ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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参ノ章:激突

第65話 無駄な足掻き

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 上着を脱いだ彼女が、身に着けていた腕時計をピックアップトラックのボンネットに置いた直後、背後から奇襲された。振りかぶった勢いのまま、亜弐香の背中に固く細い感触がぶつかる。長さはそれほどでも無い。恐らく刀か。痛みの具合からして文字通り当たっただけだろう。血も出ていない。

 亜弐香は落ち着き払ったまま分析し、どうも気合が入らないのか怠そうな表情で振り返る。想定していなかった反応を見た化け猫たちは、今更になって自分達の置かれている状況が芳しくないのと分かったのか、後ろに少し下がっていた。彼女の大きな背中へ確かに刀を打ち付けた。だというのに、怪我はおろか内出血などによる変色すら見られない。

 一方で自分を見て恐れいている敵の視線を浴びながら、亜弐香は表情にこそ出さないが嬉々としていた。やはり前線に立つのは良い。何も考えず、体を動かすだけで周りが注目し、真意はともかく自分に対して感情を向けてくれる。我が家・・・とは違い、一個人としての存在そのものに注目してくれる。だから戦いという行為と場所が大好きだった。

 ヤケクソになった一人が切り込み、槍を携えて襲い掛かるが、彼女は胸で受け止めた。槍の切っ先が体を貫くどころか、柄ごとへし折れて地面に転がる。唖然としたその化け猫の顔を右手で掴み、そのまま右側にあった石柱へと放った。そこから石柱へ叩きつけられて悶えている化け猫へ、続けざまに拳を打ち込む。最初に放り投げた際に入っていた亀裂が、拳の威力で更に深くなった。拳は化け猫の顔面ごと石柱にめり込んでおり、横側から見ればまるで化け猫の頭部が消えているかのように見えてしまうだろう。それほどまでに頭部が原型を留めていないのだ。

 亀裂の奥に挟まってしまっている割れた頭蓋を亜弐香は見つめ、ダラリと垂れ下がっているおまけの肉体に目をやった。間違いなく死んでいる。景気付けと脅しはこれぐらいで良いだろう。次の獲物の方へ行かなければならない。そう思い立った彼女は静かに目だけを動かし、じわじわと後ずさりをしている残りの輩共へ焦点を見定めた。

 相手からすれば恐怖でしかないだろう。仲間を一分とせずに葬った怪物が、自分達へと狙いを向け、そして動き出したのだから。我先にとホテルの中へ逃げ込み、そんな姿を見たフロントの従業員たちは迅速にスタッフルームへ退避し、内側から鍵を掛けた。かなり手馴れている。

「お前らどけやあ!!」

 ロビーの隅から、砲塔の様な物を向けている化け猫が仲間達に叫んだ。ロケットランチャーだろう。亜弐香達の入れ知恵を使って、恐らく現世から仕入れたものだ。つくづく功影派なんかと一稼ぎしようと思ったのが良くなかった。

 仲間達が一斉に掃けた瞬間、弾頭が亜弐香へ目がけて飛来する。激突した瞬間、爆炎と濁った色の煙が炸裂し、間髪入れずに辺りに衝撃波を放出した。柱の影や椅子の裏側に逃げた化け猫達は、熱や微かに飛んできた破片に傷つきながらも歓喜する。効果が無いとは言わせない。

「どや…ワシにかかればこんなも―――」

 こんなもんや。ロケットランチャーを抱えていた化け猫は、そう言いかけていた口を自ら閉ざした。煙の中にチラリと見えてしまったのだ。二足歩行で立ち尽くしている影を。そしてそれは煙の中から意図も容易く脱出してきた。

 黒かった。シャツが破け、スポーツブラが露になっているのだが、当の亜弐香の皮膚は直前に目撃した姿とは大きく異なっている。彼女の肌が、黒ずんだ鋼のように変質していたのだ。ズボンに隠れている下半身も同様なのか、所々が裂けて鋼の皮膚が見えており、故に死ななかったのだと分かった。何より腕や胴、足回りが一回りサイズが増している。

「クソ――」

 ロケットランチャーを投げ捨て、他の武器を取り出そうとした時には遅かった。亜弐香がその巨体に見合わない速度で近づいた。言葉を発するために、唇を動かした頃には既に眼前へ迫っている。そう錯覚してしまう速さであった。そして間合いに入られたと感知した頃には、彼女の丸太のような腕が化け猫の胴体を貫いていた。悲鳴すら上げずに絶命した仲間を、化け猫たちは見捨てて逃げ出しかけるが、彼女がそれを許すはずもない。再び逃げ隠れしている者達へ目をやり、次々に殺戮を始めた。

「うわっ。すっげ…」
「あー、あれはもう全員ダメだな」

 老齢の鬼と平治が、ガラス越しにエントランスで繰り広げられてる光景をチラ見し、彼らの行く末が惨たらしいものだと分かって憐れんだ。いかなる攻撃や仕打ちであろうと決して彼女の命には届かない。必ずや報復に転じ、前に立ったものを力づくでねじ伏せていく。それが”沈まぬ猛鬼”、裂田亜弐香という怪物だった。

