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2章:砂上の安寧
第30話 引き換え
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三日後、ルーファン達は接見のために王宮へと向かっていた。しかし、客人としてではない。帽子を深く被り、建物の中へ積み荷を運ぶ御者として三人は紛れ込んでいたのである。どこから情報が洩れるか分からないという点を懸念し、ルーファンが女王陛下と接触するという事実を外部の人間に知られない様にしておく必要があった。
「とりあえず…バレずに済んだみたい」
「君だけガッツリ怪しまれてたけどね」
服を脱ぎ捨て、いつもの装束に戻ったサラザールはホッとしている様子だったが、彼女を見る守衛や街の住人達が軒並みヒソヒソと話していたり、二度見している光景を思い出したジョナサンが彼女にツッコミを入れた。明らかに人間の物とは異なる目や、長身によるものだから仕方ないとはいえ、留守番しておくという選択肢は無かったのだろうか。
「それより、接見はどこで行うんだ ?」
「今いるのが地下の食糧庫、もうすぐで使いが来る筈…そうら来た」
ルーファンが確認を取ると、ジョナサンは段取りを思い返しながら答える。彼の言葉通り、二体の獣人が食糧庫のドアを開けた。
「お待ちしておりました…どうぞこちらへ」
そのまま彼らに案内されるがまま、ルーファン達は王宮へと招かれた。忙しく動いている高官たちを尻目に、ルーファン達は女王が使っているという執務室へ向かうため、階段を昇って行く。一切の会話も無いまま進んでいる時、獣人の一人が物珍しそうな視線をルーファンから送られている事に気づく。
「我々の様な種族を見るのは初めてで ?」
「ああ…不愉快に感じたのなら済まない」
「いえいえ。無理もないでしょう…女王陛下は奥の部屋にいらっしゃいます」
ルーファンが素直に謝ると、気にしてなさそうに獣人も笑みを向ける。やがて階段を昇り切ってから執務室へと続く廊下に辿り着くと、獣人も女王陛下と対面する事になると遠回しに予告した。
「今回はあくまで記録には残らない非公式な物です。女王陛下自身も非常に気さくな方ではありますが、どうか粗相の無いようにお願いします。場合によっては、実力行使の下で叩き出す羽目になってしまいますので」
「忠告に感謝する。こちらも準備は大丈夫だ」
獣人達からの警告にルーファンが応じると、そのまま執務室へと一同は向かう。そしてノックをしてから最初に獣人達が入って行った。
「女王陛下、客人を連れて参りました」
「通してあげなさい」
書類に目を通している最中だった女王は、獣人の呼びかけに反応して眼鏡を外しながら彼らの方を向く。間もなくルーファン達が部屋に入れられると、この時を待ちわびていたかのように満足げな笑みを見せた。普段から陽気に笑って過ごしているのだと分かるほどに笑い皺が出来ており、肉付きこそいいが決して肥えているわけではない。白髪の生えた健康体の老婆であった。
「この度は――」
「かしこまった事はしなくて構わないわ。会いたいと願ったのは我々なんですもの」
跪いてからルーファンが社交辞令を述べようとするが、女王はそれを止めた上で彼を立ち上がらせた。
「さあ、座りなさい。まずは、あなたがこの国に来た目的について聞く必要があるわね」
「理由については幾つか…戦火から逃れたパージット王国の難民の安否の確認、そしてリミグロンに関する情報を見つけるためです」
「一つずつ整理していきましょう。もう知っているでしょうけど、パージット王国から流れついた難民については、ひとまずこの国で匿っているわ。鎖国をする前までは交易をしていた国ですもの。恩義もある上に…救いを求める手を払いのける道理はない。違うかしら ? 働く意思がある者には仕事の斡旋を行い、子供達には教育を受けられるよう準備をしています」
ルーファンがスアリウスへ来た動機を語ると、女王も頷いてから最初に難民の処遇について語っていた。彼らの保護を求めていたルーファンにとって、その内容は決して悪い物では無い。だが、それ故に不安を覚えていた。このまま至れり尽くせりで終わるわけがない。
