怨嗟の誓約

シノヤン

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2章:砂上の安寧

第26話 賛否両論

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 物々しい大理石の柱が立ち並ぶ大広間の中央には、艶のある石の円卓とそれを囲むように六つの席が置かれていた。毎年四回に分けて行われているこの集いは”六霊の集いセス・コミグレ”と称されており、〈聖地〉の保有国の高官たちによって開かれている。それぞれの席には重厚な雰囲気を纏う各国の代表が座り、それぞれの背後には護衛として引き連れてきた魔法使い達が立っていた。

 近年では集会が行われる日時や場所、その全てが非公開となっており各国の民は事が終わってから政府によって会議の内容を知らされるようになっている。リミグロンによるテロを警戒しての事であるが、この対策を不都合な事実を隠すための隠蔽であるとして不満を募らせるものも少なくない。その日の集会は六つの内、二つの席が空いている中で行われていた。

「定例として産業や経済状況の報告…と行きたいところですが、我が国に限らず引き続き厳しい状況が続いていると伺っております。リミグロンが各地で幅を利かせているお陰で、輸送もままならないとか」

 話を切り出した薄毛の男の名はスロント・エニーグ。近年になって君主制を廃止し、共和国となったスアリウスという国における外務大臣である。彼の背後には二体の獣人が立っており、腕を組んだ状態で周囲に睨みを利かせていた。

「こちらでも漁船や輸送船は悉く被害に遭い続けていた。最近は少し落ち着いたが油断は出来ない」

 車椅子を傍らに置いている両脚の無い老人がスロントに同調する。海洋生物における研究や水産業によって栄えているリガウェール王国の国務長官、ルプト・マディルである。そして地味な色合いの胴着を身に着け、首筋にエラのような物がある二人の兵士が彼を見守っていた。

「所で風の噂ですが、あなた方の領土で例の…リミグロンを殺しまわっているという剣士が目撃されたそうですな。エニーグ殿」

 ルプトは不意に”鴉”の噂についてスロントへ質問を振った。

「ええ。現在は女王陛下と議会による協議で、彼に対する処遇をどうするべきか話し合っている所です。いずれは接触をして、動機や経歴を洗い出したいところですが…現時点では国民を含めて彼を支持する者が多い。手をこまねいている我々政府に対する不信感も味方しての事でしょうが…万が一にもこちら側に立ってくれるのだとしたら――」
「戦力の強化や国民の士気向上に繋がると ? そのためだけに奴の行いを許すのか ?」

 スロントが現在の状況を説明していた矢先、彼の話に割って入って異議を唱える若い男が現れた。原生林に囲まれた亜熱帯の地域を支配しているネゾール公国の大使、フルーメル・クィスプである。背後で銃を構えているのは彼が率いる私設軍の兵士である。

「何かお気に召さない事でも ?」

 邪魔をされたスロントは少し機嫌を悪くしながら言った。

「無茶苦茶だ。冷静になって考えてみろ。たとえ相手が犯罪者とはいえ、”鴉”とやらが行っているのは只の私刑だぞ。いいか…我々は皆、国家の安寧と秩序を守る使命がある。そして国家である以上、人を裁くのは法でなければならない。戦うという行為にも大義が必要なんだ」
「だがクィスプ殿…現に彼を支持している者は増えるばかりだ。これは彼の行いが、人々にとっての大義とやらに背いていない証だとは言えないか ? もし彼が間違っているのであれば糾弾される筈だろう」
「奴の目的が分からない以上、不必要に称賛するのを止めろと言っているだけだ。リミグロンの規模がどれ程かは分からんが、奴らの小隊や拠点をたった一人で潰して回る様な化け物だぞ。あんな行動を取れる者が、何の打算も無く戦いを続けると思うか ? 我々を油断させ、懐に入る算段をしている可能性だって十分にある」

 そうしてスロントとフルーメルがいがみ合っている最中、只一人話に参加せず欠伸を漏らしている者もいた。とんがった耳と狐目を持ち、黒く長い髪を後ろで縛っている若い女性。火山地帯を統べるジェトワ皇国の外務大臣、キシャラ・タナトゥである。少し熱そうに着物を摘まんで隙間を作る彼女の背後では、不気味な程に身動きをしない警護が付いていた。どちらも顔を覆い隠し、胴着の様な物を身に纏っている。

