ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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参ノ章:激突

第69話 同じ釜の飯を食う

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 龍人と弥助の二人は、物珍しそうに見物を決め込んでいる妖怪たちの視線を浴びながら、二人して公園の古ぼけたベンチに腰掛けていた。土木のバイトが終わり、偶然通りすがった師岡姉妹もその場に出くわし、龍人と彼の隣にいる色黒の中年男を見て同じく息を呑む。初めて見るタイプの人種であった。

「何やアイツ真っ黒やん」
「姉貴。ウチ人間の映画とかで見た事あるで。あれ黒人って奴や。ゴツイなあホンマ…」

 二人の会話は観衆に掻き消されたが、そんな事はお構いなしに龍人はたこ焼き屋の店主から貰った封筒を雑に開け、中に入っている紙幣を数えた。

「おしっ、上々」

  確認をしてから財布にしまう龍人の隣では、薄手のプラスチックの箱に入ったたこ焼きを弥助が開封していた。若干温度は下がったものの、まだまだ美味しく食べれると湯気でアピールしてくれている。

「お前さん、どれがいい ?」
「大葉チーズ」

 弥助から誘われた龍人は、刻み大葉とチーズを盛られた品を手に取る。弥助の方は、ひとまずシンプルなソース味に手を付け始めていた。

「まさかとは思ったけど、実在したんだな。弥助って」

 割り箸のささくれを取りながら龍人が言った。

「色々と事情があるんだ。そこについては追々詳しく聞かせてやる…だが、その前に龍人。貧乏ってわけでも無いだろうに、何でパートタイムジョブなんか ?」
「パートタイム… ?…ああ、バイトの事ね。こないだスマホぶっ壊したから稼いでんの。今日でようやく終わり」
「それぐらい買ってやればいいってのに…佐那の奴め。相変わらずケチなんだな」
「働いて金稼ぐ事の苦労を知っておきなさいとさ…職に就いて給料もらう仕組みが分かれば、金の相場ってのも分かる。だから高い報酬を餌にしてる怪しい仕事なんかも見分けられるようになるって。まあ…よほど勘が鈍くない限りは、だけど」

 佐那らしい。弥助はたこ焼きを頬張りながら、何も性分が変わっていなさそうな盟友の事を思う。与えるだけが優しさではない。本当に救いたい者の幸せを願うならば学ばせ、己の道を切り開ける様に育て上げる…それに努めるべきではないか。彼女がそんな理想論をよく言っていたのを思い出し、何も変わっていない事に安堵した。

「ね~、ボーっとしてないで私にも頂~戴。は~や~く~」

 待ちかねたキヨが膝の上に座ろうとしていたが、しんみりとしていた自分の雰囲気を壊された弥助は、割と熱いたこ焼きを彼女に押し付け、ギャッという小さい悲鳴を上げさせた。

「やめろよ…動物虐待。いや、たぶん妖怪なんだろうけど」
「ふん、悪くない…それより…私の事も知らないで現世から移り住んでるなんて、良い度胸してるわね坊や」
「いやまず名乗れよトカゲ」

 目を離した隙を見て残りの一箱分を平らげてしまったキヨに、龍人は自己紹介を催促する。だが勿体ぶる彼女にどこととなく苛ついた。弥助の膝の上で寝っ転がり、小さな手を顔に当てて首をもたげながらこちらを見ているが、自分がセクシーだとでも思っているんだろうか。薄汚いトカゲ風情の癖に。

陀羅阿迦だらあかって妖怪よ。知らない ?」
「ああ~…うん、知らないや。ごめん」
「はぁ…深刻ね。現代人の妖怪離れ」

 己の無知を龍人は詫びるが、キヨの方は少し落胆しつつ弥助の膝から肩の方へと登った。

「随分昔の妖怪だ。今じゃ見かけなくなったのも仕方ねえな」
「昔ってどれぐらい ? まさかアンタも老師みたいに長生きしてるタイプか ?」
「いや、俺は違うな…ちょっとした事情から、”タイプスリップ”しちまったってやつだ」
「…もう何言われても驚かねえよ。俺は」

 慰めるように彼女の頭を撫でていた弥助だが、突然現実味の無い経歴を喋り出した。変なクスリでもやっているのかと聞きたい所ではあるが、それなりに変な物を見てきた人生のせいか、龍人は大して反応もせずに話を伺っている。

「そう。私たちが会ったのはずっと昔…佐那とも知り合いなのよ ? こう見えて」
「その通り。こう見えても昔は恐ろしい妖怪だったんだ。俺と佐那にボコられて、今じゃすっかり鳴りを潜めているがな」
「フフフ…だけど力は衰えてない。その気になればいつだって死を撒き散らせるわよ ?」

 弥助の褒め言葉にキヨは少しだけ機嫌を良くしたのか、龍人の方へ顔を向けて目を細めて笑う。

「何なら今この場でもね」

 笑いながら、しかしこちらを見つめて来る姿を前にして、龍人は自分の体が自然と強張っている事に気付いた。蛇に睨まれた蛙とはよく言うが、彼女がほんの一瞬にだけ放ったその殺気は、恐怖どころか更に明確な死を連想させるほどに強烈だった。すぐにその場をから動き、距離を取らないとマズい。龍人の脳が体に指令を送ろうとしたが、それより前に弥助の手がキヨを小突いた。

「そうやってすぐ脅かそうとする癖をいい加減治せ。バカ」
「ひどい、ちょっと揶揄っただけなのに」
「そうやってこないだ、路地裏で喧嘩売って来たヤク中の頭蓋骨齧って砕いたばっかだろうが。片付けする方の身にもなりやがれ」

 いかにもアメリカ在住らしい物騒な会話が繰り広げられ、龍人は引き気味に苦笑いを浮かべる。その時サイレンが唸りを上げた。慣れたように電柱に備わったスピーカーの方へ龍人は首を向けるが、弥助たちは体を一度震えさせて反応をする。空爆の合図か何かと勘違いしたのだろうか。

「緊急警報です。暗逢者が出現しました。場所は葦が丘地区二番通り。近隣にお住いの皆様は、ただちの屋内へ逃げ込むなどの避難行動を取ってください。繰り返します…」

 ここ最近といえば、このような放送が起きるのが日常の一部になりつつある。のんびりと過ごしたい時に限って台無しにされてしまうのだ。龍人は立ち上がり、ゴミ箱に食べた後の残骸を投げ捨てて公園を出て行こうとした。

「龍人 ! どこ行くんだ ?」
「ボランティアだよ ! ついて来たきゃどうぞ ! オラオラ、全員さっさと逃げろー !」

 不思議に思った弥助を龍人は誘い、野次馬達をどかしながら進もうとする。だが、そんな彼の前に師岡姉妹が立ち塞がった。

「喧嘩か龍人 !」
「ウチら手ェ貸すで !」
「え、ダメだよ。何かあったらレイにどやされるし。てか勝手に葦が丘地区来てんじゃねえよ。縄張りじゃねえだろここ」
「バイト帰りや ! 文句あるんかい !」
「クレーマーに絡まれてストレス溜まってしゃーないねん ! 発散させろや !」
「はいはいはい。じゃあもう勝手にしろ。一応言っとくが、何かあっても助けないからな」

 しつこい師岡姉妹を龍人はあしらい、目的とされる地点まで走る。途中で何かあった時が心配になったのか、途中でスマホを使って”友人たち”にも連絡を取りながら事態の鎮圧へ全力を注ぎ始めた。
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