「しかし、この国の経済やそれを取り巻く外部の環境は決して良いとは言えません。このまま悪化し続けるようならば、間違いなく難民に対して世論は否定的な眼差しを向けるようになるでしょう。衣食足りて礼節を知るという言葉があるという事は、その逆もあり得るという事。”自分達の資源を浪費する忌々しき難民”として、憎しみや不満の原因に仕立て上げられてしまう…幾度となく歴史上で繰り返されて来た事です」
「それほどまでに大変な状況なのですか ? この国は。街の様子を見たが、私の故郷とは比べ物にならない程に卓越した技術、それによって発達した大規模な産業を持っている様に感じたが…」
「いかに技術や人材、組織があったとしても資源が無ければ役には立たないのですよ。悲しい事に、この国の産業において必要としている資源は大半が外部から輸入されているものです。しかし、リミグロンによる被害や襲撃によって他国との交易もままならず…今では全ての国が鎖国をしているような状態にあるのが実情。唯一国内で賄える資源についても…少し問題が生じています。こちらだけでも最優先で解決しなければならない」
スアリウスが置かれている状況は決して良い物ではないと女王が話す間、難民達がこのまま居座っている事で生じるかもしれない問題をルーファンは危惧していた。同時に、なぜ女王が国内で抱えている問題についてここまで詳しく話してくれるのか、そこについても薄々勘付いてしまう。
「まさか、その問題とやらを私達に解決してほしいと ? 実質、難民が人質となっているのから従ってくれるだろうなんて思っている様にも見えるわ」
「お、おい…」
誰よりも先にサラザールが食ってかかる様な物言いをして、ジョナサンは青ざめながら彼女を止めようとする。しかし女王は決して怒るような事はせず、静かに頷いてサラザールの言い分を受け止めていた。
「そう考えるお気持ちも良く分かります。しかし先程聞いた目的から鑑みると、きっとあなた方にとっても悪い話ではない筈。問題が起きているというのは、我々が管轄している土地…リゴト砂漠です」
女王が土地の名前を口にすると、ジョナサンは少し驚いたように彼女を見た。なぜか分からないが、獣人達もバツが悪そうにしている。
「リゴト砂漠 ?」
聞きなれない土地の名前を聞いたルーファンは、不思議そうに尋ねた。
「ええ。大地を司る幻神、<ガイア>が祀られている場所…あなたにはどうか、そこへ出向いて頂きたいと考えています。勿論、リミグロン絡みの問題で」
そのまま女王はルーファンへ頼み事を告げる。事情を知らない内は何とも言えないが、こうした部外者に頼むしか手立てがない以上、少なくとも一筋縄では行かない事だけは確かだとルーファンは思っていた。
「とりあえず…バレずに済んだみたい」
「君だけガッツリ怪しまれてたけどね」
服を脱ぎ捨て、いつもの装束に戻ったサラザールはホッとしている様子だったが、彼女を見る守衛や街の住人達が軒並みヒソヒソと話していたり、二度見している光景を思い出したジョナサンが彼女にツッコミを入れた。明らかに人間の物とは異なる目や、長身によるものだから仕方ないとはいえ、留守番しておくという選択肢は無かったのだろうか。
「それより、接見はどこで行うんだ ?」
「今いるのが地下の食糧庫、もうすぐで使いが来る筈…そうら来た」
ルーファンが確認を取ると、ジョナサンは段取りを思い返しながら答える。彼の言葉通り、二体の獣人が食糧庫のドアを開けた。
「お待ちしておりました…どうぞこちらへ」
そのまま彼らに案内されるがまま、ルーファン達は王宮へと招かれた。忙しく動いている高官たちを尻目に、ルーファン達は女王が使っているという執務室へ向かうため、階段を昇って行く。一切の会話も無いまま進んでいる時、獣人の一人が物珍しそうな視線をルーファンから送られている事に気づく。
「我々の様な種族を見るのは初めてで ?」
「ああ…不愉快に感じたのなら済まない」
「いえいえ。無理もないでしょう…女王陛下は奥の部屋にいらっしゃいます」
ルーファンが素直に謝ると、気にしてなさそうに獣人も笑みを向ける。やがて階段を昇り切ってから執務室へと続く廊下に辿り着くと、獣人も女王陛下と対面する事になると遠回しに予告した。
「今回はあくまで記録には残らない非公式な物です。女王陛下自身も非常に気さくな方ではありますが、どうか粗相の無いようにお願いします。場合によっては、実力行使の下で叩き出す羽目になってしまいますので」
「忠告に感謝する。こちらも準備は大丈夫だ」
獣人達からの警告にルーファンが応じると、そのまま執務室へと一同は向かう。そしてノックをしてから最初に獣人達が入って行った。
「女王陛下、客人を連れて参りました」
