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弐ノ章:生きる意味
第59話 ラウンド2
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龍人は被っていた覆面を脱ぎ捨て、敵の前に顔を曝した。効果があるかは知らないが、少しでも亜弐香の気を逸らさなければならない。隙を見てレイ達を脱出させる必要があった。こちらへゆっくり歩み寄る亜弐香に合わせ、一瞬躊躇ったがどうにか歩き出す。その際、車の様子を見て少し安心した。ナンバープレートなどの特定されやすい類は付けていない。車両自体も特段珍しい物ではない以上、上手く街の中に紛れさせてしまえばどうにかなるだろう。
それにしても恐ろしい体であった。絞り込まれた腹筋は、以前佐那が見せてもらった資料に掲載されていたヨーロッパの彫刻じみている。腕の太さ、そして上半身の広さも厚さも自分の二倍どころではない。パンツに隠れて詳細は分からないが、ここまでストイックに作り上げられる者の事である。恐らく脚についても、見た人間を失望させる事は無いだろう。
「遅れたけど、裂田亜弐香。よろしく」
彼女はいきなり名乗った。
「霧島龍人。まあ言わなくても分かるか」
「うん。この街だと、生身の人間なんて玄招院佐那とそのお弟子さんくらいしかいないって聞いてるから。霊糸を使った時点で確定だったかな」
亜弐香は手首を軽く捻り、首をまた鳴らしている。彼女にとって先程の戦闘など、ウォーミングアップどころか体を鈍らせる休憩時間扱いだったのだろうか。だが、いきなり始まるかと龍人が身構えかけた時、彼女は一度だけ車の方に目をやってから、どういうわけか道を開け始めた。ご丁寧に手をかざし、”どうぞ”と言っているかのように出口を示している。
「車は良い。ただし、君は残ってくれないかな龍人君。顔が割れてる人まで逃がしたってなると、僕が怒られちゃうから。死体については心配しないで良いよ。僕が暴れて勝手に巻き添え食らったって事にしとく」
「…分かった」
どの道、自分が大人しく捕まっておけば避けられた犠牲だという結論になりかねない気もするが、彼女なりの優しさという事で龍人は勝手に納得した。間もなく、車内にいるレイ達へ目配せをすると、彼女達も恐る恐るハンドルを切って方向を変え、亜弐香の隣を慎重に通り過ぎていく。気が変わって搭乗者ごとスクラップにしてしまおうなどと考え出す恐れもあるからか、兼智を除く全員が武装していた。が、彼女は視線を向ける事すらせず一心に龍人を見ている。
「よく分からんが、ありがとな」
車が色んなものを踏みつけ、音を立てながら消えた後に龍人が言った。
「気にしないで。たぶん誰も知らないから、君に友達がいた事。今からは仕事とは別、僕のワガママ」
「仕事 ?」
「用心棒なんだ。何の取引してるかは知らないけど、邪魔したヤツとヘマしたヤツを潰せってさ。簡単でしょ ? 凄いつまんないけど」
近くのバーカウンターに亜弐香が寄りかかって話すが、妙な情報であった。功影派のケツモチと聞いていたため、てっきり彼女こそが黒幕…或いはそれに近い人物だと勝手に推測していたが、龍人は見事に外してしまっていた。つまり暫定的ではあるが、焦点を当てるべきは鋼翠連合よりも功影派…ひいては渓殲同盟という事になる。それとも、深掘りしていないから分からないだけで、彼女がハッタリをかましているのだろうか。それにしても、邪魔をする連中を潰すのが簡単な仕事とは大した自信である。
「簡単な仕事って言ってる所悪いんだが、たぶんすぐにそんな事言える余裕なくなるぞお前」
「知ってるよ。玄招院佐那でしょ ? あの役立たずの鴉天狗から聞いたもん。でも噂だと凄い忙しい人だっていうよね。僕の所までわざわざ出向いてくれるかな ?」
「何だよ、ビビってんのか ?」
「違う。どうやったら来てくれるのか考えてた。それも、全力で殺しにかかって来てくれる方法」
どうも近くにあった酒を飲み干したらしい彼女が、一息入れてからバーカウンターを離れ始める。嫌な予感がした。後の祭りであるが、どの道自分が目当てというならレイ達を放っといて逃げるべきだったのだろうか。唯一の出口は、亜弐香の背後にあるビルの出入り口だけであるが、これでは隙を見て逃げ出す事も出来ないだろう。この場にいるのは自分達二人のみで、邪魔をしてくる者達がいない。つまり、彼女が集中を乱す要因になるであろう存在が排除されてしまっている。成程、だからレイ達を逃がしたのか。
「玄招院と君って仲良いの ?」
「あー…さあね。俺は割と感謝してるけど、あの人がどう思ってんのかは知らん。まあ世話してくれるから、それなりに愛着はあるんじゃねーの ?」
「ふうん…そう。じゃあさ―――」
彼女の声が途中で途切れた気がした。厳密に言えば、大きな衝撃音がした瞬間に、龍人の顔に何かがぶつかって来た。それで意識が飛びかけたせいである。顔に激突してきた物体は、薄く柔らかい何かで覆われた鉄の塊といった具合の重さと感触、そして開醒が無ければ顔の骨が砕けるどころか、首が引き千切れていたのではないかという破壊力があった。そう、その正体は彼女の拳だったのだ。強烈な速さで接近し、力任せに殴って来た。それだけである。なのに、反応すら出来なかった。
