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2章:砂上の安寧
第29話 難民達
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昼下がり、馬車に揺られながらルーファンは外の景色を眺めていた。向かうはパージット王国から流れついたという難民たちが住まう特別区である。心地よい蹄の音と共に馬車は揺れながら目的地へと進んでいく。街の景色を眺めながらルーファンは難民たちの現状について思考を巡らせていた。
彼らの中に自分を知っている者がいるだろうか。仮にいたとして自分を見てどう思うだろうか。よくぞ無事で戻ってくれたと喜んでくれる者もいれば、ぬけぬけと生き永らえやがってと侮蔑する者もいるかもしれない。後者に関しては出来る限り遭遇しない事を必死に願っていた。面と向かって言われてしまえば、きっと自分は耐えらないだろう。
「よし、着いたぞ」
馬車が停まるや否やジョージが言った。ルーファンは剣を携えたまま馬車を降りる。危険物である以上、置いて来るという選択肢もあったが見せる事で自分が正真正銘の生存者である証拠になってくれるかもしれないと考えていた。降りた場所は少し寂れているとはいえ、集合団地として使用されているらしく、質素なバック・トゥ・バック住宅が軒を連ねている。元々は労働者階級のために用意されていた物らしい。
――――それから少し前の時刻、近くの酒場で老人が仕事を終えて店を出ようとしていた。
「爺さん、最近無茶しすぎてねえか ? 歳なんだから力仕事なら俺達に任せて―――」
「いえいえ、わざわざ働かせてもらってる身ですから…それに、体力には自信がありますので」
「そうか。ああ、そうだ…これが今月分の給料だ」
「おお、ありがとうございます。それではこれで…」
店主らしき男から賃金の入った袋を渡された老人は一礼をしてからその場を去る。
「あれが噂の移民ですか ?」
「ああ、真面目な人だよ。移民って一括りに言っても、皆あんな人だったら良いのにな」
コッソリ後ろから覗いていた従業員が尋ねると、店主も同意しつつ彼の実直さを素直に讃えていた。そんな自分に対する評価など露知らず、老人は袋を抱えて自分の棲み処となっている集合住宅へと戻って行く。しかし見慣れない馬車から一人の人物が降りてくるのを見た瞬間、思わず賃金の入った袋を落としそうになってしまう程に驚愕した。
「ルーファン様… ?」
老人は思わず口にしてしまった。自分の名を呼ぶ声に思わず振り向いたルーファンだが、老人の顔を見るなり抑えていた感情が噴き出しそうになる。必死にそれを抑えるように唇を嚙み締め、どうにか堪えてから彼の元へ駆けだした。そして熱い抱擁を交わすや否や、静かに目を閉じて涙を流す。
「私を覚えていらっしゃいますか… ?」
「忘れるわけが無い…‼」
老人の名はオースティン・ガーフィールド。ルーファンが兵士となるまで執事として彼の身の回りの世話をしていくれていた男だった。父に叱られた時や、思春期に悩みが芽生えた時には常に彼がそばに寄り添い、慰めてくれたのをルーファンはよく覚えている。戦が始まる直前に、共に殉死する覚悟だった彼を避難船に乗せたのだが、こうして再会できたことが何より嬉しかった。
やがてその小さな騒ぎを聞きつけた住人…パージット王国の難民達が住宅や路地裏から顔を出す。オースティンと抱き合っている青年の顔に気づく者もいれば、誰なのだろうかと不思議そうに見ている者とで別れていた。
「ルーファン様だ ! 防衛隊長の御子息が生きていらしたぞ !」
オースティンの一言を聞くや否や、特別区に住む人々はざわつき出した。そして次の瞬間にはルーファンを囲って思い思いに労いの言葉をかけ続ける。明らかに誰なのか分かっていなかったような者達も混じっていたが、周囲の流れに身を任せたのだろう。今更その程度の事を根に持つほどルーファンも子供では無い。ただひたすら近寄って来る者達を相手に老若男女問わず抱擁を交わし、生きていてくれた事を心の底から祝福していた。