「通してあげなさい」
書類に目を通している最中だった女王は、獣人の呼びかけに反応して眼鏡を外しながら彼らの方を向く。間もなくルーファン達が部屋に入れられると、この時を待ちわびていたかのように満足げな笑みを見せた。普段から陽気に笑って過ごしているのだと分かるほどに笑い皺が出来ており、肉付きこそいいが決して肥えているわけではない。白髪の生えた健康体の老婆であった。
「この度は――」
「かしこまった事はしなくて構わないわ。会いたいと願ったのは我々なんですもの」
跪いてからルーファンが社交辞令を述べようとするが、女王はそれを止めた上で彼を立ち上がらせた。
「さあ、座りなさい。まずは、あなたがこの国に来た目的について聞く必要があるわね」
「理由については幾つか…戦火から逃れたパージット王国の難民の安否の確認、そしてリミグロンに関する情報を見つけるためです」
「一つずつ整理していきましょう。もう知っているでしょうけど、パージット王国から流れついた難民については、ひとまずこの国で匿っているわ。鎖国をする前までは交易をしていた国ですもの。恩義もある上に…救いを求める手を払いのける道理はない。違うかしら ? 働く意思がある者には仕事の斡旋を行い、子供達には教育を受けられるよう準備をしています」
ルーファンがスアリウスへ来た動機を語ると、女王も頷いてから最初に難民の処遇について語っていた。彼らの保護を求めていたルーファンにとって、その内容は決して悪い物では無い。だが、それ故に不安を覚えていた。このまま至れり尽くせりで終わるわけがない。
「しかし、この国の経済やそれを取り巻く外部の環境は決して良いとは言えません。このまま悪化し続けるようならば、間違いなく難民に対して世論は否定的な眼差しを向けるようになるでしょう。衣食足りて礼節を知るという言葉があるという事は、その逆もあり得るという事。”自分達の資源を浪費する忌々しき難民”として、憎しみや不満の原因に仕立て上げられてしまう…幾度となく歴史上で繰り返されて来た事です」
「それほどまでに大変な状況なのですか ? この国は。街の様子を見たが、私の故郷とは比べ物にならない程に卓越した技術、それによって発達した大規模な産業を持っている様に感じたが…」
「いかに技術や人材、組織があったとしても資源が無ければ役には立たないのですよ。悲しい事に、この国の産業において必要としている資源は大半が外部から輸入されているものです。しかし、リミグロンによる被害や襲撃によって他国との交易もままならず…今では全ての国が鎖国をしているような状態にあるのが実情。唯一国内で賄える資源についても…少し問題が生じています。こちらだけでも最優先で解決しなければならない」
スアリウスが置かれている状況は決して良い物ではないと女王が話す間、難民達がこのまま居座っている事で生じるかもしれない問題をルーファンは危惧していた。同時に、なぜ女王が国内で抱えている問題についてここまで詳しく話してくれるのか、そこについても薄々勘付いてしまう。
「まさか、その問題とやらを私達に解決してほしいと ? 実質、難民が人質となっているのから従ってくれるだろうなんて思っている様にも見えるわ」
「お、おい…」
誰よりも先にサラザールが食ってかかる様な物言いをして、ジョナサンは青ざめながら彼女を止めようとする。しかし女王は決して怒るような事はせず、静かに頷いてサラザールの言い分を受け止めていた。
「そう考えるお気持ちも良く分かります。しかし先程聞いた目的から鑑みると、きっとあなた方にとっても悪い話ではない筈。問題が起きているというのは、我々が管轄している土地…リゴト砂漠です」
女王が土地の名前を口にすると、ジョナサンは少し驚いたように彼女を見た。なぜか分からないが、獣人達もバツが悪そうにしている。
「リゴト砂漠 ?」
聞きなれない土地の名前を聞いたルーファンは、不思議そうに尋ねた。
「ええ。大地を司る幻神、<ガイア>が祀られている場所…あなたにはどうか、そこへ出向いて頂きたいと考えています。勿論、リミグロン絡みの問題で」
そのまま女王はルーファンへ頼み事を告げる。事情を知らない内は何とも言えないが、こうした部外者に頼むしか手立てがない以上、少なくとも一筋縄では行かない事だけは確かだとルーファンは思っていた。
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