ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

文字の大きさ
上 下
55 / 76
弐ノ章:生きる意味

第55話 アドバイス

しおりを挟む
 別の部屋で服や宝石を物色していたレイだが、壁を突き破って飛んできた龍人を見てすぐにタンスの中に隠れる。助けようとはしなかった。この男がここまで派手に手こずっている時点で、何者と相まみえているのかがすぐに分かってしまったからである。リスクは侵せない。そしてその考えは正解だった。直後に裂田がやってきたのだ。

 龍人の呻き声や裂田の唸り、息遣い、拳や武器が振り回され空を切る音、そしてその度に壊されていく壁や家具の崩壊音。これらに耳を澄ませ、遠のいていくのを感じ取った上で恐る恐るタンスから顔を出した。もういない。その引き換えに、金目の物品を含めてあらかた破壊し尽くされていた。

「こらアカンわ」

 レイはすぐさま逃走経路を考え出した。部屋の外に出れば彼らと鉢合う可能性が高まる。そうなれば自分が龍人を招き入れた事もバレてしまうだろう。今は籠樹に会いたくなかった。自分のせいで家を追われたあの男は、きっと未だに恨んでいるに違いない。となれば部屋を出ずに逃げられる場所…すなわち窓から逃げるしかないだろう。

 一度決めた行動に対し、躊躇は一切抱いてはならない。そこで立ち止まってしまえば、余計な時間を浪費する事になってしまうからだ。レイは素早く窓に近づき、黒擁塵から取り出した鉄の爪で引っ掻く。綺麗に、滑らかに、そして静かに切れ込みを付け、その箇所に蹴りを入れると簡単に砕け散った。小さく空を切りながらガラスの破片が下方の闇に消えると、通行人への申し訳なさを抱えながら飛び降りる。

 飛び降りた拍子に空中で体を捻って態勢を変えた。背後にあったビルの窓ガラスの方へと向き直り、やがて地上が近づいてきたタイミングで鉄の爪を慎重に窓へ立てる。間違えても食い込ませてはいけない。落下の勢いを一気に殺そうとするならば、確かに窓や壁に深く爪を食い込ませて引っ掛けるのが良いだろう。だがそんな事をすれば自分の腕に甚大な負担が圧し掛かってしまう。故にゆっくりと爪を立て、あくまで落下のスピードを遅くするだけに留めるのだ。安全運転のために車のブレーキをゆっくり踏むのと同じようなものである。

 彼女が完全に落下を止めたのは、ビルの三階付近であった。爪を完全にガラスへ突き刺し、余っていた勢いを完全に殺してから下を見る。ちらほらと集まっている通行人たちが、揃いも揃って何事かとどよめいていた。ふうと一度息を入れてから改めて爪を引っ込め、地面に着地をしてから力を抜くように倒れるのだ。足の裏で地面に降り立った瞬間に脛の側面、大腿の側面、僅かに体を捻って臀部、そして背中の順に地面へ当てていく。俗に言う五点接地である。

「ふぃ~、やっぱいつやっても慣れんわこれ」

 すぐさま起き上がり、まるで何事も無かったかのよう体の汚れを払うレイだが、通行人が自分を凝視している事に気付く。

「はよ散れや。見せもんちゃうぞオラ」

 虫を払いのけるように両腕を動かして怒鳴ると、通行人たちはヒソヒソと愚痴を零しながら散り散りになって行く。レイは痛々しい視線が消えてくれたことに安堵し、歯痒そうにビルの上部を見上げた。

「あれは命いくつあっても足らんからな…ホンマ、悪ぅ思わんでや」

 逃走という行為は恥じる物ではない。分かってはいるが、それをしても尚平然としていられるのは孤独に慣れている者だけだろう。他人を、それも見知った間柄の者を見捨てたという事実は、良心を締め付けるには十分すぎる材料であった。



 ――――龍人は、最早まともに言葉を発する手間さえ惜しくなっていた。分かっていたつもりだったが、実際のところは全く理解が出来ていなかったのだ。裂田亜弐香という怪物の底知れなさと規格外さを。

 部屋を次から次へと移動しながらの戦闘…こうして切り抜いてみれば疾走感のある格好良さが出て来るだろうが、事実はと言えば必死に抵抗する龍人を亜弐香があしらい、その上で殴るか体当たりによって彼を吹き飛ばしているのだ。そして壁ごと壊しながら別の部屋にぶち込まれる。

 バトル漫画の登場人物になったかのような驚きを味わえるのは最初だけであり、三回程食らった段階で飽きが来た。おまけにいちいち壁に叩きつけられるもんだから、殴られるだけの時より肉体に募る疲労感と苦痛も多い。

