ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

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弐ノ章:生きる意味

第54話 こんにちは

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「ご…誤解なんだ。まさか、邪魔が入るなんて…!!」
「誤解?誤解ってなんやねん。俺がいつお前の言い訳聞いたるって言うたんや ?おお ? 俺が怒っとんのはね、お前が勘づかれるような事したお陰でこっちまで飛び火しそうって事なんよ」

 言葉の節々から、籠樹から許しを貰うのは不可能だと兼智は怯え切ったまま悟る。経緯などどうでもいい。欲しいのは従順なイエスマンを兼ねた、いつでも切り捨てられる都合の良い信者なのだ。他責思考を持っている者にありがちな欲求である。

「で…でもアンタがそもそも言い出し――」
「また言い訳するんかい ? おどれがヘマせんかったら済んだ話やろがダボ!!」

 籠樹が近づき、固いブーツで兼智の顔面を蹴る。まだ終わっていない治療中の嘴が再び裂け、顔が恐ろしく痛む。恐らく頬骨が砕けてしまったのだろう。頬が熱を帯び始めていた。

「裂田、どないする ? 遅かれ早かれワシらの事は気づかれるんや。ここはひとつ、トカゲのしっぽ切りと行こうやないか」

 兼智への態度とは打って変わって朗らかな様子で、籠樹は亜弐香の方を向く。格下とみなした相手には高圧的且つ乱暴に接するが、そうではない相手へは本性をひた隠して媚を売る。典型的な自己保身に余念が無いタイプのクズ。それが籠樹という男だった。

 だが、そんな仕事仲間からの問いに亜弐香は一切答えようとしない。飲み終わったジンのボトルを置き、少し息をついてた彼女だったが、突然顔つきが変わった。眉間に皺が寄り、つまらなそうに見ていた兼智達の戯れから視線を動かした。別の何かに興味が移り始めている。

「おい、どしたんや――」

 籠樹が言いかけるが、亜弐香が待てと言うかのように人差し指を出すと、すぐに意図を察して沈黙する。やがて象のようにゆっくりと、それでいて重々しく足を動かす。鈍重なのではない。これは、”敵対者”に向けた彼女のなりの警告音であった。

 その反対側の部屋では、霊糸を壁に潜り込ませて辺りの様子を調べていた龍人の姿がいる。微かに聞こえるくぐもった声と、霊糸による気配探知のお陰もあってか、隣の部屋で何が起きているのかもすぐに分かった。呼吸を荒くして床に這いつくばっている生物や、それを囲んでいる他の者達についても脳内に視覚的な映像として思い浮かんでくるのだ。

 その中でも一際大きな気配が、突然移動を始めた。僅かだが足音も聞こえる。間違いない。壁の近くでこっそりと聞き耳も立てていた龍人の、ちょうど反対側にいる。少し妙なのは、壁から距離を空けている事であった。距離にしておよそ一メートル程度、自分が知らないだけで冷蔵庫か何かがあるのだろうか。一瞬だけ思案に暮れたが、レイから渡された見取り図の内容を、龍人はおぼろげながら思い出す。

 やはりおかしい。この部屋へ忍び込んだ時にも、目視ではあるが確認をした。この壁の付近にコンセントは無い。図面にもそれらしい記号は無かった。つまり、壁の方へ近づく理由になるであろう冷蔵庫やテレビといった物を置く理由も無い。わざわざコンセントからコードを引っ張って来ようとしても、他に使いやすい場所がある筈である。せいぜい風水を嗜んでいて家具に置き方に拘っているだとか、本人の性質に依存する要因以外ではまずありえない。

 龍人が憶測にどっぷりと浸っていると、大きな気配が僅かに動いた。首だ。自分の首を軽く捻っているのだ。次は肩甲骨を慣らしているのだろうか、腕を軽く回している。そして指を指で抑え、ポキポキと音を立てた。ストレッチをしているのかもしれない。彼自身もよく行う動き、鍛錬や臨戦態勢に入る前のウォームアップである。

「やべ」

 その動きが何を意味するのか分かった龍人は、すぐに動いた。その勘の良さに助けられたと言っても過言ではないだろう。龍人がその場から駆け出した直後、大きな気配が猛スピードで突っ込んできた。鉄球を使った解体工事…その際に放たれる衝突が可愛く思える様な、身の毛もよだつような音が響き渡る。

 亜弐香が壁を突き破り、隣の部屋へ侵入してきた。突撃してきた際の威力によって風圧が発生し、龍人はバランスを崩してコケる。しかしすぐに前転して態勢を整え直し、彼女の方を見た。

 亜弐香はシャツに付いた小さな壁の破片や埃を払い、ギロリと目だけを動かしてこちらを見る。そのままゆっくりと向き直り、小さくため息をついた。気付かれてないと本気で思っていたのかい?そう言いたげな、侮蔑と呆れと哀れみを孕んだ態度である。

 拳を構え、ボクシングでいう所のピーカーブースタイルを取った亜弐香は、すぐに動いた。大柄な図体故の歩幅と驚異的な瞬発力もあってか、恐ろしく早い。急いで印を結んだ龍人は、すぐさま武装錬成によって生み出した刀で彼女の、何の凝った技術も無い拳打を受け止めた。細い得物で攻撃を受け止めるなど、普通ならば不可能に近いが、彼女の体のデカさと大ぶりな攻撃のお陰でどこへ拳が来るのか大体分かる。胴体だ。

 そして受け止めた瞬間、自分が過信していた事に気付いた。だが手遅れである。亜弐香の拳はいとも容易く刀を砕き、そのまま彼の胸へと命中する。開醒で強化されている筈の肉体に激痛が走った。そのまま弾丸のように吹き飛び、入り口のドアを壊し、廊下に投げ出されると、ようやく向かい側の壁にぶつかって動きが止まる。へたり込むようにしていた龍人だが、一切の言葉を発する事無く向かって来る彼女に警戒し、すぐに立ち上がった。

 開醒で強化された肉体の頑強さと、刀で多少なりとも勢いを殺せたお陰でまだ動ける程度には苦痛が浅い。精神力を鍛えれば武装錬成によって作り出される武器の強度も上がって行くそうだが、それでもかなりのショックである。よもや一撃で折られるとは想定していなかった。だが手の打ちようはいくらでもあると思いたい。生き残れさえすればいい。

「…へぇ」

 迎え撃とうとする龍人の姿に対し、亜弐香が少しだけ反応した。

「大体一発で死ぬか降参するんだけどね」
「そうか、悪かったな角ゴリラ。めそめそ泣いてた方がよかったか ?」
「いやいい。丁度気分転換したかったから。付き合ってよ、暇つぶし」 

 亜弐香は意外そうにしていたが、龍人の挑発が少し癇に障ったのか再び構え直す。龍人も構えを取るが、うっすらと分かっていた。本気ならば顔面を殴ってしまえば簡単に殺せるはずである。あの素早さならばわざわざ優雅に歩かず、すぐさま追い打ちをかけるために近づく事だって出来ただろう。だがそれらをしなかった。気を遣われているのだ。彼女は本気ではない。文字通り、ちょっと気になるおもちゃを見つけた。そんな感覚だろう。

 既視感があった。RPGやオープンワールドゲームを遊んでいた時、偶然起きるハプニングを思い出す。気ままに探索をしていると、今の自分のステータスや装備では絶対に勝てない敵キャラクターに出会ってしまう。それに近い、しかし段違いに強烈な絶望感が龍人へ纏わりつき始めた。
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