パーティー会場の奥、大理石の壁に激突し、クレーターを作った後に龍人は無様な姿で床に崩れ落ちる。うつ伏せのままだったが、何とか上半身だけ起こして亜弐香の方を見た。間違いない。明らかに、先程よりも体の筋肉のボリュームが増えている。血管が浮き出て、どういうわけかライトに照らされた肉体が鋼の様に鈍く光っていた。
「君が殺されたと知ったら、玄招院は僕を殺しに来てくれるかな」
それにしても恐ろしい体であった。絞り込まれた腹筋は、以前佐那が見せてもらった資料に掲載されていたヨーロッパの彫刻じみている。腕の太さ、そして上半身の広さも厚さも自分の二倍どころではない。パンツに隠れて詳細は分からないが、ここまでストイックに作り上げられる者の事である。恐らく脚についても、見た人間を失望させる事は無いだろう。
「遅れたけど、裂田亜弐香。よろしく」
彼女はいきなり名乗った。
「霧島龍人。まあ言わなくても分かるか」
「うん。この街だと、生身の人間なんて玄招院佐那とそのお弟子さんくらいしかいないって聞いてるから。霊糸を使った時点で確定だったかな」
亜弐香は手首を軽く捻り、首をまた鳴らしている。彼女にとって先程の戦闘など、ウォーミングアップどころか体を鈍らせる休憩時間扱いだったのだろうか。だが、いきなり始まるかと龍人が身構えかけた時、彼女は一度だけ車の方に目をやってから、どういうわけか道を開け始めた。ご丁寧に手をかざし、”どうぞ”と言っているかのように出口を示している。
「車は良い。ただし、君は残ってくれないかな龍人君。顔が割れてる人まで逃がしたってなると、僕が怒られちゃうから。死体については心配しないで良いよ。僕が暴れて勝手に巻き添え食らったって事にしとく」
「…分かった」
どの道、自分が大人しく捕まっておけば避けられた犠牲だという結論になりかねない気もするが、彼女なりの優しさという事で龍人は勝手に納得した。間もなく、車内にいるレイ達へ目配せをすると、彼女達も恐る恐るハンドルを切って方向を変え、亜弐香の隣を慎重に通り過ぎていく。気が変わって搭乗者ごとスクラップにしてしまおうなどと考え出す恐れもあるからか、兼智を除く全員が武装していた。が、彼女は視線を向ける事すらせず一心に龍人を見ている。
「よく分からんが、ありがとな」
車が色んなものを踏みつけ、音を立てながら消えた後に龍人が言った。
「気にしないで。たぶん誰も知らないから、君に友達がいた事。今からは仕事とは別、僕のワガママ」
「仕事 ?」
「用心棒なんだ。何の取引してるかは知らないけど、邪魔したヤツとヘマしたヤツを潰せってさ。簡単でしょ ? 凄いつまんないけど」
近くのバーカウンターに亜弐香が寄りかかって話すが、妙な情報であった。功影派のケツモチと聞いていたため、てっきり彼女こそが黒幕…或いはそれに近い人物だと勝手に推測していたが、龍人は見事に外してしまっていた。つまり暫定的ではあるが、焦点を当てるべきは鋼翠連合よりも功影派…ひいては渓殲同盟という事になる。それとも、深掘りしていないから分からないだけで、彼女がハッタリをかましているのだろうか。それにしても、邪魔をする連中を潰すのが簡単な仕事とは大した自信である。
「簡単な仕事って言ってる所悪いんだが、たぶんすぐにそんな事言える余裕なくなるぞお前」
「知ってるよ。玄招院佐那でしょ ? あの役立たずの鴉天狗から聞いたもん。でも噂だと凄い忙しい人だっていうよね。僕の所までわざわざ出向いてくれるかな ?」
「何だよ、ビビってんのか ?」
「違う。どうやったら来てくれるのか考えてた。それも、全力で殺しにかかって来てくれる方法」
どうも近くにあった酒を飲み干したらしい彼女が、一息入れてからバーカウンターを離れ始める。嫌な予感がした。後の祭りであるが、どの道自分が目当てというならレイ達を放っといて逃げるべきだったのだろうか。唯一の出口は、亜弐香の背後にあるビルの出入り口だけであるが、これでは隙を見て逃げ出す事も出来ないだろう。この場にいるのは自分達二人のみで、邪魔をしてくる者達がいない。つまり、彼女が集中を乱す要因になるであろう存在が排除されてしまっている。成程、だからレイ達を逃がしたのか。
「玄招院と君って仲良いの ?」
「あー…さあね。俺は割と感謝してるけど、あの人がどう思ってんのかは知らん。まあ世話してくれるから、それなりに愛着はあるんじゃねーの ?」
「ふうん…そう。じゃあさ―――」
彼女の声が途中で途切れた気がした。厳密に言えば、大きな衝撃音がした瞬間に、龍人の顔に何かがぶつかって来た。それで意識が飛びかけたせいである。顔に激突してきた物体は、薄く柔らかい何かで覆われた鉄の塊といった具合の重さと感触、そして開醒が無ければ顔の骨が砕けるどころか、首が引き千切れていたのではないかという破壊力があった。そう、その正体は彼女の拳だったのだ。強烈な速さで接近し、力任せに殴って来た。それだけである。なのに、反応すら出来なかった。
パーティー会場の奥、大理石の壁に激突し、クレーターを作った後に龍人は無様な姿で床に崩れ落ちる。うつ伏せのままだったが、何とか上半身だけ起こして亜弐香の方を見た。間違いない。明らかに、先程よりも体の筋肉のボリュームが増えている。血管が浮き出て、どういうわけかライトに照らされた肉体が鋼の様に鈍く光っていた。
「君が殺されたと知ったら、玄招院は僕を殺しに来てくれるかな」
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