「タナトゥ殿、長旅でお疲れなのでしょう。しかし、ここは是非あなたの御意見も窺いたい。”鴉”について、あなたはどのようにお考えか」

 この面子の中で到着するまでに最も長い距離を経なければならなかった彼女を案じつつ、ルプトはキシャラに尋ねた。

「他人がやましい事をしていると思い込んでいる者は、自分がそうしているのだから他の者達もやってるに違いない…などという勝手な経験則を妄信しがち、という事でしょうね」
「…何が言いたい」
「”鴉”の目的が分からないというのは、言い換えれば彼が打算や企みを持って動いているかどうかも断定できない筈です。偉そうに言っている割に、あなたもまた勝手な偏見と願望を押し付けている過ぎない…そういえば、リミグロンに武器などの支援を行っているという疑惑を持たれていたのはネゾール公国でしたね。大陸でもっとも大きい運河を利用する輸送業において、特に大きな割合を占めているのがネゾール公国の会社である以上、密輸も難なく行える。そう考えれば”鴉”の事を良く思っていない理由もおのずと見えてくるのでは ? 勝手に動かれて関与している事を明るみにでもされれば――」
「黙っていれば…いけしゃあしゃあと物を言いおって七光りの箱入り娘め… !」

 キシャラが非常に好き勝手に発言をすると、あらぬ疑惑を掛けられた事に憤慨したフルーメルが彼女を罵倒する。その瞬間、彼女の背後に立っていた二人の警護が殺気だった目でフルーメルを睨んだ。彼らが次に何をするつもりなのか、フルーメル側の警護もそれが分からない様な間抜けではない。

業火の矢よフィムバ・ロウ!」

 キシャラの警護達が素早く呪文を唱えて構えを取ると、燭台に灯っていた炎が彼らの手元へと動き、やがて弓矢を形どった。一方でフルーメル側の警護も彼らに銃を向け、少しでも怪しい動きをすれば撃てるように引き金に指を添える。

「フルーメル・クィスプ…もし言葉を続けるのであれば、まずは謝罪から入る事をお勧めする」

 キシャラの警護が言った。

「ほう、ジェトワ人というのは仏頂面な根暗の集まりかと思えば、ちゃんと言葉を使えるんだな」

 戦争でも起こしたいのか知らないが、煽る様にフルーメル側の警護も言い返した。

「いい加減にしろ ! ここで殺し合えばリミグロンがいなくなるか ? ”鴉”の目的が分かるのか ? 違うだろ⁉」
「その通り。話題を振った私が言う資格は無いのかもしれんが、どうか落ち着いてもらえないだろうか。でなければ、我々も強硬手段を取らざるを得ない」

 見かねたスロントとルプトも仲裁に入り出す。彼らの後ろでも警護に当たっていた兵士達が戦う準備をしていた。ルプトの警護はどこからか取り出した水筒に入っていた水を操って空中に漂わせており、スロントの警護をしていた獣人は唸りながら体に岩石を纏わせている。暫くは互いに牽制し続けている状態だったが、面倒くさくなったフルーメルは銃を降ろすように指示を出す。それを皮切りに他の者達も警戒を解いた。

「とにかく、我々の国は”鴉”の事を認めるつもりはない。独りよがりな方法と思想で他人を罰する事を許せば、独裁政治を肯定する様なものだ。正義を掲げれば何をしても良い…そんな前例を作る訳にはいかないだろう。そうなれば必ず模倣する人間が現れる事になる。それでも彼を支持すると ? 自分達の行動を正当化するために犯罪者を英雄の様に祀り上げ、偶像として民に崇めさせる気か ?」

 フルーメルは改めて断固とした意志を示す。他の者達は自分の立場をどのようにすべきか迷っている様子だった。

「私もしばらくは様子を見たいですね。あくまで中立という立場を取らせていただきます」

 キシャラも続けて言った。

「我々リガウェールとしては、出来る事なら支持をしたい所ですな。未だにリミグロンによる被害で苦しんでいる者がいますから、それに我々の兵力だけでは限界だ…ひとまずスアリウス共和国からの報せを待ちたい。彼と接触し、何か分かった点があれば次回に報告をしていただけますかな」
「良いでしょう。”鴉”の動向を追う事については既に決定している事です…そこから接触が出来るように手筈を整えるために協力者も派遣しています」

 同じく様子を見たいと申し出るルプトに対し、スロントは問題無さそうに答える。そして既にスアリウス共和国が”鴉”との接触について行動を起こしている事を告げた。
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