「かといって…」

 龍人の本音は、猶予を与えないまま襲い掛かって来る亜弐香の攻撃に遮られてしまう。拳打を躱し、霊糸で近くの家具を絡め取り、引っ張って亜弐香の方へ投げつけ、その隙に距離を取る。腹立たしいのは全く効果が無いという点であった。ハナから突破口になるとは思っていない。だからといって怯む様子もなく、飛んできた冷蔵庫やテーブルを平然と、片手で殴り飛ばしてみせるのだ。天井や壁にそれらがめり込む光景を見るたびに、つくづく大人しく逃げるべきだったと後悔する。

 あの怪力を相手に、インファイトに持ち込むことはまず無理だろう。開醒のお陰でまだ生きていられるが、遅かれ早かれ殴り潰されるのがオチである。関節技ならばと思ったがそれも無理だ。あの力ならば、ほんの少しの油断があったからといってもすぐに阻止されてしまい、逆に反撃をする機会を作ってしまう。そもそも関節技が出来るだけのリーチに潜り込める自信が無い。

 武器については既に試した。そして刀、棒、トンファー、槍…あらかたリーチを確保して牽制に使えそうな武器は破壊された。一度破壊されれば暫く生成が出来なくなるのが、武装錬成の厄介な点である。精神を用いて具現化をしているという特性上、いわば心が折られた様な物であり、立ち直るのに時間を要するのと似たような現象である。

「まいったな、土下座したくなってきちゃった」

 龍人は亜弐香の動揺を誘ってみるために息を上げながら言葉を発する。が、彼女は止まってくれない。

「おわっ!!」

 躊躇なく放たれる岩石の様な拳が、瞬きをする余裕さえも与えない程に無数に襲い掛かる。素っ頓狂な悲鳴と共に躱し、時折辛うじてではあるが攻撃を防いでみせた。防ぐといっても、馬鹿正直に受け止めるのではない。勢いの乗った亜弐香の腕に対し、全力で自分の拳をぶち当てる。この衝撃で亜弐香の打撃の軌道を逸らすのだ。顔などの、可動域に限界がある部位を狙われた際は特に有効であり、無理に体勢を変えたりする事なく攻撃を避けられる。

”霊糸を一点に集中させろ”

 いきなり、龍人の頭の中で言葉がよぎった。いつもの如く、己の直感的な衝動を言語化したのかといえばそうではない。奇妙だった。明らかに明確な声として、自分の意識や思考とは全く別の場所から這い出てきたような感情だったのだ。

 そしてその不可思議な感覚に陥ったのがマズかった。亜弐香の拳が迫っている事に気付かなかったのだ。慌てて躱そうと体勢を崩すが、見計らったように彼女は殴ろうとしてた動作を止め、回し蹴りを即座に放つ。そう、拳はフェイントだったのだ。ここまでパンチしか使ってない事もあってか、完全に見落としていた要素である。かろうじて腕で防御をしたようだが、直撃だった。

「光栄に思いなよ。久々だからね、僕が蹴るの」

 右脚によって龍人を再び別の部屋へと叩き込んで見せた彼女は、壁に空いた穴を見る。ほんの少しでも、自分をやる気にさせてくれたあの男には感謝をすべきだろう。だが、プライベートと仕事は分けなけなければならない。部屋に戻る際の手土産が必要と考えた彼女は、ため息をついてから龍人へとどめを刺しに向かう。だが、異変が起きていた。

「あぶねえ…死ぬかと思った」

 声が聞こえ、警戒するように亜弐香は足を止める。壁に空いた穴の向こうには、灯りの付いていない部屋があり、そこから龍人が姿を現したのだ。

「一点に集中させろって…こういう事ね」

 起き上がった龍人が得意げに自分の腕を見る。通常の開醒よりも遥かに力強く、腕に纏っている霊糸が輝きを放っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ユウ
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

無能スキルと言われ追放されたが実は防御無視の最強スキルだった

さくらはい
ファンタジー
 主人公の不動颯太は勇者としてクラスメイト達と共に異世界に召喚された。だが、【アスポート】という使えないスキルを獲得してしまったばかりに、一人だけ城を追放されてしまった。この【アスポート】は対象物を1mだけ瞬間移動させるという単純な効果を持つが、実はどんな物質でも一撃で破壊できる攻撃特化超火力スキルだったのだ―― 【不定期更新】 1話あたり2000~3000文字くらいで短めです。 性的な表現はありませんが、ややグロテスクな表現や過激な思想が含まれます。 良ければ感想ください。誤字脱字誤用報告も歓迎です。

処理中です...