その様子をサラザールは優しげな眼で見つめ、ジョナサンとスティーブンは感慨深そうに涙ぐみながら見ていた。”鴉”などという異名を付けられ、怪人として恐れられている男ではあるが、本来はこうして人々に寄り添える性根を持った優しい青年なのだろう。そんな彼を、リミグロンは侵略という行為で復讐に囚われた化け物に変えてしまったのだと改めて受け止める他なかった。
「巷の噂で話を聞きました。我が国に伝わる流派の魔法を操り、かの侵略者共を震え上がらせている怪人がいると…まさか…」
人々に囲まれる中でオースティンが尋ねると、ルーファンは黙ったまま頷いた。難民達は再びざわつき出す。中にはもう一度自分達に魔法を教えてもらえないかと乞う者さえいた。このまま黙ってやられっ放しで終わりたくない。新聞や風の噂で故郷の惨状を知っていた彼らからすれば、このままやられっ放しで終わりたくは無かったのである。
「俺としてもこの流派の再興は何が何でもしたい…だが、今は戦力を整えるには余りにも状況が不安定だ。何よりここは別の国の領土。下手に戦う力を身につけるような事をすれば、逆に目を付けられてしまうだろう。リミグロンに限らずな…」
ルーファンが言い聞かせる背後で、ジョナサン達は喜んで協力するのにと不服そうな態度を取っていたが、世論や政府…さらには諸外国の目もある事を考えれば致し方ないとして異議を申し立てはしなかった。
「だが…こうして故郷の同胞が生きている事を知って心の底から安心している。だからこそ、まずは皆の生活を保障してもらえるようにしなければならない」
「と、言いますと… ?」
ルーファンは彼らの無事を祝った上で、今後の目標が定まった事を告げる。てんで見当がつかないせいか、一体何をするつもりなのかオースティンは思わず尋ねてしまった。
「これから…俺は女王陛下と接見をする。その上で難民たちの身の安全を保障してもらえるように掛け合うつもりだ」
正直、こうして生き残った難民達に会うまでは接見を行うという部分に対して躊躇いがあったのだが、同胞を守るためならばどんな事でもしてやるという決意をルーファンは固め直す。そして彼らが安心して暮らせるようにするため、最善を尽くす事を誓った。
彼らの中に自分を知っている者がいるだろうか。仮にいたとして自分を見てどう思うだろうか。よくぞ無事で戻ってくれたと喜んでくれる者もいれば、ぬけぬけと生き永らえやがってと侮蔑する者もいるかもしれない。後者に関しては出来る限り遭遇しない事を必死に願っていた。面と向かって言われてしまえば、きっと自分は耐えらないだろう。
「よし、着いたぞ」
馬車が停まるや否やジョージが言った。ルーファンは剣を携えたまま馬車を降りる。危険物である以上、置いて来るという選択肢もあったが見せる事で自分が正真正銘の生存者である証拠になってくれるかもしれないと考えていた。降りた場所は少し寂れているとはいえ、集合団地として使用されているらしく、質素なバック・トゥ・バック住宅が軒を連ねている。元々は労働者階級のために用意されていた物らしい。
――――それから少し前の時刻、近くの酒場で老人が仕事を終えて店を出ようとしていた。
「爺さん、最近無茶しすぎてねえか ? 歳なんだから力仕事なら俺達に任せて―――」
「いえいえ、わざわざ働かせてもらってる身ですから…それに、体力には自信がありますので」
「そうか。ああ、そうだ…これが今月分の給料だ」
「おお、ありがとうございます。それではこれで…」
店主らしき男から賃金の入った袋を渡された老人は一礼をしてからその場を去る。
「あれが噂の移民ですか ?」
「ああ、真面目な人だよ。移民って一括りに言っても、皆あんな人だったら良いのにな」
コッソリ後ろから覗いていた従業員が尋ねると、店主も同意しつつ彼の実直さを素直に讃えていた。そんな自分に対する評価など露知らず、老人は袋を抱えて自分の棲み処となっている集合住宅へと戻って行く。しかし見慣れない馬車から一人の人物が降りてくるのを見た瞬間、思わず賃金の入った袋を落としそうになってしまう程に驚愕した。
