ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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弐ノ章:生きる意味

第62話 チャンス

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 兼智は簡素なベッドの上でうつ伏せになっており、彼の背中の上ではカラクリじみた複数のアームが動いている。彼が背中に負った傷の縫合と、物騒な装置の取り付けを行っている真っただ中であった。特殊な合金を組み合わせた義翼用のインプラント体を脊髄に沿って装着させ、ボルトで固定する。そうすれば義翼の着脱が可能になるのだ。

「すまない。遅くなった」

 手術が終わる頃、モニタールームで様子を窺っていた颯真の背後から龍人の声がした。見慣れないチェック柄のシャツの袖を捲り、かなり古びた青いジャージのズボンを履いている。おまけにサンダルを履いている。

「お前そんな服持ってたっけ ?」

 飲んでいたアイスコーヒーをコースターの上に置いてから、颯真が椅子ごと振り返った。

「色々あったんだ、聞くな」
「お、おおそうか…手術が終わったら近くで様子見て、話でもしてみるか ? たぶん少ししたら兼智も起きる」
「分かった…しかし良かったのか ? 聞いたぜ。高いんだろ義翼って」

 目的が合致した二人はモニタールームを出て行き、通りすがる職員に会釈をしながら手術室へと向かう。財閥が管理する研究棟の一角であるその場所は、妙に清涼感がありながらもどこか薬臭く、龍人は変なムカつきを覚えながら歩いて行った。昔から病院は嫌いである。世話になった事は無いが。

「ここで貸しを作って、脅しの材料に使えるからやったんだ。継続的なメンテナンスにも金と技術が必要だろうからな。いっそ、リモコン一つで操作できる自爆装置でも付けてやればよかったか…ハハハ」
「つくづく性格悪いな、金持ちってのは」
「金持ちの性格が悪いんじゃない。性格が悪いから金持ちになれるんだ。まっ、俺のはほとんど周りのお陰だけどな」

 二人は和気藹々としながら、手術室の前に立つ。颯真が認証用の暗号を扉付近のパネルに入力すると、白く塗装された金属製のドアが静かに横へ動く。入り口から入った直後は兼智の脚しか見えなかったが、近づいていくと姿がよく分かった。うつ伏せにされ、腰と腕と脚をベルトで拘束され、大の字になっている彼の姿は何とも滑稽である。本人も分かっているのか、意識を取り戻した後は恥ずかしさと混乱で頭が一杯のまま、首だけを動かして辺りの把握をしようと藻掻いている。

「よお」

 龍人はわざわざベッドの周りを歩いた後、兼智の顔の前に立ってやった。

「なんつーか、シ〇ッカーの改造手術って感じだな。知ってるか ? 仮面ラ〇ダー。ウチの師匠がたまに再放送見てんだ」

 龍人は笑い、近くにあった機材へと寄り掛かっている。しかし兼智からすれば、生きた心地がしない状況であった。一度は命を狙われたにも拘らず、わざわざ元凶の自分を生かしたという事は何か別の目的があるに違いない。下手をすれば死ぬより恐ろしい目に遭わされるのではないか。疑念が拭いきれずにいた。

「とりあえず手術は無事に終わった。義翼も用意してやるから、準備が出来次第また連絡する。いいな ?」

 颯真は二人から少し距離を置き、壁際で立って兼智に伝える。

「ああ…ああ、本当にありがとう。だけど俺、気のせいかもしれないがアンタと前に会ったか ? 俺の名前も知ってたし」
「…さあな。名前は龍人から聞いただけだ。その…お前みたいな奴は知らん」

 ゴーグルで顔を隠し、隠密行動に徹していた事で完全にバレていないものの、颯真の歯切れの悪さはどうもそれだけで終わらない何かがある様だった。龍人は少し考え込んだが、やがて再び兼智の方を見る。

「さて、兼智…本当はこんな予定じゃなかったんだけどな」

 龍人の声に彼は体を少し震わせ、ゆっくりと首を龍人へ向け直す。

「な、何が目的なんだ ? 金か ? それとも自分でぶっ殺したいからわざわざ生かしたとか―――」
「落ち着け。そういうのじゃないから。まあ色々考えたが、死なれたら困るってのは正しい。”果実”の出所と、誰がばら撒いてるのかを調べたいんだ。それとお前が部屋でぶちのめされていた時にいた連中の事も。全部、具体的に喋ってもらうぞ…尤も、別に今日じゃなくていいが。俺も疲れたし休む…まあ生きてて良かったよ。じゃあまたな」

 龍人は早々に飽きたのか、背伸びをして兼智が拘束されているベッドの横を通り過ぎていく。帰るつもりだった。

「お、おい ! 本当にそれだけなのか⁉なんか裏があるとかじゃねえのか⁉なあ !」

 兼智は思わず叫んだ。わけが分からないのだ。仕事をしくじるようならいくら痛めつけられても文句は言えない。やられたらやり返す。その二つこそが世の常ではないのか。勉強も出来ず、かといって底辺労働者としてこき使われるのは嫌だと言って、暴力に満ちた世界を選んだ彼自身の因果ではあるが、彼はすっかり悪意に慣れ過ぎていた。

「しつけえな、施しは黙って受けとれよ。人の事はとやかく言えんが、どんだけ酷い環境で育ったらお前みたいな疑心暗鬼野郎になるんだ ?」

 早く休みたいというのに、陰気臭い質問ばかりが続く事に龍人は煩わしさを感じたのか、出入口の付近で怠そうに振り向いて言い返した。

「じゃあ正直に言うぞ。別に意味なんかねえよ」
「…はあ ?」
「やりたいと思ったからやった。それだけだ。満足か ? それともあそこで、『都合の悪い時だけ被害者面してねえでさっさと死ねよ』とか、そんな風に見殺しにした方が良かったか ? 格好悪いだろそんなの。自分が生かしてもらった事に意味が無いと思うんなら後で死ねばいいし、そうじゃねえなら元気に…それと真面目に生きろ。な ?」

 龍人は見えていないのを承知で手を振り、早々に退室する。

「せっかくのチャンスだ。無駄にすんなよ」

 去り際にそう言い残した彼に対し、颯真は苦笑いを浮かべた。相変わらずどこかひねくれている奴である。

「まあ、今の内に身の振り方でもゆっくり考えろ。ここにいる内は安全だからな…たぶん」

 颯真もまた、彼に伝えてそそくさといなくなった。龍人の後を追いかけ、背中を軽く叩くと、彼は少し驚いたように颯真の方を見た。

「ちょっとカッコつけたろお前。どこぞの偽善者よろしく更生の機会を与えるってやつか」
「うるせえ」
「いたっ」
「…それより老師呼んでくれ。後、レイにも連絡を取りたい。一息入れてから皆で会議だ」

 ニヤついた表情の颯真に対し、龍人は照れ隠しに彼の脇腹へ拳を入れる。ひとまず危機は脱したが、悩みの種は増えていくばかりであった。
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