 自分達も負けていられないと、二人は金棒を振るって更に暴れ出す。既にそこかしこに化け猫の死骸が散らばっており、所々に致命傷を貰って呻いている鬼たちも僅かながらいた。しかし戦力としては鬼たちの頭数の方が圧倒的に上回っている状況である。

「おい ! アイツ出せや !」
「もうやっとるわ ! 早う逃げんとワシらも死ぬで !」

 二台ある内のもう一台のトラックの運転席では、乗っていた二人の化け猫がトレーラーのシャッターを自動で開けて逃げ出し始める。そんな動きを知らない平治が、金棒を持ったまま勝手に開き出したトレーラーへ近づいた時だった。ミシリという重々しい音と、何かの唸り声が微かに聞こえる。

 次の瞬間、長い手足を持つ化け物が姿を見せた。恐ろしく白い、陶器のように滑らかな肌を持つそれは、さながら四足歩行の蜘蛛といった所であり、ずるりと転げ落ちるようにトレーラーから体を出す。不気味なほどに細く長い手足をばたつかせて立ち上がり、首を揺らしながら目の前にいた平治と目を合わせ、血まみれの口をニンマリと開けた。夥しい数の牙が見える。

「ひぃいいいいい!!」

 平治が悲鳴を上げて尻もちをつき、好機と見た化け物は驚異的な跳躍力で飛び掛かった。このまま長い手足に絡め取られ、あの牙で内臓を食い破られるのか。平治がそうして覚悟を決めた時、化け物と自分の間に亜弐香が割って入り、化け物の顎を下から拳で叩きあげる。化け物は玄関の天井に突き刺さったが、長い手足をばたつかせてどうにか脱出する。落ちて地面に叩きつけられるが、すぐに体勢を立て直して四つん這いになり、どこにあるかも分からない小さな目で亜弐香を睨み続けていた。

「来なよ」

 言葉が通じるかは分からないが、亜弐香が挑発をする。化け物はすぐに呼応して飛び掛かるが、彼女は一切怯まなかった。腕や脚に叩かれ、引っ掻かれながら逆に化け物の首根っこを掴み返していたのだ。奇怪な四肢の動き、不気味な体躯、思いのほか素早い動きなどで誤魔化していはいるが、それだけである。胴体や首に注視していれば、簡単にこうして捕捉して確保が可能だった。相手の抵抗に一切怯まない事が前提ではあるが。

 そのまま首を掴む力を強め、彼女は化け物の抵抗を一切ものともせずに勢いよく地面へ振り下ろした。ロータリーに大きな陥没が出来上がり、その中心に化け物が倒れている。まだ息があるのか立ち上がろうとするが、それより前に亜弐香が馬乗りになった。そのまま次々の拳が降り降ろされ、化け物の肉体を破壊し始めた。どす黒い血しぶきが上がるたびに悲鳴が轟くが、十発ほど殴ったあたりで静かになる。

「…よし、終わり」

 亜弐香もまた立ち上がって、乱れた髪を整え直し始める。肉体は元通りになっており、どういうわけか体から湯気が立ち上っていた。

「大丈夫だった ?」

 そのむせ返る様な熱気を纏ったまま、亜弐香は平治に手を差し伸べて来る。悪魔の様な禍々しい気迫は消え失せ、食事の際に自分へ話しかけてきた時の様に、どこか穏やかでダウナーな雰囲気が戻ってきている。

「は、はい ! ありがとうございます !」

 手を借りて立ち上がった平治は、彼女の手を煩わせた自分の不甲斐なさを恥じ、一心に頭を下げる。だが彼女の興味は既に絶命した化け物の方へと移っていた。

「”かまてそく”…暗逢者だね」
「恐らくそうでしょう。功影派の連中め…何を考えている ?」

 亜弐香と近くにいた老齢の鬼は化け物の出所を推測し合っていたが、突然クラクションが鳴った。トレーラーの付近に大型のセダンが止まっており、ロータリーへ入れないと見るや運転手が降車する。源川であった。

「お疲れ様です」

 彼はすぐさま亜弐香へ一礼した。

「お疲れ。後始末とホテルへの弁償の手続きよろしく」
「帰りはどうします ?」
「歩いて帰るよ。車動かすの時間かかりそうだし」
「分かりました。自分の車の後部座席に着替えを持ってきてます」
「了解、ありがと」

 亜弐香は源川に指示を出してから、彼が持ってきたセダンの後部座席へ向かおうとする。しかし、その途中で呆然としている平治からの視線に気づき、彼の方へゆっくりと振り返った。

「またね」

 そして少し優し気な表情で、小さく呟きながら手を振ってその場を去る。平治は目を丸くしたが、直後に他の鬼が肘で小突いてきた。

「良かったな~、平治 ! ありゃお前気に入られたぞ !」

 そうおだてられたが、平治にしてみれば生きた心地がしない。気に入られたという事は、またこのような地獄に駆り出されるという事を意味している。それを意識した途端に、足を洗うのも悪くないという考えが脳裏に浮上し始める始末であった。
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