせているあなたが保証をしてくれるとあれば、彼らも考えを改めてくれるかもしれませんからね」
「そんなに上手く行くものか… ?」

 自分の役割を聞かされたルーファンだが、やはり不安要素の方が大きい。自分の持つ影響力というのがどこまでの物かは知らないが、その程度でどうにかなるとは思えない。

「それに、道中の警護役も必要になります。残念ですが、我々から直接使者を送るという事は出来ません。政府の人間があなた方に同行し、協力している事がリミグロン側に知られてしまえば、必ずスアリウスが次の標的にされるでしょう。まともに戦力を整えられない今、それだけは何としても避けたい。使者の代理として既にレイヴンズ・アイ社には協力を要請しています。あくまで取材として先住民たちの元へ赴き、その上でこちら側の意向を伝えて頂きたい」
「つまりいざという時は切り捨てられる立場というわけか…もし断ったら ?」
「その時は別の手を考えるまで。脅迫じみた言い方かもしれませんが…もし断るのであれば、パージット王国の難民達の処遇については少し覚悟をすべきでしょう」

 そんな彼の考えなど知る由もなく、続けざまに女王は詳細を言う。孤立無援な中で仕事を行ってくれという想像以上に無茶苦茶な物だったが、難民の生活が掛かっている今の状況では断るわけにもいかない。難民の受け入れなど所詮は偽善による施しと分かっていたが、こうも都合よく利用してくるとは思わなかった。

「分かりました。ただし、私が動くのはあくまでリミグロンへの復讐と難民のため…もし約束を反故にしたりする様な事があれば、こちらにも考えがある」

 ルーファンはすぐに応じた。というよりもそれ以外の答えなど言える筈も無かった。満足そうに女王は頷き、すぐに誓約書を用意するとして部下達へ命じる。仲間達の方を見ると、あまり興味なさそうにしているサラザールと、こちらを見てサムズアップをしているジョナサンがいた。



 ――――二日後、リゴト砂漠へと続く街道へルーファン達は向かう。

「正直…少しヒヤヒヤしたよ。怖いもの知らずだってのは分かってたが、まさかこの国の王族にまで担架切っちゃうなんてさ」

 やたらと大量の荷物を背負っているジョナサンが言った。

「どうも都合よく利用されてると感じてしまった。嘗められないようにするための意思表示だ」
「気持ちは分かるが、もう少し信用してくれよ。国の財政も外交も切羽詰まってるんだ。ここで裏切る様な真似して自ら首を絞めるなんて事はしないさ。それに…」
「それに ?」
「…これまで壊滅させられた無数のリミグロンの小隊や、基地について情報を聞かされてる。君を敵に回すとどうなるか良く分かってるだろうさ」

 不安を抱え続けていたルーファンだが、ジョナサンはその心配はないと彼を諭す。ルーファンは自分の事を過小評価してるのだろうが、”鴉”の噂について尾ひれがついてしまっている今となっては、彼がリミグロンにまつわる戦いにおいて無視できない存在となっている事をジョナサンは理解していた。
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