「ルーファン様… ?」
老人は思わず口にしてしまった。自分の名を呼ぶ声に思わず振り向いたルーファンだが、老人の顔を見るなり抑えていた感情が噴き出しそうになる。必死にそれを抑えるように唇を嚙み締め、どうにか堪えてから彼の元へ駆けだした。そして熱い抱擁を交わすや否や、静かに目を閉じて涙を流す。
「私を覚えていらっしゃいますか… ?」
「忘れるわけが無い…‼」
老人の名はオースティン・ガーフィールド。ルーファンが兵士となるまで執事として彼の身の回りの世話をしていくれていた男だった。父に叱られた時や、思春期に悩みが芽生えた時には常に彼がそばに寄り添い、慰めてくれたのをルーファンはよく覚えている。戦が始まる直前に、共に殉死する覚悟だった彼を避難船に乗せたのだが、こうして再会できたことが何より嬉しかった。
やがてその小さな騒ぎを聞きつけた住人…パージット王国の難民達が住宅や路地裏から顔を出す。オースティンと抱き合っている青年の顔に気づく者もいれば、誰なのだろうかと不思議そうに見ている者とで別れていた。
「ルーファン様だ ! 防衛隊長の御子息が生きていらしたぞ !」
オースティンの一言を聞くや否や、特別区に住む人々はざわつき出した。そして次の瞬間にはルーファンを囲って思い思いに労いの言葉をかけ続ける。明らかに誰なのか分かっていなかったような者達も混じっていたが、周囲の流れに身を任せたのだろう。今更その程度の事を根に持つほどルーファンも子供では無い。ただひたすら近寄って来る者達を相手に老若男女問わず抱擁を交わし、生きていてくれた事を心の底から祝福していた。
その様子をサラザールは優しげな眼で見つめ、ジョナサンとスティーブンは感慨深そうに涙ぐみながら見ていた。”鴉”などという異名を付けられ、怪人として恐れられている男ではあるが、本来はこうして人々に寄り添える性根を持った優しい青年なのだろう。そんな彼を、リミグロンは侵略という行為で復讐に囚われた化け物に変えてしまったのだと改めて受け止める他なかった。
「巷の噂で話を聞きました。我が国に伝わる流派の魔法を操り、かの侵略者共を震え上がらせている怪人がいると…まさか…」
人々に囲まれる中でオースティンが尋ねると、ルーファンは黙ったまま頷いた。難民達は再びざわつき出す。中にはもう一度自分達に魔法を教えてもらえないかと乞う者さえいた。このまま黙ってやられっ放しで終わりたくない。新聞や風の噂で故郷の惨状を知っていた彼らからすれば、このままやられっ放しで終わりたくは無かったのである。
「俺としてもこの流派の再興は何が何でもしたい…だが、今は戦力を整えるには余りにも状況が不安定だ。何よりここは別の国の領土。下手に戦う力を身につけるような事をすれば、逆に目を付けられてしまうだろう。リミグロンに限らずな…」
ルーファンが言い聞かせる背後で、ジョナサン達は喜んで協力するのにと不服そうな態度を取っていたが、世論や政府…さらには諸外国の目もある事を考えれば致し方ないとして異議を申し立てはしなかった。
「だが…こうして故郷の同胞が生きている事を知って心の底から安心している。だからこそ、まずは皆の生活を保障してもらえるようにしなければならない」
「と、言いますと… ?」
ルーファンは彼らの無事を祝った上で、今後の目標が定まった事を告げる。てんで見当がつかないせいか、一体何をするつもりなのかオースティンは思わず尋ねてしまった。
「これから…俺は女王陛下と接見をする。その上で難民たちの身の安全を保障してもらえるように掛け合うつもりだ」
正直、こうして生き残った難民達に会うまでは接見を行うという部分に対して躊躇いがあったのだが、同胞を守るためならばどんな事でもしてやるという決意をルーファンは固め直す。そして彼らが安心して暮らせるようにするため、最善を尽くす事を誓った。
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